ファニーが階下に降りていくと、伯父と二人の伯母たちが客間にいた。前者にとってファニーは興味深い対象だった。サー・トマスは嬉しそうに、ファニーの上品なドレス姿や見違えるほど美しくなった外見を眺めた。本人の前ではドレスが適切できちんとしていることを褒めただけだったが、またその後すぐにファニーが部屋を退出すると、サー・トマスは非常にきっぱりとした口調で彼女の美しさを褒め称えた。
「そうね」とバートラム夫人は答えた。「ファニーはほんとうに綺麗ね。わたしが侍女のチャップマンを手伝いに行かせたのよ」
「綺麗ですって! そりゃそうよ」とノリス夫人は叫んだ。「散々恵まれているんだから、綺麗に見えて当然よ。バートラム家で育てられて、従姉たちの行儀作法をお手本にさせてもらえるっていう恩恵を受けてるんですから。ねえサー・トマス、考えてもみてくださいな、あなたとわたしのおかげであの子がどれだけ並外れた恩恵を受けてきたことか。あなたもお気づきになっていたあのドレスは、マライアが結婚する時にあなたが寛大にもあの子に贈ってやったプレゼントですわね。もしわたしたちが手を差し伸べてやらなかったなら、あの子は一体どうなっていたでしょう?」
サー・トマスはそれ以上何も言わなかった。だがみんながテーブルに着くと、クロフォード氏とエドマンドが感嘆の目でファニーを見つめていたので、サー・トマスは『ご婦人方が退出後に1さりげなく青年たちにこの話題を振ってみれば、さっきよりは上手くいくだろう』と確信を持てた。ファニーは自分がみんなのお眼鏡にかなっていることが分かり、綺麗だと思われているという意識が彼女をよりいっそう美しく見せていた。いろいろな理由からファニーは幸せだったが、まもなくさらに幸せな気分になった。ファニーが伯母たちの後に従って部屋を出ようと通り過ぎる際、ドアを開けて押さえていてくれたエドマンドが、こう言ってくれたのだ。
「ぼくと踊ってくれるね、ファニー。ダンス二回分はぼくのために取っておいてほしい。最初の二曲以外なら、どの二回でも構わないよ」
ファニーは、これ以上望むものは何もないと思った。これほど高揚した気分になったのは生まれて初めてだった。従姉のマライアとジュリアは舞踏会の日になるとはしゃいでいたものだが、それももはや不思議ではなかった。ファニーは『舞踏会ってなんて素敵なんだろう!』と感じ、ノリス夫人に見つからなさそうな時には、客間でダンスのステップを踏んで練習してみたほどだった(その頃ノリス夫人は、執事がせっかく美しく整えた暖炉の火をまたいじくり回して台無しにするのにかかりきりになっていた)。
三十分が過ぎた。他の場合ならだらだらと退屈な時間に感じられただろうが、ファニーの幸福感はまだ続いていた。先ほどのエドマンドとの会話を思い出しさえすればよかったのだ。そわそわと落ち着かないノリス夫人が何だというのだろう? バートラム夫人のあくびが何だろう?
