マンスフィールド・パーク 第7章/エドマンドとメアリー・クロフォードの恋

マンスフィールドパーク ◎マンスフィールド・パーク

「ねえファニー、きみはミス・クロフォードのことをどう思う?」と翌日エドマンドは、しばらく自分でそのことを考えてから言った。「昨日彼女のことをどう思った?」

「とても──とても素敵な方だと思ったわ。ミス・クロフォードのおしゃべりを聞くのは楽しくて好きです。それにとっても美人だから、すごく目の保養になるわ」

「彼女の顔立ちはほんとうに魅力的だね。生き生きとした表情がすばらしい! でもファニー、彼女との会話のなかで気になった点はなかったかい? あまり正しいとは言えないような?」

「ええ! ありましたわ。叔父のクロフォード提督のことを、あんなふうに話すべきじゃないと思いました。すごくびっくりしたわ。長年いっしょに住んでいた叔父さまのことをあんなふうに言うなんて。提督の欠点が何であろうと、お兄さまを実の息子のように可愛がって育ててくれた人なのに。信じられなかったわ!」

「きみなら驚くと思っていたよ。あれはすごくまずいね──すごく不適切だ」

「それに恩知らずだと思います」

「『恩知らず』はちょっと強い言葉だね。クロフォード提督が、ミス・クロフォードに感謝してもらえるようなことをしたとは思えないな。でももちろん、クロフォード夫人は違うだろうね。ミス・クロフォードは亡き叔母さまとの想い出を大切にする優しい女性だから、そのせいでまちがった行動を取ってしまうんだろう。彼女は微妙な立場だからね。あれだけ温かい気持ちと溌剌とした心の持ち主なら、クロフォード夫人への愛情のために、提督をつい否定的な目で見てしまうのも無理はない。ご夫婦のどちらに非があるかあえて言うつもりはないけど、いまの提督の行状を見ていると夫人のほうの肩を持ちたくなるね。でもミス・クロフォードが全面的に叔母さまの味方をするのは当然だし、心優しいことだ。ぼくは彼女の意見を非難するつもりはない。だけどその意見を人前でおおっぴらに言うのはたしかに不適切だ」

「こうは思いません?」すこし考えたあと、ファニーは言った。「その不適切な言動も、叔母のクロフォード夫人の影響なのだと。ミス・クロフォードはずっと叔母さまに育てられていたんでしょう? 提督にしかるべき敬意を払うということを、きちんと教えられていなかったんだわ」

「それはもっともな指摘だね。うん、ミス・クロフォードの間違いは叔母さまの間違いと考えるべきだ。ミス・クロフォードが不利な状況にあるとますます分かってきたよ。でも牧師館で住んでいれば、きっと彼女のためになると思う。グラント夫人の礼儀正しさはまさにお手本のようなものだからね。ミス・クロフォードもお兄さんのことは愛情込めて話していたけど、それはとても好感が持てたな」

「ええそうね、お兄さまの手紙が短いと言っていたことを別にすればね。思わず笑いそうになったわ。でもわたし、そんなお兄さまの愛情とか優しさはあまり高く評価できません。遠く離れた場所にいるのに、読む価値のある手紙を妹に書いてくれないお兄さまなんて。ウィリアム兄さんなら、どんな状況であっても絶対わたしにそんなことしないと思うわ。それにミス・クロフォードはいったいどんな権利があって、『あなただって家を留守にするときは、長い手紙を書かないんでしょう』なんて言うのかしら?」

「溌剌とした心の持ち主はみんなそんなものさ、ファニー。自分や他人を楽しませるためならどんな機会も逃さないんだ。相手を不快にさせたり粗野なところがなければ、まったく許せるよ。ミス・クロフォードの表情にも態度にも、とげとげしかったり大げさだったり下品なところはこれっぽっちもなかった。あの人は完璧に淑女だったよ、提督に関するあの発言以外はね。その点はたしかに正当化できないな。きみがぼくと同じように感じてくれていて嬉しいよ」

