この話し合いは、ファニーが思い描いていたほど短くもなく、決定的なものでもなかった。クロフォード氏はそう簡単には納得しなかった。彼はサー・トマスが望むようなあらゆる不屈の精神を備えていたのだ。うぬぼれ屋の彼は、まず初めに、「ファニーは確かにぼくのことを愛していると思うが、まだ自覚できていないのだろう」と固く信じていた。だが次に、ファニーは自分の今の気持ちをよく理解していると認めざるをえなくなると、今度は「そのうち必ずぼくのことを好きになるはずだ」と自信満々だった。
クロフォード氏は本当に、本気で恋に落ちていた。その愛は活発で楽天的な精神にもとづいており、繊細というより情熱的な性質だった。だからファニーの愛情を獲得することは、簡単に達成できないからこそより価値があるように映るのだった。彼は「絶対ファニーに自分のことを好きにさせてみせる」と決意し、その幸福と栄光を手に入れようと心に決めた。
クロフォード氏は決して絶望せず、決してあきらめなかった。彼には、自分の愛情はゆるぎないと信じる確固たる理由があった。ファニーとならいつまでも永遠に幸せになれるという熱い期待を抱いていたし、その願いが正しいと思えるだけの価値が彼女にはあると知っていたのだ。まさにこのプロポーズのときのファニーの振る舞いも、彼女の無欲で繊細な性格(本当にこの上なく珍しい性質だと彼は信じていた)を示していたので、かえって彼の望みをいっそう強くし、「自分の決断は正しかった」とあらためて意志を固めたのだった。
クロフォード氏は、まさかファニーにすでに好きな人がいて、そんな相手の心にアタックしているとは知らなかったのだ。彼はその点についてはつゆほどの疑いも持っていなかった。むしろ彼はファニーのことをこう考えていた。「彼女は恋愛について考えたことがないし、いままで恋に落ちたこともないのだろう。ファニーの心は若さによって守られているのだ。若々しい外見と同じように、その未熟な心も愛らしい。慎み深く控えめな性格のせいで、ぼくの好意を理解できていないだけなのだ。まったく予想外に突然プロポーズされたのと、いままで思いも寄らなかった新しい状況に圧倒されてしまっているだけなのだ」
だから当然、自分のことを理解してもらえたらプロポーズはうまくいくのではなかろうか?──彼はすっかりそう信じていた。一生懸命粘り続ければ、このような愛情は──彼のような男性からの愛情は──近いうちに必ずや報われるにちがいない。クロフォード氏は、もうすぐファニーは自分のことを愛さずにはいられなくなるという考えに大喜びしていたので、彼女が今はまだ自分を愛していないことも残念ではなかった。克服すべきちょっとした困難があることは、ヘンリー・クロフォードにとっては全然苦痛ではなかったし、むしろ俄然やる気が湧いてくるのだった。女性の心をとらえるのに、いままでがあまりに簡単すぎたのだ。彼にとって逆境という状況は目新しく、気が奮い立つのだった。
けれどもファニーは、これまでの人生を通じてあまりにも多くの逆境に直面してきたため、そんな状況にはこれっぽっちも魅力を感じられず、何もかもが意味不明だった。彼は絶対にあきらめないつもりらしいと分かったものの、やむを得ずあれほどのきつい言葉で拒絶したにも関わらず、なぜ彼が意志を貫き通せるのか全く理解できなかった。彼のことは愛していないうえに愛することもできないと伝えたし、今後絶対に愛することもないとファニーは信じていた。
「わたしの気持ちが変わることなど断じてありえません。この話題は苦痛極まりないですし、お願いですからもう二度とこの件について口にしないで下さい、どうかもう失礼させてください。この件はこれでおしまいと考えてほしいのです。わたしたちは性格も全く正反対ですから、お互いに愛することなど不可能です。生まれつきの気質も教育も習慣も、何もかも合いませんわ」
ファニーはこういったこと全てを心を込めて真剣に話したが、それでも十分ではなかった。クロフォード氏はすぐにそれを否定して、「お互いの性格が合わないことなどないし、社会的立場も不釣り合いではありません」と言った。そして自信たっぷりに宣言したのである、「ぼくはそれでもあなたを愛し続けるし、まだまだ希望を持っています!」と。
