エドマンドはこう決めていた。クロフォードの件に関するファニーの立場について自分たちの間で口にするかどうかは、ファニーにすべて任せようと。そして、もし彼女のほうから切り出してこなければ、自分もこの話題に触れないでおこうと決めていた。だが一、二日ほどお互い遠慮し合っていた後、エドマンドは父親からこの決心を翻すよう促され、「おまえの友人のためにファニーを説得してみてくれないか」と頼まれたのだった。
クロフォードの出発は、かなり直近のとある日と決められた。彼がマンスフィールドを去る前に、サー・トマスはこの若者のためにもう一度だけ尽力してやるほうがよいと考えた。彼は揺るぎない愛情を宣言し誓っていたけれども、できるだけそれが長続きするような希望を与えてやりたかったのだ。
サー・トマスは、その点においてクロフォード氏の性格が完璧であることを心から熱望していた。ぜひとも彼が、一途に愛情を貫き続ける男性のお手本であってほしいと願っていたのだ。それが上手くいく一番の方法は、彼をあまり長く試練にさらさないことだとサー・トマスは考えた。
エドマンドは、この件に関わるよう説得されても全然悪い気はしなかった。彼もファニーの気持ちを知りたかったからだ。いままでファニーはどんな悩み事も自分に相談してくれていたのに、今は何も打ち明けてもらえないことが、彼女のことを愛おしく思っているエドマンドとしては到底耐えられなかった。彼はファニーの役に立ちたいと願っていたし、きっと役に立てるはずだと信じていた。彼女が心を開ける相手は自分しかいないのだ。もし相談が必要ではなくても、誰かと話して楽になりたいはずだ。ファニーが自分をよそよそしく遠ざけ、黙って遠慮がちにしているのは不自然だ。エドマンドはこの状況を打破しなければと思った。そして「ファニーのほうも、ぼくにこの現状を何とかしてほしいと思っているはずだ」とたやすく考えられるようになった。
エドマンドは以上のように考えた末、「ぼくが彼女と話してみますよ、お父さま。彼女と二人きりになった最初の機会を捉えて話してみます」と言った。そしてサー・トマスから、ファニーはちょうど今植え込みのところを一人で散歩しているところだと聞かされると、エドマンドはさっそく彼女の元に加わった。
「一緒に散歩しに来たよ、ファニー」と彼は言った。「いいかい?」──(彼女の腕を取りながら)「こんなふうに二人で気持ちのいい散歩をするのはずいぶん久しぶりだね?」
ファニーは同意の気持ちを、言葉ではなく表情で示した。ファニーは元気がなかった。
「でもね、ファニー」エドマンドは続けて言った。「気持ちのいい散歩をするためには、ただ単に一緒にこの砂利道を並んで歩くだけじゃなく、それ以上のことが必要だよ。話をしてくれなくちゃ。何か気にかけていることがあるんだろう。きみが何を考えているのか知ってるよ。
ぼくが何も知らないなんて思わないでおくれ。他のみんなからあの話について聞いているのに、当のファニー本人からは何も聞かせてもらえないのかい?」
ファニーはたちまち動揺して気が重くなったが、こう答えた。
「他のみなさんからお聞きなら、わたしが話すことなんて何もありませんわ」
「事実についてはそうかもしれない。でも気持ちについては違うよ、ファニー。きみ以外の人は誰も、きみ自身の気持ちについては話せないんだから。でも別に無理強いするつもりはない。きみが話したくないのなら、これで終わりだ。話せば楽になるかもしれないと思っただけなんだ」
「たぶん、わたしたちは考え方があまりに違いすぎるので、自分の気持ちを話しても慰めにはならないと思います」
「きみはぼくらの考え方が違うと思ってるのかい? まさかそんなことないだろう。ぼくらの意見を比較してみたら、今までとさほど変わらないと分かるはずだよ。要点を言おう──ぼくとしては、クロフォードのプロポーズは本当に有益で望ましいものだと考えている。ただし、きみが彼の愛情に応えられるならばの話だ。ぜひとも彼の想いに応えてやってほしいときみの家族全員が願うのも、至極当然だと思う。だけどきみにはそれが不可能なのだから、彼のプロポーズを断ったのはまさに正しい行いだ。ここまでで、ぼくらに意見の相違はあるかい?」