紳士たちが加わってくると、やがて馬車の到着への期待が高まってきて、部屋じゅうに和気あいあいとした雰囲気が広がった。みんなは立ったままお喋りをしたり笑い合ったりして、どの一瞬一瞬も楽しく希望にあふれていた。ファニーは、エドマンドはきっと無理して明るく振舞っているにちがいないと感じたけれども、傍目には無理しているようには見えず、彼の努力がうまくいっているのを見て嬉しくなった。
いよいよ本当に馬車の音が聞こえてきて招待客たちが集まり始めてくると、ファニーの陽気な気分は沈んでしまった。あまりにもたくさんの見知らぬ人たちを目にして、またいつもの彼女に逆戻りしてしまったのだ。最初に集まった招待客たちは大きな円のようになって並んでいたが、重々しく格式ばった雰囲気が漂い、それはサー・トマスやバートラム夫人の行儀作法では追い払えない類のものだった。そのうえファニーは折につけて呼び出され、もっと悪い事態を耐え抜かなければならなかった。彼女はあちこちでサー・トマスからいろいろな人の紹介を受け、何か一言口にして、膝を折ってお辞儀し、また何か一言喋らねばならなかったのだ。これはファニーにとって実にしんどい務めだった。彼女は紹介に呼び出されるたびに、その後ろのほうでぶらぶらと気楽に歩き回っているウィリアムのほうに目をやって、兄のそばにいたいのにと思っていた。
グラント博士夫妻とクロフォード兄妹が入ってくると、空気はガラリと一変した。彼らの人好きのする態度と交友関係の広さのおかげで、顔合わせの堅苦しい雰囲気がたちまち消えたのだ。──小さなグループがいくつもでき、みんなは徐々にくつろいできた。ファニーはありがたいと思ったし、礼儀正しく挨拶を交わすという苦行から解放されて、ふたたび幸せな気分になれていたはずだった。だがファニーの視線はエドマンドとメアリー・クロフォードの間をずっとさまよっていた。ミス・クロフォードは本当に愛らしく見える──その結果、何が起こらないといえようか? しかしクロフォード氏が目の前に現れてファニーの物思いも終わった。彼はすぐさま最初の二曲のダンスのお相手を申し込んできたため、彼女の考えも別の方向に向かったのだった。そのときのファニーの幸福感はじつに世俗的なもので、複雑な感情が入り混じっていた。最初のダンスのパートナーを確保しておくことこそが何よりも重要だったのだ。いまや舞踏会の開始が本当に目前に迫ってきていたが、ファニーは自分の評判の高さをほとんど分かっていなかったので、もしクロフォード氏が申し込んでくれなかったら、自分はきっと最後まで残ってしまうにちがいないと思っていたほどだった。いろいろな人に尋ね回ったり大騒ぎした末にようやくパートナーが見つかるんじゃないか、そんなことになったら恐ろしいと震え上がっていたのだ。
だが同時に、クロフォード氏がダンスを申し込んできた時の態度はどこか意味ありげで気に入らなかったし、彼がほんの一瞬彼女のネックレスに目をやったのも見てしまったせいで──彼はニヤリと笑みを浮かべていたようにファニーには見えた──思わず赤面して嫌な気持ちになった。クロフォード氏はそれ以後はもうファニーを動揺させるようなじろじろとした視線は向けず、ただただ控えめに感じよくしようと努めているようだった。でもファニーは戸惑いを抑えきれず、またその戸惑いを彼にも気付かれているという意識でますます狼狽し、彼が他の人のほうに離れていくまで全く落ち着かない気分だった。やがてファニーはだんだんと元気が湧いてきて、ダンスが始まる前にパートナーを──しかも自発的に申し出てくれたパートナーを──確保できたという、心からの満足感を覚えることができたのだった。
一同が舞踏会の会場へ移動している最中、ファニーは今日初めてミス・クロフォードの近くになった。彼女の視線と笑みは兄のクロフォード氏のときよりもすぐにはっきりとネックレスに向けられ、その件について今にも何か言おうとしていた。しかしファニーは話をすぐ切り上げたかったので、あわてて二つ目のネックレス──実際に十字架をつけているほうの鎖──について説明をした。ミス・クロフォードは耳を傾けている内に、ファニーに対して言おうと思っていたお世辞やほのめかしをすっかり忘れてしまった。彼女はただひとつのことだけ思っていた。それまでも光り輝いていた瞳はよりいっそうキラキラと輝き、ミス・クロフォードは大喜びで声を上げた。
