マンスフィールド・パーク 第47章/スキャンダルその後、失意のエドマンド

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 屋敷に残されたバートラム夫人とトムとノリス夫人はみじめな思いをしていた。それぞれ三人とも「自分が一番不幸だ」と信じていた。けれどもノリス夫人はマライアのことを可愛がっていただけに、本当に誰よりも苦しんでいた。マライアはノリス夫人の一番のお気に入りであり、最も愛しい姪だったからだ。ノリス夫人は「ラッシュワース氏との縁組はわたしの肝入りなのよ」と常日頃から誇らしく感じ、自慢げに吹聴していたが、それがこんな結末を迎えてしまったことで、魂を抜かれたも同然だった。

 ノリス夫人はすっかり別人のようになってしまい、ぼんやりとして無口になり、周囲で何が起ころうとも関心を払わなくなった。妹や甥とともに取り残され、屋敷すべてを彼女の監督下に置けるというのに、そのせっかくのチャンスもふいにしてしまった。誰かに命令をしたり指図したりすることもできず、自分は役に立つ存在だと思い込むことすらできなかった。真の不幸に襲われると、ノリス夫人の活動力はすっかり麻痺してしまうのだ。バートラム夫人もトムも、ノリス夫人からはこれっぽっちも助けてもらえず、助けようという試みも見られなかった。夫人は二人に何もしてやらなかったが、彼らはお互いに助け合うこともなかった。三人とも同じように孤独で無力でみじめだった。そして今エドマンドとファニーとスーザンが到着したことも、ノリス夫人が一番みじめであることをよりいっそうはっきりさせただけだった。バートラム夫人とトムたちはほっと安堵の胸を撫でおろしていたけれど、そんなことはノリス夫人にとって何のためにもならなかった。バートラム夫人はファニーを歓迎し、トムもエドマンドの帰りを喜んでいた一方、ノリス夫人はどちらからも慰めなど得られなかった。むしろファニーの姿を見るとますますイライラしたし、怒りで見境がつかなくなったあまり、このスキャンダルの元凶はファニーだと非難したいほどだった。もしファニーがクロフォード氏のプロポーズを受け入れていれば、こんなことにはならなかったはずなのだ。

 スーザンの存在も目障めざわりだった。ノリス夫人はちらっと冷ややかな視線を送っただけで、スーザンのことをスパイ、侵入者、貧乏な姪と見なし、何もかも忌まわしいと思うばかりだった。もう一人の伯母からは、スーザンは穏やかに優しく迎えられた。バートラム夫人はスーザンにそれほど多くの時間を割いてやったり言葉をかけてやることはできなかったけれども、「スーザンはファニーの妹なのだから、マンスフィールドにいる権利があるのだわ」と感じ、さっそくキスをしてやり好感を持った。スーザンはそれで十分すぎるくらい満足だった。というのもスーザンは、「ノリス夫人からは不機嫌な顔をされるだけで、それ以外には何も期待できないだろう」とよく心得ていたからだ。たくさんの幸せに恵まれ、数多くの害悪から逃れられるという最高の喜びに力を得ていたので、今よりもっと無関心な扱いを受けたとしてもスーザンは平気でいられただろう。

 スーザンは今ではかなりの時間をほったらかしにされていたため、屋敷や敷地内を好きなだけ散策して、毎日たいへん幸せに過ごすことができた。その間、こんな事件がなければスーザンに付き添っていたであろう人たちは部屋にこもりきりになり、自分をすっかり頼りきって慰めを求める人たちの世話で手一杯になっていた。エドマンドは兄を支えることに専念して自分の気持ちを抑え込もうとしていたし、ファニーはバートラム夫人に献身的に尽くし、いままで以上の熱意をもってかつてのあらゆる役割に戻った。「こんなにも自分を必要としてくれている伯母さまのためには、どれだけ尽くしても尽くし足りないわ」とファニーは思っていた。

 バートラム夫人にとって、あの恐ろしい事件についてファニーと語ったり嘆いたりすることが何よりの慰めだった。辛抱強く話を聞いてあげて、お返しに優しい同情の言葉をかけてやること、それが夫人のためにできるすべてであり、他の方法で慰めるなど問題外だった。この件には救いの余地などないからだ。バートラム夫人は物事を深く考えるタイプではなかったものの、サー・トマスの導きのおかげで人として大切な事柄については正しい考え方をしていた。そのため事の深刻さは理解していて、この事件の罪や不名誉を軽く考えてはいなかったし、ファニーに助言を求める必要もなかった。

