マンスフィールド・パーク 第3章/グラント夫妻の登場、サー・トマスの出発

マンスフィールド・パーク ◎マンスフィールド・パーク

 バートラム家における最初の重大事件は、ノリス牧師が亡くなったことだった。このときファニーは15歳だったが、必然的にさまざまなことが変化し、目新しいことも起こった。ノリス夫人は牧師館を去るとまずマンスフィールド・パークに身を寄せ、その後サー・トマスの村にある小さな家に引っ越した。ノリス夫人は、夫の死については夫がいなくてもひとりで十分立派にやっていけると思ったし、収入の減少についてはこれまで以上に厳しく節約する必要があると肝に銘じて、気を慰めた。

 マンスフィールド・パークの聖職禄は、エドマンドのために将来与えられる予定だった。ノリス牧師が早く亡くなった場合は、エドマンドが聖職に就ける年齢1まで、しかるべき友人に預かってもらうはずだった。だが、これ以前からトムの浪費癖がだんだんひどくなっていて、ついにはその聖職禄を売却しなければならなくなってしまった。つまり弟は、兄の放蕩の尻拭いをさせられたのだ。幸いエドマンドのためには、もう一つほかに聖職禄が用意されていた。そのおかげでサー・トマスはこのような取り決めをしてもあまり良心を痛めずに済んだが、不公平な行為だと思わずにはいられなかった。そのため長男には改心してほしいと願い、これまで何度も言ったりしたりしたのだが、自分のしたことがどれだけ酷いことなのか分からせようとした。

「わたしは恥ずかしい、トム」とサー・トマスは非常に厳粛な面持ちで言った。「こんな措置を取らざるを得なくなったことが、本当に恥ずかしい。この件で、おまえが兄として自分を情けなく思ってくれると信じている。おまえは、エドマンドがこの先十年、二十年、三十年、いや一生の間に得られるはずの収入の半分以上を奪ってしまったのだ。私の力で、あるいはおまえの力で(ぜひそうするよう願っているが)、将来もっと高収入の聖職禄を与えてやれるかもしれない。だがこのことは絶対に忘れてはいかんぞ。エドマンドは、我々に対して聖職禄を要求する当然の権利を持っているのだ。どんな種類の恩恵を与えても、その埋め合わせにはならん。おまえの借金返済のために、エドマンドは自分の利益を犠牲にしているのだ。どんなこともその利益と同等にはならんぞ」

 トムはいくぶん恥じ入り、しょんぼりとしてこれを聞いていた。だができるだけ急いでお説教の場から逃げ出すと、すぐにまた陽気で自分勝手な考えをすることができた。第一に、自分は友人たちに比べれば、その半分の額の借金もしていない。第二に、父さんはつまらないことでうるさく騒ぎすぎだ。そして第三に、マンスフィールド牧師館の次の牧師がだれであろうとたぶん、きっとすぐに死んでしまうだろう。

 ノリス牧師の死後、後任にはグラント博士2という人物が就くことになった。したがってグラント博士はマンスフィールド牧師館に住むようになったが、彼は45歳の元気溌剌とした男性だったので、トムの当ては外れてしまったようだった。しかし彼はこう思い直した。「いや、あの牧師は猪首いくびだから、脳卒中になりやすそうだ。それに美食家で美味いものをたんまり食っているから、すぐにポックリいくだろう」

 グラント博士には15歳年下の妻がいたが、子どもはいなかった。グラント夫妻が引っ越してくると、例のごとく近所の住民たちは「とても立派で、感じの良い人たちね」と噂をした。

 サー・トマスは、いよいよノリス夫人が姪の世話を引き受けるにちがいないと期待した。夫の死によってノリス夫人の境遇も変化したし、ファニーも成長してきたから、一緒に住めないというかつての反対理由はなくなったように思える。むしろ一緒に住むのが何よりもふさわしいだろう。じつはサー・トマス自身の経済状況も、以前より雲行きが怪しくなってきていた。トムの浪費に加えて、西インド諸島の農園で最近かなりの損失を出したのだ。ファニーの養育費の負担や、将来の養育の義務から解放されることは、サー・トマスにとっても望ましいことになっていた。サー・トマスは、必ずやノリス夫人は姪を引き取ってくれるだろうとすっかり信じきって、その見込みを妻に話した。その話題がふたたびバートラム夫人の頭に思い浮かんだとき、たまたまファニーがそばにいたので、夫人は穏やかな調子で話しかけた。

