マンスフィールド・パーク 第34章/シェイクスピアと説教についての議論

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 エドマンドは帰宅すると、とんでもない話を聞かされることになった。たくさんの驚きが彼を待ち受けていたが、最初に起こった出来事も、興味深いという点ではかなりの驚きだった──エドマンドが馬に乗って村にさしかかったところで、なんと散歩中のヘンリー・クロフォードと妹メアリーにばったり出くわしたのだ。──二人はもうはるか遠くロンドンにいるはずだとエドマンドは思っていた。彼が滞在をわざと二週間延ばしたのも、ミス・クロフォードを避けるためだったのだ。悲しい思い出に沈み、切ない感傷に浸るつもりでマンスフィールド・パークに戻ってきたにもかかわらず、その美しきミス・クロフォード本人が、兄の腕に寄りかかりながら、目の前に現れたのである。エドマンドは、ほんのついさっきまで七十マイル離れた場所にいるはずだと思っていた女性から──気持ちの上では、距離で表せないくらいはるか遠くにいると思っていた女性から──「おかえりなさい」とまぎれもなく親しみのこもった歓迎を受けたのだった。

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 エドマンドを出迎えたミス・クロフォードの態度は、彼がたとえもし彼女と会うのを予期していたとしても、到底望めないだろうと思っていた種類の歓迎だった。彼は聖職叙任という目的でこの地を離れて、今では牧師になって帰宅したのだから、ミス・クロフォードがこんな晴れやかな表情であたたかい言葉をかけてくれるとは、まさか予想もしていなかったのだ。エドマンドの心は幸福感で満たされ、屋敷に帰っても、これから聞かされるもう一つの驚くべき吉報を心から喜べる心境になっていた。

 ウィリアムの昇進やその詳細について、エドマンドもすぐに知ることになった。その喜びをいっそう増してくれるひそかな慰め──ミス・クロフォードに歓迎されたこと──を胸中に抱いていたから、その昇進の知らせのおかげで嬉しさがこみ上げてくるのを感じたし、ディナーの間中ずっと楽しい気分が続いた。

 ディナーの後、エドマンドは父親と二人きりになると、ファニーの話を聞かされた。そしてこの二週間の大事件と、マンスフィールド・パークにおける現在の状況について全て知らされた。

 ファニーは何が起こっているか見当がついていた。あの二人はいつもよりずっと長い時間ダイニング・ルームで過ごしていたので、きっと自分のことを話しているにちがいないと思った。お茶の時間になってようやく二人が客間に入ってくると、ファニーはふたたびエドマンドから視線を向けられ、ひどく後ろめたい気持ちになった。彼はファニーのところにやって来てそばに座ると、彼女の手を取って優しく握ってくれた。ファニーはその瞬間こう思った。自分にはお茶を淹れる仕事があったし、お茶の準備でせわしない雰囲気だったからよかったものの、そうでなければ、わたしはきっと許されないぐらいあからさまに自分の恋心を表に出してしまっていただろう、と。

 けれどもエドマンドが彼女の手を握ったのは、無条件の賛同や励ましを示すためではなかった──ファニーのほうはその行動から希望を見出していたのだけれども。彼としてはただ単に、自分はファニーに関係すること全てに関心を持っていること、そして例の話を聞いて彼女をいとおしむ気持ちが募ったと示してやるのが目的だった。実のところ、エドマンドはこの件では完全に父親の味方だったのだ。ファニーがクロフォードのプロポーズを断ったことについては、父親ほどひどく驚きはしなかった。なぜならエドマンドは、ファニーがクロフォード氏に対して好意を抱いていると考えたことなどなく、それどころかむしろその正反対──つまり彼を嫌っているのではないかとつねづね感じていたし、ファニーにとってはまったくの不意打ちだったのだろうと想像できたからだ。けれどもエドマンドは、サー・トマス以上にこの縁組はすこぶる望ましいものだと思っていた。彼からするとどの点からしてもいいことづくめの話であり、「ファニーがプロポーズを断ったのは、今のところクロフォードに無関心なせいでしょう」と言って彼女の取った行動を褒め、サー・トマスも同調しかねるくらい強い言葉を使って彼女を高く評価した。そしてたいへん熱心に自分の希望を述べ、楽観的にこう言った。