 バートラム夫人の愛情は激しいものではなく、いつまでも執着するたちではなかった。やがてファニーは、バートラム夫人の考えを他の物事に向けさせて、日常の雑事への関心を取り戻すこともできそうだと気付いた。だがいったんあの事件のことが頭から離れなくなると、バートラム夫人は一つの見方しかできなくなり、「娘を一人失ってしまったわ。もう二度とこの汚名を晴らすことはできないんだわ」と思い詰めてしまうのだった。

 まだ明るみに出ていない詳細については、ファニーはバートラム夫人から全部教えてもらった。夫人は理路整然とした話ができる人では決してなかったが、サー・トマスとの間で交わされた何通かの手紙や、ファニー自身すでに知っている事実を手がかりにしたり、それらをつなぎ合わせたりしたおかげで、まもなくこの話に関わる状況を理解することができた。

 ラッシュワース夫人は、イースター休暇を過ごすため、つい最近親しくなったばかりのある一家とトゥイッケナムに行っていた。その一家はみな陽気で感じが良い人たちだったが、おそらくモラルや分別もそれ相応のものだったのだろう──というのも、その家にはクロフォード氏が始終出入りしていたからだ。彼がその近辺にいたことはファニーもすでに知っていた。ちょうどその頃ラッシュワース氏はバースに行っており、そこで母親と二、三日滞在してからロンドンに連れて戻ってくる予定だった。マライアは何の遠慮もなくこの友人たちと行動できたし、ジュリアとさえも一緒ではなかった。ジュリアは二、三週間前にウィンポール通りの屋敷を出て、サー・トマスの親戚宅を訪問していたのだ。今ではジュリアの両親は、「ジュリアが家を移ったのはイェーツ氏と駆け落ちしやすくするためだったのではないか」と考えるようになっていた。ラッシュワース一家がウィンポール通りに戻った直後、サー・トマスはロンドンにいる親しい旧友から手紙を受け取っていた。その手紙はこう勧めていた。「ラッシュワース夫妻について不安を覚えるようなことを数多く見聞きしたので、ぜひともサー・トマス自身にロンドンへお越し願いたい。ご令嬢に対し父親としての権威を発揮して、あの二人の親密な関係を終わらせるべきである。すでに彼女は不愉快な噂に晒され、ラッシュワース氏も明らかに動揺している」と。

 この手紙の忠告に従ってサー・トマスは行動を起こそうと決心した。そしてマンスフィールドの人たちには誰にもその内容を伝えずにいたところ、二通目の手紙が追いかけるようにして同じ友人から速達便で送られてきた。その速達の知らせによれば、若い二人の立たされている状況はほぼ絶望的だった。ラッシュワース夫人が夫の家から逃げ出したのだ。ラッシュワース氏は激しい憤りと悲嘆に暮れて、このサー・トマスの友人(ハーディング氏)のもとに助言を求めに来たのだった。ハーディング氏は、少なくともきわめて軽率な行動があったのではないかと危惧した1。老ラッシュワース夫人の侍女は、この件を世間に公表すると言って物騒な脅迫をしていた。ハーディング氏は一刻も早くマライアが戻ってくることを願いながら、この侍女の口を封じようと全力を尽くしたが、ウィンポール通りではラッシュワース氏の母親の命令で、まったく正反対の行動をして盛んに言いふらしているのだから、最悪の結末が懸念された。

 この恐怖の知らせはもはや他の家族にも隠しておくことなどできなかった。サー・トマスはロンドンに向かい、エドマンドも同行した。他の三人は不幸のどん底のまま取り残されたが、ロンドンから続報の手紙を受け取るたびにもっと不幸になっていった。その頃にはもはや絶望的なほど何もかも世間に知れ渡っていた。老ラッシュワース夫人の侍女がこの件を暴露しており、奥様の後ろ盾もあって黙らせることができなかったのだ。マライアと老ラッシュワース夫人は同居していたのはほんのわずかな期間だったにもかかわらず、もうすでに犬猿の仲だった。嫁に対するしゅうとめの反感は、息子可愛さによる気持ちもあるのだろうが、おそらく老ラッシュワース夫人がこの嫁から無礼な扱いを受けたせいでもあるのだろう。