「まあ、いいえ、ありませんわ! でも、きっと責められると思ったの。あなたに反対されるだろうと思ったの。ああ、安心したわ!」
「もし相談してくれていたなら、もっと早く安心できていただろうにね、ファニー。だけど、なぜぼくが反対するだなんて思ったんだい? 愛情のない結婚に賛成するとでも? たとえぼくがそういった問題に一般的に無頓着だったとしても、きみの幸せがかかっているというのに、どうしてぼくがこの結婚に賛成するだなんて思ったんだい?」
「伯父さまはわたしのことを間違っているとお考えでしたし、きっとあなたにもお話ししているだろうと分かってましたから」
「これまでのところきみは完全に正しいと思うよ、ファニー。まぁ少しは残念に思ってるし、驚いてはいるけれど──でもそこまで驚いてはいないかな、だってきみにはクロフォードに愛情を感じるだけの時間がなかったんだから。だからきみのしたことは完璧に正しいと思う。このことに疑問の余地なんてあるかい? もしその点に疑問があるなら、ぼくらにとっては不名誉なことになるね1。きみは彼のことを愛していない──だとすれば、彼のプロポーズを受け入れる正当な理由なんてあるわけがない」
ファニーがこんなにホッとする気持ちになれたのは、ここ何日もの間で初めてだった。
「きみのこれまでの行動は非の打ち所がないし、プロポーズを受け入れてほしいと願っている人たちのほうが完全に間違ってる。でも、この件はこれでおしまいじゃない。クロフォードの愛情は並大抵のものじゃないんだ。いままで感じてもらえなかった愛情をきみに感じてもらおうと希望を抱きながら、必死で努力している。これは時間のかかることにちがいない。だけど(愛情深くニッコリ笑って)、最後には彼の想いに応えてやっておくれ、ファニー。どうか最後には彼の願いを叶えてやっておくれ。きみは正直で無私無欲だということを示したんだから、今度は感謝の念にあふれた心優しいところを示してほしいんだ。そしたらきみは完璧な女性のお手本になるだろう。ぼくはいつだって、きみはそのために生まれてきたような人だと信じていたんだよ」
「まあ! 絶対に、絶対に、絶対に無理です!2 クロフォードさんの想いに応えるなんて絶対にできません!」
ファニーは、エドマンドがびっくりするくらいの激しい口調で言い放ってしまった。ファニーはハッと我に返って顔を赤らめた。エドマンドが驚いた表情でこう答えるのを聞いたのだ。
「絶対にだって、ファニー! そんなにきっぱり断固として決めつけるなんて。きみらしくないよ、いつもの理性的なきみらしくない」
「あの、つまり」ファニーは悲痛な声を上げ、言い直した。「先のことは保証できるかわかりませんけど、わたしとしては絶対に無理だと思っているということです──クロフォードさんを愛することはないと思います」
「もっと良いことを望みたいものだね。確かに、きみに愛されたいと願う男性は(きみが相手の好意をちゃんと承知していたのだとしても)、相当険しい道のりを乗り越えなくちゃいけない。そのことはぼくもクロフォード以上に心得ているよ。きみの幼い頃からの屋敷への愛着や習慣というものが戦闘態勢を取って立ちはだかっているからね。クロフォードはきみの愛情を獲得する前に、生物や無生物問わず、まずあらゆるものに対する愛着の絆を解き放たなくてはいけないんだ。その絆は何年にも渡って育まれて強固になっているし、『結婚したらマンスフィールドを離れなくてはいけない』という考えで、今のところさらに愛着が強まっている。マンスフィールドを離れるという不安のせいで、彼に対して身構えてしまうのだろうね。クロフォードは自分の願いを話さなければよかったんだ。