クロフォード氏が去ったので、サー・トマスの次の目標はファニーに彼を恋しく思ってもらうことだった。サー・トマスは、「以前はファニーも彼の心遣いを不快に感じていたかもしれないが、いざそれがぱたりとなくなってみれば、心にポッカリ穴が空いたように感じるだろう」と大いに期待していたのだ。彼女は自分が重要な存在だということを、最も心くすぐられる形で味わったのだ。それがなくなり、再び取るに足りない存在になり下がってしまえば、健全な後悔の念がきっとよみがえってくるだろう。──サー・トマスはこんなことを考えながら彼女を眺めていた──でも、それが上手くいくかどうかは分からなかった。ファニーは元気があるのかないのか、ほとんど判断がつかなかったからだ。彼女はいつも穏やかで控えめな態度なので、その感情を読み取れないのだ。サー・トマスはファニーのことを理解していなかったし、自分でも理解できていないと感じていた。そのため彼は息子のエドマンドに、ファニーが今どういう心境なのか、以前より幸せなのかそうではないのか教えてほしい、と頼んだのだった。
エドマンドはファニーが寂しがっている徴候は全く認めていなかったので、こう思わずにはいられなかった。「父さんもちょっと無茶だ。クロフォードが去って三、四日やそこらで、後悔の気持ちが湧き上がるはずないのに」と。
それよりもエドマンドがもっと驚いたのは、ミス・クロフォードがいなくなってもファニーは全然寂しそうにしていないということだった。かけがえのない友人でもあり、話し相手だったはずのクロフォード氏の妹のことを、目に見える形ではあまり恋しがっていないようなのだ。彼は、「どうしてファニーはミス・クロフォードの話題を出さないんだろう。離ればなれになったのに、どうして不安な気持ちを自分から全然口にしないんだろう」と不思議に思っていた。
しかし、ああ! このクロフォード氏の妹こそが、ファニーの心の平和を乱す一番の原因なのだった。──ファニーはクロフォード氏と結婚するつもりはないと決心しているが、もしそれと同じくらいメアリーの運命がマンスフィールドとは無関係なのだと信じられたのなら(つまりメアリーがエドマンドとは結婚しない運命だと信じられたなら)──ファニーの心はもっと軽くなっただろう。ミス・クロフォードが戻るのは、クロフォード氏の場合と同様に、ずっと遠い先のことだと思えたなら、もっと気分が軽くなれただろう。でも心を落ち着かせて観察すればするほど、ミス・クロフォードとエドマンドの結婚に向けてすべてがとんとん拍子に進んでいる、という確信がさらに深まってくるのだ。──エドマンドのほうは結婚の意志がいよいよ強くなっていて、ミス・クロフォードのほうはだんだん曖昧な態度ではなくなってきていた。エドマンド自身の反対理由や信念に対するためらいは、すっかりなくなってしまったようだった──どうしてこうなったのかは誰にも分からないのだが。そしてミス・クロフォードのほうも、野心に対する迷いや葛藤は同じように克服されていた──こちらもまた、特にはっきりとした理由はなかった。お互いの愛情がますます高まっていったからとしか説明がつかないのだ。エドマンドの善なる心とミス・クロフォードの悪しき心が愛情に屈したのであり、そんな愛情が二人を結びつけたにちがいない。ソーントン・レイシーに関する用事が片付き次第、彼はロンドンに行く予定だと言っていた──たぶん二週間以内には行けるだろう、と彼は嬉しそうに話していた。いったん彼女と再会したら、あとはどうなるか結果は目に見えていた。──エドマンドがプロポーズをするのは確実だし、ミス・クロフォードのほうも承諾するにちがいない。けれども依然として彼女の悪しき心はそのままなのだ。ファニーはその行く末を思うと、自分のことは別にしても、悲痛でたまらない気持ちになった。──そう、自分自身のことは別にしても。
