マンスフィールド・パーク 第23章/ファニーに接近するクロフォード氏

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「だけど、なぜグラント夫人はファニーを招待したのかしら?」とバートラム夫人が言った。「なぜファニーを誘おうと思ったのかしら?──ファニーがこんなふうにご招待されて牧師館でディナーをとったことなんて、一度もないのよ。ファニーがいないと困るわ、彼女だって行きたくないはずよ。──ねえファニー、あなた、行きたくないわよね?」

「そんな聞き方をしたら、ファニーは『はい』というに決まってますよ、お母さま」ファニーが喋ろうとするのをさえぎって、エドマンドが声を上げた。「だけどぼくは分かってるんです、ファニーは行きたがっているって。行っちゃいけない理由が見当たりませんね」

「グラント夫人がなんでファニーを誘ったのか、分からないわ。──そんなこと今まで一度もなかったもの。──たまにマライアやジュリアを誘ったりすることはあったけど、でもファニーを招待したことは一度もないのよ1

「もしわたしがいなくてお困りでしたら──」とファニーがおずおずと言った。

「でもお母さまには夜の間じゅうずっと、お父さまが付いていらっしゃるでしょう」

「もちろん、そうよ」

「お父さまの意見を聞いてみてはどうでしょう」

「それがいいわね。そうするわ、エドマンド。サー・トマスが来たら聞いてみるわ、わたしはファニーがいなくて大丈夫かしらって」

「それはどうぞご自由に、お母さま。だけどぼくがお父さまの意見をと言うのは、この招待を受けるのが適切かどうかについてです。グラント夫人にとっても、ファニーにとっても、この初めての招待をお受けするのが正しいことだとお父さまは考えるだろうと思います」

「さあ、どうかしら。二人で聞いてみましょう。でもきっとびっくり仰天なさるでしょうね、グラント夫人がまさかファニーを招待するなんて」

 サー・トマスが現れるまで、それ以上何も言うことはなかったし、何か意味のあることも言えなかった。だがこの件は、明日の晩自分が快適に過ごせるかどうかに関わってくるため、バートラム夫人の中では何よりも重大な問題だった。そして三十分後、サー・トマスが農園から戻ってきて化粧部屋に向かう途中にほんの少し客間に顔を出して、ドアを閉めようとしたその時、バートラム夫人が「ねえあなた、ちょっとお待ちになって──お話ししたいことがあるの」と呼びかけた。

 バートラム夫人は決してわざわざ大きな声を出したことはなかったが、彼女のゆったりとしたけだるい声はいつも必ず相手の耳に入ったし、注意を払ってもらえた。サー・トマスが戻ってきて、夫人が話し始めると、ファニーはすぐにそっと部屋から抜け出した。どんな話題であれ、サー・トマスに対して自分のことが話されているのを聞くのは、とても耐えられそうにないと思ったからだ。ファニーは不安になると分かっていた──たぶん必要以上の不安を感じてしまうだろう。でもそんな感じ方をするべきではないのだ─だって、ディナーに行けようが行けまいが、結局それが何だというのだろう? だけどもしサー・トマスが、ものすごくいかめしい顔つきでじっと長いこと考え込んで決めかね、その厳格な顔を自分のほうに向けて、最後に「ディナーに行ってはならん」と言ったならば、ファニーはとてもじゃないがおとなしく無関心そうに振る舞うことなどできないと思った。

 その間、ファニーについての話は首尾よく進んでいた。バートラム夫人はこう切り出した。

「びっくりするようなお話があるの。グラント夫人がファニーをディナーに招待したの!」

「ほう」とサー・トマスは言ったが、びっくりするような話が続くのを待っているようだった。

「エドマンドはファニーを行かせたがっているのよ。でもわたし、彼女がいなくてやっていけるかしら?」

「帰るのは遅くなるだろうね」とサー・トマスは時計を取り出しながら言った。「だが、きみは何が困るというのかね?」

 エドマンドは、自分も口を開いて母親の説明の足りないところを補わなければと思った。彼はいきさつを説明したが、バートラム夫人は「本当に変ね! グラント夫人がファニーを招待したことなんて、一度もなかったのよ」と言うだけだった。

「でも、そんなに不自然なことじゃありませんよ」とエドマンドは言った。「グラント夫人は、妹のミス・クロフォードのために素敵なお客さんをお招きしたいと思ったんでしょう」

