マンスフィールド・パークがはるか後方へ遠ざかるにつれて、旅の物珍しさやウィリアムと一緒にいられる幸せのおかげで、ファニーの心も自然と浮き立った。最初の宿場駅に着くと、サー・トマスの馬車を降りる際には老御者に明るい表情で別れを告げ、きちんと言付けを頼んで送り返すことができた1。
兄と妹の楽しい会話は尽きなかった。嬉しくて舞い上がっているウィリアムにとっては何もかもが愉快で、真面目な話題の合間合間には、陽気にはしゃいで冗談を飛ばしたりしていた。だが決まって話の最後には、スラッシュ号がいかに素晴らしいかを褒め称えたり、スラッシュ号はどんな任務につくだろうかと想像したり、より優位な敵戦艦との戦闘計画を立ててみたりするのだった(「邪魔な大尉がいなくなってくれればなぁ!」と想定してみたり──ウィリアムはこの大尉には容赦なかったのだ)。もしそんな戦闘に勝利すれば、すぐさま大尉昇進のチャンスが得られるだろう。あるいは敵船を拿捕した賞金2の使い道についてあれこれ皮算用をした。このお金は、彼とファニーが老後一緒に住む予定の小さなコテージを、居心地よくしつらえるのに必要な分だけ取っておいて、あとは気前よく家族みんなに分けてあげるつもりなのだ。
ファニーの目下の心配事については、クロフォード氏のことに関する限り、二人の話題には上がらなかった。ウィリアムはプロポーズの件について知っていたし、あれほど立派な一流の紳士としか思えない男性に対して妹の気持ちが冷淡であることを心底残念に思っていた。でも彼は「結婚には愛こそが何よりも大切だ」と考えている年頃でもあったから、妹のことは責められなかった。この件に関するファニーの願いも承知していたので、ほんのちょっとでもほのめかして妹を苦しめるつもりはなかった。
ファニーには、クロフォード氏はまだ自分のことを忘れたわけではないと思える理由があった。──マンスフィールド・パークを去ってから三週間のあいだにミス・クロフォードから何度も手紙が届いていたのだが、どの手紙にもクロフォード氏自身から数行のメッセージが書き添えてあり、そこには彼のプロポーズと同じく熱心で断固たる決意が表れていたのだ3。ファニーが恐れていたとおり、この文通はものすごく不愉快だった。こうしてクロフォード氏の書いた文章を無理やり読まされることを別にしても、ミス・クロフォードの溌溂とした愛情たっぷりな書き方自体が不快だった。というのも、その手紙の大半を読んでやるまでエドマンドは決して気が済まなかったし、そうすると今度は、彼がミス・クロフォードの言葉遣いや愛情の温かさを褒めちぎるのを聞かされるはめになったからだ4。──じっさい、どの手紙にもあまりにも多くの言付けやほのめかしや、マンスフィールド・パークでの思い出が綴られていたので、これはエドマンドに聞いてもらうのが目的なのだと思わずにはいられなかった。手紙の仲介役という役目を押し付けられ、こんな文通を強いられるなんて──自分が愛してもいない男性の求愛の言葉を読まされるうえに、自分が愛している男性の間違った恋に手を貸さねばならないとは──これは残酷なほど苦痛だった。だがここでも、ファニーがポーツマスへ里帰りすることは都合が良かった。エドマンドともはや同じ屋根の下にいないということになれば、ミス・クロフォードもわざわざ面倒をかけてまで文通をしようという強い動機はなくなるだろうし、ポーツマスに着けば手紙のやりとりも自然に途絶えるだろう。
その他ありとあらゆるいろんな考え事をしながらファニーは安全に楽しい旅を続け、二月という道がぬかるみやすい時期にもかかわらず、可能なかぎり迅速に馬車を進めた。オクスフォードの街にも入ったが、エドマンドの通っていたオックスフォード大学は通り過ぎるときにサッと一瞬見えただけで、ニューベリー5に到着するまでは途中止まることなく進んだ。ニューベリーでは夕食と夜食を兼ねた美味しい食事をとって、一日目の旅の楽しさと疲労を締めくくった。
翌朝、二人は再び朝早くに出発した。何のトラブルや遅れもなく着実に旅を続けていると、やがてポーツマス近郊に着いた。まだ昼間で十分明るかったので、ファニーは周りをきょろきょろと見渡し、新しくできた建物にも驚いたりした。──跳ね橋6を通り過ぎると、ポーツマスの市中に入った。ようやく陽が落ちかかり始めた頃、ウィリアムの力強い声に導かれながら、大通りからそれた狭い路地をガタゴト音を立てて進んでいくうちに、プライス氏の現在の住まいである小さな家の玄関前に乗りつけた。
ファニーはドキドキと興奮して胸が高ぶり、期待と不安でいっぱいだった。馬車が止まった瞬間、どうやらドアの前で到着を待ち受けていたかと思われるだらしない身なりの女中が飛び出してきて、手伝いを申し出ようともせず、新しいニュースを知らせたい一心で、すぐさまこうまくしたてた。「スラッシュ号は出港しちまいましたよ、士官の方が一人お見えんなって──」それから十一歳くらいの背の高い元気な男の子が家から走り出てきて、ウィリアムが馬車の扉を自分で開けようとしている中7、この女中をぐいと押しのけて叫んだ。「ちょうど間に合ったよ、兄さん! この三十分間ずっと今か今かと待ってたんだ。スラッシュ号は今朝出港した、ぼく見てきたよ。きれいな眺めだったなぁ。明日か明後日中に派遣命令が出るんだって。四時ごろキャンベルさんが兄さんを探しに来たんだけど、スラッシュ号のボートに乗って六時に乗船するつもりらしいんだ。だから間に合うようならここで待ち合わせして一緒に行こうって」
