マンスフィールド・パーク 第22章/ファニーとメアリー・クロフォードの親交

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 マライアとジュリアがいなくなったことで、ファニーの存在感は大きくなった。客間では唯一の若いお嬢さんとなり、これまでは控えめな三番目の立場だったのに、いまや家族の中で興味深い位置を占めるただ一人のお嬢さんになったのだ。そのためファニーは、今まで以上にみんなの視線と思考と気遣いの対象になった。「ファニーはどこ?」という質問が珍しくなくなったし、使い走りの用事もないのに呼び出されることさえあった。

 ファニーの存在が貴重になったのは家だけではなく、牧師館でもそうだった。ノリス氏が亡くなってからは、ファニーが牧師館へ行くのは一年に一、二回程度だったのだが、いまでは客として歓迎され招待されるようになったのだ。十一月のどんよりとして道がぬかるんでいる日には、メアリー・クロフォードにとって大変ありがたいお客だった。ファニーが牧師館を訪れるようになったのはほんの偶然からだったが、それ以降もぜひにと請われて、訪問が続くようになったのだ。グラント夫人は妹のために何か変化を与えてやりたくてたまらなかった。だから、いとも簡単に自分の気持ちをごまかして、「わたしはミス・プライスに最高に親切なことをしてあげているんだわ。頻繁にここに来るようお願いすれば、彼女も洗練されて向上するし、そんな最高に貴重な機会を与えてあげてるんだわ」と都合よく思い込むことができた。

 ある日、ファニーがノリス夫人から用事を言いつけられて村へ出ていると、牧師館の近くでひどいにわか雨にあってしまった。牧師館の敷地のすぐ向かいにある、オークの木の散り残った枝葉の下でファニーが雨宿りをしようとしていたところ、牧師館の窓からその姿を見つけられてしまった。ファニーは家に入るよう勧められ、彼女のほうでは慎ましく遠慮したけれども、結局中に入らざるをえなかった。最初に出てきた礼儀正しい召使いに対してはファニーも何とか拒み通せたのだが、続いてグラント博士自身が傘を持って出てきたときには、彼女はもうただただ恥じ入ってしまい、とにかくできるだけ早く牧師館の中に入ることしかできなかった。

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ちょうどその頃、気の毒なミス・クロフォードは、がっかりした気持ちで暗く降りしきる雨を眺めていた。朝にしようと思っていた運動はすべてダメになったし、これから先二十四時間グラント博士夫妻以外の人と会える可能性がなくなったことに、ため息をついていたのである。だから、玄関から少しザワザワとした音が聞こえて、玄関ホールのところでびしょぬれになって水を滴らせているミス・プライスの姿を見ると、ミス・クロフォードはそれはもう大喜びだった。田舎の雨降りの日に起こる出来事がどれだけ貴重かを、彼女はつくづく思い知ったのだ。ミス・クロフォードはすぐに元気を取り戻し、ファニーに対して誰よりもかいがいしく世話をしてやった。そして、初めに見た時よりも思いの外ファニーがずぶぬれなことに気付き、自分の乾いた服を貸してあげた。ファニーはこういった心遣いをすべて受け入れざるをえず、グラント夫人とミス・クロフォードとメイドたちから着替えを手伝ってもらった。それから下の階に戻ったが、まだ雨が降り続いていたので、彼女は一時間ものあいだ客間に引き止められてしまった。かくしてミス・クロフォードは、何か新しいことを見たり考えたりできるという幸せに恵まれ、ディナーの時間まで上機嫌で過ごせそうだった。

 グラント夫人とミス・クロフォードは、ファニーに対してものすごく親切で感じが良かったので、ファニーはこの訪問を楽しいと思えるはずだった。しかし彼女は、自分がみんなの迷惑になってはいないかと心配でたまらなかったし、一時間後には確実に天気が良くなるかどうかも分からず、グラント博士の馬車で家まで送ってもらわずに済むという確信も持てなかったので(そんな困った事態になりそうな恐れがあった)、心からこの訪問を楽しむことができなかったのだ。ファニーは「こんなひどい雨の時に自分がいないことを、屋敷の人たちは心配しているのではないか」という懸念については、全く気にしていなかった。なぜなら、彼女が外出しているのを知っているのは二人の伯母たちだけだったので、二人からそんな心配をされるはずがないことをよく承知していたからである。ノリス夫人がファニーの雨宿りの場所としてどんな小家屋コテージを想定しようと、ファニーがそこで雨宿りしていることはバートラム夫人にとって何の疑いもないことなのだ。