 そうとはいえ、老ラッシュワース夫人はまったく手に負えない相手だった。だがもし老夫人がこれほど強情でなかったとしても、あるいは息子に対してこれほど影響力がなかったとしても(発言力の強いこの母親はいつも息子を支配して、意のままに操って黙らせることができた)、この事件を秘密にしておける望みはなかっただろう。なぜなら、マライアは一向に姿を現さなかったので、これはクロフォード氏とどこかに雲隠れしてしまったのだろうと結論づけるしかなかったからだ。クロフォード氏は「旅行に行く」と言って叔父の提督宅から出かけていたが、それはまさにマライアが姿を消した日だった。

 しかし、サー・トマスはもうしばらくロンドンにとどまった。世間的な評判は完全に地に落ちてしまったけれども、娘を何とか探し出して、彼女がこれ以上堕落するのを阻止したいと願っていた。

 サー・トマスの現在の心境についてはファニーは想像するのも耐えがたかった。今のサー・トマスにとって、不幸の源でない子どもはエドマンドただ一人しかいないのだ。トムの病気は妹のスキャンダルにショックを受けたせいでひどく悪化し、回復がまた遅れてしまった。バートラム夫人でさえもその変わりように驚愕し、しょっちゅう不安な気持ちを夫に書き送るのだった。サー・トマスがロンドンに到着するなり知らされたジュリアの駆け落ちというさらなる追い打ちは、その瞬間の衝撃は弱かったとしても、さぞかしひどくこたえているにちがいない。サー・トマスの手紙には彼の痛恨の念が表れていた。いかなる状況下であろうとイェーツ氏との結婚など歓迎されなかったであろうが、こんなこそこそとしたやり方で、しかもこんな時を選んで決行するとは、ジュリアの感覚はまともではないように思われるし、イェーツ氏のような相手を選ぶ愚かさ加減がいっそう際立つのだった。最悪の時期に、最悪の方法でまずいことをやらかしたものだ、というのがサー・トマスの言葉だった。ジュリアの場合は、マライアに比べれば悪徳というより愚行なので、多少は大目に見ることはできた。しかしジュリアの取った行動は、姉のようにこの先最悪の結末を迎える可能性もあると思われた。ジュリアの駆け落ちについてサー・トマスが下した意見は以上のようなものだった。

 ファニーはサー・トマスに痛切なほど同情した。彼にはエドマンドしか慰めになる存在がいないのだ。他の子どもたちはみな彼の心をひどく苦しめているにちがいない。自分はクロフォード氏のプロポーズを断ったことでサー・トマスの不興を買ったが、ノリス夫人とはまた違った考え方で2、いまではそれも消え去っているだろう。やはりファニーは正しかったのだ。クロフォード氏の行動を見れば、彼のプロポーズを断ったのは正しい行いだったのだと理解されるはずだ。しかしこれはファニーにとっては一大事ではあったけれども、サー・トマスにとってはむなしい慰めだろう。伯父の不興はファニーにとって恐ろしいものだったが、いまや彼女が正しいことが証明されたといって何になるだろう? サー・トマスに対するファニーの感謝の念や愛情が一体何になるだろう? 伯父の心の支えはエドマンドただ一人なのだ。

 ファニーは、「今のところエドマンドだけはお父さまを苦しめていないはずだわ」と思っていたが、その点は間違っていた。確かにその苦しみは、他の子どもたちがサー・トマスに与えている苦痛ほど痛烈なものではなかった。しかしサー・トマスは、「妹マライアと友人クロフォード氏の罪の巻き添えに遭って、エドマンドの幸せが台無しにされてしまった」と考えていた。エドマンドはミス・クロフォードとの縁を切らなければならないのだ。エドマンドが彼女のことを愛していたのは明らかであり、プロポーズが成功しそうな見込みもかなりあった。そんな気持ちを抱きながらエドマンドはずっと彼女のことを追いかけていたし、あの見下げ果てた兄を除けば、どの点においてもきわめて好ましい縁組になっていただろう。ロンドンにいる間、他のすべての悩みに加えて、エドマンド自身は内心どんな苦悩を抱えているのか、サー・トマスは気付いていた。彼は息子の心境を見て取ったり推測もしていたので、「エドマンドはミス・クロフォードと一度は会見したはずだが、かえってよけいに心痛が増したようだ」と考えるだけの理由があった。そのため、他の子どもたちにおとらずエドマンドのことが心配になってきたので、サー・トマスは彼をロンドンから離れさせたいと願い、ファニーをバートラム夫人のもとに連れて帰るという任務を託したのだった。それはファニーとバートラム夫人の慰めや助けになるだけでなく、エドマンドの傷心を癒すことにもなるだろうという思惑があったのだ。ファニーはそんなサー・トマスの思惑を知らなかったが、サー・トマスも同じくミス・クロフォードの本性を知らなかった。もしサー・トマスがミス・クロフォードと息子との会見の際に交わされた会話を知ったならば、たとえ彼女の持参金が二万ポンドではなく四万ポンドだったとしても、息子と結婚させたいとは決して思わなかっただろう。

