マンスフィールド・パーク 第32章/サー・トマスの叱責

マンスフィールドパーク Mansfield Park ◎マンスフィールド・パーク

 翌朝目覚めたときも、ファニーはクロフォード氏のことを忘れてはいなかった。だがミス・クロフォードに書いた手紙の内容を思い返すと、「わたしの意志はきっと伝わっているはずだわ」と昨夜より楽観的な気分になれた。もしクロフォード氏がこの地を去ってくれたら! ──それこそがファニーの心からの切実な願いだった。──予定どおり妹のミス・クロフォードを連れて一緒に帰ってほしかったし、それが彼のマンスフィールドに戻ってきた目的だったはずだ。ミス・クロフォードは確かに一刻も早く帰りたがっていたのだから、なぜいまだに帰らないのか理解できなかった。──昨日彼が屋敷を訪れている間、その出発日が口にされるのを聞きたいとファニーは願っていた。けれどもクロフォード氏は、旅行については「そのうち出発する予定です」としか言わなかった。

 あの手紙を読んでクロフォード氏はきっと納得してくれたはずだと、ファニーはすっかり満足しきっていた。そのため、クロフォード氏がふたたび屋敷に向かって歩いて来るのを偶然見かけたときは、ファニーは肝がつぶれるほど仰天してしまった。しかも昨日と同じくらい朝早い時間だったのだ。──彼の訪問は自分とは無関係かもしれないが、彼と顔を合わせるのはできるだけ避けなければならない。ファニーは階段を上っていき、本当に呼び出されないかぎり、彼の訪問中は絶対に東の部屋を出ないようにしようと決意した。ノリス夫人もまだ屋敷にいたので、自分が呼び出される恐れはほとんどないように思えた。

 しばらくの間ファニーはひどく動揺し、耳をすませて、今にも呼び出しが来るのではないかと恐れおののいていた。しかし東の部屋に近づいてくる足音は全然聞こえてこないので、だんだんと気持ちが落ち着いてきて、腰を下ろして読書や針仕事などをできるくらいになった。そして「クロフォードさんがやって来たけれども、何の用事なのかわたしが知る必要はなさそうだし、このまま帰ってくれそうだわ」と期待できるほどだった。

 そうして三十分近くが過ぎて、ファニーが徐々にリラックスしていたところ、突然、規則正しい足音が近づいてくるのが聞こえてきた──重々しい足取りで、屋敷のこの辺りでは普段聞きなれない足音だった。それはサー・トマスだった。ファニーは彼の声をよく知っていたが、その足音も同じくらいよく知っていた。伯父の声を聞いたときもしょっちゅう震え上がっていたけれども、ファニーは今またぶるぶると震え始めた。話題が何であれ、サー・トマスが自分と話をしに来ると考えただけで恐ろしくなったのだ。──確かにやって来たのはサー・トマスで、彼はドアを開けて「ファニーはここかい? 入ってもよいかね?」と尋ねた。以前ときどき彼がこの部屋を訪れたときの恐怖がまたよみがえってきたようだったし、ファニーはサー・トマスからまたフランス語や国語の試験をされているような気分になった。

 けれども彼女は精いっぱいの気遣いをして、伯父のために椅子を置き、部屋を訪れてくれたことを光栄に思っているように見せようとした。だが動揺のあまり、この東の部屋の欠陥をすっかり見落としていた。サー・トマスは入ってくるとふと立ち止まり、ひどく驚いたようすで言った。

「なぜ今日は暖炉の火を焚いていないのだね?」

マンスフィールドパーク Mansfield Park マンスフィールドパーク Mansfield Park

 その日は地面に雪が積もっており、ファニーはさっきまでショールをかけて座っていたのだ。彼女は躊躇した。

「寒くありませんので──それに、冬にそれほど長くここで過ごすことはありません」

「だが──いつも暖炉に火をつけていないのかね?」

「はい、伯父さま」

「これは一体どういうことだ。何か間違いがあるにちがいない。おまえがこの部屋を使っているのは、ここが申し分なく快適だからなのだと思っていたのだが。──屋根裏部屋の寝室には暖炉がないことは承知している。どうやら何か大きな思い違いがあったようだ、こんな状況は正さねば。たとえ一日に三十分だけだったとしても、暖炉のない部屋で過ごしているのは健康によろしくない。おまえは体が丈夫ではないからね。ぶるぶる震えて寒そうじゃないか。バートラム伯母さまはこの事態に気付いていないのだね」

 ファニーはできれば黙っていたかった。だがどうしても返事をする必要があったので、最も愛する伯母バートラム夫人の名誉を守るためにも何か言わざるをえなかった。ファニーが口ごもる言葉の中で、「ノリス伯母さまが……」という語は聞き取れた。