「確かに、これ以上自然なことはない」とサー・トマスはしばし熟考の末に言った。「わたしの意見としては、ミス・クロフォードのためではなかったとしても、これ以上自然なことはないと思う。グラント夫人が、バートラム夫人の姪であるミス・プライスに対して敬意を払うのだから、別に説明など必要ではない。わたしが唯一驚いたのは、これが初めての招待だということだけだ。ファニーが条件付きの返事をしたのはきわめて正しい。まさにしかるべき対応をしたようだね。若者は何かと集まりたがるものだから、彼女もきっと行きたがっているはずだと思う。このご厚意をお断りせねばならん理由が見当たらんよ」

「だけど、わたしはファニーがいなくてやっていけるかしら、サー・トマス?」

「もちろん大丈夫さ」

「ファニーはいつもお茶をいれてくれるのよ、ノリス夫人がいないときには」

「では、その日はノリス夫人にお願いして、我々と一緒に過ごしてもらうようにすればよい。わたしももちろん家にいるつもりだ」

「それじゃ、いいわ。ファニーを行かせてもいいわよ、エドマンド」

 この朗報はすぐにファニーに伝えられた。エドマンドは自分の部屋に戻る途中で、彼女の部屋のドアをノックした。

「ファニー、万事うまくいったよ。伯父さまはほんの少しもためらわなかった。きみはディナーに行ってもよい、とのことだ」

「ありがとうございます、とっても嬉しいわ」とファニーは本能的に答えた。そして彼から顔を背けてドアを閉めたが、こう感じずにはいられなかった。「でも、なぜわたしは嬉しいのかしら? あそこに行けばきっと傷つくようなものを見聞きするはずだって分かってるのに」

 しかし、こんな確信を抱いていたにもかかわらず、ファニーは嬉しかった。他の人からすればごく平凡な約束に見えたとしても、ファニーにとっては目新しく重大なことだった。というのも、サザートンでの一日を別にすれば、これまで彼女がよその家でディナーをとったことはほとんどなかったからだ。今回はほんの半マイルの距離であり、相手もたった三人だけだけれども、それでもよその家で食事をすることにはちがいないのだ。準備に対する関心がどんなにわずかでも、それ自体を楽しむことができた。本来ならば、ファニーの気持ちを思い遣ったり、ドレスなどの趣味について教えてやる人がいるべきなのだが、彼女にはそんなふうに共感してくれたり手助けしてくれる人は誰もいなかった。なぜなら、バートラム夫人は誰かの役に立とうなどと考えたことは一度もなかったからである。ノリス夫人はというと、サー・トマスからの招きで翌朝早く訪問して来たのだが、たいへん機嫌が悪かった。どうやら夫人は、現在と未来の両方における姪の楽しみを最大限減らすことに、ただただ全力を傾けているようだった。

「まぁ驚いたわ、ファニー、こんな心遣いと厚意に甘えさせてもらって、おまえは本当に幸運だよ! グラント夫人がおまえのことを考えてくれたことに心底感謝しなくちゃいけないし、バートラム伯母さまが行かせてくれたことにも感謝するべきですよ。こんなのめったにあることじゃないと思わなきゃ。だっておまえがこんな形でお呼ばれされたり、よその家で食事をとる必要なんて全くないんですからね。それに、またご招待されるかもだなんて決して期待しちゃいけないし、この招待は特に自分に対する敬意だなんて絶対に勘違いするんじゃないわよ。これはおまえの伯父さまと、伯母さまと、わたしに対する敬意なんですからね。おまえのことをちょっと気にかけてやれば、わたしたちに対する礼儀になるとグラント夫人は考えたんだわ。そうじゃなければ、おまえを招待するなんてことを夫人が思いついたはずありませんもの。それにもしジュリアが家にいれば、おまえにはそもそもお声はかからなかったはずだってこと、ちゃんと分かってるでしょうね」

 こうしてノリス夫人は、いとも巧みにグラント夫人側の厚意を抹殺してしまった。ファニーは返事を求められていると気付いたので、これだけ言った。

「行ってもよいと言って下さったバートラム伯母さまには、本当に感謝しています。わたしがいなくても伯母さまが困ることがないように、夜に行う刺繍の準備をきちんと整えておこうと思います」

