『「高慢と偏見」殺人事件』正直レビュー

 

はじめに

ジェイン・オースティン作品のパスティーシュ(二次創作)といえば、無数にあります。
最も有名なのが『高慢と偏見とゾンビ』でしょうか。

筆者の知っている限りでは他にも、
Mr. Darcy’s Diary(ダーシー氏の視点から綴られた日記)
The Longbourn Letters: The Correspondence between Mr Collins & Mr Bennet(コリンズ氏とベネット氏が文通を続けているという設定の書簡体小説)
Longbourn(ロングボーンの使用人たち視点から語られた高慢と偏見)
The Other Bennet Sister(メアリー・ベネット視点の高慢と偏見)
Henry and Fanny: An Alternate Ending to MANSFIELD PARK(マンスフィールド・パークの別のエンディング)

などなど枚挙に暇がないほど存在し、200年以上経っても衰えないオースティンの人気が伺えます。
登場人物たちが一人歩きできるほど性格造形がしっかりしていることや、6作しか完成作品が残されていないことが、創作意欲を刺激するのでしょう。

殺人事件を絡めたミステリ系も人気があるようで、日本語化された作品もあります。

高慢と偏見、そして殺人(ウィカムが殺人犯として逮捕される)
Miss Austen Investigates(ジェイン・オースティン自身が探偵となって事件を解決する)
Being a Jane Austen Mystery(こちらもオースティンが探偵役)

 

そしてこの度、新たに『「高慢と偏見」殺人事件』が2025年2月6日に刊行されるということで、一足お先に読ませていただきました。
(早川書房様、ありがとうございます!)

高慢と偏見殺人事件 クローディア・グレイ

 

『高慢と偏見』殺人事件 (ハヤカワ・ミステリ)

高慢と偏見殺人事件 クローディア・グレイ

全部で約450ページありますが、二段組みなので実質その倍の長さはあり、読了するのに5日ほどかかりました。

 

あらすじ

本作は、『高慢と偏見』のエリザベスとダーシーが結ばれてから22年後の1820年から始まる。
ダーシー夫婦は、長男ジョナサンと共に、『エマ』のナイトリー夫妻が住むドンウェル・アビーで開催されるハウスパーティーに参加する。

招待客は他にも、
『説得』のウェントワース夫妻(アンとウェントワース大佐)、
『分別と多感』のブランドン大佐夫妻(マリアンとブランドン大佐)、
『マンスフィールド・パーク』のバートラム夫妻(ファニーとエドマンド)
『ノーサンガー・アビー』のキャサリンの娘、ジュリエット
がいた。

初日の晩、突然ウィカムがディナーの最中に現れ、皆は動揺する。
詐欺まがいの投資話で多くの人から金を巻き上げていたウィカムは、ナイトリー氏やウェントワース大佐らの恨みを買っていた。
そして嵐に閉ざされた二日目の晩、ウィカムが何者かに殺された……!
使用人や外部の人間の仕業ではないことは明らかなため、招待客たちの中に殺人犯がいることは確実。
正義感と好奇心から、『ノーサンガー・アビー』のキャサリンの娘ジュリエットとジョナサンは二人で事件を調査することに。

パーティの招待客は誰もが動機や秘密を抱えている。はたして犯人の正体は?

※公式のあらすじで「キャサリンの娘エリザベス」となってますけど、ジュリエットの間違いでは?⇒編集者の方によると訂正されたそうです、書籍の方は重版の際に修正されるとのこと)

 

なお、日本語タイトルは分かりやすさ重視のためか、『「高慢と偏見」殺人事件』となってますが、原題はThe Murder of Mr. Wickham(ウィカム氏殺人事件)です。
日本語ではエリザベスとダーシー氏が中心の話かのように思われるかもしれませんが、実際は探偵役のジュリエットとジョナサンが主人公的な立ち位置です。

 

こちらで試し読みできます↓
【試し読み】J.オースティン作品のカップルたちが嵐の館で推理合戦!『『高慢と偏見』殺人事件』

 

 

殺害の動機

招待客たちは誰もがウィカム殺害の動機を持っていて怪しさ満点です。
加えて、それぞれが夫婦関係についての悩みを抱えており、原作の後日譚的な面も味わえます。

 