「この縁組は最終的にはきっとまとまるはずです。お互い相思相愛で結ばれたなら、どちらにとっても幸運なほどまさに相性ぴったりの夫婦になるだろうと思います。こうやって真剣に考えてみると、二人はお似合いなのだとだんだん思えてきましたよ。クロフォードは性急すぎたのです。ファニーに好意を持ってもらうのに、十分な時間を与えてあげなかったのがいけないんです。彼は間違ったやり方で事を始めてしまったんです。けれども彼は影響力がありますし、ファニーは優しい性格ですから、きっと何もかも幸せな結末に収まるはずだと信じています」

 その一方で、エドマンドはファニーがきまり悪そうにしているようすもかなり目撃していたので、今後は言葉でも表情でも態度でも、彼女を二度と困惑させないよう慎重に行動しようと決めたのだった。

 翌日、クロフォードがやって来た。エドマンドが帰宅してくれたおかげで、サー・トマスは堂々とクロフォード氏をディナーに誘えるように感じられた。それはまさに必要な礼儀であり、クロフォード氏はもちろんディナーの時間まで滞在した。エドマンドはどれだけ彼のアプローチが上手くいっているか、そしてファニーの態度から、目下どのくらいの励ましが引き出せそうかをじっくり観察することができた。だがその励ましというのは本当にかすかで、あまりにも弱々しかったので(ファニーの困惑した態度だけが一縷いちるの望みだったが、もしその困惑の中に希望を見出せないとしたら、それ以外には何一つ希望はなかった)、エドマンドは友人の粘り強さに驚嘆してしまうほどだった。──確かにファニーにはそれだけの価値がある。ファニーにはあらゆる忍耐力や精神力を払うだけの値打ちがあるとエドマンドは考えていた──けれどももし自分だったなら、もうちょっとこちらの勇気を励ましてくれるものがなければ、相手がどんな女性であろうと諦めてしまうだろうと思った。彼の見たところ、ファニーの目にそのような励ましの色は見受けられなかったものの、「クロフォードのほうはもっとはっきりした兆候を見ているのだろう」と期待はできた。ディナーの最中やその前後のようすをずっと観察していたエドマンドにとって、これが友人のために導き出せた最も満足できる結論だった。

 その晩、エドマンドが「これは望みがありそうだぞ」と思える出来事がいくつか起こった。彼とクロフォードが客間に入っていくと、母親のバートラム夫人とファニーが、他のことには目もくれず黙々と針仕事に没頭して座っていた。エドマンドは「どうやらお二人ともかなり静かに過ごしていたようですね」と言った。

「それほどずっと静かにしてたわけじゃないのよ」と母親が答えた。「さっきまでファニーが本を読み上げてくれていたの。あなたたちが来るのが聞こえてきた途端、本を閉じちゃっただけなのよ」

 たしかにテーブルの上には、たった今閉じられたばかりといった感じのシェイクスピアの本が置いてあった。──「ファニーはよくそんな本を読んでくれるの。さっきはちょうどあの人の名ゼリフを読み上げていたところで──あの男の人の名前は何だったかしら、ファニー?──そのときに、あなたたちの足音が聞こえたのよ」

 クロフォードはその本を取り上げた。「よろしければ、ぼくが奥さまにそのセリフを最後まで読み上げて差し上げましょう」と彼は言った。「すぐにどこか見つけられるはずです」

 そしてページの開き癖を手がかりに注意深く探してみると、彼はたしかにお目当てのページを見つけた。あるいはその一、二ページ前後だったかもしれないが、先ほど読んでいた付近ではあったので、バートラム夫人はそれで満足だった。クロフォード氏がウルジー枢機卿1の名前を口にすると、夫人は「そうよ、まさにそのセリフだったわ」と請け合った。──ファニーは見向きもせず、助け舟を出すこともなかったし、それで合っているとも間違っているとも言わなかった。ファニーは自分の針仕事に全神経を集中させていて、他のことには絶対に関心を持つまいと心に決めているようだった。だが趣味の力にはあらがえなかった。ファニーは五分と無関心でいることはできず、思わず聞き入ってしまった。