「まあ! 大丈夫よ、バートラム伯母さまはおまえがいなくてもちゃんとやっていけるわよ。そうじゃなければお許しが出たはずがないもの。わたしがここにいますから、伯母さまのことは安心してちょうだい。おまえはきっとずいぶん素敵な一日を過ごして、あらゆることが楽しくて仕方ないんでしょうねぇ。だけど、五人なんて、食卓には一番すわりの悪い人数ね。驚いたわ、グラント夫人のような上品な女性ならもっとうまくやれたでしょうに! あのとんでもなくばかでかいダイニングテーブルもそうよ、あんなに恐ろしいほど部屋を占領しちゃって! グラント博士は、わたしが牧師館を引き払った時に置いてきたあのダイニングテーブルをそのまま使っていればよかったのよ、分別のある人なら誰だってそうしてるわ。なのに、代わりにあんなばかげた新品のテーブルを置いて──それこそ本当に、このお屋敷のテーブルよりも大きいのよ──わたしのテーブルのままだったらどんなによかったか! そしたら博士ももっと尊敬を集めていたでしょうに! 自分の身の程をわきまえない人間は、決して尊敬されませんからね。このことは肝に銘じておくのよ、ファニー。それにしても五人、あのテーブルにたった五人しか座らないなんて! でもきっと、あのテーブルには十人分の食事が出るんでしょうね」

 ノリス夫人は一息ついてから、また話し出した。

「自分の階級をわきまえず、身分以上に見せようとするなんて、ばかげてるし愚かしいことですよ。だからファニー、おまえにはちょっとした助言を与えてやりましょう。いまやこうしてわたしたちの付き添いなしで人前に出ていくんだから。まず、絶対に出しゃばらないこと。それから、自分がさも従姉たちと同じ立場かのように──まるで自分がマライアやジュリアかのように──ペラペラ喋ったり自分の意見を言ったりしないこと。そんなことは絶対にいけませんからね。覚えておきなさい、どこにいようと、おまえはいつだって身分も優先順位も一番下なのよ。ミス・クロフォードは牧師館をわが家みたいに過ごしているけれども、おまえが彼女の立場に取って代わるなんてことは許されませんからね2。それから夜になっておいとまするときのことだけど、エドマンドが帰ると言うまではおまえもその場にいなさい。帰るタイミングを決めるのは、彼に任せるのよ」

「はい、伯母さま、それ以外のことは考えないようにします」

「それにもし雨が降っても──何だかとんでもなく雨が降りそうね、こんな怪しい雲行きの空を見たのは生まれて初めてだわ──自分で何とかするのよ。馬車で送ってもらえるだなんて期待するんじゃないわよ。わたしは今夜もちろん帰宅しませんから、わたしを家まで送る馬車も出ないし、ついでにおまえも連れて帰るなんてことはできないんですからね3。だからどうなるかちゃんと心づもりをして、それに従って準備しなくてはいけませんよ」

 ファニーは完全にそのとおりだと思った。彼女は、自分には快適さを求める資格などほとんどないのだと考えていたし、その点についてはノリス夫人とさえ同意見だった。するとその後すぐに、ちょうどサー・トマスがドアを開けて、「ファニー、馬車は何時に回せばいいかね?」と言ってきたので、ファニーは口がきけないほど驚いてしまった。

「まあ、サー・トマス!」ノリス夫人が怒りで顔を真っ赤にしながら叫んだ。「ファニーは歩いて行けますわ」

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「歩くだって!」とサー・トマスは繰り返して言いながら、部屋に進み出てきた。その声の調子には、反論を許さないような威厳があった。「この冬の時期に、わたしの姪が歩いてディナーの約束に行くだって! とんでもない!──四時二十分頃ならちょうどいいかね4?」

「はい、伯父さま」とファニーは慎ましく答えたが、ノリス夫人に対してはまるでほとんど犯罪者になったような気分だった。勝ち誇っているかのように思われたくないし、そんな状況でノリス夫人と一緒に過ごすのは到底耐えられないと思ったので、ファニーは伯父の後に付いて部屋を出た。だがほんのちょっと遅れてしまったせいで、ノリス夫人の激昂した声が後ろから聞こえてきた。

「絶対に必要ないわ!──親切すぎるにもほどがあるわ!──だけど、エドマンドも行くのね。──そうだわ──これはエドマンドのためなんだわ。そういえば木曜日の夜、エドマンドは声が枯れていたわね」