 空がだんだんと明るくなり始めてきたころ、ファニーは部屋にハープがあるのに気付き、いくつか質問をした。やがてファニーは、ハープの演奏を聴きたいと思っていたことを認め、「マンスフィールドにハープが届いてから、まだ一度も聴いたことがないんです」と打ち明けた(全然信じてもらえなかったが)。ファニーにとって、これはじつに単純で当然の事実のように思えた。この楽器が到着してから彼女は一度も牧師館に来たことがないのだし、来るべき理由もなかったのだ。でもミス・クロフォードは、そういえば以前この話題が出た時に「ぜひ聴きにいらしてくださいな」と言ったことを思い出して1、これは自分の怠慢だと思った。すぐさま彼女は大変快く上機嫌そうに「いま演奏して差し上げましょうか?」「何の曲をお聴きになる?」と立て続けに質問した。

 そうしてミス・クロフォードはハープの演奏を披露した。彼女は新しい観客がいてくれて嬉しかったし、しかもその観客はとてもありがたそうにして、自分の演奏に感嘆し、趣味に欠けているわけでもなさそうなのだ。ミス・クロフォードは演奏を続けたが、やがてファニーの目が窓のほうをさまよった。空模様が明らかに良くなってきていたので、その目は「もうそろそろ行かなくては」と感じていることを物語っていた。

「あと十五分よ」とミス・クロフォードは言った。「それから様子を見ましょう。雨が上がったからといってすぐ外に出てはダメよ。あの雲は何だか怪しいわ」

「でもあの雲はもう過ぎ去りましたわ」とファニーは言った。「ずっと見てたんです。──この雲は全部、南からやって来ていますわ」

「南だろうが北だろうが、黒い雲を見れば分かるわ。こんなに怪しい天気のときに外に出ちゃいけません。それにわたし、もっとあなたに演奏してあげたいんですもの──すごく素敵な曲を──エドマンドさんの大のお気に入りの曲よ。ぜひともここにいて、あなたの従兄のお気に入りの曲を聴かなきゃ」

 ファニーはそれならぜひ聴かなければと思った。そのように言われる前からファニーはエドマンドのことを思い浮かべてはいたが、「彼のお気に入りの曲」と言われて、彼のことがはっきりと呼び起こされた。エドマンドがこの部屋の椅子に座って──おそらく今まさに自分が座っている場所だろう──いつも嬉しそうにお気に入りの曲に聴き入っている姿を、ファニーは何度も何度も想像した。その曲は、こんなふうに見事な音色と情感を込めて奏でられていたのだろう。ハープの演奏を聴くのは楽しかったし、彼の好きなことなら何でも喜んで好きになれたけど、曲が終わる頃には、彼女は以前にもまして早く帰りたくてしかたなかった。ファニーのこのようすは傍目にも明らかだったので、ミス・クロフォードからは「どうぞまたお越しくださいね。散歩の際はいつでも牧師館に立ち寄って、ハープの演奏をもっと聴きに来てくださいな」と非常に親切にすすめられた。そのためファニーは、もし屋敷で反対が出なければ、また訪問しに来ようと思った。

 こういうわけで、マライアとジュリアの姉妹が屋敷を去ってから二週間のうちに、二人のあいだである種の親しいお付き合いみたいなものが始まったのだった。それは主にミス・クロフォードの新鮮さを求める気持ちから生じた交際で、ファニーとしてはほとんど実感がなかった。ファニーは二、三日毎にミス・クロフォードの元を訪れたが、それはまるで一種の魔法にかかったようだった。ファニーは牧師館に行かないと落ち着かなかったけれども、それでもミス・クロフォードのことは好きになれなかったし、今まで好きだと思ったこともなかった。他のみんながいなくなったときに今こうして交際を求められても、ありがたいとは思えなかった。ミス・クロフォードとお喋りをしても、ときどき面白いと思うだけで、それ以上の高尚な喜びは得られなかった。おまけにその楽しいという気持ちも、ファニーが尊敬したいと思う人々や話題をからかって冗談にしているので、しばしば自分の良識を犠牲にしなければならないのだ。