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クロフォード氏の朗読は素晴らしく、優れた朗読を聞くのはファニーにとっても至上の喜びだった。しかし、上手な朗読というのであれば、彼女も長い間慣れ親しんでいた。伯父のサー・トマスは読むのが上手だったし、いとこたちも皆そうだった──なかでもエドマンドは相当上手だった。けれどもクロフォード氏の朗読は、ファニーがいままでお目にかかったことがないほど変化に富み、卓越していた。ヘンリー八世、王妃キャサリン、バッキンガム公、ウルジー枢機卿、クロムウェル2のセリフが、次から次に読み上げられた。彼はたいへん見事に朗読のコツを心得ており、巧みにページを飛ばしたり当て推量をして、各登場人物のここぞという最高の見せ場やセリフを、いつも狙い通りにピシャリと選び出すのだった。威厳たっぷりのセリフだろうがお高くとまったセリフだろうが、優しさや後悔の念にあふれたセリフだろうが、何を表現するにしても、彼はどれも等しく見事にやってのけた。──それはまるで本物の劇を観ているかのようだった。──あの素人芝居でクロフォード氏の演技を見たとき、ファニーは初めて芝居を観ることの喜びを知ったが、彼の朗読を聞くとふたたびその演技が目の前に浮かぶようだった。いや、あの時よりももっと大きな喜びを感じていたかもしれない。なぜならこの機会は思いがけず訪れたものであり、かつては彼がマライア・バートラムと共演する光景を見て苦痛を感じていたけれども、今回はそのような後ろめたさは一切ないからだ。

 エドマンドは、ファニーが興味を引かれていくようすを見守っていた。初めのうち、彼女は完全に針仕事に没頭しているようだったが、徐々にその手がのろのろと遅くなっていくさまを目にして、エドマンドは面白がったり嬉しく思ったりしていた。じっと動かずかがみ込んで座っているファニーの手から、縫い物がはらりと落ち──そしてとうとう、その日一日中必死に彼の姿を避けていたように見えたファニーの目がクロフォードのほうに向けられ、ついには彼を見つめていた。その目は数分間彼に注がれていたが、やがて彼がファニーの視線に気付くと、本がパタッと閉じられ、魔法も解けた。ファニーはまた身を縮こまらせて、顔を赤らめながら今まで通りせっせと針仕事に取り組んだ。これなら友人にも励ましを与えてやれそうだ、とエドマンドは思った。エドマンドはクロフォードに「読み上げてくれてどうもありがとう」と温かくお礼を言いながら、ファニーのひそかな気持ちも代弁できていれればいいが、と願った。

「この劇はきみのお気に入りに違いないね」とエドマンドは言った。「いかにも内容についてよく知っているような読み方だったからね」

「今この時からぼくのお気に入りになるだろうな」とクロフォードは答えた。──「だけどシェイクスピアの作品は、十五歳のとき以来久しく手に取っていないと思う。──『ヘンリー八世』は一度上演されたのを見たよ。──あるいは誰か見た人の感想を聞いたか──どっちだったか定かじゃないな。でもシェイクスピアはみんな知らず知らずのうちに慣れ親しんでいるものだからね。もはやイギリス人の体質の一部なんだ。シェイクスピアの思想や美文はあまりにも広く世に知れ渡っているから、至るところで彼の作品に触れているし、生まれながらにして誰もが彼に親しんでいる。──少しでも頭の働く人間なら、彼の劇の名場面に行き当たると、すぐさま彼の作品の世界に入り込めてしまうんだよ」

「確かに、誰でもある程度シェイクスピアに慣れ親しんでいるのは間違いないね」とエドマンドは言った。「小さい頃からずっとそうだ。彼の名文句は万人に引用されている。ぼくらが読む本のうちの半分にはシェイクスピアの言葉が出てくるし、普段から彼の言葉で話し、彼の比喩を使い、彼の描写を用いて表現している。でもこれは、きみがしてみせたような、シェイクスピアの意図を感じ取って伝えるのとは全然別のことだよ。断片的に彼のことを知っている、というのはよくあることだ。かなり詳しく精通しているというのもたぶん珍しくはないだろう。だが、彼の作品を見事に朗読できるというのは並大抵の才能じゃないよ」

「お褒めに預かり光栄です」とクロフォードはおどけてうやうやしく一礼しながら答えた。

 二人の紳士はファニーのほうをちらりと見やり、エドマンドの褒め言葉に彼女も同調するかどうか確かめてみた。でも二人ともさすがにそれは無理だろうと感じていた。ファニーの賞賛はその態度に表れていたのであり、二人はそれで満足するしかなかった。