 だがファニーは、これにはだまされなかった。馬車は自分のため、ただ自分だけのために出されたのだ。伯母からあんなふうにひどいことを言われた直後に、サー・トマスから思いやりのある言葉をかけてもらったので、ファニーは一人になると感謝の涙を流さずにはいられなかった。

 御者は時刻通りに馬車を玄関前に回してきて、数分後にはエドマンドもやってきた。ファニーはというと、絶対に遅刻してはいけないという恐れから、用心深く何分も前から客間にずっと座っていた。そしてサー・トマスは、時間厳守を信条としている彼の習慣に従って、きっかり時間通りに二人を見送った。

「さあ、よく見せてごらん、ファニー」エドマンドは優しくほほえみながら、兄のように愛情込めて言った。「すごく素敵だって褒めさせておくれ。この明かりで見ても分かるな、きみは本当に素晴らしいね。何を着てきたんだい?」

「マライアさんの結婚式の時に、伯父さまが買って下さった新しいドレスですわ。あまり派手すぎないといいんですけど。でも、できるだけ早く着ないとと思ったの。そうじゃないと、冬の間にはもう着る機会がないかもしれないから。派手すぎだと思われないか心配だわ」

「女性が白のドレスを着ていれば、派手すぎると思われることなんてないさ。いや、着飾りすぎているようには見えないし、完璧にふさわしい服装だよ。きみのドレスは本当にきれいだね。ぼくは特に、この光沢のある水玉模様が好きだな。ミス・クロフォードも同じようなドレスを着てなかったかな?」

 牧師館が近づいてくると、一行は厩舎前の広場と馬車小屋のそばを通り過ぎた。

「驚いた!」エドマンドは言った。「お客さんが来てるよ! 馬車もある! 一体誰なんだろう?」そしてよく確かめようとして、窓を下げた。「あれはクロフォードの馬車だ! 間違いなくクロフォードの馬車だ! 彼の御者たち二人がいつもの所に馬車を停めようとしている。確かに彼がここに来ているんだ。本当にびっくりだね、ファニー。彼に会えてとても嬉しいよ」

 ファニーは、自分は全然そう思わないと言う暇もなかった。でも自分を見る人間が他にも増えるのだと思うと、ファニーはますます恐怖におののいた。そんな動揺した気持ちのまま、彼女は客間に歩いて入っていくという恐ろしい儀式を行った。

 客間には、確かにクロフォード氏がいた。彼は少し前に到着して、ちょうど着替えを済ましてきたところだった。彼を囲んで立っているグラント博士夫妻やミス・クロフォードの笑顔や、嬉しそうなようすからすると、クロフォード氏は大歓迎されているようだった。彼はバースを発つ際、急遽、数日間牧師館に滞在することを決めたのだ5。クロフォード氏とエドマンドは、とても心の込もった再会の挨拶を交わした。ファニーを除いて、誰もが大喜びしていた。そしてファニー自身にとってさえも、彼がいるおかげでいくつかの利点があった。出席する人数が増えれば、誰からも注目されずに黙って座っていられるからだ。ファニーもすぐにこのことに気付いた。礼儀作法を重んじる心に従えば(伯母のノリス夫人の意見が何であれ)、ファニーは自分が女性の主賓客であることや、それに伴う名誉を受け入れねばならなかったが、一同が食卓についている間は、ファニーが参加する必要のない楽しいお喋りが盛んに繰り広げられていたのだ。─みんなそれぞれ話題がたくさんあった。兄と妹[ヘンリーとメアリー]はバースについて、二人の青年[ヘンリーとエドマンド]は狩猟について、クロフォード氏とグラント博士は政治について、そしてクロフォード氏とグラント夫人はありとあらゆることについて話した。そのためファニーは、『わたしはただ静かにみんなの話を聞くだけでよさそうだし、とっても楽しい一日を過ごせそうだわ』と最高に素晴らしい見通しを持つことができた。でもファニーは、クロフォード氏がマンスフィールドでの滞在を伸ばしてノーフォークから狩猟用の馬を連れて来るという計画には、全然興味を示さなかったし、一言もお世辞を言わなかった。この計画はグラント博士が提案し、エドマンドから勧められ、メアリーとグラント夫人からも熱心にせがまれたのだった。クロフォード氏はすぐにその気になり、決意を固めるため、ファニーからも勧めてほしいようだった。クロフォード氏から「狩猟にぴったりの、この見晴らしの良い天候はしばらく続くと思いますか?」とファニーは意見を求められたが、彼女の答えは失礼にならない程度に短くてそっけないものだった。ファニーは彼の滞在を望むことなどできなかったし、むしろ自分に話しかけてこないでほしいと願っていた。