最後に東の部屋で二人で会話をしたときは、少しは彼女に好感も持てたし、たいへん親身に優しくしてくれたけれども、結局ミス・クロフォードはミス・クロフォードのままなのだ。相変わらず心は堕落してさまよっているのに、本人にはその自覚が全然ないのだ。闇の中にいるのに、自分では明るいと思っているのだ。彼女はエドマンドを愛しているのかもしれないが、他のどの感情においても彼にはふさわしくない。あの二人には愛情以外に共通の気持ちなどないとファニーは信じていた。とはいえ、年を重ねた分別のある人なら、「ミス・クロフォードの改善はほとんど絶望的だ」と思うファニーのことも、大目に見てあげられるかもしれない。なぜなら彼女はこう考えていたからだ。つまり、恋に盲目なこの時期においてさえ、エドマンドの影響力でミス・クロフォードの曇った判断力を晴らしたり物の見方を正すことができないのならば、たとえ何十年結婚生活を送ったところで、せっかくのエドマンドの価値も、結局ミス・クロフォードにとっては宝の持ち腐れになってしまうだろう、と。
おそらくファニーよりも人生経験豊富な人なら、恋をしている若者たちにもっと多くのことを期待をしてあげられただろう。公平な目で見れば、ミス・クロフォードにも女性の一般的な性質が備わっているかもしれないのだ。すなわち、自分が愛し尊敬する男性の考え方を身に付けようとする、あの性質だ。──しかしファニーは上記のように思い込んでいたからひどく苦しめられたし、ミス・クロフォードのことを話題にするときはいつも苦痛だった。
その間サー・トマスは、望みをかけつつファニーの観察を続けていた。彼の人間性についての知識からすれば、求婚者に対する影響力や存在感を失ってしまって姪はきっと落ち込むはずであり、かつての求愛がまた復活してほしいと願う気持ちが湧き上がるはずだ。そういう様子を見たいと期待するのも当然だと彼は思っていた。だがその後まもなく、そんな様子があまり見受けられないのも説明がつくと分かった。もう一人の別の訪問者──つまり兄のウィリアムが訪れる見込みがあるから、ファニーは元気でいられるのだ。──ウィリアムは十日間の休暇を与えられてノーサンプトンシャー州で過ごす予定で、最近昇進を得られた最高に幸せな少尉として、その喜びと新しい軍服について報告しに来ることになっていた。
ウィリアムがマンスフィールド・パークにやって来た。勤務時間外は軍服の着用禁止という、海軍の無慈悲な規則がなければ、喜んで軍服姿で現れただろう。そのため、制服はポーツマスに置いて来ざるをえなかった。エドマンドはこう思った。「このままファニーがお兄さんの軍服姿を目にする機会がなかったら、そのうち軍服自体の目新しさや、着ている本人の新鮮な気持ちも色褪せてしまうだろうし、むしろ不名誉の印になり下がってしまうだろう」と。何が情けないといって、一年や二年経っても少尉のままで、他の士官たちが中佐1に昇進していくのを指をくわえて眺めている少尉の姿ほどみっともないものはないだろう。エドマンドがそんなふうに考えていたところ、ちょうど父親がある計画を打ち明けてきた。それは、英国軍艦スラッシュ号少尉としての兄の晴れ姿を、別の形でファニーに見せる機会を与えてはどうかというものだった。
その計画とは、ポーツマスへ帰る兄ウィリアムにファニーを同行させ、しばらく実家のプライス家で過ごさせるというものだった。サー・トマスはいつものように重々しく考え事をしている最中にこの計画を思いついたのだが、まさにしかるべき名案のように感じられた。しかし完全に決意を固めてしまう前に、一応息子に相談することにした。エドマンドはあらゆる面から検討してみたが、やはり名案だと思った。その計画自体もすばらしいうえに、時期としても最高なのだ。ファニーが大喜びで賛成するであろうことも間違いない。これでサー・トマスも決心がつき、「ではそのように取り計らおう」ときっぱり答えてこの件はまとまった。サー・トマスはある種の満足感と今後の明るい見通しを胸に抱きつつ、その場を引き上げたが、実はそこには息子に伝えた話をはるかに超えた思惑があった。ファニーを里帰りさせる彼の主な動機というのは、両親と再会させることとはほとんど関係がなかったし、ましてやファニーを喜ばせることとは何の関係もなかったのだ。たしかに喜んで里帰りしてほしいと願ってはいたけれど、その訪問が終わる頃には実家につくづく嫌気がさしてくれればいい、とも願っていたのである。マンスフィールド・パークでの上品で贅沢な生活からしばらく離れてみれば、ファニーの頭も冷静になり、クロフォード氏がプロポーズしてくれたことの価値が──マンスフィールド・パークと同じくらい快適で、より一生安泰な暮らしが送れることの価値が──もっときちんと理解できるようになるだろう。