「わかった」落ち着きを取り戻したサー・トマスは、それ以上聞くまいといったふうに声を上げた──「よくわかった。ノリス伯母さまはいつも、若者を不必要に甘やかさないような教育するべきだと主張しているからね。実に思慮深いことではあるが、しかし何事にも節度というものがある。──それにノリス夫人自身は体がすこぶる丈夫だから、自然と他人にも厳しくなってしまうのだろう。それからもう一つの理由についても、わたしとしては完璧に理解できる。──夫人の意見がつねづねどのようなものだったか承知している。従兄姉たちとおまえの扱いに区別をつけるというその信条自体は良かったとしても、おまえの場合には行き過ぎだったかもしれないし、確かに行き過ぎていたと思っている。──時折いくつかの点において間違った区別が行われてたことは、わたしも気付いていたのだ。だがファニー、おまえはいい子だからきっとそのせいで伯母さまに恨みを抱くようなことはないと信じている。──おまえは理解力があるから、物事をほんの一部分だけ見て解釈したり、出来事の一面だけで判断することはないだろう。過去のあらゆるいきさつを鑑みて、その時々の事情やその人の性格やいろんな可能性を考慮に入れているはずだろう。将来あまり高くはない社会的地位に収まるであろうおまえのために──それがおまえの運命なのだと思われていたが──いろいろと教えを授けたり心の準備をさせてあげたりしていたのだ。そうした人たちこそ、自分のことを本当に考えてくれていたのだ、とおまえも必ずや感じることだろう。結局のところそういった用心は必要ないと分かったけれども、確かに親切心から行われたことなのだよ。おまえも理解しているだろうが、裕福であることの利点というのは、そうした多少の不自由さや制約を課されることによって倍にも感じられるものだ。おまえならきっとわたしの期待を裏切るはずはないから、どんなときもきちんとノリス伯母さまへの敬意と心遣いを忘れずに振舞えると信じている。──しかし、このことに関してはもうよいだろう。座りなさい、ファニー。少し話があるのだが、それほど長くはかからない」

ファニーは目を伏せて顔を赤らめながら、言いつけに従った。──ほんの少しの沈黙の後、サー・トマスは微笑を抑えつつこう続けた。

「たぶん気付かなかったかもしれないが、今朝来客があってね。──朝食後にわたしが書斎で過ごしているとまもなく、クロフォードさんが通されてきたのだ。──彼の用事はおそらく想像がつくだろうね」

ファニーの顔はますます真っ赤になっていった。サー・トマスは、『あまりにも恥ずかしすぎて、喋ることも目を上げることもできないのだな』と思ったので、彼女から目をそらした。そして間を開けず、クロフォード氏の訪問について説明を続けた。

 クロフォード氏の用事とは、まず自分がファニーを愛していることを宣言してはっきりプロポーズすること、そして彼女の両親代理を務めているようである伯父のサー・トマスに結婚の許可をもらうことだった。クロフォード氏はじつに鮮やかに、率直に、気前よく、きちんとした態度でこれらすべてをやってのけた。だからサー・トマスは、その時の自分自身の返事や意見もその場にふさわしかったと感じながら、クロフォード氏との会話の詳細について大変嬉しそうに披露した──姪の心にどんな思いがよぎっているのか全然気付かないまま、『こうやって事細かに詳しく話してやれば、自分が聞いて喜んだ時よりもはるかにファニーは喜ぶにちがいない』と信じ切っていたのだった。そのため彼は数分間に渡って話し続け、ファニーのほうもまさか伯父の言葉をさえぎろうとはしなかった。──今までそうしようと思ったことさえほとんどなかったけれども。彼女の心はあまりにもひどい混乱状態だった。座り直して窓の一つにじっと視線を注いでいたけれども、内心すさまじく動揺し狼狽していた。──サー・トマスは一瞬話をやめたが、ファニーはそれにもほとんど意識がいかなかった。彼は椅子から腰を上げてこう言った。

「さあファニー、わたしは役目の一つを果たせたし、このプロポーズが何もかもきちんと保証されて満足のゆく理由に基づいているのだと示せたのだから、残りの役目を果たしてもよいだろうね。さあ、ぜひともわたしと一緒に下の階に降りていってもらおう。そしてそこで──まぁわたしも話し相手としては悪くはないとは思うが、もっと話し上手で、耳を傾ける価値のあることを言ってくれる人にその座を譲らねばならん。──おそらく想像はついているだろうが、クロフォードさんがまだ屋敷にいるのだよ。彼はわたしの書斎にいて、そこでおまえに会うのを心待ちにしているのだ」