 クロフォード氏の姿を見ると、ファニーは不在中の二人の従姉のこと──特にマライアのほう──がしきりに頭に思い浮かんだ。だが彼はそんな気まずい思い出などお構いなしといったように、平然としていた。クロフォード氏は、あらゆる出来事が起こったまさにこの地にまたやって来て、バートラム姉妹がいなくても喜んでここに留まるつもりのようだったし、ずいぶん楽しそうにしていた。彼はまるで、これ以外のマンスフィールド・パークの姿など全く知らないかのようだった。食卓では、彼がマライアとジュリアについてごく一般的な感じで話すのをファニーは聞いた。やがてみんなは客間に再び集まると、エドマンドは牧師の仕事についてグラント博士と熱心に話し込んで、二人はすっかり話に没頭しているようで、グラント夫人のほうもお茶の準備にかかりきりだった。そのためクロフォード氏は妹のメアリーに向かって、バートラム姉妹のことをもっと詳しく話し出した。意味ありげにニヤリと笑いながら(これを見てファニーは彼のことがますます大嫌いになった)、彼はこう言った。

「それじゃあ、ラッシュワースと麗しき花嫁は今ブライトンにいるんだな──幸せな男だ!」

「ええ、二人はブライトンにいるわ──もう二週間くらいかしら、そうよね、ミス・プライス?──ジュリアさんも一緒よ」

「それにきっと、イェーツ氏も近くにいるんだろうね」

「イェーツさんですって!──イェーツさんのことは何も聞いてないわ。マンスフィールド・パークへの手紙の中で、彼のことはほとんど言及されてないと思うわ。そうでしょ、ミス・プライス?──ジュリアさんはばかじゃありませんから、イェーツさんの話を書いてお父上を喜ばせようとは思わないわよ」

「可哀想なラッシュワースと四十二個のセリフ!」クロフォードは続けて言った。「誰も忘れることなどできないだろうな。気の毒な奴だ!──彼の姿が今も目に浮かぶよ。──彼の骨折りと絶望もね。まあ、彼の愛しのマライアだって、四十二個のセリフを自分に語りかけてもらいたくはないだろうな」──そして一瞬真剣な口調になって──「彼女にはもったいない男だよ──もったいなさすぎる」そして再び、優しく慇懃な口調になって、ファニーにこう話しかけた。「あなたはラッシュワース氏の一番のお友達でしたね。あなたの親切さと忍耐強さは決して忘れられませんよ。彼に何とかセリフを覚えさせようとあなたは根気強く辛抱されていたし──自然が彼に授けなかった頭脳を与えようと努めたり──あなたの頭脳のあり余った分を彼にも分けてあげて、理解力を補おうと努力されていましたね! 彼にはあなたの親切さを理解する分別はないかもしれませんが、でもあえて言わせて頂ければ、他の人たちはみんなあなたのことを立派だと思っていたんですよ」

 ファニーは顔を赤らめ、何も答えなかった。

「ああ、まるで夢のようだったな、楽しい夢だった!」数分物思いに耽った後、クロフォード氏はこう叫んだ。「あの素人芝居のことを思い出すときは、いつも強烈な喜びを感じるだろうな。本当に面白かったし、活気があったし、情熱がみなぎっていた! 誰もがそう感じていたよ。ぼくたちみんな生き生きとしていた。毎日どの瞬間にもやることがあって、希望や不安があって、活気づいていた。いつだって、乗り越えなければならないちょっとした反対意見や疑念や心配事があった。ぼくは最高に幸せだったよ」

 ファニーは無言の怒りを覚えながら、内心こうつぶやいていた。『最高に幸せだったですって! 自分がしたことは到底許されないと知ってるはずなのに、最高に幸せだったですって!──あんなに冷酷で恥ずべきことをしておいて、最高に幸せだったですって!──ああ、なんて腐った心の持ち主なんだろう!』