「エドマンドとミス・クロフォードの仲は永久に引き裂かれてしまった」ということは、ファニーにとって疑問の余地はなかった。とはいえ彼も同じように感じていると知るまでは、十分にその確信が持てなかった。「彼もきっと、ミス・クロフォードとは二度と結ばれないと感じているはずだわ」とファニーは思っていたが、それを保証してくれるものがほしかった。もしいま彼が率直に胸中を打ち明けてくれたなら──以前は時としてそれが重荷に感じられたが──どれほど気が休まるだろう。でも打ち明けてくれるはずがないとファニーは分かっていた。エドマンドの姿を見ることはほとんどなく──決して二人きりにはならなかった──彼はたぶん二人きりになるのを避けているのだろう。そのことから推測できることといえば何だろうか? この一家の不幸な出来事の中で、エドマンド自身特につらい思いをしているせいで打ちひしがれているものの、あまりにひどいショックを受けているため、ほんの少しですら話題に出すことができないのだ。これが彼のいまの心境にちがいない。彼はミス・クロフォードのことをあきらめたけれども、それには激しい苦悶が伴い、誰かに話す余裕さえないのだ。ミス・クロフォードの名がふたたび彼の口に上がるまでには相当長い時間かかるだろうし、以前のような心を許した会話が復活するのもしばらくは望めそうにないだろう。

 確かにそれは長い時間がかかった。マンスフィールドには木曜日に到着したのだが、エドマンドがあの件をファニーに語り始めたのはやっと日曜日になってからだった。その日曜の晩──しとしとと雨が降り、もし友人がそばにいれば胸襟を開いて何もかも打ち明けたくなるような晩だった──エドマンドはファニーとともに座って過ごしていた。ちょうど部屋にはバートラム夫人以外に誰もおらず、バートラム夫人は日曜礼拝で感動的な説教を聞いた後、さめざめと泣き疲れてうたた寝をしていた──話をせずにいるなど不可能だった。例のごとく、初めは何が会話のきっかけになったのかはよく分からないが、エドマンドはいつものようにきっぱりこう言った。

「少し話を聞いてほしいんだ。すぐに終わらせる。もう二度ときみの優しさに頼ったりしないから。また話が蒸し返されるのではと恐れる必要はないし、今後この話題に触れることは一切ないだろう」

 エドマンドは、彼にとって最大の関心事であるミス・クロフォードとの件について、事のいきさつと心境をゆっくり語り始めた。彼は、ファニーならきっと愛情深い共感を寄せてくれるはずだと信じていた。

 ファニーがどれほどの興味と心配や、苦痛と喜びを覚えながらエドマンドの話に耳を傾けていたか──彼の声が動揺するさまにどれほどじっと耳をすませ、どれほど注意深く彼から目をそらしていたか、想像できるだろう。初めのほうはどきりとした。エドマンドはミス・クロフォードに会ったのだ。彼はミス・クロフォードに会ってほしいという招待を受けていた。ストーナウェイ夫人から「どうかご訪問願います」との言付けを受け取っていたのだ3。エドマンドは「これが最後の面会になるはずだ。友人として顔を合わせるのはこれで最後なのだ」と覚悟し、「彼女はクロフォードの妹として、当然さぞかし恥ずかしくみじめな思いをしているだろう」と想像しながら、たいそう心をやわらげ愛情深い気持ちでミス・クロフォードのもとに向かったのだった。そのためファニーはほんの束の間、『本当にこれが最後になるのかしら』と不安になったほどだった。しかし彼が話を進めるうちに、その不安も消えていった。