これを聞いた途端、ファニーがびっくりした表情で叫び声をあげたので、サー・トマスは驚いてしまった。しかしもっと驚いたのは、彼女がこう叫ぶのを聞いたからだった──

「まあ! いいえサー・トマス、下に降りるなんて絶対にできませんわ。クロフォードさんも分かっているはずです──きっとご存じのはずです──昨日きちんと納得してもらえるようあの方にお話ししましたもの──この件について昨日話をされたんです──それで包み隠さずお伝えしましたわ、こんなのとっても不愉快ですし、あの方のご好意にお応えすることなどわたしには絶対にできませんって」

「どういう意味か分かりかねるのだが」サー・トマスは再び腰を下ろして言った。「あの方の好意に応えることができないだって! それは一体どういうことだ? クロフォードさんが昨日おまえに話をしたことは知っている。そして(わたしの承知するかぎりでは)、判断力のある若い女性として許される範囲内で、彼にかなりの励ましを与えてやったのではないか。聞き及んだかぎりではあるが、そういった状況でおまえが適切な態度を取ったことにわたしは大変満足していたのだよ。きわめて思慮深い振る舞いだし、大いに褒められるべきだ。だが、彼はこんなにも適切にかつ立派に結婚の申し出をしてくれたのに──一体何をためらっているのだね?」

「伯父さまは誤解なさっています」とファニーは声を上げた。彼女はその瞬間の苦悶に駆られて、伯父に向かって「間違っている」とさえ言ってしまった──「完全に誤解されていますわ。クロフォードさんはなぜそんなことを言ったんでしょう? 昨日わたしはあの方に励ましなど全然与えていません──それどころか反対に、こうお伝えしたんです──正確な言葉は思い出せませんが──でも、『こんなお話聞くつもりはありませんし、どの点からしても不愉快ですから、もう二度とそんなお話はしないでください』と言ったのは確かです。──そんな感じのこと、いえそれ以上のことも確かに言いましたわ。だけどもっとはっきりお伝えするべきでした──もしあの方が本気で申し出をしているのだとちゃんと思えたなら、たぶんそうしていたかもしれません。でもわたしはいやだったんです──耐えられなかったんです──あの方が意図している以上のことまで想定するなんて。あの方にとっては何でもないことでしょうし、それでこの話は全部終わるだろうと思ったんです」

ファニーはそれ以上何も言えず、ほとんど息も上がりそうになっていた。

「つまり──」しばらく黙り込んだ後、サー・トマスはこう言った。「おまえはクロフォードさんのプロポーズを断るというのかね?」

マンスフィールドパーク Mansfield Park

「はい、伯父さま」

「断ると?」

「はい」

「クロフォードさんのプロポーズを断る! 一体どんな口実で? 何が理由だというのだ?」

「それは……結婚したいと思えるほど、あの方のことが好きになれないんです」

「実におかしな話だ!」サー・トマスは静かに不愉快さをにじませた声で言った。「何かどうもわたしの理解の及ばない事情があるようだ。あらゆる点で立派な青年がおまえと結婚したいと言っているというのに。ただ単に社会的地位や財産や評判が立派なだけでなく、人並み以上の感じの良さを備えていて、誰に対しても好感の持てる態度や話しぶりの青年なのだよ。それに昨日今日知り合った仲でもなく、いまではお知り合いになってしばらく経つじゃないか。おまえは彼の妹さんとも親しい友人なのだし、そのうえ彼はおまえのお兄さんの昇進のために尽力してくれたのではなかったか。もし他に取り柄がなかったのだとしても、ウィリアムくんへの尽力だけでも十分推薦するに足ると思う。わたしのコネだけでは、ウィリアムくんを昇進させられていたかどうか甚だ疑問だ。だがクロフォードさんはその昇進をすでにやってのけてくれたのだよ」

「はい」とファニーは消え入りそうな声で答え、あらためて恥じ入って下を向いた。こうして伯父に懇々と説明されたにもかかわらず、クロフォード氏を好きになれない自分が恥ずかしくなってきたほどだった。

「おまえだって気付いていたはずだ」とサー・トマスはすぐに続けた。「クロフォードさんがおまえにだけ特別な態度を示していたことは、しばらく前から知っていたはずだ。このプロポーズが意外だったわけがない。彼の好意には気付いていただろう。おまえは彼の好意を大変適切に受け取っていたけれども(その点に関しては何にも非難すべきことはないよ)、まさかそれが不愉快だったとは思いも寄らなかった。ファニーや、おまえは自分の気持ちが分かっていないのではないのかね」