それはいわばファニーの判断力治療プロジェクトというわけで、ファニーの理性はいま病気にかかっているのだとサー・トマスは考えていた。この七、八年間何の不自由もなく裕福に暮らしてきたせいで、物事を比較したり評価したりする力にほんの少し異常をきたしているのだ。実家に行けば必ずや、高収入による裕福な生活のありがたみを思い知るだろう。サー・トマスは、自分が考えたこの「実験」のおかげで、ファニーはさらに賢く幸せな女性になれるはずだと信じていたのだった。
もしファニーが有頂天で大喜びするようなタイプだったならば、伯父からこの計画を最初に聞かされたときに、嬉しさのあまり発作を起こしていたにちがいない。人生のほぼ半分を離ればなれで暮らしていた両親や兄弟や妹たちのもとを訪れて、幼い頃過ごした故郷へ二、三か月帰れるうえに、ウィリアム兄さんが保護者兼旅仲間になってくれるのだ。しかも、ウィリアム兄さんが陸にいる最後の時まで、確実に一緒に過ごせるのだ。もしファニーが喜びを爆発させるような女性だったならば、きっと大はしゃぎしていたにちがいない。でも彼女の幸福感というのは、静かに深く胸をいっぱいにさせる種類のものだった。ファニーは普段から決してお喋りなほうではなかったが、強烈に心が動かされると、よりいっそう黙り込んでしまう傾向にあった。そのため伯父からこの話を聞かされた時には、ファニーはただ「ありがとうございます」とお礼を言って承諾するのがやっとだった。
やがて、突然開けた喜ばしい展望に心が慣れてくると、ウィリアムやエドマンドに対して自分の胸の内をもっとはっきりと語ることができた。しかしそれでもまだ、言葉では言い表せない感傷的な気持ちもあった──幼少期の楽しい思い出の数々や、実家から引き離されて辛かった記憶がまた新たな力でよみがえってきて、里帰りすれば、家族との別離から生じた今までのあらゆる苦しみも癒えるのではないかと思えた。家族の輪の中心にいられて、大勢の人から愛してもらえるのだ! 今まで経験したことがないくらいの愛を受け、何の不安も遠慮もなく愛情を感じられて、自分も周りの人たちと対等だと思えるなんて! クロフォード兄妹の話題を口にされずに心穏やかでいられるし、彼らのことで非難されるような眼差しを向けられることもないのだ!──ファニーは自分の気持ちを半分ほどしか打ち明けられなかったけれども、嬉しそうに語った明るい見通しはこのようなものだった。
エドマンドとも二か月間離れるのは(たぶん三か月になるかもしれないが)、ファニーにとってはいいことにちがいない。遠く離れていれば、エドマンドの視線や親切に悩まされないし、彼の本心を知って不快になることもなく、打ち明け話を避ける努力をしていらいらすることもないのだ。そうすれば理性的になれて、もっとまともな心の状態に戻れるだろう。「エドマンドはプロポーズに向けてロンドンでいろいろと準備するのだろうか」と考えても、みじめな気分にならずにいられるだろう。──マンスフィールド・パークでは耐えがたいようなことも、ポーツマスではほんのささいな不幸になるはずだ。
唯一の気がかりは、バートラム夫人のことだった。「バートラム伯母さまはわたしがいなくなっても快適に過ごせるかしら」とファニーは心配していたのだ。自分は誰の役にも立っていないけれど、バートラム夫人はどれだけ自分を恋しがるかだろうかと考えただけでも辛くなった。たしかに、その点についての取り決めはサー・トマスにとっても最大の難関だったが、彼にしか解決できない問題でもあった。
