ヘンリー・クロフォードは翌朝またマンスフィールド・パークにやって来たが、一般的な訪問よりもずいぶんと早い時間だった。バートラム夫人とファニーの二人は朝食室にいた。ヘンリーが入っていくと、幸運なことにバートラム夫人はちょうど部屋を退出しようとしているところだった1。夫人はドアのすぐそばにいたが、わざわざここまで来た骨折りを無駄にする気はさらさらなかったので、礼儀正しく迎えて「人を待たせておりますので」と簡単に言い、使用人に「サー・トマスへ知らせてちょうだい」と命じた後は、そのまま出て行った。
バートラム夫人を追い払えてヘンリーは大喜びし、お辞儀をして夫人を見送ると、一瞬も無駄にせず即座にファニーのほうに向き直り、この上なく活気にあふれた表情で手紙を何通か取り出しながらこう言った。
「あなたと二人きりでお目にかかれる機会を与えてくれた全ての人に、心の底から感謝します。ぼくがどれほどこの時を待ち望んでいたか、ご想像もつかないでしょう。妹さんとしてのあなたのお気持ちをよく理解していますから、ぼくが今持ってきたニュースを、あなたがこの屋敷の誰かと一緒に初めて知るというのはとても耐えられなかったんです。──ウィリアムくんが昇進しました。あなたのお兄さんは少尉になったんです。お兄さんの昇進を祝福できて、ぼくはこの上なく嬉しく思います。ほら、それを報告してきた手紙がこちらです、たった今届いたんです。おそらくあなたもご覧になりたいでしょう」
ファニーは唖然として言葉を失っていたが、ヘンリーのほうも彼女に口をきいてもらう必要はなかった。その目の表情や顔色の変化、彼女の感情が疑いから困惑、そして喜びへと移り変わっていくさまを見るだけで十分だったからだ。ファニーは彼から手渡された手紙を受け取った。一通目はクロフォード提督から甥ヘンリーに宛てたもので、目下着手していたプライス青年の昇進という目的を達成できたことを、簡潔な言葉で知らせていた。そして他に手紙を二通同封していて、ひとつは海軍大臣秘書官からある友人に宛てた手紙であり、クロフォード提督はこの友人に今回の件を依頼していたのだった。そしてもうひとつはその友人サー・チャールズから提督宛ての手紙だった2。それによると、海軍大臣閣下はサー・チャールズの推薦を引き受けられて極めて喜ばしくお思いとのこと3、サー・チャールズ自身もクロフォード提督への敬意を示せる機会を得られて大変嬉しく思っていること、英国海軍スループ艦4スラッシュ号におけるウィリアム・プライス君の第二少尉任官人事が公になると、高位高官の人々の間に歓喜の声が広がったとのことだった5。
これらの手紙を持つファニーの手はぶるぶる震え、一文一文を目で追いながら彼女は感激で胸がいっぱいだったが、その間もクロフォードは噓偽りのない熱心さで、この件に関する彼の関心を表明し続けていた。
「ぼく自身の喜びも大きいですが、それを語るつもりはありません」と彼は言った。「ぼくはあなたの喜びだけを考えているからです。あなたに比べれば、一体誰に嬉しく思う権利があるでしょう? あなたよりも先に自分がこの件を知ってしまったのを悔しく思っているくらいです、あなたこそが世界の誰よりも先にこのことを知るべきだったのに。けれどもぼくは一瞬たりとも無駄にはしませんでした。今朝は郵便配達が遅かったのですが、それからは一秒も遅れてはいません。ぼくがこの件でどれだけじりじりしていたか、どれだけ不安で興奮していたかを言い表すつもりはありません。ロンドンにいる間にこの件が片付かなかったことで、ぼくはどれほどつらく苦しみ、激しく落胆したでしょう! 来る日も来る日も昇進の知らせを待っていたので、ずっとロンドンを離れられなかったのです。これほどまでに重要な用事でなければ、マンスフィールドをあの期間の半分も離れていることはなかったでしょう。叔父はまさにぼくが望んでいた通りの熱心さでこちらの願いを聞き入れてくれて、すぐに手を打ってくれたのですが、仲介の友人の一人が不在だったり、またある友人は別の用事で多忙だったりして、とうとうぼくは我慢できず最後までロンドンに残ることができませんでした。