「ミス・クロフォードは真剣な面持ちでぼくを出迎えてくれた──確かに真剣だった──いくぶん興奮気味でさえあった。でもぼくがまともな言葉一つ口にできないうちに、ミス・クロフォードはさっそくあの話を切り出してきたんだが、彼女の口ぶりにぼくはショックを受けたよ。

『ロンドンにいらっしゃるとお聞きしたので、ぜひお会いしたいと思いましたの。さあ、この悲しい事件について語り合いましょう。あの二人はとんでもなくばかなことをしてくれましたわね!』

ぼくは絶句した。だがその時の気持ちが顔に出ていたのだと思う。彼女はとがめられたと感じたようだ。彼女はときどき、相手の気持ちを即座に感じ取れるときがあるんだ! それから彼女はより深刻な表情と声で言った──

『あなたの妹さんをだしにして、ヘンリーをかばってるつもりじゃありませんのよ』

そう言ってミス・クロフォードは話し始めた──でもファニー、その後の彼女の言葉は聞かせられたものじゃない──とてもきみに向かって繰り返すことなどできない。彼女の言ったことを全部覚えているわけじゃないし、もし覚えていたとしても長々と述べるつもりはない。要するに、ミス・クロフォードはあの二人の「愚行」に腹を立てているんだ。全然好きでもない女性の誘惑に引きずられて、本当に愛する女性を失うような行動を取った兄のことを、ばかげていると非難していた。だけどもっとばかげているのは、マライアのほうだと──ラッシュワース夫人という結構な地位と財産をなげうって、あんな厄介事に飛び込んでいき、とうの昔に自分に関心がないことがはっきりしていた男性から、本当に愛されていると思い込むなんてばかばかしいと。その時のぼくの気持ちを想像してみてくれ。あの人の口から──もっと手厳しい言葉で非難してもよいのに、「ばかげている」程度の生ぬるい言葉しか聞けないなんて! 自分からおおっぴらに平然とあの件を口にできるなんて!──何の躊躇や恐怖感もなく、女性らしい──いや、何と言えばいいだろうか? 慎ましやかな嫌悪の情すらないんだ!──これこそ上流社交界のしわざだ。だってファニー、生まれつきあれほど豊かな天性に恵まれた女性が一体どこにいるというんだい?──堕落、堕落だ!」

 しばし考え込んだ後、エドマンドは絶望したように落ち着き払って続けた──

「きみには洗いざらい話すよ、そしたらこれでもう永久におしまいにする。結局ミス・クロフォードはあの件を愚行としか見ていなくて、ただ世の中に露見してしまったのが愚かだと言うんだ。ごくありきたりの慎重さが、用心深さが足りなかったのだと──マライアがトゥイッケナムにいる間じゅう、彼がリッチモンドに行っていたこと──マライアがあの侍女に弱みを握られてしまったこと──要するに、世間にばれたのがまずいのだと──ああファニー! 彼女が非難しているのは非行そのものではなくて、非行がばれたことなんだ。用心が足りなかったせいで事態が極端なところまで進んでしまい、マライアと駆け落ちするために彼女の兄はもっと大切な計画をあきらめざるを得なくなったというんだ」

彼は口をつぐんだ。

「それで、あなたは──」ファニーは何か言わなければと思い、尋ねた。「何と言いましたの?」

「何も。意味の通るようなことは何も言えなかった。まるでがつんと殴られたみたいに呆然としていた。ミス・クロフォードは続けて、きみのことを話し始めた──そう、それからきみについて話し出したんだ。当然ながら、きみのような……義理の妹を失って残念だと──。その点は彼女もすごく理性的に話していたよ。彼女はいつもきみのことを正しく評価していたからね。『ヘンリーは、もう二度とお目にかかれないような女性を捨ててしまったのよ。あの子なら兄もフラフラせずしっかり身を固められたはずだし、兄をいつまでも幸せにしてくれたでしょうに』と。ああファニー、「こうなっていたかもしれない」という過去の仮定でしかない話をして、きみに苦痛よりも喜びを与えられているとよいのだが──でもいまじゃ絶対にありえない話だ。もうぼくに話をやめてほしいとは思っていないだろうね? もしそうなら、目くばせでも言葉でもいい、何か合図してくれ、そしたらこれで終わりにするから」

