トム・バートラムは競馬レースのためB─に向けて出発した。ミス・クロフォードは、トムがいなくなればマンスフィールドの社交界にぽっかり穴が空いたように感じられるにちがいないと覚悟した。バートラム家と牧師館の人々はいまやほぼ毎日のように会っていたから、さぞかし寂しいことになるだろう。
トムが出発してすぐあとにマンスフィールド・パークでみながディナーを取ったときも、ミス・クロフォードはいつものようにテーブルの下手側1に座ったが、主人役がトムからエドマンドに変わったので、かなり陰気なディナーになるだろうと思った。なんの面白みのないディナーになることは確実だ。兄のトムに比べると、エドマンドは話題に乏しいだろう。スープを手渡すときも元気のない感じで、ワインを飲むときもにこりともしないし、なにか冗談を言って笑わせることもないだろう。鹿肉を切り分けるときも、腰肉にまつわる愉快な小話とか、「友人の某氏」に関するエピソードを披露して場を盛り上げることもないだろう。メアリーはなにか面白いことはないかとテーブルの上手側に目をやり、ラッシュワース氏を観察してみた。
クロフォード兄妹が到着してから、ラッシュワース氏がマンスフィールド・パークに来るのはこれが初めてだった。彼は近くの地方に住む友人宅を訪ねていたのだが、最近その友人がある造園家に地所の「改良2」を頼んだらしく、ラッシュワース氏はその話題で頭がいっぱいになって帰ってきた。そして同じように自分の地所を改良してもらいたいとうずうずしていた。あまり気の利いたことは言えなかったが、他の話題はなにも話せなかった。庭園の改良のことはすでに客間で話されていたが、ダイニングルームでもまたその話題が蒸し返された。明らかに、ミス・バートラムの気を引くことがラッシュワース氏のおもな目的だった。マライアの態度は婚約者への気遣いを示すというよりも、むしろ意識的に優越感をひけらかしている感じだったが、サザートン・コートのことやそれに伴うさまざまな計画を聞くと、マライアも満足感を覚えてきたので、なんとか無愛想な態度を取らずに済んだ。
「みなさんにもスミスのコンプトン屋敷を見てほしいなあ」とラッシュワース氏は言った。「これ以上ないくらい完璧ですよ! あんなに様変わりしてしまった場所はいままで見たことがない。ぼくは『自分がどこにいるのかわからないほどだよ』とスミスに言いました。エントランスの小道など、いまやこの地方でも指折りの豪華さです。屋敷をひと目見たとたん、圧倒されて驚くでしょうね。昨日サザートンに戻ると、まるで牢獄のように思えましたよ──まったく、どんよりとして古臭い牢獄そのものだ」
「まあ! そんな!」とノリス夫人は叫んだ。「牢獄だなんて!サザートン・コートはイギリスでもっとも威厳のある古いお屋敷ですわ」
「ですがなによりも改良が必要なんです、奥さま。あれほど改良が必要な場所はありません。ひどくさびれていて、どう手を付けたらいいのか分からないほどです」
「今のところラッシュワースさんがそう思われるのも無理はありませんわね」グラント夫人がノリス夫人に微笑みながら言った。「でも大丈夫ですわ、サザートンはきっとそのうち望みどおりのあらゆる改良を受けられますから」
「試しに何かしなくちゃならないとは思ってるんですが」とラッシュワース氏が言った。「でもどうすればいいか分からないんです。手助けしてくれる友人かだれかがいればいいんですが」
「そんな場合に助けてくれる最良の友人は──」とミス・バートラムは落ち着き払って言った。「造園家のレプトンさん3だと思いますけど」
「まさにぼくもそう思っていました。スミスのところでも彼は見事にやっていたから、すぐに彼を雇うのがいいと思ってました。契約料は一日につき5ギニー4だそうです」