でもこの件を信頼できる人の手に託せたと分かっていたので、このような報告の手紙が追って送られてくるまでにそう長くはかからないだろうと信じながら、ぼくは月曜にロンドンを発ったのです6。ぼくの叔父が尽力してくれたんです、彼は本当に世界一素晴らしい方です。叔父はあなたのお兄さんに一度お会いしていましたから、きっと昇進のために動いてくれるはずと分かっていました。叔父はウィリアムくんを大変気に入っていました。ウィリアムくんが提督にどれだけ気に入られていたかをお伝えするのも、提督の絶賛の言葉を繰り返したりするのも、昨日は差し控えていたんです。その褒め言葉が真の後援者としての言葉だと証明されるまでは、全部お話しするのを先延ばししてたんです。それが今日こうして証明されました。今はもう申し上げてよいかと思いますが、あの晩のディナーをウィリアムくんと一緒に過ごした後、叔父は自分から大変熱心に昇進の願いや賞賛の言葉を口にしていました。だから、ウィリアム・プライスくんへの関心をそれ以上かき立てるのにぼくの後押しすら必要ありませんでしたし、それ以上ぼくが褒め言葉を付け加える必要もありませんでした」
「それじゃ、これは全部あなたがしてくださったんですか?」とファニーは叫んだ。「まあ! なんて、なんてご親切なんでしょう! あなたは本当に──これがあなたの取り計らいだなんて──すみません、何だか混乱してしまって。クロフォード提督が頼んでくださったんですか?──それでどうなったんですか?──頭がぼうっとしていますわ」
ヘンリーは大喜びし、「もっと分かりやすくご説明いたします」と言って、さらに初めの段階から自分の果たした役割を詳しく話した。「ぼくが先日ロンドンへ行った目的は、ただただウィリアムくんをヒル・ストリートに住むクロフォード提督に紹介して引き合わせ、彼の昇進のためにあらゆるコネを使って尽力してくれるよう叔父を説得することでした。これこそがぼくの用事だったのです。ぼくはこのことを誰にも打ち明けず、メアリーにすら一言も告げませんでした。事がうまくいくか不確かな間は、誰とも自分の気持ちを分かち合えなかったのです。ですが、これがぼくのロンドン行きの目的だったんです」
そしてヘンリーは自分がどれほどこの件について憂慮していたかを熱っぽく語り、かなり強い表現を使った。「この上なく深い関心」だとか「二重の動機」とか「口にできないほどの思いや願い」にあふれていたのだとか言っていたが、もしファニーも注意深く耳を傾けることができていたなら、彼の意味するところに気付いていただろう。でもファニーはあまりにも胸がいっぱいで気も動転していたので、ウィリアムについての話さえも完全には耳に入らなかった。ヘンリーが一息つくと、ファニーはただこれだけ言った。
「なんて親切なんでしょう! 本当になんてご親切なのかしら! ああ! クロフォードさん、感謝してもしきれません。ああ、大好きな、大好きなウィリアム兄さん!」
ファニーは飛び上がってドアのほうに駆け寄り、こう叫んだ。
「伯父さまのところへ行ってきますわ。さっそく伯父さまに知らせないと」
しかしこれは許されなかった。あまりにも有望なこのチャンスにヘンリーははやる気持ちを抑えられず、すぐにファニーの後を追った。
「お待ちください、あと五分だけぼくに下さい」と言ってヘンリーはファニーの手を取り、彼女を席に連れ戻した。そしてさらに話を続けたが、ファニーはなぜ引き留められたのかまったく訳が分からなかった。だがいったんその理由を理解すると──つまり、自分こそが彼の心にいまだかつて感じたことのない感情をかき立てたのであり、彼がウィリアムのためにしたことはすべて自分に対する並外れた愛情によるものらしいと分かると──彼女はとてつもなく不愉快になり、しばらくは口もきけなかった。ファニーは、これは全部ばかげた冗談であり、ただほんのちょっと罠にかけてやろうというつもりで、悪ふざけで弄ばれているのだと思った。自分はこんなふうにふざけた失礼な扱いを受ける筋合いはないと感じずにはいられなかった。