 それでもファニーは牧師館を訪れた。この季節にしては珍しく暖かい天気だったから、グラント夫人の手入れしている植え込みを半時間ほどぶらついたりした。ときには、今では落葉していくぶん吹きさらしになっているベンチに腰を下ろし、ファニーが「秋の余韻ってなんて素敵なんでしょう!」と優しく感嘆の声を上げるまで座っていたりした。不意に冷たい突風が吹き、わずかに残った最後の黄色い葉っぱを散らしてしまうので、二人はあわててベンチから飛び上がり、暖かい場所を求めて歩き出したりするのだった。

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「きれいだわ──本当にきれいですわ!」ある日、二人がこんなふうに座っていると、ファニーは辺りを見回しながら言った。「この植え込みに来るたびに、植物の生命力と美しさに心打たれますの。三年前、ここは敷地の上手に沿って生えるただの荒れた生け垣だったので、何か他のものにできるなんて思いも寄らなかったんです。それがいまや歩道になって。実用的な面でも、装飾的な面でも、どちらのほうに価値があるか決められないくらいですわ。でもたぶん、三年後には忘れてしまっているのでしょうね──以前ここに何があったかさえも忘れてしまうんだわ。時の流れってなんて不思議なんでしょう、人の心の移り変わりも本当に不思議だわ!」そして後者について思いを馳せながら、ファニーはすぐに続けて言った。「もしわたしたちの生まれつきの能力の中で、他のものより素晴らしいと言えるものがあるとしたら、それは『記憶』だと思うんです。人の記憶力とか記憶の衰えやムラの多さには、他の知能よりはるかに不可解なところがありますわ。記憶って、あるときはすごく長続きして役立って忠実で──またあるときにはすごく曖昧で弱々しくて──そしてまたあるときにはすごく乱暴でコントロールがきかなくて!──人間って確かにどの点からしても驚異ですけれど──でも、人が記憶したり忘れたりする能力は、特に人知を超えたもののように思えますの2

 ミス・クロフォードはあまり興味がなさそうにぼんやりしていて、何も言わなかった。それに気付いたファニーは、ミス・クロフォードの興味を引くような話題に話を戻した。

「わたしが褒めるのはおこがましいと思われるかもしれませんが、でもこの敷地に表れているグラント夫人の趣味は素晴らしいですね。とてものどかで、シンプルな歩道で! 凝りすぎていなくて!」

「そうね」ミス・クロフォードはそっけなく答えた。「牧師館のような場所にしては、なかなかうまくやってるわね。こんな所では広さなんて期待できませんもの──ここだけの話だけど、マンスフィールドに来るまで、田舎の牧師が植え込みとかそんなものに憧れるだなんて思いもしなかったわ」

「わたし、常緑樹が生い茂るのを見られて嬉しいですわ!」とファニーは答えた。「伯父さまの庭師がいつも言っているんです、牧師館の土はマンスフィールド・パークのよりも優れてるって。全体的な月桂樹や常緑樹の育ち方からしても、確かにそう見えますね。──ああ、常緑樹ってなんて美しいんでしょう! いつでも快く迎え入れてくれて、なんてすばらしいんでしょう!──考えてみると、自然の多様性には驚かされますわ!──ある国々では落葉樹のほうが珍しくて、常緑樹ばかりだそうですけど、それでも不思議なことに変わりありませんもの。同じ土と同じ太陽なのに、生存の第一法則が異なる植物が育つなんて不思議だわ。わたし、ずいぶん熱っぽく語っていると思われているのでしょうね。だけどわたし、外に出ていると──特にこうして腰を下ろしていると、つい感嘆調の口調になってしまうんです。どんなにありふれた自然でも、じっくり目を注いでいると、ついとりとめもない空想にふけってしまうんですわ」

「正直言って、わたし、ルイ十四世の宮殿にいるヴェネチア総督のような気分よ3」とミス・クロフォードは答えた。「自分がこの植え込みの中にいることが一番の驚きだわ。もし一年前、誰かがわたしに『この場所があなたの住処すみかになって、何ヶ月もここで過ごすことになるだろう』と言ったとしたら、とても信じられなかったでしょうね!──もうここには五ヶ月近くもいるのね! それに、いままでの人生で一番静かな五ヶ月間だわ」

