この度、東京新宿の朝日カルチャーセンターで開催されている、中野康司先生の講義を聞きに行ってまいりました!
中野先生はジェーン・オースティン6作品全てを個人全訳されるという偉業を果たされ、日本のオースティンファン増加に多大なる貢献をされた偉大な先生です!!
ちくま文庫の先生の翻訳は名訳との呼び声高く、スラスラ読みやすいと評判です。私も中野先生の翻訳のおかげで6作品を読破でき(最初岩波で読んで挫折した)、オースティンの大ファンになりました。先生の素晴らしい訳がなければこんなにハマってなかったと思います。
中野先生のお話を直接聞けるというあまりにも貴重すぎる機会、しかも私の大好きな『マンスフィールド・パーク』が教材ということで、無理を押してでも行かずにはいられませんでした。
この記事ではその体験レポを自分の備忘録として残しておこうと思います!
場所は新宿、地下鉄大江戸線都庁前駅の住友ビル内のカルチャーセンターです。
駅直結で行けます。想像してたカルチャーセンターとは違い、ドラマとかに出てきそうな都会のめちゃくちゃ綺麗な超高層オフィスビルでした。
生徒数は回によるかと思いますが10人弱~15人くらい?
年齢層は中高年の方がほとんど。「あーこりゃ確かにSNSやブログにもレポがほとんどあがってないわけだわ」と感じました。まぁカルチャーセンターに来るのはそういう層ですしね…
教室↓
ドキドキして先生を待っていましたが…
初めてお姿拝見した時の感想は、
「えっ?! この可愛らしいお爺ちゃんが中野先生?? 写真と全然違う!!」でした(゚д゚)
写真とは似ても似つかない別人でビックリしました…言われなかったら同一人物と分からないくらい。何年か前に撮影したのかな…? マスクされてたからというのもあるかもしれませんが。
2023年現在すでに77歳でいらっしゃいますが、まだまだかくしゃくとして頭脳明晰な印象でした。
出席者には各種資料プリントが配られ…
↓これは『ジェイン・オースティン 家族の記録』からの家系図ですね
↓いまはなき『英語青年』より。うわーこれ続き読みたい…(コピーはここまで)
↓「翻訳というのは、親切心がものを言う作業だ」という村上春樹の言葉を繰り返し仰ってたのが印象的でした。
たしかに、中野先生の翻訳はとにかく読者思いで親切だなと感じます。「電車の中で読んでもスーッと内容が頭に入ってくるように」とも仰ってました。
授業は1時からですが15分前くらいから少しだけ原文講読があります。英文の構造や文法などについてサラッと解説してくださいます。
中野先生によると、「英語講読」という授業にすると人が一気に減るからとカルチャーセンターの人に言われ、「翻訳」のほうを前面に押し出した授業にしているそうです。
でも英語読める生徒さんも多そうだったので、今後もう少し原文読むの増やしていくかもとのこと。
授業一回につき1~2章進む感じかな? もっと生徒が発言したり当てられたりするような授業を想像していたのですが、ただひたすら先生が淡々とお話しするのを受動的に聴く形態でしたね…時間が限られているからというのもあり…
いろいろ質問や発言してやろうと思っていたのですがとてもそんな雰囲気ではありませんでした(;’∀’)(授業最後に質問タイムはあります)
でも時折クスリとなるようなユーモアのあること言われたり、さすがの鋭い指摘をされるので、一時間半ずっと興味深く聴けました。
☆翻訳する際のコツ
(1)英語は簡潔で抽象的な表現をしがちなので、日本語では具体的に言葉や説明を補ってあげること
→その文章が一体何の話をしてるのか考え、前後関係から詳しい言葉を補うこと。
以下⑨の文、「夫婦」という語は英語では一つも出てこないので、そのまま日本語に直訳すると何の話をしてるのかイマイチ分かりにくい。
でもこの文脈は何の話をしているのか考えて、「夫婦」という語を補ってあげると一気に文意がはっきりする。
※ちなみに、temperやdispositionなどの語は、辞書では「気質」「性質」などの訳があるが、堅いのですべて単純に「性格」と訳すとよい。
オースティンの作品は人間の「性格」を扱ったものなので、同義語がたくさん出てくる。
↓とにかく具体的に訳す。読者のために、親切に。
私も「そう」という語は安易に使いません。英語は繰り返しを嫌うので指示語や代名詞が頻出しますが、日本語は多少繰り返してもそこまで違和感ないので、読みやすさのために具体的に内容を説明するのを心がけてます。
↓以下も「プロポーズ」の語を入れると意味がはっきり通る。
原文に忠実=内容に忠実ではない!!