「そういえばファニー、あなたはこのうちを出て、姉のノリス夫人と一緒に住むのよね。どう思う?」

ファニーはびっくり仰天してしまって、バートラム夫人の言葉をオウム返しにくり返すことしかできなかった。「このうちを出る?」

「ええそうよ。なぜ驚くの? あなたはここで暮らして五年になるけど、お姉さまはいつも、ノリス牧師が亡くなったらあなたを引き取るつもりだったのよ。でも今までどおり、わたしの刺繍の仮縫いには来てもらうわね」

 これはファニーにとって寝耳に水であると同時に、つらい知らせだった。ファニーはノリス夫人から親切にしてもらったことなど一度もなかったし、到底好きにはなれなかった。

「ここを出ていかなくちゃならないなんて、本当に残念です」ファニーは口ごもりながら言った。

「ええ、きっとそうでしょうね。それが当然よ。バートラム家に来てから、あなたはつらい思いなんてしたこともないでしょうしね」

「わたし、恩知らずな子でないといいのですが、伯母さま」ファニーは控えめに言った。

「そんなことないわ、ファニー。あなたはとても良い子よ。いつもそう思ってるわ」

「ここには二度と住めないのでしょうか?」

「そうね、住めないわね、残念だけど。でもあちらの家もきっと住み心地が良くてよ。どちらの家に住もうと、あなたにとっては大した違いなんてないものね」

 ファニーは悲しみに沈んで部屋を出た。どちらの家に住んでも大した違いはないとはまったく思えなかったし、ノリス夫人と一緒に住むことを考えても全然嬉しいと思えなかった。ファニーはエドマンドに会うとすぐに、苦しみを打ち明けた。

「ねえ、エドマンド」と彼女は言った。「すごく残念なことになりそうなの。最初は気に入らないことでも、好きになる努力をしなさいってあなたはいつも忠告してくれたけど、今度はだめだと思うわ。わたし、ノリス伯母さまのところで一生住むことになったんです」

「えっ、本当に!」

「ええ、バートラム伯母さまがそうおっしゃってたわ。もう決まったことなの。マンスフィールド・パークを出て、ホワイト・ハウスに行くんですって。ノリス伯母さまがそこに引っ越したらすぐだと思うわ」

「まあでもファニー、きみさえいやじゃなければ、その計画はすばらしいじゃないか」

「まあ!エドマンド!」

「どの点からしても好都合だよ。きみを引き取りたいと願うとは、ノリス夫人も分別のある人だ。同居人としてまさにふさわしい相手を選んだと思うし、彼女の金銭欲が邪魔しなかったことも嬉しい。きみはノリス夫人にとってなくてはならない人になるだろうね。そんなに苦しむことはないと思うよ、ファニー」

「苦しむにきまってるわ。どうしてもいやです。わたしは、この家とそのすべてを愛してるんです。向こうの家ではきっと何も好きになれません。ノリス伯母さまといてわたしがどれだけ居心地が悪いか、分かってるでしょう」

「たしかに、きみが子どもの頃のノリス夫人の態度には感心しない。でもそれはぼくらに対してもほとんど同じだったよ。彼女は、子どもにたいしてどう愛想よく振る舞えばいいのか分からなかったのさ。だけどきみはもうきちんと扱ってもらえる年頃だ。ノリス夫人の振る舞いもだんだんよくなってきていると思う。それにきみは唯一の同居相手なのだから、彼女にとって大切な存在になれるはずだ

「わたしなんか、だれにとっても大切な存在にはなれないわ」

「どうしてそう思うんだい?」

「だってなにもかも──わたしの立場もそうだし──頭も悪くて不器用だから」

「ねえファニー、頭が悪いとか不器用だとか、きみにはそんなところはこれっぽっちもないよ。でもそんな言葉を使うのは間違っているし、その点だけはおばかさんだね。家族友人のあいだで、きみが大切な人になれない理由なんて全くない。きみはすぐれた分別と優しい心の持ち主だ。親切にされれば必ず恩返しをしたいという、感謝に満ちた心もある。友人や話し相手として、これほど優れた資質はないと思うよ」

「あなたは親切すぎます」ファニーはこのように褒められて、顔を赤らめながら言った。「そんなにわたしのことを良く思ってくれるなんて、なんてお礼を言えばいいか。ああ、エドマンド! ここを出ていくことになったら、あなたのご親切は死ぬまで一生忘れないわ」