 エドマンドはファニーの精神形成を助けたり、その愛情を獲得していたから、ファニーも自分と同じ考え方をするはずだと思っていた。だがこの頃には、ミス・クロフォードの件に関して二人の考えにはズレが生じ始めていた。エドマンドはミス・クロフォードのことをかなり賞賛していたのだが、それがファニーにはちょっと付いていけないほどになりそうだったのだ。ミス・クロフォードの魅力が衰えることはなかった。ハープが到着して、彼女の美しさ、機知、気さくな性格にむしろさらなる魅力が加わった。彼女は喜んでハープを演奏したし、その音色と趣味のよさはとりわけすばらしく、曲の最後にはいつも気の利いた一言を添えるのだった。

ミス・クロフォード ハープ マンスフィールドパーク

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エドマンドは毎日牧師館に行って、このお気に入りの楽器の演奏に聴きほれた。ミス・クロフォードとしても聞き手がいて悪い気はしなかったから、一度訪問するとまた明日もどうぞということになり、すぐに万事がとんとん拍子に進んだ。

 美しく、溌剌とした若い女性がハープとともに窓のそばに座っている──その優雅さはハープに引けを取らないほどだ。床まで届くフランス窓は庭のほうに向けてやや開かれており、夏の緑豊かな庭木が辺りを囲んでいる──とくれば、どんな男性の心を捉えてもおかしくないだろう。季節、風景、音色のすべてが甘い恋心と情緒におあつらえ向きだった。グラント夫人とその刺繍枠でさえこの雰囲気に一役買っており、なにもかもがハーモニーを奏でていた。ひとたび愛が軌道に乗れば何だって役に立つもので、サンドイッチのトレイやそれを差し出すグラント博士の姿でさえ見ごたえがあった。けれどもエドマンドはこの事態を深く考えることもなく、自分がどんな状況に陥っているかも知らず、このような訪問が一週間も続いたあとにはかなり恋に落ち始めていた。

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 ミス・クロフォードの名誉のために付け加えておくと、エドマンドは上流階級の社交界に出入りする人間でもなく、長男でもないし、お世辞を振りまいたり愉快な雑談をすることもない。それなのに、彼女にはだんだんエドマンドが好ましく思えてきたのだ。ミス・クロフォードはまさかこうなるとは思ってもいなかったし、自分でもその気持ちがよく分かっていなかったが、たしかに彼のことは好ましく思えた。エドマンドはどの基準からしても愛想がいいほうではない。冗談も褒め言葉も言わず、考え方も頑固で、その心遣いも穏やかであっさりしていた。たぶん、彼の率直で堅実で誠実なところに、さすがのミス・クロフォードも魅力を感じたのだろう。だがなぜそのような美徳に魅力を感じるのか自分でも理解できなかった。しかし、彼女はそういう事柄についてあまり深く考えることはなかった。いまのところ彼のことは気に入っているし、自分のそばにいてほしかったので、それだけで十分だった。

 エドマンドが毎朝牧師館に行っても、ファニーは別に不思議とは思わなかった。もし誰にも気付かれずにハープを聴けるのなら、ファニーだって招かれずとも喜んでいっしょに行っただろう。夕方の散歩が終わってマンスフィールド・パークと牧師館の人たちが別れるときに、クロフォード氏がマライアとジュリアのお相手にかかりっきりになっているあいだ、エドマンドがグラント夫人とミス・クロフォードを牧師館まで送っていくのにも、ファニーは驚きはしなかった。ただ自分にはすごく損な交換だと思った。もしエドマンドが自分のためにワインを水で割ってくれないのなら、むしろワインなど飲まなくていいと思った1。ファニーは少しびっくりしたのだが、エドマンドはミス・クロフォードとあんなにも多くの時間をいっしょに過ごしていながら、以前話していた例の欠点にそれ以降気が付いていないらしい。だがファニーはミス・クロフォードと同席するたびに、あの欠点と似たようなところが目について、提督の悪口が思い出されるのだった。エドマンドはミス・クロフォードとおしゃべりするのが好きだったが、提督の話題が出なくなっただけで十分と考えているようだった。だがファニーは意地悪だと思われたくなかったので、自分の意見を彼に伝えるのは差しひかえた。