「まぁ、彼が? エドマンドが? いかにも彼らしいわ。他の男性ならそんなこと思いつかないでしょうね。彼のこと尊敬するわ、言葉にならないくらいよ」
ミス・クロフォードはエドマンド本人にもそう伝えたそうにして、辺りを見回した。彼は近くにはおらず、部屋を出ていく女性たちの付き添いをしていた。するとグラント夫人がファニーたちのほうに近づいて来て、それぞれの腕を取り、三人は他の人たちについていった。
ファニーの心は沈んだが、ミス・クロフォードの気持ちを考えている余裕もなかった。舞踏会の会場に入るとバイオリンが演奏されていて、ファニーの胸はときめき、真剣な考え事などできそうになかった。舞踏会全体のようすやあらゆることを見届けなければならないのだ。
数分後サー・トマスがファニーのところにやってきて、ダンスのお相手はいるかねと尋ねた。「はい伯父さま、クロフォードさんです」という返事は、まさにサー・トマスの望んでいた答えだった。クロフォード氏はそれほど遠くにはいなかったので、サー・トマスは彼をファニーの元へ連れてきて何やら言っていたが、その内容からすると、どうやらファニーが先導役になって舞踏会を開始させなければならないと判明したのだった。
いままで一度もそんな考えがファニーの頭をよぎったことはなかった。舞踏会の晩の詳細について考えるときはいつも、エドマンドがミス・クロフォードと一緒に先導役を務めるのだと当然のように思い込んでいた。その印象があまりにも強かったので、サー・トマスの言葉にも関わらずファニーは思わず驚きの叫び声を上げ、自分は適任ではないと遠回しに伝えたり、どうかそんな役目は免除してほしいと懇願したりさえした。サー・トマスの意見に逆らって自分の意見を主張することこそ、ファニーにとってよほどのことだという証なのだが、最初に提案されたときの恐怖があまりに大きかったため、ファニーは伯父の顔を面と向かって見つめ「お願いです、どうか他の方に取り決めて下さい」と言った。けれどもそれも無駄に終わった──サー・トマスはほほえみ、彼女を励まし、そして真剣な顔つきできっぱりと「もう決まったことなのだよ、ファニー」と言ったので、それ以上何も言えなかった。やがて次の瞬間には、ファニーはクロフォード氏に手を引かれて会場の先頭のほうへと連れていかれ、その場で佇みながら、他のカップルたちが加わってきて次々と定位置につくのを待っていた。
ファニーはほとんど信じられなかった。こんなにたくさんの優雅なお嬢さんたちを差し置いて先頭に立つなんて! これはとんでもない名誉だった。従姉のマライアやジュリアと同じように扱ってもらえるなんて! そしてファニーは不在中の従姉たちに思いを馳せ、偽りではなく本当に真心から残念な気持ちになった。もしあの二人が屋敷にいたなら、この会場でバートラム家のお嬢さまという立場で、たいそう愉快な喜びを味わえていたにちがいないのだ。マンスフィールド・パークで舞踏会を開いてくれれば最高に幸せなのに、とマライアたちが願っているのを何度聞いたことだろう! いざ舞踏会が開催された時になって、あの二人が留守にしているなんて─そして自分が舞踏会の先導役になるなんて─しかもクロフォード氏と一緒に! 従姉たちがこの名誉をもはや羨ましがっていないといいが、とファニーは思った。けれどもこの前の秋頃の状況を振り返って、以前屋敷で一度舞踏会を開いたときのみんなの関係を思い出すと2、今のこの組み合わせは自分でもほとんど理解できないほどだった。