この少年は、ウィリアムの手を借りて馬車を降りるファニーのほうを一、二度じろっと見ただけで、それ以上は注意を払わなかった。──ファニーからキスされても嫌がりはしなかったけれども、スラッシュ号が出港した詳細について、さらにこまごました話を夢中で語り続けていた。この男の子がスラッシュ号に強烈な関心を持っていたのも当然で、彼はまさにこの時、この船の乗組員として海軍軍人のキャリアをスタートさせる予定だったのだ。
次の瞬間、ファニーは家の前の狭い玄関通路で母親の腕の中に抱かれていた。母親は本当に優しい表情で出迎えてくれて、ファニーはその顔を見るとますます愛情が募った。なぜなら、母親には伯母のバートラム夫人の面影があったからだ。それから二人の妹たちもいて、上の妹のスーザンは発育の良い元気な十四歳の女の子で、末の妹のベッツィーは五歳くらいだった──どちらも、お世辞にも行儀の良い態度とは言えなかったが、彼女たちなりのやり方で嬉しそうに出迎えてくれた。でもファニーは行儀の良さなどどうでもよかった。もしみんなが自分を愛してくれるなら、それだけで十分だった。
それから居間に通されたが、あまりにも狭い部屋なので、ファニーは初め、ここはもっと上等な部屋に続く控えの間なのだと思い込んでしまい、奥に案内されるのを期待してしばらくその場に佇んでしまった。しかしこの部屋は他にドアがないことや、家族は普段ここで日常生活を送っているらしいと気付くと、最初の考えを打ち消して自分を責め、『こんな勘違いをしたことをみんなに悟られていなければいいけれど』と心配になった。しかし、母親は何かに勘付くほどじっとしてはおらず、ふたたび表のドアのほうに向かい、ウィリアムを歓迎した。
「おおウィリアム、おかえり! スラッシュ号のことは聞いた? もう出港しちゃったのよ、思ってたより三日も早く。サムの身の回りの品をどうしたらいいのかしら、もう準備が間に合わないわ。だってたぶん明日には派遣命令が出るでしょうし。本当に不意打ちだったのよ。おまえも急いでスピットヘッドに向かわなきゃ。さっきキャンベルさんがここにいらして、ずいぶんおまえのことを心配してましたよ。それにしても、どうしたらいいもんかしらね? 今夜は一緒にゆっくり過ごせると思ってたのに。何もかもいっぺんにやって来るんだから」
息子のウィリアムは陽気な口調で「なるようになるさ」と答え、慌ただしく出発しなければならない自分の不都合など大したことではない、と軽くあしらった。
「もちろんぼくだって、スラッシュ号が停泊していてほしかったけどね。そしたらみんなと二、三時間はのんびり過ごせてたのになぁ。でもボートが岸に着いてるならすぐに出発しなくちゃ、それ以外どうしようもない。スラッシュ号はスピットヘッドのどのへんにいるのかな? カノープス号の近くかな8? まあ、そんなことはどうだっていいさ──ファニーが居間にいるよ、なぜみんな表に出てるんだい?──ほら母さん、ファニーの顔をまだちゃんと見てないでしょう」
二人とも部屋に入ってくると、プライス夫人は再び娘に優しくキスをし、「大きくなったわねぇ」と軽く声をかけ、ごく当然の気遣いから、彼らの長旅の疲れや空腹について心配し始めた。
「かわいそうに! 二人ともどんなにヘトヘトか!──さあ、何が食べたい? おまえたちはもう今日は来ないんじゃないかと思い始めてたのよ。ベッツィーとわたしはこの三十分間ずっと首を長くして待ち受けてたんだから。最後に食事をしたのはいつ? 今何が食べたい? おまえたちが旅の後にお肉を食べるのか、それともお茶だけにするのか分からなかったのよ。分かってたら何かあらかじめ用意してたんだけど。ステーキの準備ができる前にキャンベルさんが来たらどうしましょう、肉屋も近くにないし。通りに肉屋がないなんて、本当に不便ったらありゃしない。前の家のほうがよかったわ。きっとお茶がいいわね、すぐに用意しましょう」
二人とも、お茶だとありがたいと答えた。
「それじゃベッツィー、いい子だから台所へ行って、女中のレベッカがお湯を沸かしてるか見てきてちょうだい。それと、できるだけ早くお茶の食器も持ってくるようにってね。この呼び鈴が直ったらいいのに──でも、ベッツィーは使いっ走りさせるのにとっても重宝なのよ」
ベッツィーはすかさず出て行った。素敵な新しいお姉さんの前で、自分の有能ぶりが披露できて誇らしかったのだ。
「あらまあ!」心配性の母親が続けた。「なんて情けない暖炉の火だろう、おまえたちもさぞかし寒くてつらいだろうねぇ。椅子をもっとこっちにお寄せ。レベッカはいったい何をしてたのかしら。三十分前に石炭を持ってくるよう言ったのよ9。スーザン、あんたが暖炉の火を世話しといてくれたらよかったのに」