彼もぼくぐらいきみのことを理解していたらよかったのにね、ファニー。ぼくとクロフォードが束になったなら、きっと上手くいっただろうと思う。ぼくの理論的な知識と彼の実践的な知識を組み合わせれば、失敗していたはずがない。彼はぼくの計画で進めるべきだったんだ。けれども時間が経てばきっと(ぼくは確実にそうなると信じてるけど)、クロフォードの一途な愛情のおかげで彼こそがきみにふさわしい男だと証明されて、そのお返しに彼も愛してもらえるだろう。きみだって、彼のことを愛したいと願ってるはずだ──感謝したいという自然な願いをね。そんな種類の気持ちを抱いているにちがいない。彼を好きになれないことを、自分でも残念に思っているはずだ」
「わたしとクロフォードさんには、共通点が全然ありませんわ」ファニーは直接的な答えを避けて言った。「性格も考え方もあまりにも違っているので、たとえもしあの方のことを好きになれたとしても、結婚して幸せになれるとは全く思えません。わたしたちほど違う人間も存在しないでしょう。共通の趣味だって一つもありません。きっと不幸になるだけです」
「それは間違ってるよ、ファニー。そこまで違いは大きくはない。きみたちは十分似た者同士だよ。趣味だって共通しているし、道徳的な趣味や文学の好みも一致している。どちらも優しくて善意にあふれた心がある。それにファニー、昨夜の彼の朗読を聞いた人や、きみがシェイクスピアに耳を傾ける姿を見た人なら、きみたちが不似合いなカップルだなんてどうして思うだろうか? きみは自分のことを忘れているよ。確かに、きみたちの性格には決定的な違いがあるのは認める。彼は快活で、きみは生真面目だ。だけどそのほうががかえっていいんだ。彼の元気の良さがきみには助けになるだろう。きみは落ち込みやすくて、困ったことを実際以上に思い詰めてしまう性格だけど、彼の明るさがそういったところを和らげてくれると思う。彼は何事にも困難を感じないし、陽気で明るい性格だから、つねに心の支えになってくれるだろうね。ねえファニー、今のところきみたちの性格が違うのも、結婚後の幸せの可能性を妨げることには決してならないよ。そんな想像をしないでおくれ。ぼく自身としても、むしろそのほうがかえって都合がいいと思ってるんだ。夫婦の性格というものは違っていたほうがいいんだ。違っているというのはつまり、快活さの程度とか、態度や物腰の違いとか、大勢で過ごすのが好きか、あるいは少人数で過ごすのが好きかとか、お喋りか無口か、生真面目かそれとも陽気かってことだ。ある程度正反対の性格のほうが、結婚生活の幸せのためにはいいんだよ。ぼくは完全にそう確信してる。もちろん極端な場合は別だよ。全ての点で似ている夫婦というものは、何かと極端に向かいやすいんだ。絶えず穏やかに、正反対の影響を及ぼしあっていることこそが、極端な態度や行動に走らないための一番の安全装置なんだよ」
エドマンドがいま何を考えているのか、ファニーにはちゃんと見当がついていた。ミス・クロフォードの魅力がまたよみがえってきているのだ。屋敷に帰宅してからというもの、エドマンドは上機嫌でミス・クロフォードについて話していた。彼女を避けるのはすっかりやめになったのだ。つい昨日も、彼は牧師館でディナーをとっていた。
数分の間エドマンドを楽しい考えにふけらせておいてから、ファニーは自分がクロフォード氏のことに話を戻さねばと感じたので、こう言った。