舞踏会が始まった。少なくとも最初のダンスは、ファニーにとっては幸せというよりむしろ畏れ多かった。パートナーのクロフォード氏はすばらしく溌溂としていて、ファニーのことも元気づけようとしていたが、ファニーとしてはもうすっかり恐ろしくなってしまい、もう誰からも視線を向けられていないと確信できるまでは、すこしも楽しい気分になれなかった。けれどもファニーは若く可愛らしく上品で、優雅さに欠けるようなぎこちない所は全然なかったので、出席者ほとんど全員が彼女のことを褒め称えていたのだった。ミス・プライスは魅力的だわとか、おしとやかなお嬢さんねとか、サー・トマスの姪御さんなのだとか言われていたが、まもなく、クロフォード氏が彼女のことを賞賛していると口々に噂されるようになった。みんなから好感を持たれるにはこれだけで十分だった。サー・トマスは、ファニーがダンスの列を下がって進んでいくのを大満足で眺め、自分の姪を誇らしく思った。ファニーの器量の良さは全部が全部マンスフィールドへと引き取った恩恵によるものだとは思わないけれども(ノリス夫人はそう考えているようだが)、その他のすべて──教育や行儀作法など──を身につけさせたのは自分なのだとサー・トマスは一人悦に入っていた。
ミス・クロフォードは、こんなことを考えながら立っているサー・トマスの胸の内がよく分かった。エドマンドの牧師の件や素人芝居の件など、サー・トマスに対していろいろ恨みはあるけれども、なんとなく相手に気に入られておきたいという気持ちから、機会を捉えて彼のそばに進み出てファニーへのお世辞を言った。ミス・クロフォードの賞賛には心がこもっていたので、サー・トマスはまさに望み通りの反応をした。彼は慎重で礼儀正しくゆったりとした口ぶりだったが、ミス・クロフォードと一緒になってファニーのことを褒め称えた。たしかにこの話題に関しては、妻のバートラム夫人よりサー・トマスに話を振ったほうがはるかに有益なように思えた。その後まもなくメアリーは、ダンスを始める前にちょっと辺りを見回すと、バートラム夫人が近くのソファに座っているところを見かけたので、「ミス・プライスはお綺麗ですね」と声をかけた。
「ええ、本当に綺麗だわ」とバートラム夫人は落ち着き払って答えた。「チャップマンが彼女の着替えを手伝いましたの。わたしがチャップマンを行かせてあげたのよ」
バートラム夫人は実のところ、ファニーが賞賛されていることが嬉しいのではなく、チャップマンを彼女の元へやったという自分の親切な行為のほうがはるかに印象的だったので、そのことがどうしても頭から離れなかったのだ。
ミス・クロフォードはノリス夫人の性格を知りすぎるほど知っていたから、ファニーのことを褒めてノリス夫人を喜ばせようとは思わなかった。ノリス夫人に対しては、ただこの状況について述べればよかった。
「あぁ奥さま、今夜ラッシュワース夫人とジュリアさんがいてくれたらどんなによかったでしょうね!」
ノリス夫人は、時間が許すかぎりありったけの笑顔と丁重な言葉で応じた。ノリス夫人はあまりにも多くの雑事に大わらわで、トランプ用のテーブルを準備したり、サー・トマスにあれこれアドバイスをしたり、付き添い役のご婦人方全員をもっと見通しの良い席へと移動させている真っ最中だったのだ。
ミス・クロフォードがご機嫌取りをしようとして一番しくじったのは、ファニーだった。彼女はファニーの心を喜びでときめかせ、嬉しい優越感で満たしてあげようとしたつもりだった。だが彼女は、ファニーがサッと顔を赤らめたのをすっかり誤解して、上手くいったわと思っていた──そのためミス・クロフォードは勘違いしたまま、最初の二回のダンスが終わった後にファニーのほうへ近寄り、意味ありげな顔つきでこう言ったのだった。
「なぜお兄さまが明日ロンドンへ行くのか、たぶんあなたならご存じでしょうね。ヘンリーは、ただ用事があるとしか言ってくれなくて、一体何の用事かわたしには教えてくれないの。こんなこと初めてだわ、わたしに秘密を打ち明けてくれないなんて! でもどんな兄弟姉妹もみんないずれこうなるのよね、遅かれ早かれ誰かさんに取って代わられるんだわ。さあ、あなたにはぜひとも教えてもらわなくちゃ。ねえ、ヘンリーは何のためにロンドンに行くの?」
ファニーはきまり悪くてしかたなかったけれども、できるかぎりきっぱりとした口調で「いいえ、知りません」と否定した。
「そう、それじゃあ」ミス・クロフォードは笑いながら答えた。「ただ純粋にあなたのお兄さまをロンドンまで送って、その道中であなたのことを話すつもりなのね」