「もし一日10ギニーだったとしても、きっとあなたにとっては何でもないでしょうね」ノリス夫人が声を上げた。「費用は何の障害にもなりません。もしわたしがあなたなら、費用のことなんて考えませんよ。すべてを最高の方法で改良してもらって、可能な限りすばらしい出来にしてもらいますわ。サザートン・コートのような場所は、贅の限りを尽くしてとことん趣味のよいものにしてもらうのがふさわしいですわ。あなたには改良に取り組む敷地もおありですし、それに見合うだけの土地もお持ちです。わたしとしては、もしサザートンの五十分の一の土地でもあれば、毎日でもガーデニングや改良にいそしんでいるでしょうね。わたしはそういうことが大好きなんですの。でも今わたしの住んでいる家でそんなことをしようとするのはばかげておりますからね、たった半エーカーしかありませんもの。とんだお笑い草になるわ。だけどもしもっと余裕があったならば、改良やガーデニングに喜んで励んでいたでしょうに。以前住んでいた牧師館ではかなり手を入れましたのよ、初めに移り住んだときとは見違えるほどリフォームしましたから。あなたたち若い方々はあまり覚えてらっしゃらないでしょうけど。でもサー・トマスがいまここにいらしたら、わたしたちがどんな改良をしたか話してくれるはずよ。もし夫の健康状態がよかったならば、さらにもっとたくさんの改良をしていたはずなの。気の毒な夫は、外に出てなにかを楽しむということがほとんどできなかったわ。そのせいで、サー・トマスとわたしが話していた計画がいくつもできなくなってがっかりしたものよ。夫の体調が悪くなければ、庭の塀を建てる計画を進めていたでしょうね。そうすれば教会のそばの庭と菜園をさえぎる塀が建てられたわ、ちょうどグラント博士がやって下さったようにね。わたしたち夫婦はいつも何かしら取り組んでいたんですよ。あれは夫が亡くなる一年半前の春だったかしら、馬小屋の壁のそばにアンズの木を植えたのは。いまではあんな立派な木に育って、まさに完璧ですわね」とノリス夫人はグラント博士に向かって言った。
「あの木はたしかに立派に育ちましたね」グラント博士が答えた。「土壌がいいんですな。けれどいつも前を通るたびに残念に思います、実にはわざわざ収穫するほどの値打ちがないんでね」
「あら、あれはムーアパーク種ですわよ、ムーアパーク種だと言われて購入しましたもの。高くついたんですから──つまりサー・トマスから頂いたということですけど。でもわたし領収書も見ましたわ、7シリングかかったんです。だからムーアパーク種として請求されたんですわ」
「あなたはだまされたんですな、奥さん」とグラント博士は答えた。「あの木から取れた果物がムーアパーク種のアンズなら、このジャガイモもムーアパーク種のアンズということになる。せいぜい味気のない果物というのが関の山ですな。上等なアンズなら食べられるが、そういうものは牧師館の庭園にはありませんね」
「実はね、ノリス夫人」グラント夫人が、テーブルの向かいにいるノリス夫人にささやくふりをしながら言った。「夫は、うちのアンズの自然な味を知らないんですのよ。生で食べたことはほとんどないんです。あれはとても貴重な果物でしょう。ちょっと手をかけるだけで驚くほど立派に大きくなりますから、タルトだとかジャムだとか作るために、うちのコックが全部取ってしまうんですの」
カッとなりかけていたノリス夫人は、これを聞いてやや怒りが収まった。しばらくして、サザートンの改良の話題からまた別の話題になった。グラント博士とノリス夫人は非常に仲が悪かった。知り合って早々、ノリス夫人はグラント博士から牧師館の修繕費用を請求されていたし5、二人の習慣や気質もまるで違っていたのだ。
やや沈黙のあと、ラッシュワース氏がまた話し出した。「スミスの地所はこの地方でも賞賛の的です。レプトンが手がける前は、たいしたことなかったんですがね。ぼくもかならずレプトンを雇おう」
「ラッシュワースさん」とバートラム夫人は言った。「もしわたしなら、すてきな植え込みを作ってもらいますわ。お天気のいい日に、植え込みのそばを散歩するのは楽しいでしょうね」