中野先生は内容に忠実な訳文。他の人は原文に忠実な訳文。
(2)その文章が言いたいこと、強調したいポイントは何なのかを常に考える。
二重否定は大肯定に。比較級ではどちらを強調してるのか意識する。
主語を転換してしまうのも手。
※affection, attachment, regardは「愛情」と訳すとよい(文脈にもよるが)。「愛着」「好意」だと弱い。オースティンはloveという直接的な表現を避けている。ロマンチックな雰囲気に傾くのを防ぐためか。
(3)不自然な日本語になってしまう場合は、思い切って訳語を省くのもあり。
あとはどうしても意味の掴みにくい箇所はフランス語訳バージョンも参照されているようで、第2言語でフランス語選択しとけばよかった……とこれほど後悔したことはありません……
その他、オースティンの小説の技巧についての解説はうんうんと頷く点ばかりで、改めてオースティンの凄さを認識。
↓ファニーに里帰りしてほしくないバートラム夫人が自己中心的な論理を繰り広げる場面。読者を楽しませてくれる。
こうした自分に都合のいい理屈を並べ立てる人物は他にも『高慢と偏見』のベネット夫人や、『説得』のメアリー・マスグローヴなどがいますが、きっと実際のモデルがオースティンの周りにもいたのだろうとのこと。
↑またノリス夫人が、どうせ馬車代がタダならファニーとウィリアムと一緒にポーツマスに同行してやろうかと考えたものの、帰りの旅費が自腹になることに気付いてやっぱりやーめたとなる場面は、オースティンのユーモアが光って小説中でも特に秀逸な描写の一つですが(それを聞いた2人が震え上がっているのも目に浮かぶよう)、
こうしたノリス夫人のドケチぶりを無限のバリエーションで描くオースティンの筆は、まるでオーケストラの変奏曲のようだとも。
↓ファニーの心の中の「嘘」もしっかり描いているのも、完璧なヒロインが嫌いなオースティンらしい。
⑥の文は”believed”となってるのがポイントですよね。ヒロインのファニーさえも遠回しに皮肉るという、文章の裏を深く読み取れる読者じゃないと気付かない部分です。
登場人物の心の中まで入り込んで描ける描出話法ならでは。
こうしたファニーの「嘘」は第7章の「自分のことは忘れてもかまわないが、気の毒な牝馬のことは忘れないであげてほしいと思った」などにもありましたね。
授業後、私が訳したアシェットの『高慢と偏見Ⅱ』と『マンスフィールド・パークⅠ』を先生に直接お渡しすると「あ~、ご自分で訳されてる方ね」と覚えていてくださり感激…(以前ファンレターと『高慢と偏見Ⅰ』もお送りしたので。直筆のお返事も下さいましたよ)
何度も読みすぎてもはやボロボロになったちくま文庫版のマンスフィールドパークにサインもお願いすると、大変快くサインして下さり(「わぁすごいね、こういう透明カバー付けるといいよ」と言われた)、しかもフルネームで名前まで書いてくださいました(T_T)
他にもちくま文庫での全訳出版の経緯や、ここには書けないようなぶっちゃけ話もいろいろして下さり、本当にお茶目で優しいお爺ちゃんで……
あのようなユーモアたっぷりの軽妙な訳文を書かれるのも納得なお人柄でした。もっともっとお話したかった……
以上、「とにかく親切に、具体的に言葉を補う」という中野先生の翻訳への姿勢がひしひしと感じられ、それは読者のため、そして何よりジェイン・オースティン作品の面白さや魅力を伝えたいという愛情によるものなのだとあらためて実感しました。
心の底から尊敬してます…勝手に弟子と名乗らせていただきたい…
やっぱり実際その場で経験してこないと分からないものってありますね。
計り知れないほど学びのある授業でした。先生の教えをしっかり胸に刻んで、これからも自分の翻訳頑張ります!