でもこれこそいかにもクロフォード氏らしいし、以前目撃した彼の振る舞いとぴったり一致している。けれどもファニーは自分の感じた不快感を表に出すわけにはいかなかった。なぜなら彼にはウィリアムを昇進させてくれたという恩義があるので、彼の振る舞いにデリカシーが欠けているからといって、ぶっきらぼうな態度を取るわけにはいかなかったのだ。ウィリアムのためを思うとファニーはいまだに喜びと感謝で心躍っていたので、自分だけが痛手を受けるなら、どんなことであろうと激怒することはできなかった。彼女は二度ほど手を引っ込めて彼に背を向けようとしたが無駄だった。それからファニーはサッと立ち上がり、かなり興奮した口調でただこれだけ言った。
「やめてください、クロフォードさん、お願いです。こんなお話をされるのはものすごく不愉快です。失礼させていただきます。もう耐えられません」
だがクロフォード氏はそれでも喋り続け、自分の愛情のほどを語り、「どうかお戻り下さい」と懇願した。そしてついに、彼女にさえもただ一つのことだけ意味する言葉を使って、はっきりと「どうかぼくと結婚してください。財産も何もかもすべてあなたに差し上げます」と言った。確かに彼はそう言ったのだ。ファニーの驚きと困惑はいよいよ増すばかりだった。クロフォード氏がどれくらい本気なのかいまだに分からなかったけれど、ファニーはもうその場にとどまっていられなかった。彼は返事を迫ってきた。
「いや、いや、いやです!」ファニーは手で顔を隠しながら声を上げた。「こんなの全部ばかげています。わたしを困らせないでください。これ以上聞いていられません。ウィリアム兄さんへのあなたのご親切には言葉では言い表せないくらい感謝しております。でもこんなお話聞きたくもありませんし、耐えられません。聞くことも許されませんわ──いいえ、いいえ、わたしのことなんか考えないでください。いえ、あなたは本気で考えてなどいないんでしょう。全部何の意味もないことだって分かってます」
ファニーが彼の元を飛び出すと、そのときちょうどサー・トマスがこちらの部屋に向かいながら召使に話しかけている声が聞こえてきた。そのためクロフォード氏はそれ以上愛を誓ったり懇願したりする暇はなかった。けれども楽天家で自信満々の彼からすると、彼の求める幸福が邪魔されてしまったのは──つまりプロポーズが断られたのは──ただファニーが控えめな性格だからだろうと思われたので、彼女と今別れなければならないのは、つらいけれども必要なことだった。──ファニーは、サー・トマスが近づいてくるのとは逆のドアのほうへと駆け出し、正反対の感情で混乱したまま、東の部屋の中であちこち歩き回っていた。その間サー・トマスは、礼儀正しく挨拶して遅くなったことを詫びたり、クロフォード氏がもたらした喜ばしい昇進に関するニュースを聞かされていた。
ファニーはあらゆる感情に襲われ、あらゆることを考えて身震いしていた。──動揺し、幸福で、悲惨な気分で、この上なく感謝しているけれどもとてつもなく腹が立っていた。何もかも信じられない! 本当にあの人は許せないし理解できない!──でもそれが彼のやり方なのだ、何をやるにも悪意を混じらせないと気が済まないのだ。初めはわたしを世界一幸せな人間にしておきながら、今度は侮辱してきた──一体何と答えればいいのか分からなかったし、あれをどう考えればいいのかも分からない。彼のプロポーズはまさか本気ではないと思うが、それでもただ冗談のつもりなら、「財産も何もかも差し上げます」だなんて言葉を使って申し出をするなんて、到底許されることではない。
でもウィリアム兄さんは少尉になったのだ。──それは、確かに紛れもない純然たる事実だ。ファニーはウィリアムの昇進についてはいつまでも考えられたし、他のことも全部忘れられそうな気がした。クロフォードさんはきっともう二度とあんな話をしてくることはないだろう。自分がどれだけ嫌がっていたか彼も見て取ったはずだ。そしたら、ウィリアム兄さんへの友情を示してくれた彼に対して、どれだけ感謝と尊敬の念を抱けることか!