ラッシュワース氏は、准男爵夫人に賛同の意を伝えたくて、何かお世辞みたいなものを言おうとした。だが夫人の趣味のよさを褒め称えると同時に、自分もつねづね同じことを思っていましたとも伝えたかったし、さらにその場にいる女性たち全員にも気遣いを示したかった。その上で彼が喜ばせたいのはただひとり──つまりマライア・バートラムだけだということもそれとなくほのめかしたかった。そのためラッシュワース氏はぽかんと途方に暮れてしまい、エドマンドはこれ幸いとばかりにワインをすすめて彼の話を打ち切った。けれどもラッシュワース氏はこの話題についてまだ言い足りないようで、普段は大して話すほうではないのに、また話し始めた。
「スミスの土地は全部合わせても百エーカーもないんですよ。それだけに、あんな狭い土地をあれほど見事に改良できたのはなおさら驚きです。でもサザートンは、冠水牧草地を抜きにしてもゆうに七百エーカーはあります。なのでぼくは、『もしコンプトンでこれだけのことができるなら、あきらめる必要はない。屋敷の近くに生えている古い大木を二、三本切り倒せば、かなり視界がひらけるだろうな』と思ったんです。レプトンやその道の人ならだれでも、みなきっとあのサザートンの並木を撤去してしまうでしょうね。ほら、西の入り口から丘の上まで続いている並木ですよ」
と言って、特にミス・バートラムのほうに顔を向けた。だがミス・バートラムはこう返事をするのがふさわしいと思ったようだった。
「並木? まあ、覚えておりませんわ。わたし本当に、サザートンのことはほとんど知りませんから」
ファニーはエドマンドの隣の席で、ミス・クロフォードを目の前にして座っていた。ファニーはこの話に耳をそばだてつつ、エドマンドのほうに目をやり、小声で言った。
「並木を切り倒すですって! 残念だわ! クーパー6の詩を思い出しません? 『伐り倒された並木! あらためて私は嘆くのだ、汝らの不当な運命を』」
エドマンドは微笑みながら答えた。「並木にとっては災難なことになったね、ファニー」
「その木が切り倒されるまえにサザートンを見てみたいわ。ありのままの風景を、昔のままの姿で。でも叶いそうにありませんわね」
「サザートンに行ったことはなかった? いや、あるはずないか。馬に乗って行くにはあいにく遠すぎるからね。どうにかして連れて行ってあげたいものだ」
「あら! それはたいして重要じゃありません。いつかわたしがサザートンを見たときに、どこがどう変わったか教えてくださいね」
「たぶん」とミス・クロフォードは言った。「サザートンは古くて威厳たっぷりのお屋敷なんでしょうね。なにか特別な建築様式なのかしら?」
「建物はエリザベス朝時代に建てられたものです。大きくて、均整の取れたレンガ造りの建物で──重々しいですが外観は立派ですし、部屋がたくさんありますよ。ただ立地場所がよくないな。敷地のなかでもいちばん低地のところに立っている。その点では改良に向かないでしょうね。でも森林がすばらしくて小川もあるから、それはおおいに利用できるだろうな。サザートンに現代的な趣を加えようというラッシュワースさんの考えは、まったく正しいと思いますね。まちがいなく万事うまくいくはずだ」
ミス・クロフォードはおとなしくこれを聞いていたが、内心こう思っていた。『エドマンドさんは育ちのいい人だわ。なるべく物事の良い面を見ようとする人なのね』
「ラッシュワースさんに異を唱えるわけではないけれども」とエドマンドは続けた。「でもぼくが地所を現代風に改良するなら、専門家には任せないな。美しさの点ではプロに劣るだろうけど、自分好みのやり方で、少しずつ完成させていくほうがいい。専門家の失敗よりも、自分のやらかした失敗のほうがよっぽど我慢できますからね」
「もちろんあなたは、ご自分のなさることをよくご存知でしょうね」とミス・クロフォードは言った。「でもそのやり方はわたしには合わないわ。だってわたしにはそういう事柄にたいする審美眼も創意工夫もありませんもの。ただ目の前にあるものを受け入れるだけよ。もしこの地方に自分の地所があったなら、レプトンさんであれどなたであれ改良を引き受けてくれる人のお世話になりますし、予算内でできるだけ美しい庭園にしてもらうわ。そしてわたし、完成するまで絶対に見ないつもりよ」