「でもママ、あたし、二階で自分の持ち物をお引っ越しさせてたのよ」と、スーザンがふてぶてしく言い訳するような口調で口答えしたので、ファニーは面食らってしまった。「ファニー姉さんとあたしでもう一つの部屋を使いなさいって、ママがそう取り決めたんじゃないの。レベッカに手伝ってもらうこともできなかったんだから」
だがそれ以上の言い争いは、さまざまな大騒ぎのせいで中断された。まず初めに、御者が「馬車の代金を払ってください」と求めに来た──次にサムとレベッカの間でケンカが起こり、ファニーのトランクをどうやって運ぶかで口論になっていた。サムは自分の何かもやり方でやると言ってきかなかったのだ。そして最後にプライス氏がその姿を現すよりも先に大声で怒鳴っているのが聞こえてきて、なにやら悪態のようなものをつきながら、通路に置いてあったウィリアムの旅行鞄とファニーの帽子箱を蹴っ飛ばし、「おい、明かりを持ってこい!」と叫んだ。けれども誰もロウソクを持ってこなかったので、そのまま部屋に入ってきた。
ファニーは不安を覚えつつも、挨拶するために立ち上がったが、暗がりに紛れて父親には自分の姿が全然気付かれておらず、そもそも自分のことははなから頭にもないと分かると、ふたたび腰を下ろした。プライス氏は息子と親しげに握手を交わすと、威勢よくすぐにこう切り出した──
「やあ! 息子よ、よく帰って来たな。おまえに会えて嬉しいよ。スラッシュ号は今朝港を出たぞ。油断も隙もないな。くそっ、よくもまぁギリギリ間に合ったもんだ。あの軍医の奴が訪ねに来とったが、六時にボートでスピットヘッドを出発するつもりらしいから、一緒に連れてってもらうといい。わしはさっき、ターナーの店10におまえの身の回りのもんを買いに行っとったんだ。これで全部揃ったな。明日派遣命令が下されてもおかしくないからな。しかし西に向かうつもりなら、この風じゃあ海には出れんぞ。ウォルシュ大佐は、スラッシュ号はエレファント号と一緒に西へ航海すると思っとるようだが。でもついさっきのショウリー爺さんの話では、おまえさんはテッセル島11にまず送られるんじゃないかと言ってたな。まあまあ、何が起ころうとも覚悟はできてるさ。だが、ちくしょう、おまえは今朝うちにいなかったせいで、スラッシュ号が出港するときのすばらしい姿を見逃しちまったなぁ。わしなら千ポンドもらったって見逃すもんか。今朝、朝飯を食ってたらショウリー爺さんが飛び込んできて、『スラッシュ号の係留ロープが解かれて12、これから出発するところでさぁ』なんて言いやがるんだ。わしは飛び上がって、一足飛びで砲台場まで駆け付けたね。もし文句なしにべっぴんさんの船があるとしたら、それこそスラッシュ号のことだな。スピットヘッドに浮かんでたが、誰が見ても二十八門のフリゲート艦だと思ったはずさ。今日の昼間は二時間ずうっと砲台場でスラッシュ号を眺めとった。スラッシュ号はエンディミオン号のすぐ近くで、エンディミオン号とクレオパトラ号の間に停まってたな13。ちょうどあの老朽船の東側だ」
「やっぱり!」ウィリアムは叫んだ。「ぼくも自分ならあの場所に停めるだろうなと思ってたんだ。あそこがスピットヘッドでは一番良い係船場なんだから。だけどね父さん、ほら、妹のファニーが来てるんですよ」と言って振り向き、ファニーを前のほうに連れてきた。──「暗すぎて見えなかったんだね」
プライス氏は「すっかり忘れておった」と認めて、ようやく娘を歓迎した。愛情のこもったハグをすると、「いい女になったな、そろそろ亭主が必要だな」と言って、またすぐにファニーのことを忘れそうだった。
ファニーは身を縮こまらせて自分の席に戻り、父親の言葉遣いや酒の臭いに悲しくなった。彼は息子に向かってだけ話しかけ、スラッシュ号のことしか話題にしなかった。ウィリアムは、確かにこの話題に強い興味は抱いていたけれども、父親にもっとファニーのことを考えてもらおうと、彼女が長く実家を不在にしていたことや長旅について何度も話題を変えようとしたが、うまくいかなかった。
しばらく座っていると、ようやくロウソクが運ばれてきた。しかし一向にお茶が出てくる気配はなく、台所から戻ったベッツィーの報告によると、相当時間が経たないとお茶が用意できる見込みもないということで、ウィリアムは軍服に着替えることにして、乗船のために必要な支度をしておこうと決めた。そうすれば、その後にゆっくりお茶を飲むこともできるからだ。