ファニーは、クロフォード氏が確実に屋敷を出たと確信できるまでは、東の部屋から大階段の上のほうあたりまでしか近づかなかった。けれども確かに彼が立ち去ったと分かると、ファニーは階下に降りていって、サー・トマスとともに喜びを存分に分かち合いたいと思った。そしてウィリアムの乗り込むスラッシュ号の派遣先について、伯父の知っている情報や予想を聞きたいと思った。思っていた通り、サー・トマスはファニーにおとらず大喜びしてくれて、大変優しくいろいろと話をしてくれた。サー・トマスとウィリアムについてお喋りすると本当に心安らぐ気持ちになれたので、あの自分を苦しめた出来事などまるで起こらなかったかのように感じられたほどだった。だが話の終わりのほうになると、なんとクロフォード氏が今夜また戻ってきてディナーをしに来ると分かった。これは実にありがたくない話だった。クロフォード氏はさっきの出来事について何とも思っていないかもしれないが、こんなにもすぐまたクロフォード氏と顔を合わせるのは、彼女にとっては苦痛きわまりなかった。
ファニーは何とか気持ちを奮い立たせ、ディナーの時間が近づくにつれて、いつもどおりの姿に見えるように頑張ろうと思った。けれどもクロフォード氏が部屋に入ってくると、ファニーはすっかり恥ずかしくなってしまい、居心地の悪いようすを全然隠し切れなかった。初めてウィリアムの昇進を聞いた日にこれほど多くの苦痛に満ちた感情を味わうとは、いかなる出来事の巡りあわせがあろうとも、彼女はまさか想像もしていなかった。
クロフォード氏は部屋の中にいただけでなく、あろうことかすぐさまファニーのほうへと近づいてきた。彼は妹のミス・クロフォードからの手紙を渡しに来たのだった。ファニーは彼のほうを見ることはできなかったが、その声には先ほどのふざけた真似について気後れしているような響きは微塵もなかった。何でもいいから手持ち無沙汰でなくてよかったと思いながら、ファニーはすぐに手紙を開いた。その晩はノリス夫人も一緒にディナーをとることになっていたのだが、ファニーはその手紙を読みながら、せかせかとあちこち動き回るノリス夫人のおかげで少し人目を遮られて、ありがたいと思った。
「愛するファニーへ。これからはいつまでもあなたをファニーと呼んでいいのね。少なくともこの六週間はずっと『ミス・プライス』と言うのに舌がもつれそうだったので、途方もなくホッとしています──あなたにはお祝いの言葉を数行書き送って、心からの同意と賛成の意をお伝えします。そうしなければお兄さまを行かせられませんもの。──恐れずに進むのよ、ファニー。あえて言うほどの困難なんて何もありません。わたしのお墨付きもすこしは役に立つと思ってこの手紙を書きました。だからディナーの後は、とびっきりの愛らしい笑顔で兄に微笑んであげてくださいね。どうか兄が、出かけていった時よりもいっそう幸せになって帰ってきますように。
かしこ
M.C.」
この手紙はファニーにとって全然ありがたくなかった。あまりにも大急ぎで頭が混乱したまま読んだので、ミス・クロフォードの意図をはっきりと読み取ることはできなかったけれども、兄の愛情をかちえたことについて何やら誉め言葉を言おうとしているのは明白だった。また、その愛情が真剣なものだと信じているらしいことも明らかだった。ファニーは一体どうすればいいのか、どう考えればいいのかさっぱり分からなかった。あのプロポーズが本気だという考えは忌まわしかったし、あらゆる点でファニーは当惑させられ、心が乱された。クロフォード氏が自分に話しかけてくるたびに苦痛を覚えたが、彼はあまりにもしょっちゅう話しかけてくるのだった。しかも自分と話すときの声や態度は、他の人に話しかけるときとは何か違うものがあるように感じられた。その日のディナーにおけるファニーの安らぎはすっかりぶち壊しにされた。食事もほとんど喉を通らなかった。それに気付いたサー・トマスが「ファニーは嬉しすぎて食欲がないのだね」と上機嫌で述べたとき、プロポーズの件で喜んでいるとクロフォード氏に誤解されるのではないかという恐怖でゾッとして、ファニーは恥ずかしさで穴があったら入りたいほどだった。ファニーは彼の座っている右手側に目を向けることなど到底できなかったが、彼の目がすぐさま自分のほうにさっと向けられたような気がしたからだ。