ファニーは困惑したが、それは不愉快さからくる困惑だった。その一方でミス・クロフォードは『なんで笑ってくれないのかしら』と不思議に思い、『この娘は心配性なのかしら? それとも変わっているのかしら?』とかいろいろ考えていたけれども、まさかヘンリーの心遣いを喜んでいないのだとは思いも寄らなかった。今夜ファニーにとって楽しみなことはたくさんあったけれども、ヘンリーの心遣いはそれとはほとんど何の関係もなかった。ファニーは、彼がこんなにもまたすぐダンスの申し込みをしてこないでほしいと思ったし、彼がノリス夫人に夜食の時間について尋ねていたのは、もしや自分の隣の席を確保するためなのではないかと勘ぐってしまうのもいやだった。でもその事態は避けようがなかった。クロフォード氏は、彼女こそがお目当てなのだとファニーに分からせようとしていた。確かにそれは不愉快だとは言い切れなかったし、彼の振る舞いには不躾なところもこれ見よがしなところもなかった──それにときどき、ウィリアムについて話す時などは本当に感じが良く、温かい思いやりを見せることさえあったので、彼の株が上がったりもした。だがそれでも、彼の愛想の良さはファニーの喜びには全然貢献していなかった。
ファニーはウィリアムのほうを眺めて、兄も完璧にこの舞踏会を楽しんでいるのを見るといつも幸せな気分になったし、時折五分間ほどウィリアムと歩き回って、彼のダンスのパートナーについて話を聞いたりするたびに幸せだった。ファニーは自分が賞賛の目で見られていると知って嬉しくなり、エドマンドと二曲踊れるという楽しみがまだ残されているというのも嬉しかった。その晩の間中ほとんどずっとファニーはたくさんの人からダンスを申し込まれていたので、エドマンドと踊れるのはいつになるか分からなかったけれども、それをずっと楽しみにしていたのだ。ようやく実際にその時が来たときも、ファニーは幸福感でいっぱいだった。しかしエドマンドは元気がなく、今朝彼女を喜ばせてくれたような優しい慇懃さを見せることはなかった。彼は意気消沈していた。ファニーの幸福感は、『自分は彼にとって心安らげる友人なのだ』という気持ちから湧き上がってきたのだった。
「礼儀正しく挨拶するのに疲れたよ」とエドマンドは言った。「一晩中ずっとひっきりなしに喋り続けていたけど、何の意味もない会話ばかりだった。だけどファニー、きみと一緒なら平和だ。きみも話しかけられたくないだろうしね。さあ、沈黙という贅沢を楽しもう」
ファニーは同意の言葉を口にするのさえ控えた。彼が落ち込んでいるのはおそらく、今朝彼が自分でも認めていたのと同じ感情──ミス・クロフォードのことを諦める気持ち──によるものだろうから、特に尊重してあげなければならない。ファニーとエドマンドは大変穏やかに黙ったままダンス二曲を踊っていたから、周りで眺めていた人たちも『サー・トマスは彼女を次男の嫁にするつもりで育てていたわけではないのだ』と納得したほどだった。
その夜はエドマンドにとってあまり楽しいものではなかった。最初のダンスのときミス・クロフォードはやけに陽気だったが、その陽気さはエドマンドを元気づけることにはならなかった。それは彼の慰めになったというより、むしろ彼の気分を沈ませた。その後──それでもまだエドマンドは再度ダンスを申し込まずにはいられなかったのだが──ミス・クロフォードは彼がこれからまさに就く予定の職業について、彼の気持ちを完全に傷つけるような言い方をしたのだった。二人は話し──黙り込み──エドマンドは道理を説き──ミス・クロフォードはそれを冷やかし──とうとう二人はお互い苦々しい気持ちのまま別れた。ファニーはそんな二人についつい目がいってしまったが、そのようすを見届けていくぶん満足していた。エドマンドが苦しんでいるのに嬉しがるのは残酷だとファニーは自分でも思ったけれども、それでも彼が確かに苦しんでいると思うと、何となく嬉しさがこみ上げてきてしまうのだった。
エドマンドとの二回のダンスが終わると、もっと踊ろうというファニーの気力も体力も尽きてしまった。ファニーは息切れしながら腰に手を当て、踊るというよりは歩きながら、参加者が減って短くなった列を下がって進んでいると、それを見たサー・トマスは「もう座っていなさい」と彼女に命令した。その時からクロフォード氏も同じように腰を下ろしていた。