ファニーは目くばせもせず、一言も発しなかった。

「ありがたい!」エドマンドは言った。「ぼくらはみんなひょっとしてきみが苦しんでいやしないかと思っていたんだ──でも、何の咎もない人間が苦しまずに済むのは神の慈悲深い思し召しだったようだ。ミス・クロフォードがきみのこと話す口調には賞賛の気持ちと温かい愛情がこもっていたよ。でも、その時でさえほんの少しの悪意が混じるんだ──きみを褒めている間も、彼女はこう叫んだんだ。

『なぜあの子はヘンリーのプロポーズを受けなかったのかしら? 全部あの子のせいよ。ばかな子ね!──もう絶対に許さないわ。もしあの子がヘンリーのプロポーズを受け入れていたなら、こんなことにはならなかったのよ。きっと今ごろ結婚式を挙げる寸前でしょうし、ヘンリーもあまりに幸せすぎるのと忙しすぎるのとで、他の女性には目もくれなかったでしょうに。わざわざまたラッシュワース夫人と親密な仲になろうとしたはずないわ。年に一度サザートンやエヴァリンガムで顔を合わせて、よくある遊び半分の恋にふけるぐらいで済んでたはずよ』

こんなことが言えるなんて信じられるかい? でもこれで魔法がとけた。ようやくぼくの目は開いたよ」

「ひどいわ!」ファニーは言った。「ひどすぎるわ! こんな時に、あなたに向かってそんな冗談を言ったり軽口を叩いたりするなんて!──あまりにも残酷だわ」

「残酷と思うかい?──その点ではぼくらの意見は異なるようだ。いや、ミス・クロフォードは残酷な性格ではないし、ぼくの気持ちを傷つけるつもりじゃなかったと思う。害悪はもっと根深いところにある。そういう感情が存在するってことをまったく知りもしないし疑いもしないこと、そしてこういう問題を軽く扱うのが自然だと思う堕落した心にあるんだ。彼女はただ、他の人たちがそんなふうに話すのを聞いたり、他のみんなならこう言うだろうと想像したとおりのことを話しているだけだ。彼女の問題は性格の欠点ではない。誰に対しても、自分から進んで不必要に相手を苦しませるような人じゃないと思う。ぼくは自分を欺いているかもしれないけれど、こう思わずにはいられないんだ──ぼくのことやぼくの気持ちを思いやってくれていれば、きっと彼女だって……ねえファニー、彼女の欠点は道徳心のなさなんだよ。繊細な慎しみの心が鈍ってしまい、堕落し腐りきった物の考え方だ。たぶんこう考えるのが結局のところぼくにとっては一番よいのだろう──そうすれば彼女への未練もほとんどなくなるからね。でも、残念ながらそうじゃない。こんな事件のせいで彼女を失う苦しみに甘んじるほうがどれだけよかったか。彼女がこんな人だと考えなければいけなくなるなんて本当に残念だ。彼女にもそう言ったよ」

「そうですの?」

「うん、別れ際に伝えたんだ」

「どれくらい一緒にいましたの?」

「三十分くらい。それから、ミス・クロフォードは続けて言った、『こうなったらもう残された道は、あの二人を結婚させることですわね』と。ファニー、彼女はぼくよりもしっかりした声でこう言ったんだ」エドマンドは言葉を続けるために一度ならず間を置かねばならなかった。「『ヘンリーを説きふせて絶対にマライアさんと結婚させないと。体面を保つためでもありますし、ファニーと永遠に結ばれないことが確実になったのだから、望みはありますわ。ヘンリーはファニーのことはあきらめなくちゃいけないでしょうね。いくらお兄さまだって、今となっては彼女のような人相手に上手くいくだなんて期待しちゃいないでしょうから、説得するのは大して難しくないと思うの。わたしはお兄さまに対してなかなか影響力がありますし、きっとその方向に持っていけますわ。いったん結婚してしまって、ご実家の方々にきちんと応援していただけたら、バートラム家は立派な方々ばかりですもの、マライアさんも社交界での地位をある程度回復できるかもしれないわ。もちろんいくつかのグループでは絶対に受け入れてもらえないでしょうけど、でも豪華な晩餐会や盛大なパーティーを何度かひらけば、喜んでお近づきになりたいと思う人は必ずいるはずよ。そういう点については間違いなく、世間は昔より寛容になってきてますもの。わたしのアドバイスは『あなたのお父さまは黙っておくように』ということよ。サー・トマスは、よけいな邪魔をして墓穴を掘るようなマネをしないでいただきたいわ。すべてなりゆきに任せるよう説得しておいてほしいの。もしサー・トマスがお節介に介入してきてマライアさんがヘンリーのもとを離れるようなことになったら、そのまま一緒に居続けた場合よりも、結婚の可能性がもっと低くなってしまうでしょうね。ヘンリーの気持ちを動かすにはどうすればいいかわたしには分かります。サー・トマスには兄の名誉心や同情心を信用していただきたいわ。そうすればたぶん最後にはすべて丸く収まるでしょう。でももしサー・トマスが娘さんを連れ戻しでもしたら、大事な頼みの綱が切れてしまいますわ』」