しかしサー・トマスはマンスフィールド・パークの当主なのだから、断固として決意すれば、何だって成し遂げられるのだ。サー・トマスはこの件について長々と語り、「ファニーだってときどき実家の家族に会う義務があるのだよ」とこんこんと力説して、妻にファニーを手放す気にさせることができた。でもバートラム夫人は本当に納得したわけではなく、どちらかと言うとしかたなく夫に従っただけだった。実のところ、バートラム夫人は全く合点がいかず、「サー・トマスがファニーを行かせてやるべきだと考えているから、ファニーは行かなくちゃいけないのね」と自分に言い聞かせていただけだったのだ。夫人は自分の静かな化粧部屋に戻り、頭を混乱させるような夫の言い分に惑わされずに、公平な見方をしようと一人でじっと考え込んでいると、「やっぱりファニーが両親の元に帰る必要があるとはどうしても思えないわ」と感じた。あの両親はファニーがこんなに長い間いなくても平気だったけれども、わたしにとってはすごく役に立つ存在なのだ。──ファニーがいないと困るという点について、ノリス夫人は「ファニーなんかいなくても寂しくないわよ」という自説の正しさを立証しようと、あれやこれやと弁舌を振るっていたが、バートラム夫人としてはそんなことを認めるのは断固反対だった。
サー・トマスは、バートラム夫人の理性や良心や品位に訴えかけた。彼はこれを「犠牲」と呼び、そのような寛大さと自制心を示してほしいと求めた。ノリス夫人は、ファニーがいなくても全然困らないと言って妹を説得しようとしていた(ノリス夫人は、お望みとあらば喜んで自分の時間をなげうつつもりなのだ)。要するに、ファニーなど不要だしいなくても困らないのだ、と。
「まぁ、それはそうかもしれないわね、お姉さま」とバートラム夫人は答えた──「おっしゃるとおりだと思うわ。でもわたし、ファニーがいないと困るわ」
次のステップはポーツマスのプライス家と連絡を取ることだった。ファニーが自分で手紙を書いて、里帰りの許可を求めた。やがて母親から、短いけれども、とても愛情のこもった返事が来た。それはごく簡単な数行の手紙だったが、我が子に再会できるという喜びが母親らしい素朴な言葉で表現されていた。母さんと幸せに過ごせるんだ、というファニーの見通しはますます確かなように思われた──きっと、温かくて愛情たっぷりの「ママ」に会えるはずだ。今まで母親から特に目立った愛情を示してもらったことはなかったけれども、でもそれは自分に非があるのだとファニーは思っていたし、あるいは単なる思い込みにすぎないと考えていた。たぶん、わたしは無力で気難しくて臆病な性格だから、自分から母親の愛を遠ざけてしまったのかもしれない。そもそも、あれだけ大家族なのに、身の丈以上の愛情を求めるほうが理不尽だったのかもしれない。でも今ならいろいろと役に立つすべを心得ているし、我慢することもできる。それに母親も、昔のように四六時中幼い子どもたちの世話に忙殺されていることもないだろうから、安らぎを求める気持ちや余裕もあるだろう。そしたらきっとすぐに、お互い母親と娘として本来あるべき姿に戻れるだろう。
ウィリアムも、ファニーに引けを取らないくらいこの計画に大喜びした。出航ギリギリの瞬間まで妹と過ごせるのは最高に嬉しかったし、最初の航海から帰還した時にも、ポーツマスで再会できるかもしれないのだ! それにウィリアムは、スラッシュ号の出航前の姿をぜひともファニーに見てもらいたかった(スラッシュ号はもちろん、海軍きっての最高にかっこいいスループ艦2なのだ)。海軍工廠ではさまざまな改修工事も行われているから、そこも妹に案内して見せてやりたいと願っていた3。
ウィリアムは、「ファニーがしばらく実家にいてくれたら、すごくみんなのためになるだろうな」と言って、ためらいなくこう付け加えた。
「どうしてかは分からないんだけど、ポーツマスの実家には、マンスフィールド・パークのようなきちんとしたやり方とか、整然としたところが欠けているようなんだ。家の中はいつもゴタゴタしてる。でもファニーならきっとうまく何とかしてくれるだろうね。きみなら母さんにもアドバイスができるだろうし、スーザンにとっても役に立つにちがいない。ベッツィーに勉強も教えてあげられるし、弟たちだってきみのことを好きになって言うことを聞くはずだ。何もかもきちんとして居心地よくなるだろうなぁ!」