「おやおやファニー、ホワイト・ハウスくらいの距離ならぜひ忘れないでいてもらいたいね。きみが話すのを聞いていると、まるで二百マイルも離れていってしまうようだ。実際はたかがパークを横切ったところじゃないか。でもきみは今までどおり、マンスフィールド・パークの一員だよ。お互い毎日会えるさ。ただ一つ違うのは、ノリス夫人と一緒に住めば、必然的にきみは人前に出てこなくちゃいけなくなるということだね。ここではたくさんの人の後ろに隠れていられるけど、ノリス夫人のところではそうはいかない。自分から話さなければならないだろうね」

「まあ! そんなこと言わないで」

「いや、言わなくちゃ。むしろ喜んでそう言うよ。今のきみを預かるには、ぼくの母よりノリス夫人のほうがずっと適任だ。ノリス夫人は、本当に関心のある人にたいしては、たくさん世話を焼いてくれる人だよ。だから、きみの生まれ持った能力を十分に引き出してくれると思う」

ファニーはため息をついて言った。「わたしにはそんなふうに思えません。でもあなたのほうが正しいのだと信じなきゃだめね。あなたには感謝していますわ、現実を受け入れて折り合いを付けるよう忠告してくださってるのね。もしノリス伯母さまが本当にわたしのことを気にかけてくださってるのだと思えたら、どんなにいいか! だれかにとって大切な存在になれると思えたら、きっと嬉しいでしょうね。──マンスフィールド・パークではわたしは取るに足りない存在ですけど、わたしはこの家が大好きなんです」

「ファニー、きみはこの家を出るけれども、この土地を去るわけではないんだよ。敷地や庭園はいままでどおり自由に入れるんだ。きみの誠実な心も、こんな名目上の変化におびえる必要はない。行きつけの散歩道も同じだし、図書室も、顔を合わせる人たちも、乗る馬も、みんな同じだ」

「本当にそうだわ。ええ、あの老いぼれの灰色のポニーも。ああ! エドマンド、昔はわたし、どれだけ馬に乗るのを怖がってたか。

マンスフィールドパーク

乗馬はわたしの健康のために良いと話されるのを聞くだけで、どれだけ恐ろしかったか──(ああ! 馬のことが話題になると、伯父さまの口が開くたびにびくびくしていたわ)それからあなたは、わたしの恐怖心を取り除くために、どれだけ親切に骨を折って説き伏せてくれたか。

マンスフィールド・パーク

しばらくすると乗馬が好きかもしれないと思えて、結局あなたが正しかったと分かったの。今度の場合も、あなたの言う通りになりそうな気がしてきたわ」

「乗馬がきみの健康にとって良かったように、ノリス夫人と一緒に住むのも、きみの精神にとって良いことだと思うよ──最終的にはきっと幸せになれるだろうと確信してる」

 こうして二人の会話は終わった。ファニーにとってたいへん有益な助言が得られたが、結局のところこの話をする必要はなかった。ノリス夫人はファニーを引き取るつもりなど、これっぽっちもなかったからだ。夫が亡くなったいま、ノリス夫人にもそういったことは思い浮かんでいたものの、「ファニーを引き取ってはどうかと言われないようにしなければ。そのような事態は注意深く避けなければ」といった考えとして思い浮かんだだけだった。そのような期待されないようにするため、ノリス夫人はマンスフィールドの教区内の上品とされる家の中でも最も小さな家を選んだのである。ホワイト・ハウスはノリス夫人と召使たちが住む部屋しかなく、あとは来客用の予備の部屋があるだけだった。彼女はこの「予備の部屋」の重要性をとりわけ強調した。──牧師館に住んでいた頃は予備の部屋など必要としていなかったのに、いまや客のための予備の部屋は絶対に必要だということになった。しかしながら、ノリス夫人の用心は良い方向に解釈されてしまったのだった。つまり、サー・トマスに「たぶん、あれだけ予備の部屋の重要性をアピールするのは、本当はファニーのためなのだろう」と誤解されてしまったのだ。バートラム夫人はまもなくこの件はもう確実なこととして、軽率にもノリス夫人にこう言った──