「きっと、あまりにも静か過ぎるとお思いでしょうね」

「理屈の上ではそう考えるべきでしょうね。でも」──そう話しながらミス・クロフォードの目が輝いた──「よくよく考えてみると、こんなに幸せな夏を過ごしたのは初めてよ。──だけど」──やや考え込むような顔をして、声を低め──「これから先どうなるかは分からないの」

 ファニーの鼓動は速くなり、それ以上考えたり話を続けたりできそうにないと感じた。けれどもミス・クロフォードはまた元気を取り戻して、すぐにこう言った。

「わたし、想像以上にずっとうまく田舎の暮らしに馴染めてるわ。一年の半分は田舎暮らしするのも楽しいかもしれないとさえ思えるの、ある条件の下ではだけど──とっても楽しいだろうなって思うわ。家族的なお付き合いをしている人たちに囲まれて、上品でそこそこの広さの家に住んで──みんなでしょっちゅう集まりを開いて──近隣の社交界を牛耳るの。そしてたぶん、もっとお金持ちの人たちよりも尊敬されるのよ。変わることと言ったらせいぜい、ロンドンでの賑やかで陽気な娯楽が、世界一気の合う人と二人きりで過ごす時間になるくらいね。こんな想像だったら別に何にも恐れることはないわね、そうでしょ、ミス・プライス? だから、あんな大豪邸を持っていたって、ラッシュワース新夫人をうらやむ必要なんかないんだわ」

「ラッシュワース夫人をうらやむですって!」ファニーが言えたのはそれだけだった。

「あらあら、ラッシュワース夫人に対して手厳しいことを言っちゃ失礼よね。だって彼女のおかげで、いっぱい陽気で幸せな時間を過ごすことができそうですもの。また来年にはサザートンでそんな楽しい時を過ごせるでしょうね。マライアさんの結婚は、世間にとってもおめでたいことだわ。ラッシュワース氏の奥さまとしての最初の楽しみは、邸宅に招待客を大勢呼んで、この地方一の舞踏会を開くことでしょうね」

 ファニーは黙ったままだった──ミス・クロフォードは再び物思いにふけっていたが、二、三分後、突然顔を上げてこう叫んだ。「まあ! 彼が来たわ」けれどもその「彼」というのはラッシュワース氏のことではなく、エドマンドだった。グラント夫人と一緒にこちらへ歩いて来るのが見えたのだ。「あら、お姉さまとバートラムさんだわ。──長男のトムさんがよそへ行ってくれて嬉しいわね、だってまたあの人を『ミスター・バートラム』と呼べるから。『ミスター・エドマンド・バートラム』って呼び方は何だかとっても堅苦しくて、情けなくって、次男坊って響きがあるんですもの。だからわたし、嫌いなの」

「人によって感じ方って全然違うんですね!」とファニーが声を上げた。「わたしからすると、『ミスター・バートラム』という響きはすごく冷たくて、何の意味もないように聞こえますの──温かみや個性がまったく欠けていて!──その人がただ紳士だということを表しているだけ、それだけですわ4。でも、エドマンドという名前には高貴さがあります。英雄的で誉れ高くて──王様や王子様、騎士風の名前で。騎士道精神とか、優しくて愛情深い響きがありますわ」

「もちろん、その名前自体が良いことは認めるわ。エドマンドとかサー・エドマンドはすてきな響きね。でもよそよそしくて無個性な 『ミスター』を付けてみてごらんなさい──『ミスター・エドマンド』なんて、せいぜい『ミスター・ジョン』とか『ミスター・トマス』と同じだわ。さあ、あの二人のところに行きましょう。こんな季節に外で座っていちゃいけませんってお説教される前に、こっちから先に二人の出ばなをくじいてやりましょう」

 エドマンドは、ミス・クロフォードとファニーに会うと、すごく嬉しそうだった。二人が近頃仲良くしているらしいと聞いて彼は大変喜んでいたのだが、このお付き合いが始まって以来、二人が一緒にいるところを見るのはこれが初めてだったのだ。彼にとってこよなく大切な二人の間に友情が芽生えることは、まさに彼の望んでいたことだった。だがミス・クロフォードに恋しているエドマンドの判断力の名誉のために一応述べておくと、彼はこの友情で恩恵を受けるのはファニーだけだとは決して考えていなかったし、ファニーのほうが多く得をするとも考えてはいなかった。