 最初にミス・クロフォードがファニーに与えた現実的な苦痛は、彼女が乗馬したいと言い出したことだった。マンスフィールドに来てまもなくのころ、ミス・クロフォードはマライアとジュリアが乗馬を楽しんでいるのを見て、自分もぜひ乗ってみたいと思ったのだ。エドマンドとの親しさが増してくると、彼もミス・クロフォードの願いを叶えてやりたいと思い、「手始めにぼくの持っている牝馬に乗ってみるのはどうですか。おとなしいから、どの厩舎の馬よりも初心者にぴったりですよ」と提案した。でもエドマンドはこのような提案をして、別にファニーを苦しめたり傷つけようというつもりはなかった。ミス・クロフォードに貸したからと言って、ファニーは一日じゅう運動ができなくなるわけではない。ファニーの乗馬が始まる前に、牝馬を三十分ほど牧師館に貸してあげるだけなのだ。それにファニーは初めにこの申し出を受けたとき、自分は軽んじられたと感じるどころか、むしろエドマンドが自分に許可を求めてくれたことが嬉しくて、感謝の気持ちでいっぱいになっていた。

 ミス・クロフォードは初めての乗馬を立派にこなし、ファニーには何の迷惑もかからなかった。エドマンドは牝馬を牧師館まで連れていき、乗馬の間じゅうずっとそばに付いていたが、時間に十分余裕を持って馬を返しにきてくれた。ファニーも、しっかり者の老御者も(従姉たちがいないときにはいつも付き添ってくれていた)、出かける準備がまだできてないくらいだった。

 ところが二日目の乗馬は、それほど完璧というわけにはいかなかった。ミス・クロフォードは馬に乗るのがとても楽しくなってきたので、なかなか降りる気になれなかったのだ。彼女は活発で大胆だったし、やや小柄だがしっかりとした体格なので、まさに乗馬向きの体つきだった。体を動かすことが純粋に楽しいのに加えて、エドマンドに付き添われて指導されることが嬉しかったし、またその上達の早さから自分はたいていの女性より乗馬が上手いのだという自信も相まって、馬から降りたくなくなったのだ。そのあいだ、ファニーは乗馬の支度をして待っていた。ノリス夫人が「なぜ早く行かないの」とがみがみ叱り始めたが、馬が戻ってきたという知らせはいっこうになく、エドマンドも現れなかった。ファニーはノリス夫人を避けて、エドマンドを探すため外に出た。

 マンスフィールド・パークと牧師館のあいだは半マイル(※約800m)も離れていなかったが、お互いの家は見えなかった。だが玄関から50ヤード(※約45m)ほど歩くとパークを見渡すことができて、牧師館や敷地全体も一望できた。その敷地は、村道に向かってゆるやかな上り坂になっていた。その牧師館の牧草地にいるみなの姿が、すぐにファニーの目に入ってきた─エドマンドとミス・クロフォードがそれぞれ馬に乗り、横並びになって歩いている。それをグラント夫妻とクロフォード氏と二、三人の馬丁が、近くに立って眺めているのだ。『みんな幸せそうだわ』とファニーは思った──みんなの関心が一つに集まって──明らかに楽しそうだ。愉快に笑いさざめく声がこちらのほうにまで聞こえてくる。だがその声を聞いてもファニーは楽しい気分にはなれなかった。『エドマンドはわたしのことを忘れてしまったのかしら』と思うと胸がチクリと痛くなった。

マンスフィールドパーク ファニー

それでも彼女は牧草地から目を離すことができず、目の前の光景すべてを見届けずにはいられなかった。初めミス・クロフォードとエドマンドは、やや大きめの牧草地を並み足でぐるっと一周していた。それから明らかにミス・クロフォードの提案で、駆け足で馬を走らせ出した。臆病な性格のファニーからすると、あんなにも馬を上手に乗りこなしているのを見るのはかなりの驚きだった。数分すると二人は立ち止まり、エドマンドがミス・クロフォードのほうに近寄ってなにか話しかけた。どうやら手綱たづなさばきを教えているらしい。彼はミス・クロフォードの手を握った──目の届かないところは想像で補ったが、ファニーにはそう見えた。でも、これは全然驚くべきことではないのだ。エドマンドがだれかの手助けをしてあげて、その性格の良さを示すのは当然だ。これ以上自然なことがあるだろうか? それでもファニーは、こう思わずにはいられなかった。『クロフォードさんが手伝ってあげればいいのに。お兄さまが妹を手伝ってあげるほうが、ずっと適切だしふさわしいわ』だがクロフォード氏はふだんから自分の優しさを誇り、馬車の運転が得意だと自慢しているにもかかわらず、乗馬に関しては何も知らないようで、エドマンドのように積極的に親切にすることはなかった。ファニーは、あの牝馬に一日二回もお勤めをさせるのは可哀想に思えてきた。自分のことは忘れてもかまわないが、気の毒な牝馬のことは忘れないであげてほしいと思った。