ファニーはいつも以上に静かだった。ウィリアムのことが話題になっているときでさえ、ほとんど会話に参加しなかった。ウィリアムの昇進は自分の右側にいる人物によって全てもたらされたものなので、それに関わる話題は苦痛に感じられたのだ。
ディナーの後は女主人がきっかけとなって席を立たなければならないのに、バートラム夫人は何だかいつもより長く座ったままのようにファニーには思われ、もうこの場を離れられないのではないかと絶望的な気分になった。けれどもようやく女性陣が客間に引き上げると、ファニーは好きなように考え事をすることができた。その間、二人の伯母たちはウィリアムの任官についてそれぞれの流儀で話をまとめていた。
ノリス夫人は、他のどの点にも増して、ウィリアムの昇進がサー・トマスにとってお金の節約になるという点で喜んでいるようだった。
「これでウィリアムは自活できるというわけね、これは彼の伯父上にとってはものすごく大きな違いですよ。だってウィリアムのためにサー・トマスがこれまでいくら費用を負担していたか分からないほどですものね。わたしのあげたお金もかなり足しになったはずよ。彼がここを出発するとき、あれだけお小遣いを渡せて本当に嬉しく思っているの。ちょうどあの時は別に生活上の不都合もなかったし、自分の裁量でかなりの額を渡すことができて本当に嬉しかったわ。つまり、限られた収入で暮らしているわたしとしては、ということだけれど。船室の調度品を揃えるのにもあのお小遣いがきっと役立つことでしょう。いろんな物を買わなきゃいけないから相当出費がかさむはずですもの。でもあの子の両親なら何もかも安く手に入るよう取り計らってくれるわね──だけどその準備に向けてわたしもわずかながら貢献できたと思うと、とっても嬉しいわね」
「お姉さまはウィリアムにそんなにたくさんお小遣いをあげたのね、嬉しいわ」とバートラム夫人が何の疑念もなく落ち着き払って言った。「だってわたしは十ポンドしか渡さなかったもの」
「そうなの!」ノリス夫人は顔を赤らめながら声を上げた。「なんとまあ、ウィリアムは財布をパンパンにして出発したのねぇ! しかも、ロンドンへの旅費はタダよ!」
「サー・トマスが、十ポンドで十分だろうと言ったのよ7」
ノリス夫人はそれが十分な額かどうかを問題にするつもりは一切なかったので、別の面からこの話題を取り上げ始めた。
「それにしても驚きよね、若い人を育て上げたり世に出したりやらで、身内の者にはどれだけお金がかかることか! 若者たちってそのお金がどこから出てきたのかもほとんど考えないし、両親や伯父や伯母が年にどれだけ費用を出してくれたかも考えないのよね。ほら、妹のプライス家の子どもたちがそうでしょう。──全員ひっくるめてみてごらんなさい、毎年サー・トマスが彼らに負担してあげている合計額を知ったら、誰も信じないでしょうね。わたしが彼らにしてあげてることはともかくとして」
「本当にお姉さまの言うとおりね。だけど、可哀想だわ! あの子たちにはどうしようもないのよ。それに、サー・トマスにとっては大した違いじゃないわ。ねえファニー、もしウィリアムがインドに行くのなら、わたしのショールを忘れずに買うよう言っておいてね。その他に値打ちのある物なら何でもお代をあげるわ。ぜひインドに行ってほしいものだわ、そしたらショールが手に入るもの。ショールは二つほしいわね、ねぇファニー」
この会話が交わされている間、ファニーはどうしてもやむを得ないときだけ口を開いていたが、クロフォード氏とミス・クロフォードが何を企んでいるのか必死に理解しようとしていた。彼の言葉と態度以外には、あの二人が本気だなんて絶対に考えられない。何もかも不自然でありえなくて、理に反している。あの二人の習慣や物の考え方にも、自分自身の難点──身分の低さと財産のなさ──にもことごとく反している。──どうして自分があんな男性の心に真剣な愛情をかき立てることなどできるだろうか? 自分よりはるかに優れた女性をあんなに大勢見てきて、たくさんの女性からちやほやされて、多くの女性と戯れの恋をしてきた人なのに──誰かがわざわざ彼を喜ばせてあげようというときでさえ、真面目に受け取る気もほとんどなさそうで──あらゆる物事をいい加減に軽々しく考えていて、何に対しても冷酷無情なのに──自分は誰にとっても最も重要な存在だと思っていながら、誰のことも大切とは思っていなさそうなのに?