ファニーは自分の言った言葉の意味については理解していたが、自分の態度については客観的に判断できていなかった。ファニーの態度はどうしようもなく優しくて穏やかだったから、そのせいで断固とした意志が隠されてしまうことに自分では全然気付かなかったのだ。控えめで感謝の念にあふれた優しい振る舞いのせいで、ファニーはどんなに冷たくそっけない言い回しをしようとも、自分でそれを打ち消しているかのように見えるのだった。少なくとも、彼に与えるのと同じくらいの苦しみを自分でも感じているように見えるのだった。
クロフォード氏はもはやかつてのクロフォード氏ではなかった。昔の彼は、こそこそとずるく不誠実なやり方でマライア・バートラムを誘惑していた男であり、ファニーはそんな彼が大嫌いだった。彼の顔を見るのも、話すのも嫌だったし、彼の性格に長所なんかないと信じていた。彼の魅力についても、たとえそれが感じの良いものだったとしても、ファニーはほとんど認めようとは思わなかった。けれども今のクロフォード氏は、無欲な心で熱烈にファニーへの愛を告白していた。彼の心持もどうやらすっかり立派で正直なものになったらしく、幸福とは愛のある結婚にすべてかかっているのだと考えているようだった。彼はファニーの美点をとめどなく並べ立て、繰り返しみずからの愛情について語った。「ぼくはあなたの優しく善良な心に惚れたのです」ということを、あらん限りの言葉を尽くし、才能ある男の言葉と口調と熱意をもって示そうとしているのだった。そして何よりも、今のクロフォード氏はウィリアムの昇進を実現してくれた人なのである!
何という変わりようだろう! そのため彼は今までとは違った扱いを受ける権利があり、ファニーもそういった対応をせざるをえなかった。以前ならば、サザートンの自然庭園やマンスフィールド・パークでの素人芝居で女性の貞節を傷つけたことに対する腹立たしさから、ありったけの威厳を込めた態度で彼を軽蔑することもできたかもしれない。だがいま彼女に言い寄っているクロフォード氏には、違った扱いを受ける権利があるので、ファニーは丁重で思いやりのある態度を取らなければならなかった。プロポーズをされて光栄だと感じなければならなかったし、自分やウィリアムどちらのことを思うにせよ、強い感謝の念を抱く必要があった。こういった全ての効果が合わさって、ファニーの態度はとても憐れみ深く悩ましげで、拒絶の返事にまじって感謝と気遣いの言葉も多く表現されていた。だから虚栄心が強く自信家のクロフォード氏にとって、彼女の冷淡さが本心なのかは──少なくともその度合いは──疑わしく思われるのだった。彼は「これからもずっと根気強くあなたを愛し続けます、絶対にあきらめません」と宣言してこの会見を締めくくったが、ファニーが思うほど理性を失っていたわけではなかったのである。
クロフォード氏はファニーが部屋を出て行くのをしぶしぶ見送ったが、彼は別れぎわにも、自分の言葉と矛盾するような絶望した表情を一切見せなかった。また、ファニーが「彼は自分ではあんなことを言っていたけれども、もっと理性的になってくれるだろう」と希望を持てるような落胆の色を浮かべてもいなかった。
いまやファニーは腹を立てていた。あまりにも自己中心的で狭量なしつこい振る舞いに、怒りが湧いてきたのだ。前に彼女を驚かせうんざりさせたあの他人へのデリカシーのなさと敬意のなさが、ここでもまた出てきているではないか。以前彼女が非難していたのと同じようなクロフォード氏の姿が、再びよみがえってきたのだ。自分自身の喜びが関わることになると、彼には人としての感情や思いやりが欠如しているのがいかに明白か──それに、ああ! 情けないことに、心に欠けたものを補ってくれるだけの、道徳的な義務としての信条など彼が持ち合わせていないことはいつも分かっていたではないか。もし彼女の愛情が誰のものでもなかったとしても──たぶんそうあるべきなのかもしれないけれど──ファニーは決してクロフォード氏のことを好きになっていなかっただろうと思った。