 バートラム夫人のほうは絶賛の言葉を口にしていて、しかも熱を込めてこう言った。「まるで本当にお芝居を観ているかのようだったわ。サー・トマスもこの場にいてくれたらよかったわねぇ」

 クロフォードはきわめて大満足だった。──もし頭も弱く無気力なバートラム夫人でさえこんなふうに感じることができたのなら、感受性豊かで聡明なファニーはもっと感銘を受けたにちがいないと思うと、彼は心が浮き立ってくるのだった。

「あなたの演技の才能は大したものね、クロフォードさん」バートラム夫人はその後すぐに言った──「ねぇ、いつかノーフォークのあなたのお屋敷に劇場を作るといいわ。というのはつまり、あちらに落ち着いたらということだけど。本当に、ノーフォークのお屋敷に劇場を作るべきよ」

「そうお思いですか、奥さま?」クロフォードはすかさず声を上げた。「いやいや、それはありえません。奥さまはすっかり勘違いされています。エヴァリンガムに劇場ですって! いえいえ、ダメです」──そして彼は表情たっぷりに微笑みを浮かべてファニーのほうを見たが、それは明らかにこう言っていた。『エヴァリンガムに劇場を作るなど、あのご婦人は決して許さないでしょう』

 エドマンドはこのすべてを見届け、ファニーが絶対にそちらのほうに目を向けないように決めているのも見て取った。それはつまり、クロフォードがバートラム夫人の意見に反対した真の意図については、彼の声だけでも十分伝わっているということだ。こうやってファニーが褒め言葉をすぐに意識したり、ほのめかしを即座に理解するというのは、かなり望みがあるのではないかとエドマンドは思った。

 朗読に関する問題はさらに話し合われた。話しているのは二人の青年たちだけだったが、二人は暖炉のそばに立って、朗読術というものがいかに普通の学校教育で軽んじられ、いかに関心が払われていないかを語り合った。その結果、当然ながら──いや、ある場合にはほとんど不自然なほどに、分別もあり教養のある人間が、朗読については途端に無知で不器用になってしまい、いざ人前で話すのが必要な場に突然立たされた時に、大失態をさらしたりへまをやらかすのを何度か見たことがある。それは発声が悪かったり、きちんと抑揚が付いていなかったり、先の見通しや判断力が不足しているという二次的な原因によるもので、元はと言えば、それらはすべて幼少期からの朗読に対する関心と習慣の欠如という第一の原因から生じているのだ。ファニーは内心たいへん面白く思いながら、ふたたび耳を傾けていた。

「牧師というぼくの職業でさえも──」エドマンドは微笑みながら言った──「朗読術というものがいかに軽視されていることか! 明快な話し方や適切な伝え方というものが、どれだけ無視されているか! だけど、これはどちらかというと現在というより過去の話だね。──今ではこうした傾向を改善していこうという風潮が高まっているよ。でも二十年、三十年、四十年前に聖職叙任された牧師たちの大半は、彼らの仕事ぶりから判断するに、『読書は読書、説教は説教』と考えているにちがいないね。だが今は違うんだ。この問題はもっときちんとした関心を払われている。確固たる教義を伝えるためには、明瞭で力強いスピーチが重要だと考えられているし、以前より世間の人たちの理解力も上がって、より批判的な認識が広まってきているよ。どの礼拝でも、この問題について少しは知識がある信者たちが増えていて、判断力や批評眼を備えた人がますます多くなっているんだ」

 エドマンドは聖職叙任式以降、すでに一度教会で礼拝をした経験があるのだった。このことが分かると、彼はクロフォードから「どんな気分だった? 上手くいったかい?」などさまざまな質問を受けた。その質問は──気さくな好奇心にあふれ、快活な感じで陽気ではあったものの──茶化したり軽口を叩くような雰囲気は少しもなかったので(エドマンドはファニーがそうした態度をひどく不快に感じることを知っていた)、彼は心からの満足感を覚えて嬉しくなった。クロフォードはさらに、説教の中のある一節はどのように述べるのが最も適切かについて、エドマンドの意見を尋ねたり自分の意見を語ってみたりして、そういった問題について以前から真面目にしっかり考えたことがあるということを示したので、エドマンドはますます嬉しくなった。これこそがファニーの心を掴む方法なのだ。慇懃さや機知の限りを尽くしたり、性格が良いというだけでは、彼女の心は勝ち取れないのだ。少なくとも、それだけですぐに彼女を落とすことはできないだろう。何か心情に訴えかけるものや、真面目な事柄に対する真面目な態度がなければならないのだ。