「まあ! いいえ、伯父さま、自分の気持ちはよく承知していますわ。あの方の心遣いはいつだって──ありがたくないものでした」

サー・トマスはさらに驚きの表情でファニーを見つめた。

「全く理解できない! 説明が必要だ。おまえはまだ若くて他の男性にもほとんど会ったことがないのだから、とてもありえないと思うが、まさか別の人に思いを寄せて──」

 彼は口をつぐんでじっとファニーに目を注いだ。その唇は「ノー」を形作るのが見えたものの、彼女の声は聞き取れなかった。だがその顔は真っ赤に染まっていた。けれどもファニーほどの控えめな女の子ならば、「他に好きな人がいるのではないか」などと問われれば、たとえ身に覚えがなかったのだとしても、そうやって顔を赤らめるのも無理はないかもしれない。そのためサー・トマスは少なくとも納得したように見せかけようとして、即座に付け加えて言った。

「いやいや、そんなことは論外だと分かっている──決してありえない。まあ、この件についてはこれ以上何も言わないでおこう」

それから二、三分間、サー・トマスは無言だった。深く考え込んでいたのだ。彼の姪も同じように考え込んでいて、さらなる質問に備え気を奮い立たせようと努めた。ファニーは、真実を打ち明けるくらいなら死んだほうがマシだと思ったし、エドマンドに対する思いをうっかり表に出さないよう、気持ちを引き締めなければと思った。

「クロフォードさんの選んだ相手はおまえなのだから、わたしがこの件に関心を持つのは当然だろうが、それを別にしても」とサー・トマスは非常に落ち着いた調子でまた話し出した。「あれほどの若さで結婚願望があるのは実に立派なことだ。わたしは若者が早く結婚することに賛成なのでね。もちろんそれに見合った財産があればだが。十分な収入のある青年はみな、二十四歳になったらすぐにでも身を固めるべきだと思う。わたしはこういった意見だから、わが子である長男が──つまりおまえの従兄のトムが──若くして結婚しそうにないのはつくづく残念だ。今のところわたしの見るかぎり、トムは結婚する計画もないし、その気もなさそうだ。トムもそろそろ落ち着いてくれればよいのだが」

ここでサー・トマスはファニーのほうをちらっと見やった。

「エドマンドについては、彼の性格や習慣からすると、兄よりも早く結婚しそうに思える。エドマンドはどうやら好きになれそうな女性を見つけたのではないかと、最近思っているのだがね。しかし長男のトムのほうはまだそんな女性に出会えていないようだ。どうかね? おまえもそう思わないかい、ファニー?」

「はい、伯父さま」

 それは静かだったが穏やかな言い方だったので、サー・トマスは『ファニーはトムかエドマンドのどちらかに恋をしているのではないか』という点では違うようだと分かり、胸をなでおろすことができた。しかし彼の警戒心が取り除かれたからといって、ファニーの不安がなくなったわけではなかった。ファニーの態度の不可解さが強まるにつれ、サー・トマスはますます不愉快になった。彼は顔をしかめながら、立ち上がって部屋を歩き回っていた。ファニーは目を上げる勇気もなかったけれども、伯父の不機嫌そうな顔つきがまざまざと浮かぶようだった。やがて、サー・トマスは威厳のある声でこう言った。

「クロフォードさんの性格を悪く思うのには、何か理由があるのかね?」

「いいえ、伯父さま」

 できることならファニーは『でも、彼の道徳心の無さはよく思っていません』と付け加えたかった。だが、それに伴う話し合いや説明という憂鬱な見通し、そしてたぶん納得もしてもらえないであろうことを思うと、ファニーの心は沈んだ。彼女がクロフォード氏を好きになれないのは主に自分の観察に基づいているのだが、それは従姉たちのためには決して父親のサー・トマスに打ち明けられないものだった。マライアとジュリア──特にマライアのほうはクロフォード氏の不品行と密接に関わっているので、自分の思う彼の本性について説明すれば、従姉二人を裏切ることになってしまうのだ。伯父のような洞察力があって立派で善良な人ならば、ただきっぱりと「彼のことが嫌いです」と言いさえすれば、それで分かってもらえるだろうとファニーは期待していたのだった。だがファニーにとって、この上なく悲痛なことに、それだけでは十分ではなかった。