 牧草地の一同が三々五々に去っていくのを見るとまもなく、ファニーの乱れた心もやや落ち着いた。ミス・クロフォードはまだ馬に乗っていたが、エドマンドが徒歩で付き添い、小道に入る門を通り抜けた。そしてパーク内に入ってきて、ファニーの立っているところまで進んできた。そのときファニーは『じっと佇んでいるのは失礼だろうし、いらいらしながら待っているように見えるわ』と思ったので、そういう疑念を持たれないように、二人のところまで歩いていった。

「ああ、ミス・プライス」声が聞こえる距離になるとすぐにミス・クロフォードは言った。「お待たせしてしまったことをお詫びしに参りましたの──

でも何とお詫び申し上げてよいやら──お返しが遅くなって、ひどいことをしたのは分かっていたわ。だからどうか許して下さいな。わがままは許して頂くよりほかないでしょう? だってわがままって治る見込みありませんもの」

 ファニーは丁重に返事をし、エドマンドも「ファニーが急いでいるはずはありません」と加えて言った。「だって時間は十分ありますから、いつもの距離の二倍以上は乗れるでしょう。それにあなたのおかげでかえって助かりましたよ、ファニーが三十分早く出発していなくてよかった。やっと雲が出てきたから、ファニーは日差しにやられずに済みます。あなたこそこんなに運動してお疲れでなければよいのですが。そのまま牧師館で降りたほうがよかったのではないですか」

「この馬から降りるのは大変ですけど、それ以外に疲れることなんてないわ」とミス・クロフォードは言い、エドマンドの手を借りてひらりと馬から飛び降りた。「わたし、すごく丈夫なのよ。いままで疲れたことなんてないの、好きじゃないことをしてるときは別ですけど。ミス・プライス、残念ですけどしぶしぶこの馬をお返ししますわ。でもあなたが楽しく乗馬をできるよう心から願っております。この可愛くて魅力的で美しい馬のことは、いい知らせだけを聞きたいものね」

 自分の馬を連れて近くで待っていた老御者が、みなのところにやって来た。ファニーは御者に馬に乗せてもらい、二人はパークの反対側に向けて出発した。後ろを振り返ると、エドマンドとミス・クロフォードが村のほうに向かって丘をいっしょに歩いて行くのが見えて、ファニーのもやもやした気持ちは晴れなかった。それにミス・クロフォードのすばらしい乗馬の腕前にたいする御者の褒め言葉も、あまりファニーの心を軽くするのに役立たなかった。彼も、ファニーにおとらぬほどの興味を持ってミス・クロフォードを眺めていたのだ。

「若い女性が、あんなにも堂々と馬を乗りこなしているのを見るのはいいもんですなあ! あんな見事に馬に乗っとる女性は見たことがありませんや。まったく、怖いもの知らずのようでしたな。あなたが初めに乗られた頃とはえらい違いだ。あれは六年前のイースターのころでしたかな。ありゃ、とんでもなかった! サー・トマスに初めて馬に乗せられたとき、あなたはどんだけブルブル震えなすってたか!」

 客間でもまたミス・クロフォードのことが賞賛されていた。マライアとジュリアは、ミス・クロフォードの体力と勇気という天性の才能を口をきわめて褒め称えた。自分たちと同じように乗馬を楽しんでいて、同じように上達も早いので、ふたりは大喜びで褒めた。

「きっと乗馬はお上手だろうと思ってたわ」とジュリアは言った。「体格に恵まれてるんですもの。お兄さまに似て、ミス・クロフォードは均整の取れた体つきをしてるわね」

「ええ、そうね」とマライアが言った。「それに心意気もすばらしいし、二人とも活気に満ちあふれた性格をしてるわ。乗馬の上手さっていうのは、精神力に大いに関係してるのね」