「あの方とわたしが全然合わないと考えるのは、単に性格の違いだけじゃありません。もっとも、その点でもわたしたちはあまりにかけ離れすぎていると思いますけど。途方もないほど違っていますわ。あの方の溌溂さには圧倒されてしまうことがよくありますし──でも、クロフォードさんを好きになれないところは他にもまだあるんです。はっきり言うと、あの人の性格が嫌なんです。わたしはあの素人芝居の時から、クロフォードさんを快く思っていませんでした。わたしの目に映ったかぎりですけど、あの方がすごく不適切で冷酷な振る舞いをしているのを目撃したんです。あの件についてはもう話してもよいかと思います、全部終わったことですから──クロフォードさんは、気の毒なラッシュワースさんに対してすごく失礼なことをしていましたわ。彼が笑い者になろうが傷つこうがちっともお構いなしといったようすで、マライアさんに言い寄っていたんです──つまり、あの素人芝居の時に受けた印象がどうしても忘れられないんです」
「ねえ、ファニー」エドマンドは、彼女の話を最後までろくに聞かずこう答えた。「ぼくらのうちの誰であれ、あのばか騒ぎの時の姿で判断されちゃたまらないよ。素人芝居の時のことは思い出したくない。マライアは確かに間違っていたし、クロフォードも間違っていた、全員が間違った振る舞いをしていたんだ。でもぼくが一番間違っていた。ぼくに比べれば、残りのみんなに責められる点なんてないよ。だってぼくは何もかも承知の上でばかなことをしたんだから」
「傍観者のわたしとしては」とファニーは言った。「たぶんあなた以上にいろいろと見ていましたわ。ラッシュワースさんは、クロフォードさんにかなり嫉妬していた時があったと思います」
「ありえるだろうね。驚きはしないよ。あの一件ほど不適切なことはないだろう。マライアがあんなことをしでかしただなんて、考えるたびにショックだよ。だけどマライアがあのアガサ役をやれたのなら、他のことも驚くにはあたらないのだろう」
「素人芝居の以前にも、ジュリアさんはクロフォードさんから好意を寄せられていると思っていたはずです。間違いありません」
「ジュリアだって!──そういえば前に誰かが、彼はジュリアに恋しているとか話すのを聞いたことがあるな。でもぼくはそんな光景は一度も目にしなかったよ。ぼくだって妹たちの長所をきちんと評価したいけど、確かにあの二人が──片方かあるいは両方ともが──クロフォードにちやほやされたいと願ったり、そういった気持ちを軽率に示して、慎重さに欠けていたというのは大いにありえることだろう。あの二人は明らかに彼と一緒に過ごしたがっているようすだったのは覚えているよ。そんな誘いかけを受けたら、クロフォードのような、元気が良くてちょっと無分別なところのある男は、つい調子に乗ってしまうのかもしれない──でもそれほど驚くようなことではないよ、だって彼にそんな気はなかったのは明らかなんだからね。彼の心はきみのために残されていたんだよ。言わせてもらうけど、だからこそぼくの中で彼の評価がものすごく上がったんだ。彼にとっては最高の名誉になったよ。家庭における幸せや純粋な愛情というものの価値を、彼がきちんと理解しているってことを示しているんだから。叔父のクロフォード提督から悪い影響を受けていない証拠だ。要するに、彼はあらゆる点でぼくの期待通りの人間だったし、心配していたような男じゃないということが証明されたんだ」
「クロフォードさんは、真面目な事柄についてきちんと考えていないと思いますわ」
「というよりむしろ、真面目な事柄についていままで全然考えたことがない、というべきかな。そっちのほうがかなりの程度真実だとぼくは思うよ。クロフォード提督のような人から教育や助言を受けていたのに、どうして真面目に考えることなんてできるだろう? そんなの不可能だ。クロフォードもミス・クロフォードもそんな不利な状況にありながら、今のような姿になったのは素晴らしいと思わないかい? いままでクロフォードは自分の感情を行動指針にしすぎていた、これはぼくも認める。幸いにも、その感情は概して善良なものだったけどね。感情だけでは足りない残りの部分をきみが補ってあげられるはずだ。こんな女性を好きになるなんて、クロフォードも本当に幸せなやつだ──きみは岩のように強固な道徳心の持ち主で、そういった道徳心の素晴らしさを理解してもらうのにうってつけの優しい性格だからね。彼はうまく人生の伴侶を選んだものだ、めったにある幸せじゃない。ねえファニー、彼はきっときみを幸せにしてくれるよ。でもきみは、彼のことを完璧な人間にしてやれるだろう」