「さあ」とミス・クロフォードは言った。「わたしたちの無分別な行いを叱って下さるんでしょう? わたしたちがこの寒い中ずっと座ってたのは一体何のためだと思います? あなたたちにお説教されて、『どうかこんなことはもう二度としないでください』って懇願されるためなんですのよ」

「あなたたちのどちらか一人だけが座っていたならば、叱っていたかもしれませんね」とエドマンドは言った。「でもお二人で悪さをしている限り、大抵のことは大目に見れますよ」

「それほど長くは座っていなかったはずですよ」とグラント夫人が声を上げた。「だってショールを取りに二階へ上がったとき、階段の窓から二人の姿が見えたもの。そのときは二人とも歩いていたわ」

「それに」とエドマンドが付け加えて言った。「今日は天気も穏やかだから、数分くらい座っていても無分別だとは思われませんよ。天候というものは、いつだって暦通りというわけにはいきませんからね。ときには五月よりも十一月のほうがずっと自由に外を歩ける場合もある」

「あらまあ!」とミス・クロフォードが叫んだ。「あなたたちくらい期待はずれで薄情なお友達、いままでお目にかかったことないわ! ほんのこれっぽっちも心配してくださらないのね。わたしたちがどれだけ苦しんでいたか、どれだけ寒さに震えていたか、全然ご存知ないのね! でもわたしずっと思ってましたの。バートラムさんほど、こちらの働きかけに手応えゼロな人はいないって。彼ってどんなささやかな策略にも動じないのよ、常識に反した振る舞いでどんなに女性が苦しんでいようとも。だけどわたし、のことははなから全然期待してなかったわ。でもねグラント夫人、あなたはわたしのお姉さま、実のお姉さまなのよ。少しくらい心配してくれてもいいんじゃありません?」

「うぬぼれてはいけませんよ、メアリー。あなたの思い通りにわたしを動かそうだなんて、到底無理ですよ。まぁたしかに心配はしているけど、それはまた全然違った方面の心配ね。もしわたしに天気を変える力があったなら、あなたたちには東からの冷たい突風がずっとビュンビュン吹きつけていたでしょうね──というのも庭師のロバートが、最近は夜が暖かいからといって、わたしの鉢植えを外に出しておくって言うのよ。でも最後にはどうなるか分かってるわ。突然天気が変わって、一気にひどい霜が降りてしまうのよ。それでみんな(少なくともロバートは)びっくりして、わたしは一つ残らず鉢植えを失ってしまうのよ。さらに悪いことに、ついさっき料理番がこう言っていたの。この暖かさでは七面鳥は明日までしか持たないだろうって。でもわたし、日曜日までその七面鳥は特に調理しないでおきたいと思っていたのよ。だって日曜のお勤めでヘトヘトになった後には、夫がどれだけこんなご馳走を喜ぶかよく承知していますもの。こういったことが最近の悩みの種だったのよ。だからこの頃の天気は、季節外れなくらい暖かすぎると思っていたの」

「田舎暮らしで家政を切り盛りする醍醐味ね!」とミス・クロフォードはいたずらっぽく言った。「苗木屋さんと鶏肉屋さんによろしく言っといてちょうだい」

「それじゃあメアリー、グラント博士のこともウェストミンスター寺院かセント・ポール大聖堂の司祭長に推薦しといてほしいわね。そしたらお望みどおり、苗木屋さんと鶏肉屋さんにも喜んでよろしく言うわ。でもマンスフィールドにはそんな人たちはいないのよ。わたしにどうしろと言うの?」

「あら! これまでやってきたとおりにするだけですわ。つまり、厄介事がしょっちゅう起こっても、決して癇癪かんしゃくを起こさないことね」

「それはどうもありがとう──でもメアリー、どこに住んでいようともこういう小さな悩み事からは逃れられないわよ。もしあなたがロンドンに住んで、わたしがそちらを訪れたら、きっとあなただって自分なりの悩みを抱えてるでしょうね。苗木屋と鶏肉屋のことは別にしても──あるいは、ひょっとしたらそのせいで悩むかもしれないわね。店が遠かったり、配達時間が遅れたり、あるいは法外な代金を請求されたり、インチキをされたりで、ひどく苦しむことになるでしょうね」

