1995年当時、イギリスで一大ブームを巻き起こしたBBCドラマ版高慢と偏見。放送時間中は街から人がいなくなったと言われるほどで、各エピソードの視聴者数は1000~1100万人にのぼり、最終回はなんとイギリスの人口の4割が観ていました。
『高慢と偏見』を映像化した中では歴代最高傑作と絶賛されており、今でもファンに根強く愛され、欧米人なら知らない人はいない伝説のドラマです。
この記事では、The Making of PRIDE AND PREJUDICEの本より、このBBC版高慢と偏見のキャスティング秘話や制作秘話をご紹介します。
キャスティングや俳優たちについて
オーディションなしで決まっていたのはダーシー、ベネット夫人、キャサリン・ド・バーグ令夫人のみ
この3人は他の役者たちのようにスクリーンテストやオーディションもするまでもなく決定し、出演のオファーがされていました。
コリン・ファースは初めダーシー役を断ろうとしていた
オファーを受けるまで、コリンは『高慢と偏見』をなんと1ページも読んだことがありませんでした。
台本を受け取ったときの第一声は、「ああ、またうんざりするような恋愛小説か(Oh, that old war horse.)」。
ですが5ページも読まないうちに作品の魅力に引き込まれ(←早い)、「これほどまでに自分を燃え上がらせた作品は未だかつてなかった」と思ったのだとか。
ダーシーがそんなにも有名な文学作品の人物だとは知らなかったよ。実際本を読んだこともなかったし、誰かが『高慢と偏見』のことを話してるのを聞いたこともなかった。でも僕がこのことをちょっと口にすると、みんなどれほどこの作品を熱愛しているかとか、学生時代ダーシーに恋していたとか言い始めるんだ。……僕はこう思うようになった。「ああ、オリヴィエ(※1940年映画版のローレンス・オリヴィエ)は本当にすばらしかったんだ、彼以上にダーシーを演じられる役者なんていないんだ」と。
コリンは役の大きさに不安となりオファーを受けるのをためらっていたそうですが、読み進めるうちに完全にこの作品の虜になってしまい、最終的には「他の人にこの役を取られたら嫉妬する」と思うほどになってしまいました。
でも、まだ最後まで読み終わってないのに、途中でスタッフに結末をネタバレされてしまったらしい…コリンは悲愛モノだと思っていたそう。
マライア役の子は最初リディアを志望していた
マライア役のルーシー・デイヴィスはかなり頑張り屋さんだったらしく、全身全霊をかけてリディア役のオーディションに臨む姿に制作陣も感心。
ですがやはりストーリーの根幹に関わる重要なリディアをやるには経験不足ということで、選考には落ちてしまいました。
結局リディア役には、経験豊富なジュリア・サワラがオーディションなしで決定。
ですがルーシーはどうしても落とすには惜しい人材だったため、代わりにマライア役を打診したところ、大喜びで引き受けたそうです。
※ちなみに彼女は後にドラマ「アグリー・ベティ」第2話でFashion TVのナレーターとして出演しています
ジョージアナのキャスティングは最も難航
ジョージアナといえば16歳で3万ポンドの持参金を持つ、ダーシー家のお嬢さま。
制作陣は「若く、純真無垢で、世間ずれしておらず、高貴な気品があり、演技のできる女の子」を探していました。当然こんな女の子は、現代でそうそう見つかるはずもなく…
何百人もの女優を調べましたがぴったりな子が見つからず、挙句の果てには普通の学校の女子学生からスタッフの知り合い・親戚まで、イギリス中のありとあらゆる女の子を探しました。
そしてついに、ガーディナー夫人役をしていたジョアンナ・デイヴィッドの娘、19歳のエミリア・フォックスが選ばれました。親子での共演ということになります。
ビングリー嬢役のアナ・チャンセラーは、ジェイン・オースティンの子孫
アナ・チャンセラーから見て、ジェイン・オースティンは8代上の大叔母に当たるそうです。ジェインの兄エドワードの孫娘の子孫。
ダーシー役のコリン・ファースとエリザベス役のジェニファー・イーリーは実際付き合っていた
撮影開始から3ヶ月後には2人は恋に落ち、一時期付き合っていたらしい。
ジェイン役のスザンナ・ハーカーの母親もジェインを演じていた
お母さまのポリー・アダムスも、1965年のBBC版で同じくジェイン役をしていた。なんという偶然…
ちなみにスザンナは撮影中、妊娠していたらしいのもびっくり。でもエンパイアドレスのおかげでお腹も目立たなかったんだとか。