「そんな役目、引き受けたくありません!」ファニーは怯えた声で叫んだ──「そんな責任の重い役目なんて!」
「相変わらず、自分には何もできないと思い込んでるんだなぁ!──何もかも自分には荷が重いと思ったりして! まあ、ぼくの説得ではきみの気持ちを変えることはできないかもしれないけど、そのうちきっと納得して気も変わるはずだ。正直なところ、ぼくとしてはそうなることを心から願っているし、クロフォードの幸せには大いに関心を払ってるんだ。ファニー、きみの幸せを別にすれば、ぼくがクロフォードの幸せを一番に考えるのも当然のことなんだよ。彼の幸せに対してぼくが並々じゃない関心を持ってること、きみだって気付いているだろうね」
ファニーはそのことは痛いほど理解していたから、何も言えなかった。二人は心ここにあらずといったように黙ったまま五十ヤードほど歩き続けたが、エドマンドのほうがまた最初に口を開いた──
「昨日牧師館で食事したとき、この件について話すミス・クロフォードの話しぶりにはとっても嬉しくなったよ。本当に嬉しかった。まさか彼女がこんなに正しい物の見方をしているとは予想外だったからね。彼女がきみをすごく気に入ってるのは知っていたけど、でもきみがお兄さんにとってどれだけふさわしくて価値がある女性か正しく評価できていないんじゃないかと心配だったし、お兄さんが家柄や財産もある女性を選ばなかったことを彼女は残念がってるんじゃないかと不安だったんだ。そういう世俗的な価値観で目が曇ってるんじゃないかと思ってたんだ。彼女はいままでそういったことを耳にしすぎていたからね。だけどぼくの予想とは大違いだった。ミス・クロフォードはきみについてまさに適切なことを言っていたし、ぼくや父さんと同じくらい熱心にこの縁談を望んでいるんだ。この件についてずいぶん長いことお喋りしたよ。この話題を持ち出すつもりはなかったんだ、ミス・クロフォードの気持ちは知りたくてたまらなかったけど──でもぼくが部屋に入って五分もしないうちに、彼女のほうから切り出してくれてね。すっかり心を開いた愛らしい態度と、彼女らしいあの屈託のない明るさで、この話題を持ち出してくれたんだ。グラント夫人は、彼女があんまり早口なんで笑っていたよ」
「それじゃ、グラント夫人も部屋にいましたのね?」
「ああそうだよ、牧師館に着くとあの姉妹が二人だけで一緒にいたんだ。いったん話し出すと、クロフォードとグラント博士が入ってくるまできみの話題が止まらなかったな」
「ミス・クロフォードとは、もう一週間以上お会いしてませんわ」
「うん、彼女はそのことを悲しんでたよ。でもそれでいいのかもしれないとも言っていた。だけど彼女が出発する前には、また会うことになるだろう。彼女はすごくきみに腹を立てていたよ、ファニー。それは覚悟しなきゃね。ミス・クロフォードは自分でもカンカンだと言っていたけど、でもきみだって彼女の怒りが想像つくだろう。妹さんとしてすごくがっかりして残念がってるんだ。そもそも万事お兄さんの願い通りになって当然だと考えているしね。彼女は傷ついてるよ、きみだってウィリアムくんのためなら同じように感じるだろう。でもミス・クロフォードは心の底からきみを愛しているし、尊重してるんだよ」
「彼女はきっと、わたしにすごく怒ってるだろうと思ってました」
「ねえ、ファニー」エドマンドは彼女の腕をぎゅっと引き寄せた。「ミス・クロフォードが腹を立ててるからといって思い悩まないでおくれ。どちらかと言うと、本心から怒ってるというより、口でそう言ってるだけなんだ。彼女は愛情深くて親切な心の持ち主だから、怒りには向いていない。あの賞賛の言葉の数々をきみにも聞いてほしかったなあ。きみこそがヘンリーの奥さんになるべきだ、って彼女が言ったときのあの表情をぜひ見てほしかったものだ。それから気付いたけど、彼女はきみのことを『ファニー』ってずっと呼んでいたね。今までになかったことだ。すごく姉妹らしい思いやりの響きがあったな」