「ぼくたちは運が悪かったですね、ミス・プライス」クロフォード氏は、エドマンドに聞かれないように小声で続けた。ファニーの気持ちには全然気付いていないようだった。「本当に運が悪かった。あと一週間、たった一週間あれば十分だったんですよ。もしぼくらに物事を変える力があったなら─もしマンスフィールド・パークが秋分頃に海上の風を一、二週間支配することができたなら、きっと違った結果になっていたはずです。別に、大荒れの悪天候でサー・トマスの身を危険にさらすわけじゃない──でも、ちょっとした向かい風が絶え間なく吹いたりとか、もしくは凪でもよかったんだ。ねえミス・プライス、もしあの時季に大西洋で凪が起こってくれたならば、ぼくたちはお芝居を思いっきり楽しめたと思いますよ」

 彼は必ずや返事をしてくれるものと思っているようだった。ファニーは顔を背けながら、いつもよりしっかりとした口調でこう言った。

「いいえ、わたしとしては、サー・トマスの帰国が一日でも遅れてほしいだなんて思いませんでした。到着されたとき、伯父さまはあの素人芝居を全然快く思われていませんでしたし、何もかも行き過ぎだったとわたしは思います」

 ファニーはこれまで、彼に対してこんなに一気に喋ったことはなかったし、誰かに対してこんな怒った口調で話したのも初めてだった。言い終わると、彼女はぶるぶる震え、自分の大胆さに顔を赤らめた。クロフォード氏はびっくりしていた。だがほんのしばらく彼女について静かに考えた後、さっきよりも穏やかに真面目な調子で、まるで率直に自分の間違いを認めるかのようにこう答えた。

「確かにあなたのおっしゃる通りです。思慮深さよりも楽しさがまさってしまっていました。ぼくたちはちょっと騒ぎすぎていましたね」

そして話題を変え、別のことについてファニーと話そうとしたが、彼女の返事はとても遠慮がちで気乗りしない感じだったので、彼は少しも会話を弾ませることができなかった。

 ミス・クロフォードは、しきりにグラント博士とエドマンドのほうに目をやっていたが、こう言った。「あのお二人は何かとっても興味深いことを話し合ってるのね」

「この世でいちばん興味深いことさ」と兄のクロフォード氏が答えた──「どうやって金を稼ぐか──どうやって良い収入をさらに増やすか、だよ。グラント博士は、バートラムがもうすぐ受け継ぐ予定の聖職禄について、いろいろとアドバイスしてやってるんだ。彼は二、三週間のうちには牧師になるそうだ。二人はダイニングルームでもそのことを話していたよ。バートラムが金持ちになると聞いてぼくは嬉しいよ。じゃんじゃん使い放題の高収入が得られるんだからね。しかも大した苦労もせず稼げる。ざっと年収七百ポンドは下らないだろうな。年収七百ポンドといえば、次男にしちゃ相当な金額だよ。もちろん彼は実家にそのまま住むだろうし、収入は彼のささやかな娯楽ムヌ・プレズィールに全部使えるというわけだ。犠牲を払うことといったらたぶん、せいぜいクリスマスとイースターにお説教するくらいだろうね」

 メアリーは自分の気持ちを笑い飛ばそうとして、こう言った。「本当に面白いわね! みんな、自分よりずっと収入の低い人たちのことを『お金持ちだ』なんて気楽に言うんですもの。ねえヘンリー、もし自分の収入がたった七百ポンドで、ささやかな娯楽が限られてしまったら、きっと虚しくなっちゃうんじゃない?」

「たぶんそうかもしれない。でも、何事も相対的なものだよ。生まれと慣習によって事が決まるんだ。准男爵の家柄とはいえ、バートラムは次男にしちゃまちがいなく裕福なほうだ。彼が二十四、五歳くらいになる頃には、何にもしなくても年に七百ポンドがころがりこむんだから」

 ミス・クロフォードは『七百ポンドの収入を得るにはそれなりにやることはあるだろう、苦労もあるだろう』と言いたかったし、軽々しく考えることもできなかったが、思いとどまって聞き流すことにした。その後まもなくエドマンドとグラント博士が加わってくると、彼女は何とか平静を装って落ち着こうと努めた。