 夜になってみんなが別れるとき、ファニーは明日も馬に乗るかどうかとエドマンドに尋ねられた。

「さあ、分かりません。でももしあなたがあの馬をご入用なら、明日は乗りません」

「ぼくが必要ってわけじゃないんだけどね」とエドマンドは言った。「でももし今度きみが『今日は家にいたい』という気分になったときは、ぜひミス・クロフォードにもっと長い時間──つまり、午前中いっぱいだけど──貸してあげてほしいんだ。彼女もきっと喜ぶと思うよ。マンスフィールド共有地コモンからの眺めがすばらしいとグラント夫人が話して聞かせるものだから、ミス・クロフォードもそこまですごく行きたがっていてね。まちがいなく感激するだろうな。だけどきみの乗馬の邪魔をすることになったら、彼女もきっと申し訳なく思うだろう。きみの乗馬を妨げるのはよくないことだからね。──ミス・クロフォードは娯楽のために乗っているだけだけど、きみは健康のために乗っているんだから」

「明日は乗りませんわ、ほんとに」とファニーは言った。「最近しょっちゅう外に出ていたから、どちらかと言えば家にいたいんです。もう散歩できるほど丈夫にもなりましたし」

 エドマンドが嬉しそうな顔をしたので、それはファニーにとって慰めになったにちがいない。そしてマンスフィールド共有地コモンへの乗馬は翌朝行われた。──メンバーはファニー以外の若い人たち全員で、一同は大いに遠出を楽しみ、夜にもまたその感想を話し合って楽しんだ。こういった計画が成功すると、また次の計画が持ち上がるものだ。マンスフィールド共有地コモンに出かけた後、みんなはまた別の場所に行ってみたくなった。ほかにも紹介したい景色はたくさんあるのだ。

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天気は暑かったけれども、行きたいところには必ず日陰の小道があった。若者の一行ならいつだって日陰の小道に恵まれるものだ。こんなふうにして楽しく四日間連続で過ごし、クロフォード兄妹に田園地方を披露したり、絶景スポットを案内したりした。何もかも満足のいくものだった。みんなは愉快で陽気な気分で、暑ささえも大した不都合ではなく、むしろ楽しい会話のタネを提供しただけだった。

 ところが四日目になると、ある一人の幸せがかなり曇らされた。それはミス・バートラムのことだった。エドマンドとジュリアが「牧師館でディナーを取っていかれてはどうですか」と招待されたのに、マライアだけ外されたのだ。これはグラント夫人の計らいによるもので、全くの善意で、ラッシュワース氏のためになされたのだった。というのもその日、ラッシュワース氏がマンスフィールド・パークを訪れるかもしれないと思われていたからだ。しかしマライアはこれをひどい侮辱だと感じた。家に着くまでのあいだ、その苛立ちと怒りを隠すのは、マライアの礼儀のよさをもってしてもかなり大変だった。しかもラッシュワース氏が結局来なかったものだから、さらに侮辱されたような気持ちになったし、婚約者に対して支配力を示して憂さ晴らしすることもできなかった。そのためマライアは母親と伯母とファニーにむっつりした態度を取り、ディナーと食後のデザートの時間を最大限陰気な雰囲気にさせることしかできなかった。

 夜十時台になって、エドマンドとジュリアが帰宅し客間に入ってきた。二人とも夜風にあたって気分爽快、顔も照り輝いて陽気だったが、客間に座っている三人の女性たちはまるで正反対だった。マライアは本からまったく目を上げようともしなかったし、バートラム夫人は半分寝かけており、ノリス夫人でさえマライアの不機嫌さにうろたえ、牧師館でのディナーについて一、二回質問をしたものの、すぐには返事をもらえなかったので、もうそれ以上何も言うまいと心に決めたようだった。数分のあいだ、エドマンドとジュリアはその夜のすばらしさや星空の美しさを褒め称えるのに夢中で、他の人たちのことまで考えが及ばなかった。しかし最初の沈黙になると、エドマンドが辺りを見回して言った。