ウィリアムが退出すると、八歳か九歳くらいの、薔薇色のほっぺをした、ボロを着た小汚い格好の二人の男の子たちが部屋に飛び込んできた。ちょうど学校から解放されて帰宅したところのようで、お姉さんに会ってスラッシュ号が出港したことを伝えようと意気込んでやって来たのである。名前はトムとチャールズだ。チャールズはファニーが実家を離れた後に生まれた子だったが、トムのほうは赤ん坊の時よく世話をしてやっていたので、ファニーは再会できたことに特別な喜びを感じていたのだった。どちらにもたいへん優しくキスをしてあげたが、トムのほうはもっと近くに引き寄せたかった。自分が愛情を注いだ赤ん坊の面影が残っているか確かめてみたかったし、幼いトムが自分になついていた頃の話もしてやりたかったのだ。しかし、トムはそんな扱いをされるつもりは一切なかった。彼はおとなしく話を聞かされるために帰宅したのではなく、走り回って大騒ぎするために帰って来たのだ。二人の男の子たちはすぐにファニーの元から勢いよくパッと飛び出すと、居間のドアをバタンと叩きつけて閉めていったので、ファニーはこめかみが痛くなったほどだった。
これでファニーは、家にいるプライス家の者全員に会った。彼女とスーザンの間にあと二人だけ弟がいるが、一人はロンドンの役所で事務員をしており、もう一人は東インド会社関係の商船の船乗りをしていた。だがファニーは、プライス家の人たち全員と顔を合わせたけれども、一家が立てる騒音をまだ全部聞いたわけではなかった。十五分ほど経つと、さらにいっそう激しい騒ぎ声が聞こえてきた。三階の踊り場からウィリアムが、母親とレベッカに「置いてた物が見つからなくて困ってるんだけど!」と大声で叫び、鍵も行方不明なうえに、ベッツィーに新しい帽子をいじくられたと言って怒り、それから軍服のベストの繕い直しをやってもらうよう頼んでいたのに(ほんのわずかだが大事なお直しだったのだ)、全然できていないと訴えた。
プライス夫人とレベッカとベッツィーの全員が、自己弁護をしようと階段を上がりながら口々に喋り立てていたが、女中のレベッカの声が一番大きかった。
だがその繕い直しはできるだけ大急ぎで仕上げなければいけないのだ。ウィリアムはベッツィーに、「なあ、下の階に戻ってくれないか」とか「お願いだから邪魔にならない所に行っててくれよ」と何度も頼んだのだが、無駄だった。この家のドアはほとんどどこも開けっぱなしだったので、これらのやりとりは下の居間までそっくり筒抜けだったが、その合間には、サムとトムとチャールズが階段でドタバタ追いかけっこをしたり、ゴロゴロ転げ落ちたり、キャーキャー奇声を上げたりするさらに騒々しい音にかき消されたりするのだった。
ファニーはもう倒れそうだった。家が狭くて壁も薄いので、あらゆることが自分のすぐそばで起こっているように感じられ、長旅の疲れといままでの心の動揺もあいまって、ほとんど我慢できないくらいだった。ただこの居間だけはひっそりしていて、スーザンは他の人たちとどこかに消えてしまったため、まもなくその部屋に残っているのは父親とファニーだけになった。プライス氏は新聞を取り出し──いつも隣人から貸してもらっているものだ14──熱心に読みふけって、ファニーの存在など忘れてしまったようだった。唯一のロウソクは彼と新聞の間にかかげられ、ファニーの都合など一切尋ねられることもなかった。でも彼女は別にやることもなかったし、ガンガン頭痛がしているのでまぶしい光がさえぎられてかえってよかったと思い、茫然と打ちひしがれながら、悲痛な物思いにふけって座っていた。
ファニーは実家に帰ったのである。しかし、ああ! 思い描いていたのはこんな実家でも、こんな歓迎の仕方でもなかったはず──だが、ファニーはふとここで思いとどまった。わたしは理不尽だ。どうして自分なんかに、家族にとって重要な存在になれる資格があるだろう? こんなにも長く不在にしてたのだから、そんな資格あるわけがない! ウィリアムの関心こそ何よりも一大事にちがいないし──昔からいつだってそうだったのだ──彼にはみんなに気にかけてもらうあらゆる権利があるのだ。──だけどそれでも、自分のことがほとんど話題にならず、ろくに聞かれもしないなんて──マンスフィールド・パークについてほとんど質問もされないなんて! マンスフィールド・パークのことが忘れられているのが、ファニーには本当につらかった。バートラム家の人たちは、プライス家のためにすごくたくさんの尽力をしてくれたのに──大切な大切な親戚なのに! でも、一つの関心がすべてを飲み込んでしまったのだ。たぶんそうだ。スラッシュ号の派遣先こそが、目下のところ他を圧倒する関心事なのだ。一日か二日もすればまた状況が変わってくるだろう。それでもファニーは、マンスフィールド・パークではこうはならないだろうと思った。サー・トマスの屋敷では、時と場合がきちんと考慮され、その場に応じた話題が選ばれるだろうし、礼儀作法が守られ、誰に対しても思いやりが示されるだろう。そういったものは、ここには存在しなかった。
半時間近くの間、こうした考え事を邪魔するものは父親が突然発する怒鳴り声だけだったが、それでファニーの心が静まるはずもなかった。廊下でドシンドシンという音や、ギャアギャアというわめき声がよりいっそう大きくなったかと思うと、プライス氏が声を上げた。
「こら、いいかげんにしろ、ガキども! 何を騒いでやがる! サムの声が誰よりもデカいな! あいつは甲板長に向いとるな15。──おおい──おまえら──サム!──そのいまいましい声を出すな! さもないとひっつまかえるぞ!」