「イギリス国教会の祈祷書には、美しさがある」とクロフォードは述べた。「その美しさは、どんなにぞんざいでいい加減なやり方で朗読したとしても失われることはないんだ。ただし、同時に冗長な箇所や繰り返しもあるんだけれども、良い朗読であれば冗長とは感じられない。だけど正直言って、少なくともぼくに関しては、いつもそれほど集中して耳を傾けてるわけではないんだ──(ここで彼はファニーのほうをチラッと見た)二十回のうち十九回は、『ああいう祈祷はどんなふうに読み上げるべきかな』と考えたり、『自分で朗読してみたいものだ』とか思ったりしてるんだよ──おや、何かおっしゃいましたか?」クロフォードはファニーに勢いよく歩み寄り、優しい声で話しかけた。ファニーが「いいえ」と答えると、彼はこう言った。

「本当に何も話されませんでした? あなたの口が動くのを見ましたよ。あなたはこうおっしゃろうとしてたんじゃないんですか? ぼくはもっと集中して聞くべきだし、別のことを考えたりするべきじゃないって。あなたはそうおっしゃるつもりだったんでしょう?」

「いいえ、とんでもありません、あなたはご自分の義務をよくご存じでしょうから、まさかわたしが──たとえそんなこと──」

ファニーは口をつぐみ、すっかり困惑してしまった。クロフォードは「続きの言葉をおっしゃって下さい」と何分間も懇願したり待ったりしたが、ファニーを説得することはできなかった。彼はそれから元の場所に戻り、まるでこんな愛おしい中断など入らなかったかのようにまた話を続けた。

「上手な説教となると、上手な祈祷書の朗読よりもいっそう稀だね。優れた説教自体は珍しくも何ともないが、上手に文章を書くよりも、上手に話すことのほうが難しいんだ。つまり、文章を書く際の規則やコツというものはしばしば研究の対象になるけれども、あらゆる点で優れた説教、つまり完璧に弁舌巧みな説教こそ、大きな喜びを与えてくれるものなんだ。そういった説教を聞くと、ぼくはこの上ない賞賛と尊敬の念を覚えずにはいられないし、自分でも牧師になって説教をしてみたくなるんだよ。説教壇での雄弁さというのは、それが真に雄弁であった場合には、最大級の賛辞と名誉に値するんだ。題目は限られている上に、しかも長いこと使い古され手垢にまみれたテーマで、種々雑多な聴衆を感動させなくてはならない。聞いている信者たちの趣味を損ねたり退屈させたりすることなく、何か新しいことやインパクトのあること、興味を引くことを言わなくてはならないんだ。そういったことができる牧師こそ、(聴衆に対する才能において)尊敬してもし足りないくらいの人物だ。ぼくはそんな人になりたいと思う」

エドマンドは笑った。クロフォードは続けて言った。

「本当だよ。優れた説教師の話を聞くと、いつもある種の羨望を覚えてしまうんだ。でもぼくが説教をするなら、ロンドンの聴衆じゃないといけないな。ちゃんと教育があって、ぼくの作文力を評価する能力がある人々に対してじゃないと、説教はできない。それに、それほど頻繁に説教するのも好きになれそうにないな。ときどき──そうだな、たぶん春に一度か二度、六週間待ち望まれた末にやるくらいがちょうどいい。でも定期的なのはだめだ。定期的にやるのはよくないね」

 聞き耳を立てていたファニーは、ここで思わず首を振ってしまった。するとクロフォードはすかさずまた彼女のそばにやってきて、「それは一体どういう意味ですか」と答えを求めてきた。彼は椅子を引き寄せ、ファニーのすぐ近くに座ったので、エドマンドは『これは視線も小声も総動員した猛攻撃になるぞ』と察知し、できるだけ静かにそっとソファの隅のほうへ腰を下ろして背を向けると、新聞を手に取り、『可愛いファニーが、首を振ったわけを彼に説明してやって、あの熱烈な求愛者を満足させられますように』と心から願った。そしてできるだけ熱心に、この件に関するあらゆる話し声が耳に入らないようにするため、新聞のさまざまな広告を眺めながら「南ウェールズの優良物件」「小さいお子様をお持ちのご両親および後見人さまへ、雇主募集」「調教済み狩猟馬売ります」などとぶつぶつ呟いたりしていた。