ファニーは淡々と悲しみに暮れながらそんなことを考え、東の部屋の、あの身に余る贅沢な暖炉の前に座って物思いにふけっていた──過去と現在と未来について思いを巡らせ、不安で動揺した心の状態では何一つはっきりと分からなかったけれども、「どんな状況になろうともクロフォードさんを愛するなんて不可能だわ」という確信と、暖炉のそばで座って考え事ができる幸せだけは確かだと思われたのだった。
サー・トマスが二人の若者たちの間でどんな会話が交わされたか知るのは翌日まで待たなければならなかったし、彼のほうでもあえて待つことにしていた。翌日、サー・トマスはクロフォード氏に会い、彼の説明を聞いた。──最初に感じた気持ちは失望だった。もっとうまくいくだろうと期待していたのだ。クロフォード氏のような青年から一時間も懇願されれば、ファニーのような優しい性格の女の子なら、きっと心動かされるはずだと思っていたのだ。だが、クロフォード氏のきっぱりした意見と楽観的な忍耐強さのおかげで、すぐに慰めは得られた。成功間違いなしというクロフォード氏本人の自信満々なようすを見て、まもなくサー・トマスもその言葉を信頼する気になれた。
サー・トマスの側も彼のことを礼儀を尽くして褒め称え、丁重なもてなしでこの計画を後押しした。サー・トマスは、クロフォード氏の一途さは見上げたものだと賞賛し、ファニーのことも褒め、依然としてこの縁組はたいへん望ましいものだと言った。それから彼はこう言った。
「クロフォードさん、マンスフィールド・パークにはぜひいつでもお越しください。当面の間も、この先も、どのくらい頻繁に訪問されるかはあなた自身の判断とお気持ちにおまかせします。姪の家族や友人はみな、この件についてはただ一つの意見や願いしかありません。この縁組には大賛成です。ファニーを愛する人たち全員が応援してくれるはずです」
サー・トマスからあらゆる励ましの言葉がかけられ、クロフォード氏のほうも大喜びで感謝しつつその励ましを受け取った。そして二人の紳士はこの上なく友好な関係のまま別れた。
サー・トマスは、もうかなりしっかりした有望な足がかりを得たと満足していたので、姪をこれ以上しつこく問い詰めたり、あからさまに介入するのは控えようと決めた。ファニーの性格からすると、優しくしてやるのが一番効果的だと思ったのだ。懇願するのはクロフォード氏からだけでよい。身内の者たちの願いを彼女もきっと理解しているはずだから、じっと辛抱強く待つことこそが、この縁組を押し進める最も確実な方法だろう。それゆえサー・トマスはこの方針に基づいて、ファニーと話す最初の機会を捉えると、穏やかだが重々しい口調で威圧するようにこう言った。
「さてファニー、クロフォードさんとさっきまた会って、おまえとの間で話がどうなっているか聞いてきたよ。彼は実に驚くべき青年だ。今回の結果が何であれ、おまえは彼の心に並々ならぬ愛情をかき立てたのだと感じているだろうね。だがおまえはまだ若いから、世間一般の愛情というものが、いかに一時的で変わりやすく不安定な性質かをあまり知らないのかもしれない。だからおまえはわたしほど感銘を受けてないのだろう。拒まれているのに一途に愛情を貫き続けるというのは、本当に驚嘆すべきことなのだよ。クロフォードさんにとって、これはまったく心の問題なのだ。彼は愛情以外の見返りを求めようとはしていないし、たぶん何一つ得ることもできないだろう。しかし彼はおまえというたいへんすばらしい女性を選んだので、その一途な思いも賞賛に値するのだ。もし彼の選んだ女性がこれほどすばらしくなかったならば、わたしだって彼のことを諦めが悪いと非難していただろうね」
「あの、伯父さま」ファニーは言った。「わたし本当に残念に思っておりますわ、クロフォードさんがいまだにこうしてずっと……大変光栄なことと分かっておりますし、もったいないほどの名誉だと感じております。でもわたしは完全に確信してるんです、あの方にもそう申し上げましたけど、わたしには到底無理だと──」