「グラント夫人は何かおっしゃってたんでしょうか──夫人もずっとその場にいましたの?」
「うん、グラント夫人もミス・クロフォードとまさに同じ意見だったよ。きみがプロポーズを断ったことにびっくり仰天しているようだった。ヘンリー・クロフォードのような男性からのプロポーズを断るなんて、全く理解できなかったようだ。ぼくはきみのために弁護したけどね。だけど本当のところを言えば──あの二人の言い方では──できるだけ早く行動を起こして、きみが正気であることを証明しなくちゃいけない。それしかあの人たちを納得させる方法はないよ。でもきみを悩ませるだけだし、もうこれでやめておこう。どうか顔をそらさないでおくれ」
「わたしはこう思います」ファニーは心を落ち着かせ、気力を奮い起こしてから言った。「たとえどれだけ一般的に感じの良い男性であろうとも、プロポーズをお断りされる可能性はあるし、少なくとも何人かの女性からは愛してもらえないことだってありえる──女性ならみなそういうことを感じているはずです。たとえその男性がこの世の完璧さをすべて兼ね備えていたとしても、『彼がたまたま好きになった女性が誰であろうが必ず愛してもらえるはずだ、そうなるのが当然だ』なんて考えるべきじゃないと思います。でももしそうなのだとしても──クロフォードさんに、妹さんの考えるようなあらゆる正当な権利があるのだとしても──どうしてわたしが、彼とぴったり同じような気持ちを抱いて対面する覚悟なんてできたでしょう? 本当に不意打ちだったんです。それまでわたしに対するあの方の態度に何か意味があるだなんて、まさか思いも寄らなかったんです。クロフォードさんがわたしに気まぐれな関心みたいなものを抱いたからといって、わたしも彼のことを好きになることなど断じてありません。わたしの立場からすれば、クロフォードさんに対して何か期待するだなんて、それこそうぬぼれの極みです。彼のご姉妹はクロフォードさんを高く買っているのだし、もし仮にあの方が本気じゃなかったのなら、お二人だってきっとわたしのことをうぬぼれ屋だと思ったにちがいありません。そしたら、あの方に愛してますと言われた瞬間にわたしのほうもあの方を好きになるなんて、どうしてそんなことできるでしょう? 愛してくださいと頼まれて、即座に言われるがまま愛情を抱くなんて、どうしてできるでしょう? そんなの無理です。グラント夫人とミス・クロフォードは、あの方のことだけじゃなくわたしのことも考えていただくべきですわ。クロフォードさんが優れていればいるほど、わたしがあの方のことを思うのは不適切ということになります。それに、それに──もし皆さんが『女性というのは、男性から愛していると言われたらすぐに相手を愛し返せるものだ』と考えていらっしゃるのならば、わたしとは女性についての考え方がだいぶ違っていると思います。皆さんの反応からすると、どうもそう思われているようですけど」
「さあさあファニー、これで本当のところが分かったよ。それが真相だと思っていたんだ。そんなふうに感じるなんて実に立派だ。ぼくも前からそれが理由だろうと考えてたんだよ。ぼくはきみの気持ちを理解してあげられていると思ってた。きみの説明はまさに、ぼくがミス・クロフォードとグラント夫人にしてあげた説明そのものだ。二人とも納得してくれたよ。もっとも、きみの心優しい友達のミス・クロフォードはヘンリーに対する熱心な贔屓目のせいもあって、それでもまだ少し息巻いていたけどね。ぼくはこう言ったんだ。『ファニーはこの世の誰よりも習慣というものに支配されていて、新しいものには全然心動かされない人なんです』って。そしてプロポーズという突然の新しい出来事がクロフォードには不利に働いたんだとね。