──それにまた、妹のミス・クロフォードのことはどう考えたらよいのだろう? 結婚というものに対してあれだけ社会的地位にこだわり世俗的な考えを持っている人が、わたしのような人間相手に本気でこんなことを推し進めようとするだろうか? これ以上不自然なことはない。ファニーは「彼は本気でプロポーズしたのだろうか?」と疑問に思った自分を恥ずかしく思った。クロフォード氏が自分に対して真剣な愛情があるとか、ミス・クロフォードがそれに賛成しただなんて、これほど非現実的な話はないだろう。
サー・トマスとクロフォード氏が一座に加わってくるまで、ファニーはすっかりこう確信していた。しかし、クロフォード氏が部屋に入ってきた後も断固としてこの確信を保つのはかなり難しかった。彼は一度か二度じーっと自分を見つめてきたようだったが、その視線がふつうの意味のものとはどうしても思えなかったからだ。少なくとも、もしこれが誰か別の男性だったらならば、確かにその視線はとても真剣で特別なことを意味していると言えただろう。けれどもファニーは依然として、「彼は従姉のマライアやジュリアや他の何十人もの女性たちに対しても、しょっちゅうこんな態度を示していたのだろう、今回もその程度のものにすぎないのだ」と信じ込もうとしていた。
クロフォード氏は他の人には聞かれないように内緒で自分と話したがっているようだ、とファニーは感じた。その晩の間中、サー・トマスが部屋を離れたり、ノリス夫人の相手でかかりきりになっていたりする折にはいつも、クロフォード氏は自分に話しかけようとしているように思われた。だがファニーはそのたびに注意深く彼を避けていた。
ようやく──緊張で張りつめたファニーからすると「ようやく」と思えたが、実際はそれほど特に遅いわけではなかった──クロフォード氏は暇乞いをし始めた。けれどもそれを聞いてホッと安心したのも束の間、次の瞬間には彼がくるりとファニーのほうに振り向いて、こう言ったのだ。
「メアリーに何か伝言はありませんか? 妹の手紙にお返事をいただけませんか? もし何もなかったら妹はきっとがっかりするでしょう。どうか書いてやってください、一行でもいいので」
「あら! ええ、そうですね」とファニーは声を上げ、慌てて立ち上がった。どぎまぎして、早くこの場から逃げ出したいと焦っていたのだ──「すぐにお書きしますわ」
そうしてファニーは机のほうに向かった。そこではいつもバートラム夫人のために代筆してあげているのだった。一体何を書けばいいのかさっぱり見当もつかないまま、ファニーは筆記用具を準備していた。ミス・クロフォードの手紙はたった一度きりしか読んでいないのだ。あやふやにしか理解していないものに返事をするというのは大変な困難だった。ファニーはこういった手紙を書くのにも不慣れだったので、もしゆっくり書く時間があったならば、「こんな文章でよいのだろうか」というためらいや恐れの気持ちでいっぱいになっていただろう。しかし、何でもいいからすぐに書かなければならない。そして「プロポーズを本気で受け取っていると思われないようにしよう」ということだけははっきり決意して、心も手もわなわな震えながら、彼女は以下のように書いた。
「親愛なるミス・クロフォードへ、わたしの兄ウィリアムに対するあなたのご親切なお祝いの言葉には、たいへん感謝しております。お手紙の残りの部分につきましては、何の意味もないと分かっております。そういったことは到底耐えられませんので、どうか今後もう言及しないで下さいますようお願いいたします。クロフォードさんについてはいろいろと拝見してきていますから、そのお振る舞いについてはよく理解しております。クロフォードさんも同じようにわたしのことをご理解して下さっていたなら、きっと違った振る舞いをされるはずです。何を書いているのか自分でもよく分かりませんが、どうかこの話題は二度と口にしないでいただけるとありがたいです。お手紙を頂きました感謝をこめて
親愛なるミス・クロフォードへ
かしこ、云々」