「いや、ファニー」サー・トマスはさえぎって言った。「説明する必要はない。わたしはおまえの気持ちをよく承知しているが、おまえもわたしの願いや落胆をきっと理解してくれているはずだ。これ以上言うべきこともすべきことも何もないのだよ。今この時から、わたしたちの間で再びこの件を話題にするのはよそう。おまえは恐れることもないし、不安に思うこともない。意に反して無理やり結婚させられるなどという心配もしなくていい。おまえの幸福と利益だけがわたしの望みなのだから。ただクロフォードさんの説得だけは我慢してもらわなければならないよ。彼は、二人の幸福と利益は一致するはずだと言いたいのだ。クロフォードさんは結果がどうなろうと承知の上で事を進めるのだし、おまえは安全な立場だ。彼には、マンスフィールド・パークを訪問してきたらいつでもおまえに会えると約束しておいた。もしこんなプロポーズの件がなければ、おまえだって彼と顔を合わせていただろうしね。おまえが彼と会う時はわたしたち家族も同席するが、できるだけ今までどおりの態度で、不愉快なことは全部忘れるのだよ。クロフォードさんはもうすぐノーサンプトンシャーを発つのだから、こうしてちょっとした犠牲を払うといってもそれほど頻繁になりはしない。これから先の将来がどうなるかなんて分からんのだ。さあファニー、これでこの件はもうおしまいだ」
ファニーが喜べたのはクロフォード氏の出発が保証されたことだけだった。けれども伯父の親切な言葉や忍耐強い態度はしみじみとありがたく感じた。それに、自分がプロポーズを断った本当の理由についてサー・トマスが知らないということを思えば、彼の行動方針も驚くにあたらないと思った。彼は自分の娘をラッシュワース氏と結婚させた人なのだ。ロマンティックで繊細な感受性というものをサー・トマスから期待できるはずがないのだ。ファニーはこう思った。「わたしは自分の良心に従おう。時間が経てばきっと、今より楽に自分の義務を果たせるようになるだろう」と。
ファニーはまだたった十八歳だったけれども、クロフォード氏の愛情がいつまでも長続きするなどとは考えていなかった。断固として拒否し続けていれば、きっとそのうち彼もあきらめるだろうと思っていた。けれども彼の想いを断ち切らせるためにどのくらいの時間が必要なのかは、また別問題だった。若いお嬢さんが自分の魅力をどう評価しているかについて詮索するというのは、あまりよろしくないだろう。
サー・トマスはあえて沈黙を保っていたけれども、この件に関してもう一度だけ姪と話さなければならないと分かった。「伯母たちにこのプロポーズの件を知らせる必要があるのでちょっと覚悟しておきなさい」と伝えるためだ。できることならサー・トマスは今でも知らせたくはなかったのだが、クロフォード氏がこのプロポーズの件を秘密にすることについて真逆の意向だったので、一言伝えておく必要が出てきたのだ。クロフォード氏はこの件を全然秘密にしておくつもりはなかった。牧師館のほうではみんなに知られているし、グラント夫人やメアリーとも大喜びで将来について語り合っていたのだ。事情に通じた人たちにプロポーズが成功する過程を見届けてもらうというのは、彼にとってはむしろ喜ばしいことだった。サー・トマスはこのことを理解すると、すぐさま自分の妻とノリス夫人にもこの件を知らせる必要があると感じた。だがノリス夫人に話したら一体どうなるだろうかと思うと、彼もファニー本人におとらずゾッとしてくるのだった。彼はファニーのことを非難したけれども、それは善意の愛情からだった。サー・トマスはこの頃にはノリス夫人のことを「善意に溢れてはいるが、いつも見当違いで迷惑なことばかりするタイプの人たち」の一人だと考えていた。
しかし、サー・トマスの心配は無用だった。彼は「絶対にファニーに対しては何も言わないように」と厳重に念を押し、ノリス夫人はそうすると約束しただけでなく、きちんとその言いつけを守った。ただ、ますます不機嫌な表情になっただけであった。ノリス夫人は内心激怒していた。だが夫人は、ファニーがプロポーズを断ったことよりも、そんなプロポーズを受けたこと自体にいっそう腹を立てていた。それはジュリアに対する侮辱だったし、ジュリアこそがクロフォード氏の選んだ相手であるべきだったのだ。また、その点を別にしても、ノリス夫人はファニーが大嫌いになった。自分を蚊帳の外に置いて無視したからだ。いつも見下していたファニーがそんな玉の輿に乗っていたならば、ノリス夫人は歯ぎしりして悔しがっただろう。