「改良の過程をぜんぶ見届けるのはきっと楽しいだろうと、わたしは思います」とファニーが言った。
「あら──あなたはそういう教育を受けたのね。でもわたしは全然ちがうの。そういったことは教わらなかったわ。それに改良について唯一受けた教育というのも、あまり大好きとは言えない人からのものですし、そのせいで改良の経過を見届けるというのはとんでもなく厄介だと思うようになりましたの。
三年前のことですけど、わたしの御立派な叔父であるクロフォード提督が、トウィッケナム7に避暑用のコテージ8を買いましたの。みんながそこで夏を過ごせるようにね。それで叔母とわたしは大喜びでそのコテージに向かったんですけど、その家があまりにも素敵なので、すぐに庭園のリフォームが必要だということになったの。それから三ヶ月というもの、わたしたちは泥と混乱にまみれて、歩けるような砂利道や腰かけるベンチすらなかったのよ。わたしが田舎で庭園の改良をするなら、植え込みや花壇、素朴なベンチを数え切れないくらい設置して、何もかも完璧に仕上げたいわ。でもそれはわたしに面倒がかからないところでやってもらいたいわ。でもヘンリーはちがうわね、兄はなんでも自分でやりたがるから」
エドマンドはミス・クロフォードの発言を聞いて残念に思った。彼女のことはかなり素敵な女性だと思いかけていたのに、こんなに遠慮なく叔父のクロフォード提督の悪口を言うなんて、本当に残念だと思った。そういう礼節に欠けた言動はエドマンドの感覚には合わないものだったので、彼は黙りこんでしまった。だがミス・クロフォードのにこやかな笑顔といたずらっぽい陽気な態度につられてしまい、とりあえずこの件について考えるのはいったんやめにした。
「ねえ、バートラムさん9」とミス・クロフォードは言った。「わたしのハープの行方がようやく分かりましたの。ノーサンプトンに無事届いてるそうです。たぶん十日前にはもう届いてたわ。まだ絶対に到着していないと、業者は何度も言い張ってたんですけどね」
エドマンドが喜びと驚きの言葉を口にすると、ミス・クロフォードはさらに続けた。
「でもじっさい、わたしたちの問い合わせ方が単刀直入すぎたみたいなの。召使を送ったり、自分たちでも出向いたりしたんですけど。ロンドンから七十マイルも離れたところではこのやり方はだめみたい──でも今朝は確かな筋から消息を聞けましたわ。ある農夫がハープを目撃して粉屋に話し、粉屋が肉屋に話し、肉屋の娘婿が村の商店に伝言を残してくれていたそうなんです」
「どんなルートであれ、ハープの行方について聞けて本当によかったです。これ以上到着が遅れないといいですね」
「明日には届きますわ。でもどうやって運べばいいと思います? 台車や荷車なんかじゃなく。──そういうものはこの村では借りられなかったの。運搬業者と手押し車を手配したほうがよかったんだわ」
「ちょうどいまは時季遅れの干し草収穫の真っ最中ですから、馬と荷車を借りるのは難しいでしょうね」
「驚いたわ、干し草の収穫にそんなものがいるなんて! 田舎で馬と荷車が手に入らないなんて、ありえないでしょう? だからメイドにすぐ手配するよう頼んでおいたのよ。衣装部屋から外を見ればかならず農家の庭が目に入るし、生け垣のそばを歩けば農家の庭を通りすぎるものだから、頼めばすぐ貸してもらえると思ったの。むしろ全部の農家から借りてあげられなくて残念だと思ったくらいだわ、だってお金は払うつもりだったんですもの。ところがわたしは、この世で最も理不尽かつ不可能なことを頼んでいたらしくて、村じゅうの農民から小作人から干し草にいたるまでみんな怒らせてしまったの。それを知ったときのわたしの驚きが想像できます? グラント博士の農場管理人も怒らせてしまったから、できるだけ近寄らないほうがいいわね。それにグラント博士も、いつもは優しくて親切そのものなのに、わたしが何をしようとしていたか知ると、むっとしてわたしをにらみつけてたわ」