また、ジェインが雨の中馬に乗ってネザーフィールドへと向かう場面では、妊娠中のスザンナが万が一落馬しても抱き留められるようにするため、スタッフ4人がかりで両手を上げて馬の左右に付き添ってたそうです。↓
(だから画面では上半身しか映っていない)
制作の舞台裏
ダーシーの一度目のプロポーズのシーンは撮影開始後すぐに撮られた
あの失礼千万なダーシーのプロポーズは、撮影開始からたった2週目に撮られたそう。
初めは大失敗だと思ったよ。でもスケジュールの都合でダーシーの後半の場面の多くを最初に撮らなくちゃならなかったんだ。でもその分神経も高ぶってはらはらしていたから、この場面のためにとてつもない力を注いで、アドレナリン全開だったよ。もし通常通りこのシーンを後半に撮っていたなら、おそらくこんなにも全力を尽くしたものにはならなかっただろうね。言ってみれば何の準備もなしにいきなり清水の舞台から飛び降りるようなもので、サイモン・ラングトン監督の手腕は見事だったね」
ペンバリーの外観と内観はロケ地が別
ペンバリーといえばライム・パークですが、契約上の理由で外観しか使えず、内観はサドバリー・ホールで別日に撮影されています。
一番大変だったのは画面に連続性を持たせることでした。
例えば階段を上がって家の中に入る前と後では、俳優たちの髪型・衣装・メイクなどが全く同じになるよう、細心の注意を払わなければなりませんでした。
エリザベスの衣装はブラウンやアースカラーが多め
エリザベスの元気でいきいきとした性格、野原を駆け回ったりする活発さを表すために、衣装にはアースカラーが多く使われました。
ベネット家の娘たちは明るい色に、ビングリー姉妹は濃い目の色に
ベネット家の娘たちはシンプルな白や、明るく淡いパステルカラーのドレス。
対照的に、ビングリー姉妹ははっきりとした濃いめのドレス。生地もインド産シルクやレースをふんだんに用い、豪華な羽つきの頭飾りや宝石なども身に付け、服装で裕福さが伝わるようにしました。
メアリーとコリンズ氏の髪は洗ってない感を出すために、油を付けていた
メアリーはさらに顔にシミを書いたり、本人のアイディアで立ち耳を強調するような髪型にしていました。
コリンズ氏はスタッフによると「汗っかきで、鼻の下に汗がたまっている」イメージだったらしい。髪もちょっとハゲてるように見せたとか。
ナレーションは入れない
このドラマ版にはナレーションは一切ありません。
脚本のアンドリュー・デイヴィスは、「見せるが、語らない(show, don’t tell)」方式で行くことにしたそう。つまりナレーターの代わりに、映像で多くを語るようにするということ。そのためストーリーを進めるにはキャラクター同士の会話が非常に重要でした。
ジェニファー・イーリーもセリフ回しに苦戦
ジェニファーによると、今までで一番難しい台本だったんだとか。
これはたぶん、文の言いたいことが最後の方に来ているからだと思うわ。一文がとっても長いの。文末まで読んで初めて、『ああ、そういうことね!』と気付いて、また少し戻って読み直さなきゃいけないの。…でも最終的には慣れてきて、ずっと簡単に読めるようになったわ。まるで他の言語を学んでるみたいだった」
原作にないシーンのこと
ジェイン・オースティンは自分の知らない世界のことは決して書かない主義だったため、作中に男性のみの場面はありません。しかしスタッフはほんの少し男性だけの舞台裏シーンを入れたかったようです。
脚本のアンドリュー・デイヴィスより↓
とりわけ僕はダーシーとビングリーの舞台裏を見せたかったんだ。小説の中ではみんな四六時中、堅苦しくきっちりしているように思えたからね。だから読者はキャラクターたちが普段じっさいどのように生活しているのか、何を感じているのかは分からない。それで僕は『彼らは暇な時間は何をしてるんだろう?』って考えたんだ。そうやって考えていくうちに、彼らが乗馬したり射撃したりフェンシングをしてるところを見せることに決めた。ダーシーが泳ぐのは、彼の本当の人間らしさを表現する一種のやり方だったのさ」
あの池に飛び込むシーン(原作にはありません)は、最初は上半身裸でやることも考えられていたそうです(!)。ですがBBC側からNGが出てしまいました。
場所も屋敷の目の前にある池ではなく、少し離れた敷地内の別の池でスタントマンにより撮影されました。コリン自身が泳ぐ水中のシーンは、スタジオ内の水槽で撮られたものです。
俳優たち。
休憩時間中。
《参考文献・サイト》
Sue Birtwistle & Susie Conklin, The Making of PRIDE AND PREJUDICE, Penguin Books & BBC Books,1995.
メイキング映像(英語)↓