「ところで、ファニーはどこですか?──もう寝たのですか?」

「さあ、知りませんよ」とノリス夫人が答えた。「ついさっきまでここにいたんですけどね」

 この客間は細長い形をしているのだが、部屋の端の方からファニーのおとなしい声が聞こえてきて、わたしはソファにいますと言った。ノリス夫人は叱り始めた。

「ずうずうしい真似だわねファニー、一晩中ソファでだらだらしてるなんてちゃっかりしてるわ。なんでわたしたちのように、こっちに座って針仕事をしないの?──もし自分のやることがなければ、慈善カゴの中から針仕事を渡しますよ。先週買った新しいキャリコの布がまだ手つかずなんだから。布を裁断したら背骨が折れそうになったわ。おまえは他の人に対する思いやりを持たなきゃなりませんね。ほんとうに、若い人がいつもソファでだらしなく寝転がってるなんてとんでもないわ」

 ノリス夫人がこの半分も言わないうちに、ファニーはテーブルの自分の席に戻り、針仕事を再開した。するとジュリアは楽しい一日を過ごして非常に上機嫌だったので、ファニーのために弁護をしてこう叫んだ。「あら伯母さま、ファニーはこの家のだれよりもソファで座ってる時間が少なくてよ」

「ファニー」とエドマンドが彼女のほうを優しく見て言った。「頭痛がするんだね?」

ファニーは否定できなかったが、「それほどひどくは痛みません」と答えた。

「そんなはずないだろう。きみの顔を見ればわかる。どれくらい痛むんだい?」

「ディナーのあとから少しです。ただ暑さに当たっただけです」

「この暑さのなか外に出たのかい?」

「外に出たかって! もちろんそうよ」とノリス夫人は言った。「こんな素敵なお天気の日に家にいさせろっていうの? わたしたちみんな外に出たわね? あなたのお母さまでさえ一時間以上は外に出ていましたよ」

「そうなのよ、エドマンド」とバートラム夫人が加えて言った。ノリス夫人がファニーを厳しく叱責する声で、すっかり目が覚めてしまったのだ。「一時間以上は外に出ていたわ。ファニーがバラを摘んでいるあいだ、わたしは庭の花園で小一時間座って過ごしていたの。

すごく気持ちのいい天気だったけど、かなり暑かったわね。東屋あずまやのなかは影になっていたけど、また家に帰るまでのことを思うと恐ろしくなったわ」

「ファニーはずっとバラを摘んでいたんですね?」

「そうなの、今年のバラはこれが最後になりそうだわ。かわいそうに、ファニーは暑そうにしてたんだけど、バラは満開だったから摘み取りはもうこれ以上待てなかったのよ」

「たしかにしょうがなかったわ」とノリス夫人がやや声を和らげて言った。「ファニーの頭痛はそのことが原因かもしれないわね。炎天下のなか立ったりしゃがんだりすれば、頭痛になりやすいんだから。でも明日にはきっと治るわよ。あなたのアロマオイルを嗅がせたらどうかしら。わたしのはいつも補充するのを忘れちゃうのよ」

「ファニーが自分のを持ってるわ」とバートラム夫人。「お姉さまの家を二往復して帰ってきたときから、ずっと嗅がせてるわ」

「なんだって!」とエドマンドが叫んだ。「バラを摘んだ上に、さらに歩いたんですか? この暑さの中パークから伯母さまの家まで歩いたんですか? しかも二回も?──どうりで頭痛になるわけだ」

ノリス夫人はジュリアに話しかけていて、聞いていなかった。

「ファニーにはきつすぎるんじゃないかしらとは思ったの」とバートラム夫人は言った。「でもバラを摘んで集めたら、あなたの伯母さまが欲しがったものだから。そしたらお家までお届けしないといけないでしょう」

「でも、ファニーに二往復もさせるほどバラがあったんですか?」

「いいえ。でも予備の部屋で花を乾燥させる必要があったのよ。あいにくファニーはその部屋の錠をかけ忘れて、鍵も持ってきちゃったから、また行かなくてはならなかったの」

 エドマンドは立ち上がって部屋を歩き回り、こう言った。「そんな用事をさせるのに、ファニー以外にはだれもいなかったんですか? 召使にさせればよかったのに。──あきれましたよ、伯母さま、ずいぶんまずいやり方をしたものですね」