サー・トマスは、びくびくとみじめな思いでファニーが座っている机のほうに近づいてきて、大変厳格な調子で冷ややかに言った。

「どうやらおまえと話しても無駄なようだ。こんな苦々しい話し合いは終わらせるべきだろう。クロフォードさんをもうこれ以上待たせるわけにはいかない。だがこれだけは言っておく、なぜならおまえの振る舞いについてわたしの意見を明らかにするのが自分の義務だと考えているからだ──おまえは、わたしがこれまで抱いてきた期待をことごとく裏切った。そしてわたしが思い描いていた性格とは全くの正反対だったと分かった。ファニー、わたしの態度にも表れていたかと思うが、イギリスに帰国して以来、おまえのことを大いに高く買っていたのだよ。とりわけおまえは勝手気ままな性格やうぬぼれとは無縁なのだと思っていたし、近頃、若い女性たちの間にさえも流行している、あの独立精神とやらに陥る傾向などないのだと思っていた。あの傾向は──特に若い女性の場合には──どんなありふれた不快な事柄にもまして腹立たしく不愉快極まりない。しかしおまえもそうやってわがままで強情で、独断で物事を決めるつもりなのだと分かった。おまえのことを導く権利のある人々に対して、何の思いやりも敬意も抱いていないのだね──そういう人たちの忠告を聞くことすらしないのだね。おまえは、わたしの想像していた姿とはまるで違った人間なのだということが分かった。おまえの親戚や両親、兄弟や妹たちの利益と不利益──そういった事柄については、ほんの一瞬も考えが及ばなかったようだ。どれだけ彼らが恩恵を受けるか、こんな玉の輿に乗ったことをどれだけ喜んでくれるか──そんなことはどうでもよいのだね。おまえは自分のことしか考えていないのだ。のぼせ上った若者が夢想するように、クロフォードさんが自分にぴったりの運命の人とは思えないし幸せになれそうにないからという理由で、ほんの少しも考えないですぐに彼のプロポーズを断ることに決めたのだろう。もうちょっと冷静に熟考してみたり、自分自身の気持ちを見つめ直すこともしなかったのだね──そして、ばかげた無思慮な気まぐれで、こんなにも望ましく立派で社会的地位も優れた相手との結婚のチャンスを棒に振るのだな。こんな素晴らしい機会はおそらくもう二度とおまえには訪れないだろう。今ここに分別も地位も人柄も財産も兼ね備えた青年がいて、彼はおまえのことをこの上なく愛してくれているのだよ。そして実に堂々とした私利私欲のない態度でプロポーズをしているのだ。言っておくが、ファニー、おまえがあと十八年生きたって、クロフォードさんの半分ほどの財産、あるいは十分の一ほどの長所を持った男性からプロポーズされることはないだろう。クロフォードさんになら、わたしの娘たちのどちらかだって喜んで嫁にやるだろうと思う。マライアは立派な結婚をしているが──だがもしクロフォードさんがジュリアにプロポーズをしていたとしたら、マライアをラッシュワースさんに嫁がせたとき以上にわたしは優れた気持ちになるだろうし、心からの満足感を覚えるだろう」それからやや一息ついた後──「もしマライアかジュリアが、今回の半分ほどの好条件の相手から結婚の申し出を受けたとして、それについて二人が何の相談もなくわたしの意見や配慮も無視し、即座にきっぱりとお断りしていたならば、わたしは驚いていただろう。そんなふうに事を進められていたら愕然としていただろうし、大いに胸を痛めていただろう。義務も敬意も著しく踏みにじる行為だと感じたにちがいない。しかし、おまえはわたしに子としての義務は負っていないのだから、この場合は同じ規範で判断すべきでないかもしれない。だがファニー、もしおまえが自分の心に照らして、自分は恩知らずでないと思えるなら──」

 サー・トマスは口をつぐんだ。このときにはもうファニーは激しく泣きじゃくっていたので、彼は腹を立てていたけれども、これ以上この話題について深入りしなかった。ファニーは、伯父の目に自分がどう映っているかを描き出されて、胸が張り裂けるような思いだった。こんな非難を受けるなんて──こんなにも厳しく、畳み掛けられるように責められて、ますます恐ろしさが募っていくようだった! サー・トマスはわたしのことを、わがままで、強情で、自己中心的で、恩知らずだと思っているのだ。彼の期待を裏切り、信用を失ってしまったのだ。これから自分はどうなってしまうんだろう?

「本当にごめんなさい」ファニーは涙を流しながら声を詰まらせて言った。「心から申し訳ないと思っています」

「申し訳ないだって! ああそうだ、申し訳なく思ってほしいものだ。そしてこれから先もずっと今日のやりとりを後悔するだろう」

「クロフォードさんの申し出を受けられたならよかったのにと思います」とファニーはさらに心を奮い立たせて言った。「でもわたしははっきり確信してるんです、自分は絶対にあの方を幸せにすることはできないし、自分もきっと不幸になってしまうだろうって」