 その間ファニーは、それまでずっと黙っていられたのについ首を振ってしまった自分に腹が立ったし、エドマンドのこのような態度を見て深く胸を痛めた。穏やかで優しい彼女なりに、一生懸命クロフォード氏をはねつけたり、彼の視線や質問から逃れようとしたが、そんなことで撃退されない彼はしつこく見つめたり質問攻めにしたりした。

「先ほど首を振ったのはどういう意味ですか? 何を示そうとするおつもりだったんですか? 非難のお気持ちでしょうか。でも、一体何について?──ぼくはあなたをご不快にさせることを何か言いましたか?──ぼくが不適切なことを喋っていたとお考えですか?──軽々しくて不真面目だったと?──どうか教えて下さい。ぼくが間違っていたのならどうかそう言って下さい。きちんと正してほしいのです。いえいえ、どうかお願いします。ほんの一瞬でいいですから、その針仕事を置いて下さい。ああやって首を振ったのはどういう意味だったんですか?」

 ファニーは「お願いですからやめて下さい、本当にお願いです、クロフォードさん」と何度も繰り返してその場を離れようとしたが、無駄だった──クロフォードはまた同じように熱心な小声で、すぐそばに近寄ってきて、さっきと同じ質問を再び繰り返した。ファニーはますます腹が立ち、不愉快になってきた。

「一体どういうことですの、クロフォードさん? 本当に驚きますわ──あなたはどうしてそんなに──」

「驚いてらっしゃるんですか?」と彼は言った。「不思議に思われるんですか? ぼくがこんなにお願いしているのに、何か理解できない点があるんですか? なぜぼくがこんなふうに懇願しているのか、なぜあなたの表情や言動に興味を惹かれるのか、そしてなぜこんなふうに好奇心をそそられるのか、今すぐにでもご説明いたしましょう。それほど長く不思議に思わせっぱなしにはしませんよ」

 ここで思わずファニーは少し微笑んでしまったが、無言だった。

「あなたが首を振ったのは、ぼくがこう言った時でしたね──定期的にいつもずっと牧師の務めを果たすのは好きになれそうにないと。ええそうです、確かにその言葉でした。定期的に、とね。ぼくはこの言葉を恐れてはいませんよ。誰に対してもこの文字を綴ることもできるし、読み上げることも書くこともできます。別にこの言葉にまずいところがあるとは思えません。まずいと思うべきだと、あなたはお考えですか?」

「たぶん」とうとうファニーは根負けしてこう言った──「たぶんあの時、あなたはご自分の気質をよくご承知のようでしたけど、いつもそんなふうにご自分の性格を理解されてるわけではないのが、わたしとしては残念だと思ったんですわ3

 クロフォードは、何であれとにかく彼女が喋ってくれたことに大喜びし、必死で会話を続けようとした。気の毒なファニーは、これだけ辛辣な非難をすれば彼も黙ってくれるだろうと期待していたのに、悲しいことに間違っていたと分かった。それはただ、好奇心の対象や言葉がまた次々と別のものへと変わっていくだけだった。クロフォードは毎回ファニーに説明を求めた。彼にとって、これはあまりにも有望なチャンスだったのだ。サー・トマスの部屋で彼がファニーと会って以来、こんなことは一度も起こらなかったし、彼がマンスフィールド・パークを離れる前にこんな機会が訪れることはもう二度とないかもしれない。バートラム夫人がちょうどテーブルの反対側のほうにいるが、夫人はいつも半分寝ているようなものなのでどうでもよい。そしてエドマンドは、ありがたいことにまだ新聞広告を読んでいる。