この脅しが無視されたのは目にも明らかだった。五分後には三人の男の子たちが部屋に一気に飛び込んできて腰を下ろしたけれども、彼らの赤くほてった顔とはあはあ息を切らしているようすからして、単に疲れたから座り込んだだけとしかファニーには思えなかった──男の子たちは依然として、父親のすぐ目の前にもかかわらず、おたがいの脚のすねを蹴り合い、「うわあ痛い!」といきなり叫び声を上げたりしていた。
次にドアが開くと、もっと歓迎できるものがやって来た。それは、今夜はもうお目にかかれないのではないかとファニーが絶望しかけていた、お茶の道具類だった。スーザンと下働きの女中が夜食に必要な物をすべて持ってきてくれたが、その女中のさらにみすぼらしい身なりからすると、先ほど見たレベッカはどうやらあれでも上位の召使なのだと分かって、ファニーはひどく驚いた。スーザンはヤカンを暖炉の火にかけながら16お姉さんのほうをチラッと見たが、自分がテキパキ働いて役に立っている姿を披露できるのが誇らしい気持ちと、こんな召使がやるような家事をやって卑しいと思われやしないかという不安で、心が二分されているようだった。スーザンはこう言った。
「あたし、台所に行って、サリーにもっと急ぐよう言ったの。それからトーストを焼いたり、パンにバターを塗ったりするのを手伝ってたわ。じゃないといつお茶ができるのか分かんないし──姉さんは長旅のあとだから、きっと何か口にしたいはずだと思ったの」
ファニーはとてもありがたく思い、少しお茶をもらえるとすごく嬉しいと答えた。スーザンはさっそくお茶の準備に取りかかり、その仕事をひとり占めできるのが嬉しいようだった。少しばかり無駄なひと騒ぎがあり、弟たちを行儀よくさせておこうという愚かな試みをした末に、スーザンはたいへん上手にお茶を入れるという役目を果たすことができた。ファニーは身も心も生き返る心地だった。タイミングよく親切にしてもらえたおかげで、頭痛や心の痛みもすぐにマシになった。スーザンは素直で聡明そうな顔つきをしていて、ウィリアムに似ていた──性格の面でも自分への好意という面でも、スーザンがウィリアムに似てくれているといいな、とファニーは思った。
こうした穏やかな雰囲気のなか、母親とベッツィーをすぐ後ろに従えて、ウィリアムがふたたび居間に入ってきた。彼は少尉の制服に完璧に身を固め、そのおかげで見た目も動きもよりいっそう大きく堂々としていて、気品にあふれていた。
彼は本当に嬉しそうにニコニコ笑顔を浮かべながら、ファニーのほうにまっすぐ歩み寄ってきた──ファニーは思わず椅子から立ち上がり、言葉にならないほどの感激でしばし彼を見つめていたが、悲喜こもごもの想いが湧き上がってきて、ウィリアムの首に抱きつき泣きじゃくった。
だが悲しんでいるように見えてはいけないと思い、ファニーはすぐに気を取り直した。それから涙をぬぐうと、軍服の特に目を引く部分を指さしたり、褒め言葉を口にすることもできた。ウィリアムが、「航海に出るまでは毎日何時間か上陸できるだろうな。あるいは、スピットヘッドに連れて行ってスループ艦を見せてあげられるかもしれないなぁ」と陽気な希望を話すのを聞いているうちに、ファニーはだんだんと元気になっていた。
また次のひと騒ぎで、スラッシュ号軍医のキャンベル氏が入ってきた。彼はたいへん礼儀正しい青年で、友人のウィリアムを迎えにやって来たのだった。どうにかこうにか工夫して、キャンベル氏のために椅子が用意され、スーザンが大急ぎでカップとソーサーを洗い、お茶を出した。そして青年たちの間で何やら十五分ほど真剣な話が交わされ、騒音に次ぐ騒音、てんやわんやの騒ぎの末に、青年二人と男の子たちはとうとう一斉に立ち上がり、出発する時刻になった。準備万端となり、ウィリアムが別れの挨拶をすると、男性陣は全員いなくなった。──というのも、三人の弟たちは母親の引き止めも無視して、「兄さんやキャンベルさんを短艇桟橋まで見送りに行くんだ」と言ってきかなかったし、同じくプライス氏も隣人の新聞を返しに出て行ってしまったからだった。
やっと静けさのようなものが期待できそうだったので、レベッカはお茶の食器類を片付けるよう命じられ、プライス夫人はシャツの襟17を探してしばらく部屋をうろうろ歩き回り、ベッツィーがその襟を台所の引き出しから見つけ出すと、女性たちだけのこぢんまりとした集まりとなった。母親は何度も何度も「サムの身の回りの物の支度が間に合いそうにないわ」とずっと嘆いていたが、これでようやく長女のことや、マンスフィールド・パークの親戚たちのことも考える余裕がでてきた。