 それから彼女はまたワッと泣き出した。だがそうやって激しく泣いているにもかかわらず──そのきっかけが「不幸」という不吉な言葉だったにもかかわらず──サー・トマスは『こうして泣いているのも、やや気持ちが和らいで心境が変化してきたせいかもしれない』と考え始めた。クロフォード氏本人から直接嘆願されれば、良い結果が得られる可能性はある。ファニーはとても臆病で神経質だということをサー・トマスは知っていた。だから、もう少し時間をかけて説得し、ほんのちょっとの我慢と催促、そして求婚者の側からもこうした手段の全てを慎重に組み合わせて迫ってみれば、プロポーズを受け入れられるような精神状態になるかもしれない。もしクロフォード氏が粘り強く頑張れば──もし粘り強く意志を貫けるだけの愛情を抱いていればうまくいくかもしれない──サー・トマスは希望を持ち始めた。こういった物思いが彼の心をよぎり、元気づけられた。

「まあ」サー・トマスはその場にふさわしい威厳を込めて、だが先ほどよりも怒りを和らげた口調で言った。「まあまあ、涙を拭きなさい。泣いたって仕方がない。さあ、今からわたしと一緒に下に降りよう。もうあまりにも長くクロフォードさんを待たせてしまっているのだ。自分の口から彼に返事をしなさい。そうでないと彼は納得しないだろう。それに、おまえの気持ちがなぜ誤解されてしまったのかを説明できるのはおまえだけなのだからね。あいにく彼は承諾してもらえたとすっかり信じ込んでいるようだ。わたしでは到底役目を果たせそうにない」

 けれどもファニーは一緒に階下に行くと言われてひどく尻込みし、悲痛な表情を見せたので、少し考えた末にサー・トマスは『好きなようにさせてやったほうがいいだろう』と判断した。その結果、クロフォード氏とファニーに対する彼の望みは少々くじかれてしまった。しかし彼は姪のほうに目をやって、彼女の泣きはらした顔や顔色の悪さを見ると、『すぐに二人を引き合わせるのは、得るところもあるかもしれないが失うものも大きいかもしれない』と考え直した。そのため、あまり意味のない言葉を二、三言ぶつぶつつぶやきながら、サー・トマスは自分だけ部屋を出て行き、気の毒な姪を一人にしておいてやった。後に残ったファニーは本当にみじめな気持ちで、今までのことを思い返して泣いていた。

 ファニーの心はすっかり滅茶苦茶だった。過去も現在も未来のことも、何もかもが恐ろしかった。だが何よりも、伯父の怒りこそがファニーに最も激しい苦痛を与えた。わがままで恩知らずだなんて! 伯父さまにはそう映っていたのだ! ファニーはしばらくの間ずっと打ちひしがれた気分だった。自分の味方になってくれる人も、相談する相手も、弁護してくれる人も誰一人いなかった。唯一の友であるエドマンドは留守で不在にしていた。彼なら、父親であるサー・トマスをなだめてくれたかもしれない。でもたぶん他のみんなは自分のことをわがままで恩知らずだと思うだろう。そういった非難を浴びせられるのを、これから何度も何度も我慢しなければならないだろう。とがめられるのを見聞きしたり、自分についての話題が出るたびに一生責められたりするかもしれない。ファニーは、プロポーズをしてきたクロフォード氏に対して怒りを覚えずにはいられなかった。だけど、もし万が一彼がわたしのことを本当に愛していて、自分と同じように不幸なのだったとしたら! ──お互い全くみじめな気分だろう。

 十五分ほど経ってサー・トマスがまた戻ってきたが、伯父の姿を見たファニーはほとんど気を失わんばかりだった。けれども彼は穏やかな口調で、その声には厳しいところも非難の響きもなかったので、ファニーは少し元気を取り戻した。彼の態度だけでなく、その言葉にもファニーはほっと安心した。サー・トマスはこう切り出した。

「クロフォードさんは行ってしまったよ、ちょうど今帰ったところだ。彼との話の内容を繰り返す必要はないだろう。彼がどう感じたかを説明して、おまえの今抱いている感情にさらに苦痛を重ねるつもりはない。ただ彼はこの上なく紳士的で寛大な態度で振る舞っていた、とだけ言えば十分だろう。彼は非常に優れた理解力と心持ちと性格を備えた青年だとあらためて確信したよ。おまえがつらい思いをしていることを伝えたら、彼はすぐさま、きわめて思いやりのある態度で『では今はお会いするのはやめておきましょう』と言っていたよ」