「あなたはいままで干し草の収穫について考えたことはなかったでしょうから、仕方ありません。でもよくよく考えれば、刈り入れの重要さが分かるはずです。荷車を借りるのも、あなたが想像されるほどそう簡単じゃないんです。ここの農民はそういうのを貸し出す習慣がありませんからね。ましてや収穫期には、馬一頭借りるのも不可能です」
「そのうちわたしも、田舎の流儀が分かってくると思うわ。でも『すべてお金で解決できる』という生粋のロンドン流のやり方が身についているものだから、初めはすこし困惑したわ。田舎の人たちって頑固で独立心旺盛なのね。だけど、わたしのハープは明日きっと届けてもらいます。というのもヘンリーが──兄は本当に優しいの──自分のバルーシュ型四輪馬車で取りに行くと申し出てくれたのよ。わたしのハープは華々しく運ばれることになるのね」
エドマンドは「ハープはぼくのいちばん好きな楽器です。早くあなたの演奏を聴きたいものですね」と言った。一度もハープを聴いたことがないファニーも、「あなたの演奏を聴けるのを心待ちにしています」と言った。
「あなたがた二人の前で演奏できたらすごく嬉しいわ」とミス・クロフォードは言った。「少なくとも、あなたたちが退屈しないかぎり演奏しますわね。もしかしたらもっと長くなるかもしれないわ、わたしは音楽を心から愛していますから。演者と聞き手の趣味のよさが同等なら、演者はいつだって有利な立場なのよ。だって自分の演奏を聴いてもらえるうえに、自分の趣味のよさも理解してもらえて、二重の喜びを味わえるんですもの。ねえバートラムさん、お兄さまに手紙を書く際には、やっとわたしのハープが届きますとお伝えくださいね。あの方にはそのことでたくさん愚痴を聞いてもらってましたから。それからよろしければ、こう伝えてください。あなたの気持ちに同情して、お帰りの際には悲しげなメロディーの曲でお出迎えしますって。だって彼の馬は負けるに決まってるんですもの」
「手紙を書くときには、あなたのお望みのことはなんでも書きますよ。でもいまのところ、特に手紙を書く理由がないですね」
「そうね、きっとお兄さまが一年間留守にしていてもあなたは手紙を書かないんでしょうね。お兄さまのほうも、どうしてもやむをえない事情がなければ手紙を書かないんでしょうね。でもそんな機会は絶対に来なさそうだわ。男の兄弟ってなんて不思議なのかしら! なにかのっぴきならない状況でなければ、手紙のやりとりをすることはないんですもの。馬が死んだとか、親戚のだれかが亡くなったとかでどうしてもペンをとらなきゃいけない時も、できるだけ最小限の言葉で済ませてしまいますし。男性の手紙の書き方ってみんな同じなのね。わたしはよく知ってます。ヘンリーはあらゆる点で理想的なお兄さまだし、妹思いで、打ち明け話もできて、良き相談相手だし、一時間まるまるおしゃべりすることもあるわ。でも手紙ということになると便箋の裏側まで書いてくれたことなんて一度もないのよ。それもたいてい、『メアリーへ。たった今到着した。バースは人がいっぱいで、万事いつもどおり。それでは』程度なのよ。まさに男性らしい書き方ね。男兄弟の手紙ってそんなものね」
「家族から遠く離れた場所にいるときは──」ファニーは兄のウィリアムのためを思って、顔を赤らめながら言った。「男兄弟でも長い手紙を書けると思います」
「ミス・プライスのお兄さんは船乗りなんです」とエドマンドが言った。「彼女のお兄さんはすばらしい文通相手だから、あなたは男性にたいして厳しすぎるとファニーは思ったんです」
「まあ船乗りなんですの?──海軍ですわね、もちろん?10」
ファニーはエドマンドに説明してもらいたかったが、彼は口をひらきそうになかったので、しかたなく自分で兄の境遇について話した。ウィリアムの職業や派遣されている海外の駐屯地のことを話すときは、ファニーの声は生き生きしていたが、彼がイギリスを離れている年数を口にすると思わず涙ぐんできてしまうのだった。ミス・クロフォードは礼儀正しく「早く出世できるといいわね」と言った。