プライス夫人は二、三質問をし始めたが、最初のほうはこんな調子だった──「姉のバートラムは女中たちのことをどうしてるのかしら? わたしみたいに、まともな召使を見つけるのにも苦労してるのかしら?」──まもなく夫人の心はノーサンプトンシャーから離れて、家庭内の不平不満へと向かっていった。そしてポーツマスの召使は皆ことごとくお話にならないほど酷いだとか、その中でもここにいる二人は最悪だとか愚痴るのに完全に没頭していた。そしてレベッカの欠点をこまごまとあげつらううちに、バートラム家の人たちのことはすっかり忘れ去られてしまった。レベッカに対してはスーザンも大いに批判的な証言をし、幼いベッツィーはさらにいっそう盛んに言い立てた。どうやらレベッカには何一つとして褒められる点がないようなので、ファニーは控えめな口調で、それじゃあ年季が明けたら彼女に暇を出すおつもりなんでしょうね、と言わずにはいられなかった。
「年季ですって!」とプライス夫人は叫んだ。「一年経つ前にクビにしたいもんだわ、だって十一月にならないと年季が明けないもの。ポーツマスの召使はこんな体たらくだから、半年以上持ったらそれこそ奇跡よ。もう一生落ち着ける望みなんかないんじゃないかしら。もしレベッカに暇を出したら、もっと酷いのが来るだけよ。でもわたしはそんなに気難しい女主人でもないと思うんだけどねぇ──下働きの子もいるし、わたしだってよく自分で家事の半分はやってるから、きっと気楽な立場のはずなのよ」
ファニーは黙り込んだ。だがそれは、こうした厄介事に対する解決策はないということに納得したからではなかった。ファニーはベッツィーのほうを見やりながら座っていると、ついついもう一人の妹のことが思い出された。その子はとても可愛らしい女の子で、ファニーがノーサンプトンシャー州に行ってしまった時もそれほど年は離れていなかったのだが、それから二、三年後に亡くなってしまったのだった。その子には特別愛らしいところがあって、当時ファニーはスーザンよりもその子のほうが好きなくらいだった。そしてその訃報がマンスフィールド・パークにも届いた時には、ファニーはしばらくの間ひどく嘆き悲しんだ。ベッツィーを見ているとその幼いメアリーの姿が彷彿としてきたが、まさかそのことをほのめかして母親を苦しめるつもりは一切なかった。──ファニーがこんな物思いにふけっていると、ちょっと離れた所にいたベッツィーが何か手に握りしめていて、それをスーザンから隠そうとしているのが目に入った。
「ねえベッツィーちゃん、何を持っているの? お姉さんにも見せてみて」とファニーは言った。
それは銀のナイフ18だった。するとスーザンが飛び上がって、「それ、あたしのよ!」と声を上げ、そのナイフを奪い返そうとした。だがベッツィーはすかさず母親の元に走ってかばってもらったので、スーザンは激しく責め立てることしかできなかった。彼女は明らかに、ファニーが自分の肩を持ってくれることを期待しているようだった。
「自分のナイフを持たせてもらえないなんて、ひどすぎるわ。それはあたしのナイフなのに。妹のメアリーが死ぬ時にあたしにくれたものだから、とっくの昔からあたしが持っていて当然だったのよ。なのにママったらそれを取り上げて、いつもベッツィーに持たせてあげてるの。しまいにはきっとベッツィーはあれを奪い取って、自分のものにしちゃうわ。でもママはあたしに約束してたのよ、ベッツィーには持たせないようにするって」
ファニーはたいへんなショックを受けた。妹の言葉やそれに対する母親の返事には、義理、誠実さ、優しい情愛といったあらゆる感情が欠けていた。
「ねえちょっと、スーザン」プライス夫人は愚痴っぽい口調で声を上げた。「どうしてあんたはそう怒りっぽいの? いつもそのナイフのことでケンカしてるじゃないの。そんなにカリカリしないでほしいもんだわ。可哀想なベッツィーちゃん。スーザンはなんて怒りん坊なんでしょうねぇ! でもね、引き出しのところに行ったからってナイフを取り出してきちゃダメじゃないの。スーザンがすごく不機嫌になるから、触っちゃいけないって言ったでしょ。次はママがちゃんと隠しておくわ、ベッツィー。気の毒なメアリーは、亡くなるほんの二時間前にこのナイフをわたしに預けたのだけれど、これがまさかこんな争いの種になるだんて思いもしなかったでしょうね。ああ、可哀想に! メアリーはやっと聞こえるような声で、とっても可愛らしい調子でこう言ったのよ。『ねえママ、あたしが死んでお墓に埋められたら、スーザンにこのナイフをあげてね』って。──可哀想な子! メアリーはこのナイフがとてもお気に入りだったから、病気の間もずっと枕元に置いていたのよ、ファニー。このナイフは名付け親のマクスウェル提督夫人からのプレゼントで、あの子が亡くなるたった六週間前に与えて下さったの。ああ、あんなに小さくて可愛らしかったのに! まあでも、その先の苦労は味わわずに済んだわね。ねえベッツィー(頭をなでながら)、おまえは運に恵まれなかったわねぇ、あんなに優しい名付け親がいないなんて。ノリス伯母さまはあんまり遠くに住んでいるから、おまえみたいなおちびさんのことは考えてくれないのね」