結びのあたりになると、ますます恐ろしさが募ってきて、もうほとんど何を書いているのか分からないほどだった。というのも、クロフォード氏が手紙を受け取るためといったふうを装いながら、ファニーのほうに近づいてきたからだ。
「急かしているわけではありません」手紙を書いているファニーがひどくうろたえているのを見て、クロフォード氏は声を低めて言った。「そんなつもりは全然ありませんので、どうかそんなにあせらないで下さい」
「まあ! ありがとうございます。終わりましたわ、ちょうど書き終わります──すぐにお渡しします──本当にありがとうございます──そちらをミス・クロフォードに渡して下さい」
そうして手紙が差し出されたので、彼は受け取るしかなかった。ファニーはすぐさま目を背けて、他の人たちが座っている暖炉のほうへと歩いて行った。そのため彼は本当に退出せざるをえなかった。
ファニーは、苦痛と喜びのどちらにおいても、これほどまでに心がかき乱された一日は生まれて初めてだと思った。でも幸いなことに、喜びのほうは一日で衰えるような類のものではなかった──ウィリアムが昇進したという事実は日ごとに実感されてくるだろうが、苦痛のほうはもう繰り返されることはないだろう。取り乱していて推敲する余裕もなかったので、とんでもなく見苦しい手紙と思われるにちがいないし、言葉遣いだって子どもでも恥ずかしくなるようなものだろう8。だけど少なくとも、自分はだまされてもいないし、クロフォード氏の求愛を喜んでもいないということは、あの二人にもきっと伝わるだろう。
注
- 当時、富裕層の人々は大抵朝十時に朝食をとっていた(ちなみに第28章末尾で、ウィリアムが早めの朝食を終えて出発するのは九時半と書かれている)。よって今ここでヘンリーが訪れたのは十時半~十一時頃と考えられる。これは通常の訪問時間(午後の昼間あたり)に比べるとあまりにも早い。(参考:David M. Shapard, The Annotated Mansfield Park, Anchor, 2017.)
- つまり、ヘンリー→クロフォード提督→友人のサー・チャールズ→海軍大臣秘書官という具合に昇進を仲介してもらったということである。
- 海軍大臣が関わったと言及されているが、実際は秘書官本人だけで今回の任官を手配した可能性もありうる。(参考:David M. Shapard, The Annotated Mansfield Park, Anchor, 2017.)
- スループ艦とは、主な海軍軍艦三種類の中で最も小さいタイプのものである(ちなみに最大のものは戦列艦、続いてフリゲート艦)。スループ艦の主な任務は海岸警備・自国商船の保護・敵商船の攻撃だった。少尉は艦長の補佐をする役職だが、このスラッシュ号は小規模のため二名しか少尉がいないようだ。(参考:David M. Shapard, The Annotated Mansfield Park, Anchor, 2017.)
ちなみに戦列艦は互いに離れた三つの小艦隊から成る。先頭の艦船に乗って指揮を執るのは「中将」、中央の艦船が「大将(提督)」、最後尾の艦船が「少将」である。第6章でミス・クロフォードがきわどい駄洒落を言っていたのはこのこと。 - これはフォーマルな手紙での決まり文句。ウィリアム・プライスのような下級士官の昇進が「高位高官」の人々で話題になるとは実際考えにくい。(参考:David M. Shapard, The Annotated Mansfield Park, Anchor, 2017.)
- つまりヘンリーがウィリアムとマンスフィード・パークを金曜に出発してから十日後。
- 十ポンドは現在の額にすると約十万円ほどで、ウィリアムにとっては大金である(少尉の月収は八ポンドほど)。(参考:David M. Shapard, The Annotated Mansfield Park, Anchor, 2017.)ちなみに、作者オースティンが後年自身の甥と姪に語ったところによると、ノリス夫人の言う「かなりの額」とはたった一ポンドだったらしい。
- かなり動揺しながら書いてはいるものの、実際はそこまで酷い文章ではない。(参考:David M. Shapard, The Annotated Mansfield Park, Anchor, 2017.)