「かわいそうなファニー!」とファニーのほうにふらりと立ち寄ったウィリアムが声を上げた。彼は今まで踊っていた相手の女性の扇を借りて、まるで生死に関わるかのように一生懸命パタパタとあおいでいた。
「こんなにすぐクタクタになっちゃうなんて! お楽しみはまだ始まったばかりだよ。あと二時間はこのまま踊っていたいのに。どうしてそんなにすぐ疲れちゃうんだい?」
「こんなにもすぐだって! いや、ウィリアムくん」とサー・トマスが用心深く懐中時計を取り出しながら言った。「いまは三時だ。ファニーはこんな時間まで起きていることに慣れていないのだよ」
「それじゃファニー、明日の朝、ぼくの出発前には起きて来なくていいからね。ぼくのことは気にせず、寝られるだけ寝ていておくれ」
「まあ、ウィリアム兄さん!」
「何だって! きみが出発する前に、ファニーは起きてくるつもりだったのか?」
「ええ! そうです、伯父さま」ファニーは必死になって席から立ちあがり、伯父に詰め寄った。「わたし、朝には絶対に起きて兄と一緒に朝食をとるつもりです。これが最後なんです、最後の朝なんです」
「やめておきなさい。──ウィリアムくんは九時半までには朝食を食べて出発する予定なのだよ。──クロフォードさん、朝九時半に迎えに来てくださるでしょうな?」
けれどもファニーはしきりに懇願し、「どうしても嫌です」と目に涙をいっぱい浮かべて訴えかけてきたので、しまいにはサー・トマスは寛大に「わかった、わかった」と答え、許可をもらえた形となった。
「そう、九時半ですね」とクロフォード氏はウィリアムの立ち去り際に言った。「きっと時間通りに行きますよ。だってぼくには、ぼくのために起きてくれる優しい妹なんかいませんからね」そして小声でファニーにこうささやいた。「ぼくは寂しく家を出ることになるんです。明日あなたのお兄さんは、時間の感覚がぼくと全然違うと思われるでしょうね」
ちょっと考え込んだ後、サー・トマスはこう言った。
「牧師館でお一人で朝食をとるよりも、ぜひこちらの屋敷で早めの朝食をご一緒にどうですか。わたしも加わるつもりです」
招待は即座に受け入れられたが、クロフォード氏のその即答ぶりから、サー・トマスは自分の疑惑がかなり根拠のあるものだと確信したのだった。その疑惑こそ、この舞踏会を開催した理由なのだと彼も内心白状せざるをえなかった。クロフォード氏はファニーに恋をしているのだ。サー・トマスはこの先の将来について喜ばしい期待を抱いた。一方でファニーは、サー・トマスのしたことに対して感謝できなかった。最終日の朝はウィリアムと二人だけで過ごしたいと思っていたのだ。もしそうなったら、言葉に尽くせないほど楽しい時間になっていただろう。でも自分の希望が台無しになったからといって、ファニーは愚痴をこぼしたりはしなかった。それどころかファニーは、自分の意向を考慮してもらえなかったり、望み通りに物事が進まないことにすっかり慣れ切っていたので、クロフォード氏やサー・トマスが朝食に加わることを不満に思うよりも、「朝起きて兄と朝食をともにしたい」という自分の主張がある程度通ったことに驚きつつ喜ぶ気持ちのほうが大きかったのだ。
その後まもなく、サー・トマスはまたしてもファニーの希望を少し邪魔した。すぐにベッドに行って寝るようにと勧めたのだ。「勧める」とサー・トマスは言ったけれども、それは絶対的な権威のある命令であり、ファニーはしかたなく立ち上がるしかなかった。クロフォード氏から非常に心のこもった別れの挨拶を受けながら、ファニーは静かに立ち去って行った。そして入口のドアのところで立ち止ると、ブランクソム城主夫人のように「ほんの一瞬、たった一度だけ3」舞踏会場の楽しそうな光景を眺め、まだまだ熱心にダンスに興じている五、六組のカップルに最後の一瞥を投げかけた──それからゆっくりと重い足取りで主階段を上がり、絶え間なく続くカントリーダンスに後ろ髪引かれながら、期待と不安、スープやニーガス酒4のせいで興奮しほてったまま、足も痛く疲労困憊で、心は落ち着かずかき乱されていたけれども、それでもそういったことすべてをひっくるめて、舞踏会ってなんて素敵なんだろうとファニーは感じていたのだった。