確かにファニーはノリス伯母さまから何も預かっておらず、ただ「自分の名付け子がちゃんといい子にしていて、しっかりお勉強していることを望みます」という言付けを受けただけだった。じっさい、マンスフィールド・パークの客間でも、名付け子に祈祷書を贈ることについてほんのちらっと呟かれたことはあるのだが、それきりその話題が持ち上がることはなかった。けれども一応その考えが頭にあったノリス夫人は、自宅に帰ると、亡き夫の本棚から古い祈禱書を二冊取り出してみたものの、いろいろと思案しているうちに、気前のいいところを示してやろうという熱意も消え失せてしまった。一冊目は子どもの目には印刷の字が小さすぎるし、二冊目は大きすぎて持ち運びがやっかいだと気付いたのだ。
ファニーは疲れ果てていたので、そろそろベッドに行って寝てはどうかという勧めをすぐにありがたく受け入れた。せっかくお姉さんが帰ってきたのだからもう一時間長く夜更かししたいと泣き叫ぶベッツィーを後にして、ファニーは部屋を出た。その後も下の階はふたたび混乱と騒音に包まれ、男の子たちはチーズトーストが食べたいとわめき、父親は水割りラム酒を持ってこいと大声を上げ、レベッカは当然いるべき場所にいなかった。
狭苦しく殺風景な寝室では、ファニーの気分を上げてくれるようなものは何一つなかった。上の階も下の階もどの部屋も本当に小さく、廊下と階段も窮屈すぎて、ファニーは想像以上にびっくりしていた。マンスフィールド・パークの自分の小さな屋根裏部屋は、あれでなかなか立派なものだったのだ、とやがてファニーは思うようになった。マンスフィールド・パークの人たちからは、あの屋根裏部屋はあまりにも小さすぎて、快適に過ごすことなど到底不可能だと思われていたのだけれども。
注
- 最初の宿場(ノーサンプトン)まではサー・トマスの自家用馬車で送ってもらい、残りの道中は駅伝馬車(post-chaise)を雇って旅を続けるのである。
- イギリス海軍では、敵船を拿捕して奪い取った金品を換金し、賞金として各自山分けしていた。中には、一財産築けるほどの一獲千金が狙える場合もあった。ただしウィリアムが載るスループ艦では、敵船を拿捕する機会はフリゲート艦(スループ艦よりもう一等級大きい軍艦)よりも少ない。
- 当時の社会通念上、家族以外の未婚の男女間で文通をすることは許されなかった(ただし、婚約しているならば可能)。そのためクロフォード氏は直接ファニーに手紙を出すことはできず、ミス・クロフォードを介してファニーに伝言を伝えているのである。
- こちらも、ミス・クロフォードとエドマンドが手紙のやり取りをすることはできないので、ファニーを媒介にしているのである。
- バークシャーとハンプシャーの州境に近い市場町。ポーツマスとオクスフォードのほぼ中間に位置する。
- 十九世紀初頭のポーツマスはまだ城塞都市の名残を完全に残していたため、堀と城壁に囲まれていた。
- 本来ならば馬車の扉は使用人(この場合は女中)が開けなければならない。
- 「カノープス号」は実在の船で、ジェイン・オースティンの兄フランク(五兄)が1805年~1806年に乗船していた戦列艦(ship of the line)である。後に登場する「エレファント号」も、本作執筆時にフランクが勤務していた戦列艦の名前。カノープス号のほうは、あのトラファルガーの海戦に勝利したネルソン提督率いる艦隊の一部でもあった。だがフランクもひどく嘆いたことに、この時期カノープス号は別の任務についていたので、トラファルガーの海戦には参加しなかった(ちなみに、さらに後に言及される「エンディミオン号」と「クレオパトラ号」は、末の弟チャールズが乗船していた船の名前で、フリゲート艦である)。
なお1813年7月6日の手紙で、ジェインは兄フランクに対し、船の名前を本作中で使ってよいかと許可を求めている──
『ところで、エレファント号の名前や、あなたが以前乗っていた船の名前を二、三個ほど使わせてもらってもよいかしら? もうすでに書いてしまったけど、お嫌なら削除します。ただちょっと触れているだけですから』
これに対しフランクは手紙の中で、ジェインが『マンスフィールド・パーク』の中でフランクの乗った船名をそのまま使えば、海軍の世界は狭いので、本の作者がオースティン家の誰かであることはすぐに分かってしまうだろう、と指摘した(確かに、カノープス号とエレファント号はフランクが乗っていた船で、エンディミオン号とクレオパトラ号はチャールズが乗っていた船となれば、分かる人にはすぐに分かるだろう)。
ジェインは、兄の手紙にこう返事した。
『ご親切に、私が船名を使うことを承諾し、そうすればどうなるか教えてくださって、本当にありがたく存じます──そうすればどうなるか以前から気づいてはいたのですが──秘密が広がり、今や秘密とはさらさら言えなくなっているので──第三版が出た時には嘘をつこうとも思いません──謎[Mystery] よりもお金[Money]を優先させようと思います──作者を知ってもらい、読者にお金を払ってもらいましょう』
というわけで、本作にはそのまま実在の船の名前が記載されることになった。(参考:Jane Austen, Mansfield Park, Oxford University Press, 2003.