 エドマンドはこう繰り返して話し終えると、相当身にこたえたようだった。ファニーは黙ったまま、優しく気遣わしげに彼を見守っていたが、この話題を始めてしまったことを後悔しそうなほどだった。彼がふたたび喋れるようになるまでにはずいぶん長くかかった。ようやく彼は言った。

「さあファニー、もうすぐおしまいだ。これでミス・クロフォードの話した内容は全部話した。ぼくはやっとのことで口をきけるようになると、すぐにこう答えた。

『この屋敷に入ってきた時も胸がつぶれるような思いでしたが、まさかそれ以上に苦しめられるようなことが起きるとは、夢にも思いませんでした。あなたのおっしゃる一言一言に、ぼくはさらに深く傷つけられました。お知り合いになって以来、ぼくらの間には重要な点において意見の相違があるとしばしば気付いていましたが、これほどまでに違いが大きいとは想像もしていませんでした。あなたのお兄さんとぼくの妹が犯した恐ろしい罪を、あんな態度で扱うなんて(どちらにより多く相手を誘惑する気持ちがあったのかはあえて申しませんが)──でもその罪自体について話すあなたは口ぶりは、非難をするにしても誤った非難ばかりで、この不幸な結果に対しても、良識をないがしろにし、厚顔無恥な態度で押し通せば切り抜けられるとしか考えていない。そして挙句の果てに、結婚の可能性を当てにしてこの罪を続けることを承諾し、妥協し、黙認するよう勧めるとは。いまやあなたのお兄さんについてのぼくの考えからすれば、二人の結婚は望ましいどころかむしろ阻止しなければならないのに──こうしたことすべてから判断するに、たいへん遺憾ながら、ぼくはこれまであなたのことをまったく理解していなかったのだと分かりました。性格に関するかぎりで言えば、ぼくがいままで何か月ものあいだ思いを寄せ続けてきたのは、ぼく自身の想像上の女性であり、本当のミス・クロフォードではなかったのです。だけど、たぶんそれでよかったのでしょう。そうすれば友情や感情や希望を犠牲にしても──いずれにせよ、もはやそんなものは剝ぎ取られたにちがいないけれども──後悔が少なくて済みます。ただこれだけは認めますが、もしもあなたを以前ぼくの目に映っていたようなミス・クロフォードに戻すことができたなら、別れがかえっていっそうつらくなったとしても、そのほうがはるかによかったでしょう。あなたに対する恋慕の情と尊敬の念を失わずにいられるのですから』

 これがぼくの言った内容だ──大体ではあるが──でもきみもお察しのとおり、今こうして繰り返したような、落ち着いて整然とした話し方だったわけじゃない。ミス・クロフォードは驚いていたよ、とてつもなく驚いていた──いや、驚いたどころじゃなかった。彼女の顔色はみるみるうちに一変し、真っ赤になっていた。いろいろな感情がせめぎあっていたのだろう──ほんの束の間だが、激しい葛藤に駆られていた──真実に屈したい気持ちが半分と、羞恥心が半分と。──でも最後には習慣が勝った。彼女はできることなら笑い飛ばしたかったのだろう。彼女の返事は笑っていたようなものだった。

『なんとまぁ、たいそう見事なご高説ですこと。あなたが最近教会でなさったお説教の一部ですの? この調子だと、マンスフィールドやソーントン・レイシーの教区の人たちをみんな改宗させられそうね。次にあなたの噂を耳にする時には、メソジスト派4大集会で名高い説教師か、外国の宣教師になられてるかもしれませんわね』