ここでファニーは顔を上げ、またうつむいた。

「もちろん」とサー・トマスは続けた。「彼がたとえ五分でもいいからおまえと二人きりで話したいと願い出たとしても、不思議ではないのだ。それは至極もっともな申し出だし、正当な権利でもあるから、断ることはできないだろう。次の話し合いがいつになるのかは決められていないが、おそらく明日か、もしくはおまえの気持ちが十分落ち着いたらでよかろう。当分はただ気持ちを落ち着かせればいい。さあ泣くのはおよしなさい、泣いてもしんどくなるだけだ。おまえがもしわたしに敬意を示したいと思っているのなら──きっとそうしてくれるだろうと思っているが──そんな悲しみに浸るのはやめて、もっと気を強く持つよう自分に言い聞かせなさい。外に出てみるのもよいだろう、外の空気を吸えば気分も良くなる。一時間ほど砂利道を散歩してごらん、植え込みのところは誰もいないだろうし、空気も澄んでいて運動に最適のはずだ。それから、ファニー(と彼は一瞬振り返って)、今日の出来事については下の階の人たちに話すつもりはない。バートラム伯母さまにも言わないつもりだ。残念な話を広めても意味はないからね。おまえもこの件については何も言わないでおきなさい」

 この命令には大喜びで従えた。ファニーは、伯父の親切さを心の底から身にしみて感じた。ノリス夫人のはてしなく続く叱責を受けないで済むなんて! ──後に残されたファニーは感謝の気持ちで胸が熱くなった。ノリス夫人から叱責されないのならば、何だって耐えられる気がしたし、クロフォード氏と顔を合わせるのさえそれほど脅威には感じなかった。

 ファニーはすぐに伯父の勧めどおり外に散歩に出て、できるだけそのアドバイスすべてを実行した。涙を拭き、一生懸命心を落ち着かせ、もっとしっかりしようと努めた。自分はサー・トマスを安心させたいと願っていること、そして彼の好意を取り戻そうと努力していることを証明したかったのだ。この件の一部始終を伯母たちに秘密にしておいてくれたことも、ファニーを奮い立たせた強力な動機だった。自分の表情や振る舞いから疑念を起こさせないようにしよう。その目標は達成する値打ちがあった。ファニーは、「ノリス伯母さまに知られないで済むなら、何だってできそうだわ」と感じた。

 散歩から戻ってきて東の部屋に向かうと、ファニーは度肝を抜かれるほどびっくりしてしまった。なんと、あかあかと燃える暖炉の火が最初に目に入ってきたのだ。暖炉に火とは! ファニーは身に余る思いだった。ちょうどあんな話し合いをした直後にこんな贅沢を許してもらえるなんて、感謝の念で胸が苦しくなるほどだった。「サー・トマスは、こんな些細なことまで考えて下さる余裕があったのかしら」とファニーは驚いた。だが世話をしに来たメイドが自ら語ってくれた話によると、「毎日暖炉に火を焚くように」とサー・トマスから命じられたとのことだった。

『もし伯父さまへ心からの感謝を抱いていなければ、わたしは本当に人でなしだわ!』とファニーは独り言を言った。『ああ神様、恩知らずな人間には絶対なりませんように!』

 それからディナーの時間まで、ファニーは伯父にもノリス夫人にも会わなかった。ディナーの場での彼女に対するサー・トマスの振る舞いは、可能なかぎり以前とほとんど同じだった。サー・トマスは態度を変えることはないだろうとファニーは信じていたし、いつもと違うと思ったとしても気のせいにすぎなかった。だが、まもなくノリス夫人がファニーをガミガミ叱り始めた。ファニーが自分に何の断りもなく散歩に出たことをノリス夫人はとてつもなく不愉快に思い、くどくど小言を言ってきたのだ。それだけでノリス夫人がこんなにも不愉快になるのだと分かると、ファニーはサー・トマスの親切をなおいっそうありがたく感じた。そのおかげで、さらに重大な問題に関して、同じような趣旨の説教を受けずに済んだのだ。

「もしおまえが外に出ると分かっていたなら、うちまで行ってメイドのナニーへ指示を伝えてもらおうと思っていたのに」とノリス夫人は言った。「おかげで自分で行く羽目になっちゃったじゃないの、本当に面倒ったらありゃしない。わたしは時間を割く余裕なんてほとんどないのよ。おまえが外出することをわたしたちにちゃんと知らせてさえいたら、こんな面倒は省けたのよ。植え込みを歩こうが、わたしの家まで行こうが、大した違いなんてなかったでしょうに」

「わたしがファニーに植え込みを歩くよう勧めたのだよ、あそこは道が一番乾いているからね」とサー・トマスが言った。

「あら」ノリス夫人は一瞬言葉を詰まらせた。「それは大変なご親切でしたわね、サー・トマス。でもご存じないでしょうけど、わたしの家までの道もかなり乾いていますのよ。ファニーにはきっと良い散歩になったでしょうに。人の役に立ちますし、伯母の助けにもなるという利点もありますわ。全部あの子のせいですわ。外出することをわたしたちに知らせていたなら──だけどファニーにはそういうところがありますのよ、わたしは前からしょっちゅう気付いていましたわ──あの子は何でも自分のやり方でやりたがるんです。指図されるのを嫌がってるんですわ。いつでも自分のやりたいときに、勝手気ままに散歩ができると思ってるんですの。ファニーは秘密主義で、独立心旺盛で、ばかげた振る舞いをするところがあります。そういった部分は直すよう注意してやりましょう」