「これ以上どうやってうまくやればいいのか、わかりませんね」ノリス夫人はこれ以上聞こえないふりもできなくなって、声を上げた。「わたしが自分で行けばよかったんでしょうけど。でもいくらわたしでも、同時に二つの場所にいるなんてことはできませんよ。わたしはちょうどそのときグリーン氏とおたくの酪農婦について話していたのよ、あなたのお母さまに頼まれてね。おまけに馬丁のジョンとも約束がしてあって、彼の息子の勤め口のことでジェフリーズ夫人に手紙を書いてあげると約束もしていたの。気の毒なジョンは一時間半もわたしを待っていたのよ。どんな状況であれ、わたしが自分のために時間を使っているからって、だれも非難しようがないでしょう。なんでもかんでも一度にやるなんてできっこないわ。それからファニーがうちまで歩いてきたことについてだけど、うちからパークまでは四分の一マイル(※約400m)もないのよ。それほど理不尽な用事を頼んだとは思えないわ。わたしなんてしょっちゅう歩いてるわよ。どんな天気だろうと、一日に朝晩三回は往復してるわ。それでも愚痴ひとつこぼさないんですから」

「ファニーに伯母さまの半分の体力もあればいいですがね」

「ファニーがもっと規則正しく運動していれば、こんなにもすぐ疲れてぐったり参ることなんてないのよ。あの子はここしばらく乗馬で外に出ていなかったわ。乗馬をして体を動かさないのなら、歩くべきよ。もし今までちゃんと乗馬していたなら、わたしもあの子に頼んだりしませんよ。でもバラを摘んでしゃがんだりしたあとには、すこし歩くのがあの子のためにはいいだろうと思ったの。そうやって疲れたあとは、歩くといちばんリフレッシュできますからね。日差しは強かったけれど、そんなに暑くもなかったわ。ここだけの話だけど、エドマンド」とノリス夫人は、バートラム夫人のほうを意味ありげに見てうなずきながら言った。「具合が悪くなったのは、バラを摘んでいたり、花園でぶらぶらしていたせいじゃないかと思うわ」

「ほんとうにそうね」と姉より率直なバートラム夫人が、最後のほうを聞きつけて言った。「きっとファニーは花園で頭痛になったんだわ。死にそうなくらいの暑さだったもの。辛抱するのもやっとだったわ。パグが花壇に入らないよう、座って名前を呼ぶのが精いっぱいだったわね」

 エドマンドは二人にそれ以上何も言わなかった。だがそっと他のテーブルのほうに行き(そこにはまだ夜食の皿が残っていた)、マデイラワインをファニーに持っていってあげて「さあ、ぐっと飲み干すんだよ」と勧めた。ファニーは断りたかったが、いろいろな感情がこみ上げてきて涙があふれてくるので、口を開くよりもいっそ飲んでしまうほうが簡単だった。

 エドマンドは母親と伯母に腹が立っていたが、それよりもずっと自分に腹が立った。ファニーのことを忘れてしまっていたなんて、あの二人がしたことよりもさらにひどい。ちゃんとファニーのことが気にかけられていたならば、こんなことは起こらなかったのだ。でもファニーは四日間も放っておかれ、話し相手も選べず運動もできず、伯母たちの理不尽な要求を断ることもできなかったのだ。ファニーが四日間も乗馬ができずにいたことを思うと、エドマンドは恥ずかしくなった。そして彼はこう固く決意した。どれほどミス・クロフォードの楽しみを減らすことになろうとも、こんなことは二度と起こすまい、と。

 ファニーは、初めてマンスフィールド・パークに来たときの夜と同じように、胸がいっぱいになりながらベッドに入った。ファニーの頭痛は、おそらく心の状態にも関係していたのかもしれない。この数日間、ファニーはなおざりにされていると感じていたし、不満と嫉妬心にさいなまれていた。ソファにもたれかかっていたとき、人目につかないようにと引っ込んでいたのだが、ファニーの心の痛みは、頭の痛みよりもはるかに激しいものだった。するとエドマンドから急に親切にされたものだから、その突然の変化に自分でもどう耐えればいいのか分からなくなったのだった。

  1. 当時、女性が過度の飲酒をすることはタブーと見なされていたため、女性はしばしばワインを水で薄めて飲んでいた。(参考:Jane Austen, David M. Shapard, The Annotated Mansfield Park, Anchor, 2017. )
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