「バートラム」とヘンリー・クロフォードが呼びかけた。「ぼくがマンスフィールドに戻ってきたのは、きみの最初のお説教を傾聴するためなんだ。若い新人牧師さんを励ますために来たんだよ。いつになりそうなんだい? ミス・プライス、いっしょにあなたの従兄を応援しませんか? お説教の間中、彼のことをじっと見つめてやりましょう──ぼくはそのつもりですよ──一言も聞き漏らさないようにね。唯一目をそらすのは特に優れた立派な文句を書き留めるときだけにしましょう。メモ帳とペンも持っていきましょう。説教はいつなんだい? きみは絶対マンスフィールドでお説教をしなくちゃいけないよ、サー・トマスとバートラム夫人にも聞いて頂かないとね」

「きみにはできるだけ近づかないようにするよ、クロフォード」とエドマンドは言った。「応援してくれるというより、むしろ緊張させられてしまいそうだからね。他の誰よりも、きみがそんなことをしようとするのも見たくないしね」

『クロフォードさんもこれでこたえるかしら?』ファニーは思った。『いいえ、そんなはずないわ。ちゃんとした感じ方なんてできない人なんだから』

 いまでは一同が全員集まり、中心となって喋る人たちがみんなの関心を引きつけたので、ファニーは大人しく黙ったままだった。やがてお茶の後にトランプのテーブルが出されると──その予定はなかったのだが、気配り上手のグラント夫人が博士を楽しませるために提案したのだ──ミス・クロフォードはハープのほうに向かい、ファニーは演奏を聴く以外にすることがなかった。おかげで残りの夜は誰にも邪魔されずに静かに過ごすことができた。ただし、ときどきクロフォード氏が自分に話しかけてきて、質問してきたり意見を言ったりするものだから、ファニーは答えないわけにはいかなかった。ミス・クロフォードは、エドマンドが牧師になると聞いてあまりにも腹を立てていたので、音楽以外のことをする気にはなれなかった。ハープの演奏のおかげで、彼女は気持ちを落ち着かせて、他の人たちも楽しませることができた。

 エドマンドがこんなにも早く聖職に就くと聞かされて、ミス・クロフォードはまるで打ちのめされたかのようだった。そのことは先送りになったと思っていたし、まだまだ不確実でもっと先のことだと願っていたので、怒りと悔しさで胸がいっぱいだった。彼女はエドマンドにひどく腹を立てていた。自分の影響力はもっと大きいはずだと思っていたのだ。彼に対してはかなりの好意を抱き始めていたし──自分でもそう感じていた──ほとんど意志を固めていた。だけどもうこれからは、自分も彼と同じように冷ややかな気持ちで接するのだ。わたしが絶対に牧師の妻にはなりたくないことを彼は知っているはずなのに、そんな境遇に身を固めてしまうなんて、彼はわたしに対して真剣な考えも本当の愛情も抱いていないことは明らかだ。ミス・クロフォードは、彼に負けないくらい無関心でいることにした。今後は彼から心遣いを受けても、その場限りの楽しみ以上は考えないようにしよう。もし彼がこんなふうに愛情を抑えることができるのなら、わたしだって自分の愛情のせいで痛手をこうむってはならないのだ。

 

  1. 実のところ、ファニーは牧師館でディナーをとったことがある(第5章後半、メアリーの発言を参照)。バートラム夫人も作者オースティンも忘れているか、あるいは今までは他の人の招待に付いていっただけなので、きちんと名指しで招待される形でディナーに参加したことはないという意味かもしれない。
  2. 「ミス・クロフォードの立場に取って代わる」というのは、彼女に代わってファニーが主要な女性招待客(leading lady)になるということを意味する。当時のエチケットに従うと、ファニーが唯一の女性客なので、この座につくことになる。ノリス夫人もしぶしぶ認めている通り、「ミス・クロフォードは牧師館をわが家みたいに過ごしている」ため、leading ladyの立場はミス・クロフォードではなくファニーとなるが、ノリス夫人はその名誉を辞退するよう迫っている。
  3. もしノリス夫人が馬車で家まで送ってもらえるなら、そのついでに牧師館のファニーたちを連れて帰ることができる。馬車を出すには、馬の準備をしたり馬車に繋げたりするなど、出発の度に大変な手間がかかっていた。
  4. この記述から、グラント博士宅のディナーの時間は五時と分かる。(牧師館は近いとはいえ、四時半だと到着がギリギリすぎるため)
  5. 後の記述にもあるが、クロフォード氏は自分の領地エヴァリンガムへ狩猟に行くつもりだった。バースからノーフォーク州に向かう途中に、マンスフィールド・パークは位置している。地図を参照のこと。
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