サー・トマスは、今回のノリス夫人の口の堅さに感心したが、それは少々買いかぶりすぎだった。ファニーのほうは、ただノリス夫人の不機嫌な顔を見るだけでよく、嫌味な小言を聞かずに済んだので、夫人に感謝すらできそうなほどだった。
バートラム夫人の受け取り方はまた違っていた。彼女はこれまでの人生ずっと美人で、しかもお金持ちの美人だった。だから、美しさと富だけがバートラム夫人に尊敬の念を湧き上がらせるのだった。そのためファニーがお金持ちの男性にプロポーズされたと知ると、ファニーに対する評価が一気に上がったのである。ファニーは確かに綺麗な子だと思い(以前はいぶかしく思っていたのだが)、彼女はきっと玉の輿に乗るわと確信すると、バートラム夫人はファニーのことを姪と呼べるのが何となく名誉に感じられてきた。
「ねえ、ファニー」その後バートラム夫人がファニーと二人きりになるとすぐにこう言った──夫人はファニーと二人きりになりたくてうずうずしていたのだが、こう話す時の表情はいつになく生き生きとしていた。「ねえファニー、今朝とっても嬉しい驚くような話を聞いたわ。一度だけ話すわね、サー・トマスにも言ったのよ、一回だけはどうしても話さなくちゃならないわ、それでおしまいにするつもりよ。ファニー、おめでとう」──それから満足げにファニーを見つめ、こう付け加えて言った。「やっぱりね──たしかにわたしたちは美人の家系ね」
ファニーは顔を赤らめ、何と答えればよいものか初めは困ったが、バートラム夫人の弱みを突こうと思い、やがてこう答えた──
「バートラム伯母さま、伯母さまならきっと、わたしがお断りしたことを残念に思われるはずありませんわ。わたしの結婚をお望みのはずありませんもの。だって、伯母さまはきっと寂しくなってしまわれるでしょう?──わたしがいないとお困りでしょうし、本当に寂しく思われるでしょうね」
「いいえファニー、こんなすばらしい申し出を受けたなら、寂しいなんて思わないわ。もしあなたがクロフォードさんのようなお金持ちの男性と結婚してくれたならば、わたしはあなたなしでも十分うまくやっていけますよ。それからいいこと、ファニー、こんな申し分ないプロポーズをされたら、お引き受けするのが若いお嬢さんの務めというものですよ」
ファニーがこの八年半の間に、バートラム夫人から若い女性の行動基準に関して教えやアドバイスを授けられたのは、これが初めてだった。──ファニーは黙り込むしかなかった。この点を話し合ってみても無駄に思われた。もしバートラム夫人がこの縁組に賛成なら、夫人の理解力に訴えてみても何も望めないだろう。バートラム夫人はすっかりお喋りになっていた。
「ねえファニー、クロフォードさんは絶対あの舞踏会であなたを好きになったんだと思うわ。きっとあの晩に恋に落ちたのよ。だってあなた、とびっきり綺麗に見えたもの。みんなそう言ってたわ。サー・トマスもよ。ほら、わたしが侍女のチャップマンを着替えの手伝いに行かせたでしょう。チャップマンをあなたの所にやって本当によかったわ。サー・トマスにも言わなくちゃ、何もかもあの晩のおかげだって」──そして依然としてこの愉快な考えにふけりながら、バートラム夫人はすぐにこう言った。──「それからね、ファニー、これはマライアにさえしたことがないけれど──今度パグが子犬を産んだら、あなたにも一匹あげるわね1」
注
- 第7章や第8章ではバートラム夫人の飼い犬は雄のはずであり、代名詞はhimやhisが用いられていた。ところがここでは「子どもを産む」となぜか急に雌になっている。作者オースティンの間違い(だが彼女がこういった初歩的なミスをすることはめったになく、その上彼女の校閲を経た版が二度も出ているのでこれは考えにくい)や、以前のパグは死んで新しいパグを飼ったなどいろいろな説が唱えられているが、文学評論家で研究者のジョン・サザーランド教授の説によると、怠け者のバートラム夫人はいつもの物ぐさな性格から、「sires a litter(男親になる)」を意味するつもりで、「has a litter(出産する)」と言ったのではないか、とのこと。(参考:David M. Shapard, The Annotated Mansfield Park, Anchor, 2017.)