 ファニーに対する叱責の言葉としてこれほど不当な非難はないとサー・トマスは思った。でも彼はついさっき自分でも同じような表現を使ってしまったのだった。彼は何とか話題を変えようとしたが、何度試してみてもなかなかうまくいかなかった。ノリス夫人は、今この瞬間も、他の場合でも、ファニーに対するサー・トマスの態度についての洞察力を十分持ち合わせていなかった。だから、彼が自分の姪をどれだけ高く評価しているかにも全然気付いていなかったし、ファニーをけなして我が子たちを贔屓することなど彼は到底望んでいないことにも、まるで気付いていなかったのだ。ノリス夫人はディナーの半分はファニーに向かってネチネチ小言を言い続け、この秘密の散歩についてずっと腹を立てっぱなしだった。

 けれどその時間もようやく終わった。嵐のような午前中を終えた後からすると、ファニーは予想よりもずっと落ち着いた雰囲気の中、明るい気分で夜を迎えられた。そもそも、ファニーは「自分は正しいことをしたんだ、自分の判断は間違っていなかったはずだ」と信じていた。自分の意図についてもまったく純粋なものだと保証できた。そして、伯父の不快感はきっと和らぐだろうと希望を持てる気持ちになっていた。「もっと公平な見方でこの件を考慮して下されば、伯父さまの怒りもきっと収まるわ。愛情のない結婚をすることがどれだけみじめで、許されないことで、絶望的でひどいことか、きっとお分かりになるはずだわ。善良な人なら必ずそう感じるにちがいないもの」

 結局、ファニーが恐れていた翌朝の話し合いはなく、この件はようやく終わったんだとファニーは喜んだ。クロフォード氏がひとたびマンスフィールドを去れば、こんな事件はまるで存在しなかったかのように、万事また元に戻るだろう。クロフォード氏が自分への愛情のせいで長期間苦しむなどとはファニーは到底思わなかったし、そんなことはありえないと信じていた。彼はそんなタイプの人ではないのだ。ロンドンでの生活がたちまち傷を癒してくれるはずだ。ロンドンに行けば彼はすぐに、「自分はなぜあんなに熱を上げていたのだろう」と不思議に思って、プロポーズを断ったわたしに対して感謝するようになるだろう。そのおかげで彼は不幸な結果から逃れることができたのだから。

 ファニーがこのような期待を抱いて物思いにふけっていると、お茶の後まもなく、サー・トマスが呼び出されて部屋を出た。こういったことはよくあることだったので彼女は別に驚きもしなかったし、伯父が出て行ったことについて何も考えなかった。しかし十分後、再び執事が現れてまっすぐファニーのほうに近づき、こう言った。

「サー・トマスがお呼びです。書斎のほうでお話があるとのことです」

その瞬間、ファニーは何が起こっているのか悟った。クロフォード氏が来ているのではないかという疑念がサッと頭をよぎり、顔から血の気が引いていった。だが、すぐに立ち上がってその言いつけに従おうとしたところ、ノリス夫人が急に声を上げた。

マンスフィールド・パーク マンスフィールドパーク

「ちょっとちょっと、待ちなさい、ファニー! 何をしてるの? ──どこへ行くつもりなの? そんなに急ぐんじゃありません。呼ばれたのはおまえじゃありませんよ、わたしなのよ、絶対間違いないわ(執事のほうを見ながら)。おまえは本当に出しゃばりな子ね。サー・トマスがおまえに一体何の用があるというの? わたしのことでしょ、バッドリー、そうよね? すぐに行くわ。わたしのつもりで言ったのよね、バッドリー。きっとそうだわ。サー・トマスはわたしをお呼びなのよ、ミス・プライスじゃないわね」

だがバッドリーは毅然としていた。

「いいえ、奥さま、サー・トマスがお呼びになったのはミス・プライスです。確かにミス・プライスで間違いありません」

 そう言いながらバッドリーはかすかな笑みを浮かべていたが、その言葉には『あんたではちっとも役目を果たせんでしょうよ』という響きが込められていた。

ノリス夫人はたいそう不満げに、また針仕事に戻って気持ちを静めねばならなかった。ファニーはどぎまぎしつつ覚悟をしながら部屋を出て、予想通り、数分後にはクロフォード氏と二人きりになっていたのだった。

 

タイトルとURLをコピーしました