「わたし、お金持ちになって、そういったことを嘆いたり気にしたりしないつもりよ。いままで聞いた中では、高収入こそ幸せになるための一番の秘訣だわ。花屋だろうが鶏肉屋だろうが、そういった種類の幸せは手に入るでしょうね」

「あなたは大金持ちになるつもりなんですね」とエドマンドが言った。ファニーの目には、その表情には真剣な意味が込められているように見えた。

「もちろんですわ。そうじゃありません? 人はみんなお金持ちになりたいものでしょう?」

「ぼくは、自分の力が到底及ばないものになることはできません。でもミス・クロフォードなら、どれ程度のお金持ちになるか選べるかもしれませんね。ただ年に何千ポンドかという額を設定しさえすれば、その収入が得られること間違いなしですから。ぼくの目標は貧乏にならないこと、ただそれだけです」

「節制と倹約の精神でもって、自分の収入に合わせて欲求を抑えるということね。よく分かりますわ──あなたぐらいの年齢で、財産も限られていて、平凡な親戚関係しかない人にとっては、実にふさわしい人生計画ね。──身の丈にあった生活を送ることだけがあなたの望みですものね? もう将来を決める時間もほとんどありませんし。あなたのために何かできるような身分の親戚もいないし、財産や社会的地位の差を見せつけてあなたを悔しがらせるような境遇の親戚もいませんものね。どうぞ、正直に貧しく生きてくださいな──だけどわたし、あなたのことをうらやましいとは思えないわ。尊敬することさえできないと思うわ。わたしは、正直でお金持ちの人のほうがはるかにすごいと思うし、尊敬しているの」

「金持ちか貧乏かによって、正直さに対するあなたの尊敬が増そうが減ろうが、ぼくには何の関わりもない事です。ぼくは別に貧乏になるつもりはありません。むしろ、貧乏には絶対になりたくないと思っています。でもこれだけはあなたに対して強く願っています。つまり、金持ちと貧乏の間にいるような──世間的に中流の暮らしをしている人たちの正直さというものを、見下してほしくはないですね」

「だけど、もっと高い名声を得られたのに低い所にいるのなら、軽蔑せずにはいられないわ。名を上げられるかもしれないのに、無名のままで満足してるなんて、軽蔑するわ」

「でも、どうやって名を上げるというのです? 少なくともぼくの正直さは、どうやって名誉ある地位を得ることができるんでしょう?」

 これはそれほど簡単に答えられる質問ではなかった。「そうねぇ……」としばらく考え込んだあと、ミス・クロフォードはこう言った。「国会議員になればいいのよ。それか、十年前に軍人になるべきだったわね」

それは今の質問の答えになっていませんよ。それに、国会議員になることについては──収入の少ない次男以下代表の特別議会が開かれるまで、待たなくちゃいけないでしょうね。いや、ミス・クロフォード──」彼はさらに真剣な口調になって言った。「確かに、ある名誉というもの──もしぼくには何の見込みもなくて──もし絶対に獲得できる望みも可能性もない──そう思ったとしたらきっとみじめに思うような名誉がありますが──でもそれらは全然違った性質のものです」

 こう話しているときのエドマンドの何か意識している表情や、半ば笑いながら答えているミス・クロフォードの意識的な態度を見ると、ファニーは悲しくてならなかった。いまファニーはグラント夫人の横に並んで、他の二人の後を追って歩いていたが、礼儀正しく夫人の相手をすることもできそうにないと感じた。ファニーはすぐに家に帰ろうと決意し、それを口にしようとしていたけれども、なかなか勇気が出なかった。とその時、マンスフィールド・パークの大時計の音が三時を打ったので、ファニーは『本当に、いつもよりずいぶん長く屋敷を留守にしてしまっているわ』と感じた。そのため先ほど心の中で自問していた「お別れの挨拶を言うべきか、いつどのようにして言うか」という問いにも、すぐさま決着をつけることができた。ファニーはきっぱりと意を決して、すぐにいとまごいをし始めた。同時にエドマンドも、自分がそもそも牧師館に来た理由を思い出した。母親のバートラム夫人がファニーのことを探していたので、彼女を連れて帰るために牧師館まで歩いてきたのだ。