「従弟のウィリアムくんが乗っている船の艦長をご存知ですか?」エドマンドは尋ねた。「マーシャル大佐というのですが? あなたはきっと、海軍の方をたくさん知っておられると思いますが」
「提督ならたくさん知り合いがいるわ。でも」ミス・クロフォードは気取った感じで言った。「それより下の階級の人たちのことは全然知りませんの。艦長ともなれば立派な人たちなんでしょうけど、わたしたちとお付き合いはありませんの。提督についてはかなりいろいろお話しできますわ。彼らの人柄とか、軍艦旗の違いとか、給与等級とか、提督同士のいざこざや嫉妬とかね。でもみなさんたいてい出世が遅くて待遇もひどく悪いの。
たしかに、わたしの育った叔父の家では提督仲間たちがたくさん集まっていましたわね。少将や中将の方たちにはたくさんお会いしましたわ。あら、わたし駄洒落を言ったわけじゃありませんのよ11」
エドマンドはこれを聞いてふたたび深刻な顔つきになり、「海軍軍人は立派な職業です」と答えただけだった。
「ええそうね、海軍軍人は二つの条件がそろえば立派な職業ね。つまり、敵船を拿捕した賞金で一財産作って、そのお金を浪費せず慎重に使っていればね。でもはっきり言って、海軍はあまり好きな職業ではないわ。海軍の人に好感が持てると思ったことは一度もありませんもの」
エドマンドはハープのことに話を戻し、ミス・クロフォードの演奏を聞けることを期待して、ふたたび幸せな気分になった。
そのあいだも、ほかの人たちはまだ地所の改良のことを話していた。グラント夫人はしきりに弟のヘンリーに話しかけていたので、ミス・ジュリア・バートラムから彼の気をそらしてしまうほどだった。
「ねえヘンリー、あなたは何か意見はないの? あなたは自分で地所の改良もするんでしょう。聞くところによると、エヴァリンガムはイギリスでも一、二を争う立派なお屋敷らしいじゃないの。あそこの自然は本当に美しいわ。昔わたしが住んでいた頃のエヴァリンガムも非の打ち所がなかったもの。ゆるやかに伸びたあの丘や、あの森林! ぜひもう一度見てみたいものだわ!」
「姉上があの屋敷を褒めてくださって、本当に嬉しいですね」とクロフォード氏は答えた。「でもがっかりさせてしまうのではないかと心配です。姉上がいま想像しているものとは違っていると思われるかもしれません。広さもたいしたことはないし──威厳に欠けているのを見たら驚かれるでしょうね。改良に関して、ぼくにできることはもうほとんどないんです。──もっといろいろと手を加えたかったんですがね」
「あなたはそういったことがお好きですの?」とジュリアが尋ねた。
「ええとっても。でも自然のままでも十分すばらしい土地だから、素人目にも改良できる所はほぼ残ってないですし、それにぼくは後継者としてかねてから屋敷を改良する決意をしていたので、成人して三ヶ月後にはエヴァリンガムを今の姿にしたんです。ぼくはウェストミンスターのパブリック・スクールにいるときに改良計画を立てて──ケンブリッジ大学にいるときに少し修正して、それから21歳になるとすぐに実行したんです。ラッシュワースさんが羨ましいですよ、まだまだ改良の楽しみが残されているんですからね。ぼくはそういう幸せを味わい尽くしてしまいました」
「物分りの早い人は、決意も行動も早いんですわ」とジュリアが言った。「あなたにやることがないなんてこと、ありえませんわ。ラッシュワースさんを羨むかわりに、彼にアドバイスをしてあげてはどうかしら」
グラント夫人はこの発言の最後の方を聞いて、熱心に賛成し、「あなたのアドバイスならだれよりも役に立つはずだわ」と言って弟を説得した。ミス・バートラムも同じくその考えに引きつけられたようで、グラント夫人に加勢して「いきなり専門家に改良を丸投げしてしまうより、友人や公平な第三者に相談するほうがずっといいと思いますわ」とはっきり言った。