「さて、これで」矢継ぎ早の質問と、気乗りしない返事をいくらかやりとりした末に、クロフォードはこう言った──「前よりさらに幸せになれましたよ。だって今ではあなたがぼくのことをどう思っているか、はっきりと理解できましたからね。あなたはぼくのことをこんなふうに考えているのでしょう。浮ついていて──簡単にその場の思いつきに流され──すぐに誘惑に負ける──気が散りやすい人間なのだと。そんなお考えだったのですから、無理もありませんね──でも今に分かるはずです。──ぼくについてのお考えは間違いだと納得していただくために努力するつもりですが、口だけでそう主張するのではありません。『ぼくの愛情は揺るぎません』ということも、言葉で表すのではありません。ぼくの行動がすべてを物語ってくれるでしょう──この地を不在にし、距離をへだて、時間を置くことで、ぼくの気持ちはおのずと明らかになるでしょう。──あなたにふさわしい男性がいるとすれば、ぼくこそがふさわしい男なのだということが、きっと証明されるでしょう。──ぼくの知る限り、あなたはぼくよりもはるかに優れた長所をお持ちだ。──あなたは、これまでぼくがどんな人間にも存在しないだろうと思っていたような美点を備えたお方です。あなたにはどこか天使を思わせるところがある。どこか超越したところが──単に目に見える以上のものではなく──だって普通の人はそんなもの一度も見たことがありませんからね──人の想像を越えたところがある。でも、ぼくは恐れてはいませんよ。あなたを勝ち取ることができるのは、同じ長所を備えている人間なのではありません。そんなことは不可能ですから。あなたの美点を最も熱心に崇拝して理解し、最も献身的に愛する男こそが、一番見返りを得る権利があるのです。その点ならぼくは自信があります。その権利があるからこそ、ぼくは今もこの先も、あなたにふさわしい男なのです。ぼくの愛が宣言どおりのものだといったん納得していただけたなら、きっとこの熱烈な思いを受け入れて下さるものと信じています──ええ、誰よりも愛しく優しいファニー──いや──(彼女が不快そうに身を引くのを見て)お許し下さい。おそらく、まだそう呼びかける権利はないのかもしれませんが──でも、他のどんな名前であなたをお呼びすればよいのです? ぼくがあなたのことを心に思い浮かべる時、他の名前で目の前に現れるとでもお思いですか? いえ、ぼくが一日中ずっと考えたり、一晩中夢に見るのは『ファニー』なんですよ。──あなたはこの名前にまさに愛らしさというものをお与えになった、もう他のものであなたを表すことなどできません」

 ファニーはもはやこれ以上座っていられなかった。席を立ったらきっと彼は引き止めてきてかなり人目につくだろうと予想できたけれども、少なくとも何とかして逃げ出そうとした。けれどもちょうどその時、幸いなことに救助隊の物音が近づいてくるのが聞こえてきた。それはファニーが首を長くして心待ちにし、なぜこんなに遅いのかとずっといぶかしく思っていた物音だった。

 執事のバッドリーを先頭に、お茶の盆と紅茶沸かし、そしてケーキを捧げ持った召使いたちのおごそかな行列が現れ、身も心も拘束されて苦しんでいたファニーを救い出してくれたのだ。クロフォード氏は席を動かざるをえなかった。ファニーはようやく自由になり、忙しくなり、お茶を準備する仕事によって守られることになった。

 エドマンドは、またお喋りしたり話を聞いたりできる仲間に入れてもらえて、悪い気はしなかった。二人の話し合いはちょっと長すぎるように思えたし、ファニーはむしろ迷惑がっているように見えたものの、「あれだけたくさん自分の想いを言ったり聞いてもらったりしたのだから、話し手のクロフォードにとっては、いくぶん得るところはあっただろう」と、エドマンドは希望を持てる気持ちになっていたのだった。

 

  1. シェイクスピア作『ヘンリー八世』の中の登場人物。イギリス国教会を設立し六度の結婚をしたことで有名な、ヘンリー八世の寵臣。ウルジー枢機卿は陰謀や策略を巡らして出世をする強欲な人物で、宮廷内で絶大な権力を握っていた。しかし王妃キャサリン・オブ・アラゴンとの離婚交渉に失敗したことで国王の寵愛を失い、密かに私腹を肥やしていたことも発覚したため、罷免され失脚する。
  2. いずれもシェイクスピアの『ヘンリー八世』の主要登場人物だが、全員が一つの場面に登場することはない。次の行に書いてあるように、ヘンリーは巧みにそれぞれの名科白を抜き出して朗読したのである。
  3. つまりファニーは、「あなたは気まぐれで熱しやすく冷めやすい自分の性格をちゃんと理解できているのだから、わたしに対する愛情も一時の感情にすぎないことを自覚してくれればよいのに」ということを遠回しに伝えているのである。
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