Jane Austen, David M. Shapard, The Annotated Mansfield Park, Anchor, 2017.
ディアドリ・ル・フェイ著, 内田能嗣・惣谷美智子監訳(2019)『ジェイン・オースティン 家族の記録』彩流社. ) - オースティンの全作品中、石炭(coal)について言及されたのはこの箇所が唯一である。地方の田舎ではたいてい暖炉に木材を用いるが、ポーツマスのような都会では、安くて手に入りやすい石炭のほうが多く使われていた。(参考:Jane Austen, David M. Shapard, The Annotated Mansfield Park, Anchor, 2017. )
- 当時ポーツマスに実際に存在した小売店。
- オランダ北部、北海の西フリースラント諸島に浮かぶ島。
- 初版ではこの箇所は”was under weigh(錨が引き揚げられる)”だったが、第二版では”had slipped her moorings(係留ロープが解かれる)”に変更された。実際当時のポーツマスでは、錨を下ろして船を留めるというよりも、係留ロープで港に繋がれていたので、第二版のほうがより正確な表現ということになる。おそらくオースティンは、海軍士官の兄弟のどちらかに指摘されて、修正したかと思われる。この後の変更箇所も以下同様。(参考:Jane Austen, David M. Shapard, The Annotated Mansfield Park, Anchor, 2017. )
- 初版では”She[The Thrush] lays just astern of the Endymion, with the Cleoparta at the larboard.”(スラッシュ号はエンディミオン号のすぐ後ろで、左舷にクレオパトラ号が停まっている)となっていた。しかし当時の軍艦は、航海隊形である横陣の場合以外、別の軍艦と横並びになることはなく、通常は前後に並んでいた。そのためオースティンは、第二版では”She lays close to the Endymion, between her and the Cleopatra,”と改訂した。なお「エンディミオン号」は、オースティンの弟チャールズが二人の姉それぞれに「金鎖つきのトパーズの十字架」を贈った時に乗り組んでいた軍艦の名前である。(参考:Jane Austen, David M. Shapard, The Annotated Mansfield Park, Anchor, 2017. )
- 当時新聞は高価だったので、貧しい人たちは隣人が読み終わったものを貸してもらい回し読みしていた。もう夕方にもかかわらずプライス氏が新聞を読んでいるのはそのため。(参考:Jane Austen, David M. Shapard, The Annotated Mansfield Park, Anchor, 2017. )
- 甲板長(bouatswain, ボースン)とは、艦船の準士官で、甲板作業に従事する水兵を指揮監督する。そのため、特に声の大きいことが要求される。
- 上流階級の女性ならば、ヤカンでお湯を沸かすなどという家事に携わることはない。また、居間の暖炉の火でお湯を沸かすという点についても、マンスフィールド・パークと著しく異なる。マンスフィールド・パークのような大邸宅では、召使が台所(大抵は地下にある)で沸かしたものを専用の容器(tea urn)で客間まで運んでくるのである。(参考:Jane Austen, David M. Shapard, The Annotated Mansfield Park, Anchor, 2017. )
- 当時、シャツと襟はしばしば別々に売られていて、購入者が自分で縫うようになっていた(着物でいう半衿に近いか)。別々に買う方が価格も安かった。(参考:Jane Austen, David M. Shapard, The Annotated Mansfield Park, Anchor, 2017. )
- ナイフは、プライス家のような自分で家事をやるような階級の女性たちにとっては必需品だった。「ナイフ(knife)」という語には攻撃的なニュアンスはなく、武器として使う刃物のことは”dagger”という。(参考:Jane Austen, David M. Shapard, The Annotated Mansfield Park, Anchor, 2017. )