いきなり彼から求婚されるなんていう状況がまずかったんだ。きみは自分の慣れていないことには耐えられないたちなのだとも言ったし、きみの性格を理解してもらうためにそんな感じのことをずいぶんたくさん話したよ。ミス・クロフォードは、お兄さんを励ますための計画について話したんだが、それにはみんな大笑いだったな。彼女はこう励ますつもりらしいんだ、『そのうち愛してもらえると思って、十年間くらい幸せな結婚生活を続けてみたら、その終わりにはきっとお兄さまのプロポーズも快諾してもらえるはずよ。そう願ってせいぜい頑張んなさい』ってね」
ファニーはここで笑うのを求められていると思ったが、微笑みを浮かべるのも一苦労だった。彼女としては全く反発したい気分だった。ファニーは「わたしは間違ったことをしたのではないかしら? 言い過ぎたのではないかしら?」と不安になったし、必要だと思っていたはずの警戒を過剰にしすぎて、一つの災いから身を守ろうとしたあまり、かえって他の災いを招いてしまったのではないか3と心配になった。それに、こんな時にこんな話題でミス・クロフォードの冗談を披露されるのも、苦々しくてつらい思いだった。
エドマンドは、ファニーの顔に疲労と苦痛の色が見えたので、これ以上話し合うのは控えようとすぐに決めた。ファニーにとってきっと喜ばしいはずだと思える話題に繋がること以外は、クロフォードという名前すら口にするのもやめておこうと思った。この決心に従って、やがてまもなく彼はこう言った。
「あの二人は月曜日に出発する予定なんだ。だからきみも、明日か日曜には顔を合わせることになるだろうね。本当に月曜日に行ってしまうんだなあ! ぼくはあと少しのところで、まさにその月曜日までレッシングビーに滞在するよう説きふせられかけてたんだ! ほとんど約束しかけてたところだったよ。もしそうなっていたらどれほど違った状況になっていただろう! レッシングビーにもう五日か六日長く滞在していたら、ぼくは一生後悔していたかもしれない!」
「そうなりかけてましたの?」
「うん、かなりね。ずいぶん親切に勧められたから、ほとんど承諾する寸前だったんだ。もしマンスフィールド・パークから手紙が来て、きみたちの消息を全部知らされていたら、ぼくはきっとそのまま滞在していただろうと思う。でも二週間ものあいだマンスフィールドパークで何が起こっていたのか全然知らずにいたから、ちょっと留守にしすぎてると思ったんだ」
「あちらでは楽しく過ごされてたんでしょうね」
「うん。というかまあ、もしそうでなかったとしたらぼく自身の心境のせいだね。みんなすごく素敵な人たちだったよ。向こうもそう思ってくれてたかどうかは分からないけどね。ぼくは気が塞いでいたし、マンスフィールド・パークに帰るまでその気持ちも晴れなかった」
「オーウェン家のお嬢さんたちは──素敵でした?」
「うん、とってもね。感じが良くて明るくて、気さくなお嬢さんたちだったよ。だけどファニー、ぼくは平凡な女性とのお付き合いでは満足できなくなってしまった。賢くて感受性豊かな女性に慣れた男にとっては、陽気で気さくなお嬢さんというだけではダメなんだ。この両者には歴然とした区別があるからね。きみとミス・クロフォードのおかげで、ぼくはすっかり目が肥えてしまった」
しかし、それでもなおファニーは物憂げに沈んでいた。エドマンドは彼女の顔にその色を認めたが、お喋りしてもその表情が晴れることはなかった。彼はそれ以上話しかけるのはやめにして、優しく威厳のある特別な保護者として、ファニーをそのまま家まで送った。
注
- 愛情もないのにプロポーズを受け入れたとすれば、お金目当てということになるから。