『エマ』
…ナイトリー氏の弟ジョンが詐欺に遭い、ウィカムに多額の借金あり。ナイトリー氏は弟の債務保証人になっていた。保証人になったことについて一言も相談を受けなかったエマは、夫に激怒。

 

『高慢と偏見』
…ダーシー氏はウィカムとは長年の因縁の仲。ダーシー夫妻はウィカムの娘スザンナを娘同然に可愛がっていたが、8か月前にウィカムの元にいる時に亡くなってしまう。エリザベスは深い悲しみに沈んでいるが、あまり悲しんでいるように見えないダーシー氏とは心に隔たりが生じてしまった。

 

『マンスフィールド・パーク』
…冒頭からファニーが誰にも言えない重大な秘密を抱えて悩んでいる。どうやら兄のウィリアムに関係するらしい。中盤あたりまで内容が明かされないのでかなりじれったかった。この秘密のせいで夫婦仲に亀裂が入る。

 

『分別と多感』
…ブランドン大佐の昔の亡き恋人イライザが、ウィカムに捨てられた末に娘をもうけていた。ブランドン大佐はウィカムに娘の存在を伝えようとしていたと同時に、ウィカムに憎しみを抱いている。心を閉ざしたままのブランドンとマリアンの仲は新婚なのにギクシャク。

 

『説得』
…ウェントワース大佐はウィカムの投資話にまんまと騙され、ほぼ全財産を失ってしまった。プライドを傷つけられたウェントワース大佐は自暴自棄となり、アンとのいさかいが絶えない。

 

感想(ネタバレなし)

犯人は当てられずでした……!
目星を付けていた人物はあまりにも動機が強力で怪しすぎて、その場合は犯人ではないのが定石のため、途中でこれは違うなと変えたものの。
犯人らしくない人が犯人だろうとは思いましたが、最終的にはなかなか意外な人物でした。

まとめ方も綺麗で、オースティンのファンも納得できる終わり方。
(それでも、いかなる理由があろうと人を殺めた過去があるのは、その後社交界で受け入れられるのかと若干心配ですが…)
まえがきで作者が述べていたように、登場人物の設定をちょっといじくったのはこのためだったのか!と腑に落ちました。
ある意味かなりの伏線です。
本作でのオリジナル設定は…

・ダーシー氏とナイトリー氏は、学生時代の友人(同年代)
・エドマンドはナイトリー氏の親戚
・ブランドン大佐はエマの親戚
・ウェントワース大佐夫妻はハートフィールドの賃借人
・ジュリエットとマリアンは同年代

高慢と偏見殺人事件 クローディア・グレイ

各自の年齢や人間関係を把握するのが最初は大変だったので、原作すべてを読んでない人はちょっと苦労するかもです。
『高慢と偏見』はせめて読んでいてほしいですが、でも他作品は未読でも十分楽しめるとは思います(ただし、各作品の結末がサラッと言及されてるので注意)

 

ジョナサン・ダーシーとジュリエット・ティルニー

探偵役のジョナサンとジュリエットという、絶対に無実の二人が中心となって話が進み、当然ながら二人の距離が縮んでいくさまも描かれます。
最悪の第一印象→だんだんと惹かれ合う、の流れが『高慢と偏見』そのままでクスリ。
他にもオースティンの熱心な読者ならニヤリとするようなオマージュ的な箇所がいくつもあります。(「エリザベスは黄色いドレスが好き」、「白スープ」、「生け垣がその地方にあるかどうか」、「刺繍の出来を確かめにくる」など)

ジョナサンはミニ・ダーシーという感じで、今で言うアスペルガー…?
堅物で会話が苦手、ギボンの『ローマ帝国衰亡史』について語り出すと止まらない。言外の意味を察するのが不得手で、数学や計算が得意な理系男子。
一方のジュリエットは、物怖じせず果敢に事件解決に挑む、好奇心旺盛な17歳女子。
ジュリエットが夜中にトイレに行きたくなる「生理的欲求」を描いた場面は滑稽であると同時に興味深かったです。18世紀のヴェルサイユ宮殿でも部屋でおまるを使用してたらしいですが、この時代もまだそうだったのかと……(たぶんきちんと時代考証されてるはず)