ラッシュワース氏は喜んでクロフォード氏の助言を求めることにした。そしてクロフォード氏のほうも礼儀正しく謙遜してみせたのちに、お役に立てることは何でもいたしますと請け合った。それを聞いたラッシュワース氏は「ぜひサザートンまでお越しいただいて、泊まってください」とクロフォード氏を誘った。するとノリス夫人は『クロフォードさんを連れて行ってしまうような計画なんて反対だわ』というマライアとジュリアの胸の内を読んだかのように、口をはさんで修正案を持ちかけた。
「クロフォードさんはきっと喜んで行きますわね。でもわたしたちも一緒に行ってみてはどうかしら?──みんなで連れ立って行くのはどうかしら? ラッシュワースさんの改良に興味を持ってる人はたくさんいるし、クロフォードさんの意見をその場で聞きたい人も多いでしょう。それにみんなの意見も少しは役立つかもしれないわ。わたしとしては、お母さまのラッシュワース夫人にもう一度正式にご挨拶したいと思っているの。自分の馬がないからあいにく訪問できなかったのよ。でもようやくサザートンに行けるのね。みんなが歩き回ったりいろいろ取り決めてるあいだに、わたしはラッシュワース夫人と二、三時間お喋りして過ごすわ。遅いディナーの時間にはここに戻って来れるし、もしくはそのままサザートンでラッシュワース夫人といっしょにディナーを取るのもいいかもしれないわね。そして月明かりの中をみんなで楽しくドライブをして帰宅するのよ。きっとクロフォードさんがご自分の馬車にマライアとジュリアを乗せてくださるでしょうし、エドマンドは馬に乗って行けばいいわ。それからね、あなたのことだけど、ファニーがいっしょに家に残ってお世話してくれるわ」
バートラム夫人は反対せず、サザートン行きのメンバーも全員一致で賛成してみんな乗り気になった。しかしエドマンドだけは、一部始終を聞いていたが、何も言わなかった。
注
- テーブルの上手側には女主人役が座り、下手側には主人役が座る。ミス・クロフォードはいつもトムの近くを狙って座っていたことになる。
- 当時「改良(improvements)」への関心が高まり、プロの庭園デザイナーを雇って地所を改良させることが非常に盛んだった。
- ハンフリー・レプトンは庭園の「改良」の第一人者で、当時最も成功した著名な造園家。
- 現在の貨幣価値で約5万円。
- 牧師は牧師館を維持管理する義務があり、これを怠ると、引き渡し時に後任の牧師から原状回復修繕費用を請求された。
- ウィリアム・クーパー(1731-1800)イギリスの代表的詩人。ロマン主義の先駆者。『分別と多感』のマリアンのお気に入りの詩人でもある。ジェイン・オースティン自身もクーパーの詩を愛読していた。
- ロンドン西部の郊外にあるテムズ川沿いの町。
- この場合、通常の小さくて狭い家屋である「コテージ」を指すのではなくて、いわゆる「Cottage Ornée(コタージュ・オルネー)」のこと。富裕層の間でこのような田舎風の別荘を所有するのが一時期流行した。大邸宅に比べれば小ぶりであるが、それでも豪奢で優美な建物。
- いまは長男のトムがいないので、エドマンドがMr. Bertramと呼ばれる。
- 船乗りには海軍軍人(the King’s service)と商船の船乗り(主に東インド会社)がいた。海軍軍人は立派な職業なので尊敬されていたが、商船の船乗りではかなり格が落ちる。ファニーの出自の低さなら商船関連もありえるとメアリーは思ったのだろう。実際、ファニーの弟には商船の仕事に就いている者がいる。
- それぞれ「尻(rear)」と「悪徳、性的不道徳(vice)」という同音異義語にかけている。淑女としてはかなりきわどいジョーク。
参考:Mansfield Park: Courting Controversy;‘Rears and Vices’(Jane Austen’s House Museum)