- この”never”の繰り返しは、シェイクスピアの悲劇『リア王(King Lear, 1606頃)』中のリアのセリフを彷彿とさせる。第5幕第3場(ⅴ.iii.306-7)、リアは娘のコーディリアの死体を抱きながら”Thoul’t come no more,(お前はもう二度と帰って来ない)|Never, never, never, never, never!(二度と、二度と、二度と、二度と、二度と!)”と叫び、絶命する。1681年~1823年の間は、リアもコーディリアも亡くなるという結末が悲惨すぎて不評だったため、ネイハム・テイトが結末を書き換えたテイト版(リアは王に復位し、コーディリアは死なず、エドガーと結婚する)がもっぱら上演されていた。作者オースティンがどれだけ原典の『リア王』に当たっていたかは不明だが、本作と『リア王』の間には、テーマや登場人物などで驚くほど共通点がある。
①ブリテン王リアには三人の娘がいて(『マンスフィールド・パーク』の場合ファニーは姪であるが)、
②「愛情テスト」で性悪な長女ゴネリルと次女リーガンは美辞麗句を連ねて父親への愛を語り喜ばせる一方、真の愛情を抱いている心優しい末娘コーディリアは寡黙で多くを語らない。
③怒ったリアはコーディリアを勘当する。
④ゴネリルやリーガンは次第に父親を疎んじるようになり、追放する。
⑤リアの家臣グロスター公爵には二人の息子がいて、長男は善良な性格の嫡子エドガー(のちに「物乞いトム」に変装する)、次男は不義の子で策略家のエドマンドである。
⑥ゴネリルとリーガンはエドマンドに誘惑され、彼をめぐって姉妹間で奪い合い、最終的に破滅する。
⑦絶望したリアは最後になってようやく、自分を本当に愛してくれていた娘はコーディリアだったのだと思い知る。『リア王』では女たらしの悪党エドマンドの名前を、『マンスフィールド・パーク』では堅物のヒーロー役に当てたのはオースティンの遊び心だろうか。いずれにしろ本作は「芝居・劇」が全編を貫く構成の一つである上に、シェイクスピアへの言及が他作品よりとりわけ多く(第34章参照)、ここでは特に”never”が合わせて四度も繰り返されていることからして、オースティンが意識的に『リア王』を下敷きにして換骨奪胎し、自らの作品に巧みに昇華させていることは間違いないだろう。
(参考文献)
Austen, Jane. Mansfield Park, Oxford University Press, 2003.
“Intimate by instinct”: Mansfield Park and the comedy of King Lear(2002)
Rewriting Lear’s Untender Daughter: Fanny Price as a Regency Cordelia in Jane Austen’s Mansfield Park(2007)
『Mansfield Parkの主題と構成』(1977)
- 一つの災い(one evil)とはつまり、エドマンドへの恋心が露見してしまうことである。ファニーは「クロフォードさんの求婚が成功することは絶対にありえない」と強い口調で断言してしまったので(その理由はもちろんエドマンドへの恋心があるからなのだが)、エドマンドから「いつもの理性的なきみらしくない」と言われて動揺してしまった。
そのためファニーは「①クロフォード氏と自分の性格が大違いであること(これはエドマンドに論破されてしまったが)」や「②マライアやジュリアとの恋の戯れの件(これもエドマンド自身の罪の意識や観察力の欠如により一蹴される)」、「③プロポーズが突然すぎて愛情を抱くことなどできない」という観点で自己防衛を試みる。
だが③で「女性というものは、男性から愛していると言われてすぐに相手を好きになることなど不可能だ」という点を強調しすぎて、「では時間が経ってクロフォードの求愛に慣れてきたら彼を好きになれるはずだ」という見当違いの期待を抱かせることになってしまったのではないか(=laying herself open to another [evil])、ということ。