母親のプライス夫人からの返事が届いた頃には、マンスフィールド・パークで過ごせる時間はあとほんの数日しか残っていなかった。そのうちのある日、ウィリアムとファニーはこの旅の件で、たいへんな恐怖に陥った。というのはこういうわけだ。それは二人の旅の行程について話し合われていた時のことだった。ノリス夫人は、サー・トマスが負担する旅費を心配して、「もっとお金のかからない乗合馬車で移動したほうがいいんじゃないかしら」などと自分の希望を述べたりほのめかしたりしていたのだが、うまくいかず、結局二人は駅伝馬車を雇っていくことになった4。そしてサー・トマスがそのためのお金をウィリアムに手渡しているのを見たノリス夫人は突然、「馬車には三人分座れる余裕があるはずだわ」という考えが頭にひらめき、二人に同行したいという強烈な気持ちに襲われた。ぜひとも、可哀想な愛しのわが妹プライス夫人に会いに行ってやりたい。ノリス夫人は自分の考えを宣言した。
「わたしも若者たちと一緒に行くことにしたわ、もうほとんどそう決めてるの。わたしにとっては念願の旅だわ。だって気の毒な妹のプライス夫人とはもう二十年以上会ってませんもの。若者たちにとっても、旅の世話をしてやる大人がいたほうが何かと役に立つでしょうしね。こんな絶好の機会なのに訪問してやらなかったら、可哀想な愛しのわが妹だって、わたしのことをひどい姉だと思うはずよ」
ウィリアムとファニーは、これを聞いてぞっと震え上がった。
そんなことになれば、兄妹二人で気楽に旅をするという幸せは、一瞬にしてすべて台無しになってしまうだろう。悲痛な表情で二人は顔を見合わせた。このどっちかつかずの不安な状態は一、二時間ほど続いた。誰もノリス夫人の案に賛成とも反対とも言わなかったからだ。この問題の取り決めについては、ノリス夫人自身に任せられた。ところが、ウィリアムとファニーが途方もなく大喜びしたことに、この件は唐突に終わりを迎えた。ノリス夫人はこう思い直したのだ。
「やっぱり、当面マンスフィールド・パークを留守にはできないわ。サー・トマスとバートラム夫人にとって、わたしはあまりにもかけがえのない存在なのだから、たった一週間でさえあの二人を置いて行くことなどできないもの。だから、夫妻のお役に立つためなら、他の楽しみは当然すべて犠牲にしなければいけないわ」
実のところ、ノリス夫人には別の考えも思い浮かんでいた。つまり、ポーツマスへはただで行けるとしても、マンスフィールド・パークへの帰りの旅費が自腹になるのは避けられないということだ。というわけで、「可哀想なわたしの妹はこんな貴重な機会を逃してさぞかしがっかりでしょうけど、仕方ないわね」ということになり、おそらくまた二十年間は会えないことになりそうだった。
このポーツマスへの旅によってファニーが屋敷を不在にするので、エドマンドの計画も影響を受けた。ノリス夫人と同じく、彼もマンスフィールド・パークに対する犠牲を払わなければならなかった。エドマンドはちょうどこの頃、ロンドンに行くつもりだったけれども、父と母の慰めとなる大切な人たちがことごとく屋敷を去っている中、両親を置いてけぼりにできなかったのだ。そのため彼はかなり無理をして──そう思っただけで、ノリス夫人のように誇らしげに吹聴はしなかったが──ロンドン行きの旅を一、二週間延期させることにした。「これで自分の幸せは永遠のものになる」という期待を胸に抱きながら、エドマンドはこの旅を楽しみにしていたのだが。
エドマンドはこのことをファニーに話した。ファニーはもうすでに多くのことを知っているのだから、何もかも知らせておくべきだと思ったのだ。そのついでにミス・クロフォードについての秘密の打ち明け話も交わされたが、ファニーは、「二人の間でミス・クロフォードについて多少なりとも忌憚のない意見を言って、その名前を遠慮なく口にできるのは、これが最後なのだ」と思うと、胸に迫るものがあった。やがてその後に一度、ファニーは彼から遠回しにほのめかされたことがあった。その晩、バートラム夫人は姪に「ポーツマスに着いたらすぐにお手紙を書いてちょうだいね。必ず頻繁に文通すると約束してね」と頼んでいたのだが、エドマンドもちょうどいい隙を見計らって、ファニーにこうささやいてきたのだ。