「ねえお姉さま、うちではもうミス・リーを置いておく必要はないわね、ファニーがあなたと一緒に住むものね?」

ノリス夫人は飛び上がらんばかりに仰天した。「わたしと一緒に住む! あなた、それどういう意味?」

「ファニーはお姉さまのところで住むんじゃないの?──サー・トマスとそう取り決めたと思っていたけれど?」

「まあ! ありえないわ。そんなことについて一言もサー・トマスと話したことはありませんよ。ファニーがわたしと住むですって! わたしがいちばん考えつきそうにないことだし、二人のことを本当に知っている人なら誰も願ったりしないことだわ。とんでもない! わたしがファニーに何をしてやれるっていうの?──このわたしが! 貧乏で寄る辺のない孤独な未亡人だし、何をするにも不向きだし、わたしの精神はボロボロなのよ。15歳の女の子に対して、何をしてやれるっていうの! あらゆる年代の中でもいちばん配慮と世話が必要だし、どんな陽気な人でも手腕が問われる年頃だわ。サー・トマスがそんなことを本気で考えるはずがないわ! サー・トマスはわたしをよく知る友人ですもの。わたしの幸せを願う人なら、そんなことを提案するはずがありません。どうしてサー・トマスはあなたにそんなことを話したの?」

「さあ、分からないわ。夫はそれがいちばん良いことだと思ったようだけど」

「だけど彼はなんて言ったの?──わたしにファニーを引き取ってほしいだなんて言うはずないわ。きっと心の中では、わたしにそんなお願いできるはずないってご存知のはずよ」

「いえね、夫はただ、そうなりそうだと言っただけよ──わたしもそう思ったの。ファニーと一緒に住むのが、あなたにとって慰めになるだろうって、わたしたち思ったのよ。でもお姉さまがおいやなら、これ以上言っても仕方ないわね。ファニーは別にここにいても邪魔ではないし」

「まあ、あなた! わたしの不幸な境遇を考えてもみてちょうだい、どうやってあの娘がわたしの慰めになれるっていうの? わたしは貧しくて孤独な寡婦なのよ。最高の夫に先立たれ、その世話や看病で身体は衰えて、意気消沈していく一方だし、この世の平穏はすべてぶち壊しになったわ。かろうじて淑女としての体面を保っているありさまで、大切な夫の想い出を汚さないように生きていくだけで精一杯なのよ──ファニーを預かって、わたしにどんな慰めが得られるというの! 万が一自分のためにそう願ったとしても、可哀想な女の子に対してそんな不公平なことできないわ。できるだけ自分の力で悲しみと困難を乗り越えて、どうにかやっていかなくちゃいけないのよ」

「それじゃ、お姉さまは一人暮らしでもかまわないのね?」

「あなた! 孤独以外、わたしに何がふさわしいっていうの? そりゃ時には、狭い我が家にも友人を呼びたいとは思うわ(来客用のベッドはいつでも用意してあるの)。でもこれからの日々の大半は隠居生活になるでしょうね。収入の範囲内でやりくりできれば、ほかに何も望まないわ」

「そんなに生活が苦しくなることはないと思うけど―サー・トマスが言ってたわ、お姉さまは年収600ポンドはあるだろうって3

「ねえあなた、わたし不平不満は言わないわ。以前みたいな暮らしはできないと分かってるけども、削れるところは削って、やりくり上手にならないとだめね。いままではお金を惜しまない主婦だったけれど、これからは節約することを恥じたりしないわ。収入も減ったし、わたしの暮らし向きも変わったんですから。気の毒な夫が生きていた間は、教区牧師としての立場上、貧しい人たちにたいする慈善とかずいぶんたくさんのことが当然の義務になってたわ。でもいまのわたしには、そういったことはできません。みなさんご存知ないでしょうけど、思いがけず出入りする人たちがいて台所の出費がばかにならなかったのよ4。けれどもホワイト・ハウスでは、さらに引き締めて倹約しなくちゃいけないわ。絶対に収入の範囲内で暮らしていかないと、さもなければみじめなことになってしまうでしょう。一年の終わりにほんのわずかでも貯金できれば、わたしとしてはかなり満足よ」

「きっとそうでしょうね。でもいつも貯金はしていたんでしょう?」

「ねえあなた、わたしの目的はね、後の世代の人たちのために役に立つことなの。裕福になりたいと思うのも、あなたの子どもたちのためなのよ。わたしには子どもがいないから、ほかに気にかける人はいないし。でもバートラム家の子どもたちのために少しでもお金を遺せたら、価値のあることだし、とっても嬉しいと思うわ」