 ファニーはますます急ぎ足になった。エドマンドも付き添ってくれるとは全く思っていなかったので、自分一人だけでさっさと帰るのだと思っていた。だが他の人たちの歩くペースも速くなっていき、結局みんなは牧師館の中まで彼女に付き添っていった。外に出るには家の中を通り抜ける必要があったからだ。グラント博士は玄関のところにいたので、みんなは立ち話をするために立ち止まったが、エドマンドのようすからすると、彼は確かに自分と一緒に帰るつもりのようだった。──彼も挨拶をして別れた。─ファニーはとてもありがたいと思った。──そうして立ち去ろうとしたその時、エドマンドはグラント博士から「明日ご一緒にディナーをとりませんか?」と誘われた。ファニーがそれを不愉快に感じる暇もなかったのも束の間、グラント夫人がとっさに気を利かせて、ファニーのほうへ向き「あなたもぜひご一緒にいかが?」と尋ねてくれた。これは本当に初めての心遣いで、ファニーの人生で全く経験したことのない出来事だったので、彼女はびっくり仰天して当惑するばかりだった。ファニーは口ごもりながら、本当にありがとうございますと言ったり、「でも、わたしだけの一存では決められそうにありませんので……」などと答えたりしている間、エドマンドのほうを見やり、彼の助け舟を求めていた。──だがエドマンドは、ファニーがこんな幸せな申し出を受けたことに大喜びしていた。彼はファニーのほうをほとんどろくに見もせず聞きもせず、伯母のためということを別にすれば彼女の側では何も異論はないだろうと独り合点し、母親もファニーを手放すのに難色を示すはずがないと考えていたのだ。そのため彼は「ぜひご招待を受けるべきだよ」とはっきりと口に出して助言してやった。ファニーとしては、たとえ彼からの励ましがあっても、こんなに大胆な独断をするつもりはなかった。けれども、もし屋敷のほうで何も反対が出なければ、グラント夫人の招待を受けるということですぐに話がまとまった。

「ディナーには何が出るかご存知ですわね」とグラント夫人はほほえみながら言った──「もちろん七面鳥よ──とっても上等だって保証するわ。だって、ねえあなた」──夫のグラント博士のほうを向いて──「七面鳥はどうしても明日までに調理しなくちゃいけないって、料理番が言い張ってますものね」

「大変けっこう、けっこう」とグラント博士が声を上げた。「ますますよろしい。我が家にそんな素晴らしいものがあると聞けて嬉しいよ。でも、ミス・プライスとエドマンド・バートラムさんはそんなことを当てにしとらんだろう。誰も献立のことなど聞きたくないのだよ。われわれみんなが期待しているのは、豪華なディナーじゃなく、親密な雰囲気の集まりだ。七面鳥だろうがガチョウだろうが羊の脚肉だろうが、きみと料理番が決めたものなら何でもよいのだからね」

 エドマンドとファニーは一緒に歩いて帰宅した。エドマンドはすぐにこの食事の約束について、これ以上ないくらい嬉しそうに真心込めて話した。でも彼が「きみにとっては特に望ましいことだね、これで牧師館の人たちとの仲の良さが確固たるものになったんだから。ぼくは本当に嬉しいよ」と言った後は、二人とも黙りこくったまま歩いた──この話題を終えると、彼は物思いに沈んだようすで、他のことは何も話す気になれなくなったのだった。

  1. 第6章でのディナーの際、エドマンドやファニーと交わしていた会話を指す。
  2. この記憶力についてのファニーの思索は、第16章でも言及されているジョンソン博士の『アイドラー(The Idler)』内のエッセイから採られているか。「
  3. ヴェルサイユ宮殿を訪れたあるヴェネチア総督が、ルイ十四世に「ヴェルサイユでは何に一番驚いたか」と問われ、「自分がここにいることです」と答えたという逸話より。
  4. 伝統的には、紳士階級の人間だけが「ミスター」を付けて呼ばれていた。中流階級はただ「Goodman」と呼ばれるだけで、さらにその下の階級は何の敬称も付けられなかった。18世紀頃になると「ミスター」はどの階級にも広く使用されるようになった。
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