 ミス・クロフォードはこともなげに話そうとしていたが、彼女がそう見せたいと望むほど平然としたようすではなかった。ぼくはただこう答えた。

『心からあなたの幸せをお祈りしておりますし、どうかもっと正しい考え方を身につけられることを切に願っております。そして誰もがみな獲得できる、人間として最も大切な知識──すなわち自分自身を知り、己の果たすべき義務を知ること──を、不幸な目に遭って初めて学ぶなどということがないよう願っています』

ぼくはそう言ってただちに部屋を出た。二、三歩進んだところで、後ろのほうからドアの開く音が聞こえた。

『バートラムさん』

と彼女は言った。ぼくは振り返った。

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『ねえ、バートラムさん』と彼女は笑みを浮かべながら言うんだ──でもその笑顔はいま交わした会話にはそぐわないものだったし、挑発的ないたずらっぽい微笑みで、まるでぼくを征服しようと誘いかけているみたいだった。少なくともぼくにはそう見えた。何とか抵抗しようとしたよ。とっさの衝動で振り切って、ぼくは歩き続けた。あれからときどき──ほんの一瞬──戻らなかったことを後悔する時もあるけれど、ぼくは正しいことをしたと思っている。こうしてぼくらの交際は終わったんだ! なんという交際だったのだろう! ぼくはあの兄妹にずっとだまされていたんだ! 辛抱強く聞いてくれてありがとう、ファニー。おかげでものすごく心が安らいだよ、さあこれでおしまいだ」

 ファニーはエドマンドの言葉をすっかり信用して、五分間は話が本当に終わったものと思っていた。けれどもしばらくすると、また話が再開され、バートラム夫人がすっかり目を覚ますまで二人の会話が終わりを迎えることはなかった。二人はもっぱらミス・クロフォードについて語り続けた。彼女がどれだけエドマンドの心を惹きつけたか、どれだけ魅力的な天賦の才に恵まれていたか、そしてもしもっと早くから立派な人たちの手で育てられていたら、どれだけすばらしい女性になっていただろうかと話した。ファニーは、いまや率直に話しても構わないだろうと思ったので、ミス・クロフォードの本当の性格を彼に知ってもらうのは正しいことだし、むしろ知ってもらうべきだと感じた。エドマンドとの仲直りを願うミス・クロフォードの気持ちには、トムの健康状態がいくらか関わっていたかもしれないということをファニーはそれとなくほのめかした。これは愉快な知らせではなかった。人間のさがとして、エドマンドはしばらくこれを認めようとはしなかった。ミス・クロフォードの愛情はもっと私利私欲のないものだったと考えるほうが、よっぽど快い気分になれただろう。だが彼の虚栄心は理性に逆らって長く抗えるほど強くはなかった。とうとうエドマンドは、トムの病気が彼女の行動に影響を及ぼしたのだと認めざるをえなかった。しかし、こう考えることで慰めにはなった。つまり、対極的な性格ゆえに反発が多かったわりには、ミス・クロフォードは予想以上にエドマンドに惹かれていたのであり、彼のおかげで正しい道に進みかけていたのだ。ファニーはまさにそのとおりだと思った。また、そうした失望のせいで彼の心には永遠に消し去りがたい印象が残るだろう、という点でも意見が一致した。もちろん時間がいくらか苦しみをやわらげてくれるだろうが、それでも彼は決して完全に立ち直ることはできないだろう。いつかまた他の女性に出会えるかもしれないという点については──彼は口にするのも腹立たしく耐えがたいようだった。彼がすがりつくことができるのは、ファニーの友情だけだったのである。

 

  1. つまり、実際に不貞の罪は犯していないが、そうと誤解されるような軽はずみな行動があったのではないかということ。(参考:Jane Austen, David M. Shapard, The Annotated Mansfield Park, Anchor, 2017. )
  2. つまり、サー・トマスは「ファニーが彼のプロポーズを断ってよかった」と考えている一方で、ノリス夫人は「ファニーが彼のプロポーズを断らなければこんなことにはならなかったはずだ」と考えているということ。
  3. 当時のエチケット上、未婚女性が独身男性を家に誘う手紙を出すことはできないので、代わりに既婚者のストーナウェイ夫人から手紙を送っている。(参考:Jane Austen, David M. Shapard, The Annotated Mansfield Park, Anchor, 2017. )
  4. イギリス国教会から派生したプロテスタントの宗派。厳格な戒律と敬虔な信仰生活の実践を重視した。
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