「お姉さまはとても親切ね。でもあの子たちのことを心配する必要はないわ。十分養っていけるもの。サー・トマスがちゃんと気を配ってくれてるわ」

「あら、もしアンティグア島の地所からの収入が減ってしまったら、バートラム家の財政も少し苦しくなるんじゃないかしら」

「あら! そのことはもうすぐ片付くわ。サー・トマスがその件について手紙を書いてましたもの」

「まあ、とにかく」ノリス夫人は帰ろうと腰を上げながら言った。「わたしの唯一の願いは、あなたの家族の役に立つことよ──だからもし万が一サー・トマスがまたファニーとわたしが同居することについて口にしたら、わたしの体調と精神状態ではまったく不可能だと言っておいてね──それから、ファニーに与えられるベッドもないってこともね。絶対に来客用の予備の部屋が必要なんだから」

 バートラム夫人はこの会話を夫にくり返して伝えた。サー・トマスは、ノリス夫人の考えをひどく誤解していたことを理解した。このときからノリス夫人は、サー・トマスからファニーの引き取りについてあらゆる期待をされたり、ほのめかしを受ける心配がなくなった。サー・トマスは、「ノリス夫人はファニーを養子にすることにあんなに熱心だったのに、姪のために何もしたくないというのはおかしな話だ」と思わずにはいられなかった。だがノリス夫人は早々に手を打って──バートラム夫人の時と同じく──自分の財産はすべてバートラム家の子どもたちに譲る予定だということを、サー・トマスにも理解してもらった。そのため彼はすぐにこう納得することができた。「バートラム家の子たちとファニーを区別するのは仕方のないことだ。我が子たちにとっては利益にもなるし、敬意の表れでもある。それに結局ノリス夫人は我が子たちに全財産を遺してくれるのだから、ファニーを養うのも楽になるだろう」

 ファニーはまもなく、引っ越しの恐怖におびえる必要はないとわかった。エドマンドは、ノリス夫人との同居は彼女にとって本当に有益だと考えていただけに、がっかりした。だがこのことを知ったファニーが素直に心から嬉しそうにしているのを見ると、いくぶん慰められた。そうしてノリス夫人はホワイト・ハウスに移り住み、グラント夫妻が牧師館に到着した。こうして一件落着すると、しばらくマンスフィールドでは万事いつもどおりの日々が続いた。

 グラント夫妻は親しみやすく社交的な人たちだと分かったので、ほとんどの近所の人たちは大いに喜んだ。だが夫妻にも欠点があった。この欠点をいち早く発見したのはノリス夫人であった。実はグラント博士はたいへんな食い道楽で、毎日豪華なディナーを食べているのだ。それにグラント夫人もグラント夫人で、少ない食費で夫の食欲を満足させようとやりくりすることもなく、マンスフィールド・パークに負けないくらい高給のコックを雇っているそうだ。しかもグラント夫人自身はほとんどキッチンに姿を見せないらしい。ノリス夫人はこうした不満をぷりぷりと怒った口調でこぼさずにはいられなかったし、牧師館で毎日消費されるバターと卵の量にも腹を立てずにはいられなかった。

「豊かな生活とおもてなしを愛する心に関しては、わたしは誰にも負けないつもりよ──ケチケチした振る舞いは大嫌いです──わたしが住んでいたころの牧師館では、快適さに欠けたことはなかったし、けちくさいなんて悪い評判を立てられたこともありませんでしたよ。でもそれにしても、グラント夫人のやり方は理解に苦しむわね。田舎の牧師館に貴婦人なんて、とんだ場違いだわ。牧師館の貯蔵室は、グラント夫人が出入りするのにも十分ふさわしいはずよ。尋ねてみたら、グラント夫人は5000ポンド以上のお金を持ったことはないそうじゃないの5

 バートラム夫人はこのような非難の言葉を聞いても、あまり関心が持てなかった。倹約家の権利侵害には共感できなかったからだ。だが美人でないグラント夫人がそんな贅沢な暮らしをしているのは、美人にたいする侮辱だと思った。その点については、バートラム夫人はしばしば驚きを表明した──ノリス夫人ほどわめきちらすことはなかったけれども。

 このような話題から一年もしないうちに、バートラム家にはまた新たな重大事件が起こった。それは女性たちの思考と会話のかなりの部分を占めることになった。サー・トマスは、西インド諸島での事業を立て直すため、みずからアンティグアに行く必要があると決意したのだ。また、長男のトムを悪友たちから引き離すために、一緒に同行させることにした。二人はおよそ一年間イギリスを留守になりそうだった。