エリザベスとダーシー氏も容疑者候補のうちに入るので、ジョナサンは両親を犯人だと疑いたくない気持ちと、真実を追求したい気持ちで葛藤します。そんな心情を理解しつつも、あくまでも正義を貫いて犯人を見つけたいジュリエットとは衝突してしまう場面もあり……

 

被害者ウィカム

まあとにかくウィカムが憎たらしい。
詐欺、恐喝、色事など悪事の限りを尽くし、原作の1000倍は厚かましくて憎たらしくて、読者のほとんどが「早くウィカム死んでくれ」と心の底から願いながら読んでいたはず。やっと殺されたときはせいせいしました。
作者によると、『高慢と偏見、そして殺人』を読んだときに被害者と犯人が自分の期待と違っていたことが本作執筆の動機となったそうです。

 

 

原作へのリスペクト

全体的に、原作の登場人物たちの雰囲気は保たれていたと思います。イメージとかけ離れているような人はほぼいなかったので、原作をきちんと理解して研究し、尊重しているように感じました。
ただ、作者は『マンスフィールド・パーク』があまり好きではないのだろうなと…。ファニーの臆病さやエドマンドの信仰の篤さ、堅物で道徳的なところが過剰に強調されすぎてる気がしました。エドマンドが聖書引用してエルトン氏とやりあうところは辟易してしまった…。どうかこれで『マンスフィールド・パーク』つまらなさそう、と思わないでほしい。

 

謎解き、推理について

証拠として、割れた封蝋、ハンカチ、指輪、スコップ、服の一部などが次々に発見されます。作中に提示された手がかりだけで犯人を推理できたかどうかは、再読してみないと不明です。見逃していた伏線があったかも……
なお近代的な警察組織が存在しない時代なので、公的な事件捜査は地元の治安判事(おもに貴族やジェントリ)が担当し、裁判官として判決も下せます。今回はその治安判事役がなんと『エマ』のフランク・チャーチルです。
一つだけ疑問だったのは、ジュリエットが遺体を最初に発見したとき、なぜ彼女がその部屋にいたのかを誰も追及しないのかということ。
ミステリで第一発見者はまず疑われるのだけれども……

 

翻訳について

若干硬めな訳。
でも意味が分からなくて何度も読み返さなくちゃならない文は少なかったし、大体はスラスラ読めたので、そこまで日本語でひっかかることはなかったです。
ただし、「わたしならこうは訳さないな」と思う箇所がいくつかありました。

・ウェントワース大佐からアンへの呼びかけは、私なら「きみ」にする。「あなた」では距離を感じる…
・「マァム」は「奥さま」というぴったりな日本語があるので、それを使えばよいのでは…?
・「サー」(Sir)は逐一訳さなくていいような…使用人から主人への呼びかけなら、「旦那様」でいいだろうけど、それ以外の場面では不自然なので訳出不要と思いました。
・ページ数が限られているからなのか?英語的な名詞中心の文が目についた。私なら日本語らしく柔らかい動詞中心の文にする。
・「巡回図書館」(circulating library)は「貸本屋」の訳のほうが適切だと思う。図書館が移動するみたいに聞こえる。
・地の文では「~嬢」、会話文では「ミス・~」が混在してるのでどちらかに統一してほしい。
(訳者あとがきでマライアをエドマンドの「姉」と間違えられてる所からすると、原作全てを読んでらっしゃらない…?)

 

まとめ

犯行の動機は、「あーそりゃウィカム殺されても仕方ないね」という納得のいくものでしたし、誰も悪者にならない結末のため、原作ファンも安心でした。
事件の捜査を通じて接近するジョナサンとジュリエットの初々しさやぎこちなさが微笑ましく、オースティン的な笑いやユーモアの要素も所々にあって、シリアスに傾きすぎないのが個人的にはよかったです。二人の恋の行方が気になります…!
原作のイメージを保ちつつうまくまとめあげられているので、オースティンファンはきっと楽しめると思います。

訳者あとがきによると、どうやら英語版は続編が第4作まであるそうなので、売れ行きがよければ日本語でも続編期待できるかもですね。
2025年はジェイン・オースティン生誕250周年でもあるので、ますますオースティン界隈が盛り上がりそうです。

 

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