「ぼくも手紙を書くよ、ファニー、何か書く価値のある知らせがあればね。きみも聞きたいと思うはずのことや、他の人からすぐには聞かされないであろうことは、何でも伝えるよ」
これを聞いていたファニーが、彼の言葉の意味をいぶかしく思っていたのだとしても、目を上げた時のエドマンドの赤らめた顔は決定的だっただろう。
この手紙に対して、ファニーは心構えをしておかなければならなかった。ああ、エドマンドからの手紙が恐怖の手紙になるなんて! ファニーは、自分はまだ人の心の変化というものを──万事移ろいゆくこの世の中では、時の流れや状況の変化により、人の意見や感情も変わっていくのだということを──十分に経験していないのだと感じ始めていた。人の心の変わりやすさというものを、自分はまだ理解し尽くせていないのだ。
可哀想なファニー! ポーツマスへ里帰りするのは嬉しかったし心待ちにもしていたけれど、それでもマンスフィールド・パークでの最後の夜は切なくてたまらず、別れの時には胸が張り裂けそうなほど悲しかった。ファニーは邸内のあらゆる部屋のために涙を流し、愛する人たちのためにはさらに滂沱の涙を流した。ファニーは伯母のバートラム夫人にすがりついた。夫人は自分のことをきっと恋しがるだろうと思ったからだ。それから伯父のサー・トマスの手には、すすり泣きをこらえながら口づけをした。クロフォード氏の件で不愉快な思いをさせてしまったからだ。そしていよいよエドマンドとの最後の時が来ると、ファニーは口をきくことも、顔を見ることも、考えることもできなかった。彼が兄のように愛情のこもった別れの言葉をかけてくれていたことに彼女が気付いたのは、彼の挨拶が終わってからだった。
これらの別れの挨拶はすべて前日の夜のうちに行われた。ポーツマスへは非常に朝早く出発することになっていたからである。そして翌朝、人数が減って寂しくなった朝食の席で一同が顔を合わせた時には、「ウィリアムとファニーはもう今頃、次の宿場駅に着いただろうね」と噂されていたのだった。
注
- 中佐(commander)は少尉(sub-lieutenant)の上の位階。実際にジェイン・オースティンの兄弟も、この段階での昇進で同級生たちに遅れを取る経験をしていた。五兄フランク・オースティンは1792年にlieutenantになり、1798年にようやくcommanderに昇進。弟のチャールズ・オースティンは1797年にlieutenant、1804年にcommanderへと昇進。どちらも昇進に六、七年かかっている。なお、チャールズは最終的にRear-Admiral(少将)の地位、そしてフランクは海軍最高位のAdmiral of the Fleet(元帥)の地位にまで登り詰めた。(参考:Jane Austen, Mansfield Park, Oxford University Press, 2003.)
参考↓
- 二本マストで備砲十門程度の帆船のこと。沿岸警備や船舶護衛などが主な任務。
- 当時ポーツマスでは、港湾の拡大工事や新設備の導入工事などがさかんに行われていた。産業革命の勢いを感じさせる新産業の展示場の様相を呈していた海軍工廠は、人気の観光スポットだった。(参考:Jane Austen, Mansfield Park, Oxford University Press, 2003.)
- 駅伝馬車(traveling by post)は、長距離を旅する移動手段の中で、最も贅沢(luxurious)な方法。馬や馬車、あるいはその両方を宿場駅で交換しながら進むので迅速かつ快適に旅ができるが、その分費用も高い。けれども今回の場合、乗合馬車は二人分の運賃がかかり、駅伝馬車は一人でも二人でも料金は同じなので、結局のところ費用は大して変わらない。(参考:Sue Wilkes, A Visitor’s Guide to Jane Austen’s England, Pen & Sword History, 2014.
Jane Austen, David M. Shapard, The Annotated Mansfield Park, Anchor, 2017. )