 これは金銭的な観点からは必要な措置であり、トムのためを思ってしたことだった。だがそのせいでサー・トマスは家族と別れねばならず、思春期という人生で最も大切な時期に、娘たちを他の人に任せなければならなかった。妻のバートラム夫人が自分の代わりを務められるとは思えなかったし、むしろ母親としての役割を果たせるかどうかすらもあやしかった。だがノリス夫人の注意深い監督と、エドマンドの判断力には十分信頼を置いていたので、娘たちのことは何も心配することなく出発することができた。

 バートラム夫人は夫がいなくなるのはいやだったが、夫の身の安全を案じたり、生活の不便さを気にかけて心がかき乱されることはなかった。自分以外の人間はだれも、危険や困難や疲労を感じないとバートラム夫人は思っているのだった。

 マライアとジュリアはこの件で、大いに同情されるべきだった。父の出発を悲しんでいるからではなく、全然悲しめなかったからだ。彼らにとって父親は愛情の対象ではなかった。自分たちの楽しみを一緒になって喜んでくれたことなど一度もなかったし、不幸にも父の不在は大歓迎だったのだ。マライアとジュリアはあらゆる束縛から解放された。サー・トマスから禁止されそうな遊びをわざわざやってみようとは思わなかったが、「何もかも自分たちの思いどおりなんだわ、自由気ままに何をして遊んでもいいんだわ」と感じることができた。

 ファニーも、マライアやジュリアたちと同じようにほっとしたし、そうやってほっとしている自分の気持ちにも気が付いた。だがファニーは従姉たちより優しい性格なので、ほっとしている自分はなんて恩知らずなのだろうと思った。サー・トマスの旅立ちを悲しめないことが、本当に悲しかった。「サー・トマスは、わたしやわたしの家族にもあんなにいろいろとして下さったのに。もしかしたら二度と戻って来れないかもしれないのに! 涙一つ流さずお別れするなんて!──何も感じないなんて本当に恥ずかしいわ」

 出発する最後の朝、サー・トマスはファニーに向かって話しかけた。「次の冬にはまたウィリアム君に会えるといいね。彼の所属する艦隊がイギリスに着いたら、すぐに手紙を書いてマンスフィールド・パークに招待してあげなさい」

『なんて思いやりのある優しいお言葉なんでしょう!』とファニーは思った──そしてもしサー・トマスが彼女ににっこり微笑みかけて「愛しいファニー」と呼んでくれたなら、今までの恐い顔つきや、冷たい話し方もすべて忘れられたかもしれない。しかしサー・トマスが最後に言った言葉は、ファニーを悲しみのどん底に突き落とした。

「もしウィリアム君がマンスフィールド・パークに来たら、ぜひお兄さんを感心させてほしいものだ。プライス家を離れてから何年も経ったのだから、少しは妹も向上したようだと思ってもらわないと──だがファニーは16歳になっても、10歳のころとあまり変わっていないと思われるかもしれないね」

 サー・トマスが出発してしまうと、ファニーはこの言葉を思い返して激しく泣きじゃくった。だがマライアとジュリアは、ファニーの泣きはらした赤い目を見て、なんて偽善者なんだろうと思った。

 

  1. 牧師に叙任される年齢は23歳から。
  2. この場合の博士(Dr.)は、神学の博士号保持者ということである。だが博士号を持っていたからと言って、特に高位の聖職禄が得られるわけではない。ちなみにたいていの牧師は学部卒なので、ただ〜氏(Mr.)と呼ばれる。
  3. 年収600ポンドは、未亡人が一人暮らし(召使含め)するのには十分すぎる額。収入源はまず持参金であろうと思われる。おそらくバートラム夫人と同じく7000ポンドの持参金を持ち、それを公債に投資すると年5%の利回り―すなわち年350ポンドの収入が得られる。残りの600-350=250ポンドは、17年間の結婚生活の間に貯めた貯蓄の利回りと思われる。年250ポンドの利益を得るには、5000ポンドの貯金が必要である(5%で換算)。第一章でノリス牧師は『1000ポンド弱の年収』との記載があったので、17年間の収入の総額は17000ポンド。つまり、全収入の約1/3を貯蓄に回していたことになる。
  4. 貧者に対する施しのこと。
  5. つまり、持参金が5000ポンド未満だったということ。
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