こうしてサー・トマスはファニーを送り出したが、おそらく、ただ単に彼女の健康を心配していたわけではなかった。もしかすると彼は、クロフォード氏がファニーの隣にもう十分長く座っていると思ったのかもしれないし、またあるいは、ファニーの従順な所を見せることで妻として魅力的に映らせようと思いついたのかもしれない。
注
- ディナーをとった後は、まず女性陣がダイニングルームを退出して、先に客間へと引き上げるのが当時の習慣。残った男性たちはお酒や煙草を楽しみながらしばらく男性同士で会話した後、女性たちのところへ合流する。
- 第12章でサー・トマスの不在中に開いた内輪だけの舞踏会のこと。
- ウォルター・スコット作『最後の吟遊詩人の歌(The Lay of the Last Minstrel)』(1805)第1編第20節からの引用。第9章のサザートン訪問の場面でもこの詩の言葉が引用されている。
舞台は16世紀半ばイギリス・スコットランドの国境地帯。武勇譚を歌った多くの詩人たちの中で最後の1人となった吟遊詩人が、放浪の旅で飢えて行き倒れそうになったところを思いがけずバックルー公爵夫人に助けられ、温かくもてなされる場面から始まる。その返礼に、吟遊詩人はバックルー一族の古の戦士たちにまつわる中世の武勲物語や、公爵夫人の祖先であるブランクソム城主夫人の物語を語る。
バックルーのサー・ウォルターが戦死し、復讐を誓うブランクソム城主夫人は、腹心の家来デロレインをメルローズ寺院に使いにやり、「秘法の書」を取って来るよう命じる。以下の場面が、引用された部分に当たる。The Lady sought the lofty hall,
Where many a bold retainer lay,
And with jocund din among them all,
Her son pursued his infant play.
A fancied moss-trooper, the boy
The truncheon of a spear bestrode,
And round the hall right merrily
In mimic foray rode.
Even bearded knights, in arms grown old,
Share in his frolic gambols bore,
Albeit their hearts of rugged mould
Were stubborn as the steel they wore.
For the gray warriors prophesied
How the brave boy, in future war,
Should tame the Unicorn’s pride,
Exalt the Crescent and the Star.The Ladye forgot her purpose high
One moment and no more;
One moment gazed with a mother’s eye,
As she paused at the arched door:
Then from amid the armed train,
She called to her William of Deloraine.夫人が大広間に向かうと
そこには多くの勇敢な家来が横たわっていた。
その中で歓声を上げながら
彼女の息子は遊びに夢中だった。
匪賊に扮した少年は
槍の柄を手にして
広間のまわりを陽気に駆け回った
襲撃の真似事のように。
ひげを生やした騎士も年老いた腕で
戯れ騒ぐのを共にした。
その心は険しいが
鋼のように頑強だった
灰色の戦士たちは予言した
この勇敢な少年は将来の戦いで
ユニコーンの誇りを手懐け
三日月と星を崇めるだろうと夫人は高邁な目標を忘れてしまった
ほんの一瞬、たった一度だけ。
一瞬だけ母親としての眼差しで眺めてしまったのだ
アーチの扉の所で佇みながら。
そして武装した従者たちの中から
デロレインのウィリアムを召喚したのだった。 - ワインに熱湯、砂糖、子牛の脚を茹でたゼリー、レモン、香辛料等を加えた温かいカクテル。