高慢と偏見 第57章/エリザベス、コリンズ氏からの手紙について父と話し合い

◎高慢と偏見

 この驚くべき訪問でエリザベスの心はおおいにかき乱され、簡単には立ち直れなかった。何時間もひっきりなしにこのことを考え続けた。キャサリン令夫人は実際自分とダーシー氏が婚約したと思い込み、それを破棄させるためだけにわざわざロージングズからやって来たらしい。たしかに理にかなった計画ではある! だがどこから婚約の話が出てきたのかエリザベスは見当もつかず、途方に暮れた。たぶんダーシー氏の親友であるビングリーが自分の姉のジェインと婚約したので、そんな考えが湧いてきたのかもしれない。ひとつ縁談がまとまると、世間の人たちは同時にもうひとつの縁談も期待したくなるのだろう。そんな想像をふくらますには、自分がジェインの妹だというだけで十分なのだ。ジェインがビングリー氏と結婚すれば、ダーシー氏と顔を合わせる機会も増えるにちがいない。そのためルーカス家の人たちは(この一家とコリンズ夫妻との手紙のやりとりを通して、キャサリン令夫人は噂を耳にしたのだろうとエリザベスは結論づけていた)自分たち二人が近いうちに婚約するのはほぼ確実だと考えたのだ。エリザベス自身としても、いつか将来ありえるかもしれないと期待はしていた。

 だがキャサリン令夫人の発言を考えると、エリザベスは不安を覚えずにはいられなかった。令夫人がこの件に干渉して起こりうる結果を考えると、心配になってきた。令夫人はこの結婚を絶対に阻止すると言っていたことからして、甥のダーシー氏に話をするつもりにちがいない。自分との結婚に付きまとうさまざまな弊害を、先ほどのように逐一並べ立てて説得を試みるだろう。ダーシー氏がそれをどのように受け取るのかエリザベスにはわからなかった。彼が叔母に愛情を抱いているのか、叔母の判断をどのくらい尊重しているのかも、はっきりとはわからない。だが自分よりも彼のほうが、はるかに令夫人のことを高く買っていると考えるのは自然だ。ダーシー家とは全然釣り合わない親戚を持つ人間と結婚することはどれほど不幸なことかを令夫人はいちいち説明して、彼のプライドといういちばんの弱点を突いてくるだろう。エリザベスには説得力がなくばかげているように思える主張でも、威厳というものに重きを置く彼としては、そのような主張も良識のあるしっかりとした意見だと感じる可能性はある。

 もし彼がこれから先どうすればよいかと、今まで迷っていたとするなら──かなりありえそうなことではあるが──近親である叔母から忠告を受けたり嘆願されれば、すぐにその迷いも消えるかもしれない。そして家名がけがされずに済んで幸せだったと思おうと決心するかもしれない。その場合、彼はもうこの地方には戻ってこないだろう。キャサリン令夫人はロンドンを通り過ぎる途中でダーシー氏に会うに決まっている。ネザーフィールドにまた帰るというビングリーとの約束も、守られないにちがいない。

「だからもし、あいにく約束を果たせなくなったという口実の手紙が数日以内にビングリーさんのところに届いたならば」とエリザベスは言った。「それをどう解釈したらいいのか分かるわ。そうなったら、彼の変わらぬ愛情を期待したり願ったりすることもやめて、すべてあきらめよう。わたしの愛を手に入れることができたかもしれないのに、わたしのことを残念がって惜しむだけで彼が満足してしまうのなら、わたしのほうもそのうち、彼への未練は消えるだろう」

 だれが訪ねてきたかを聞いた他の家族たちの驚きは尋常ではなかった。だがみなありがたいことに、令夫人はきっとコリンズ夫妻が元気だと伝えるために来たのだろう、とベネット夫人と同じような推測をして自分たちの好奇心を満足させたので、エリザベスはこの件についてあれこれ詮索されて悩まされることはなかった。

 翌朝エリザベスが下の階に降りていると、書斎から出てきた父親とばったり会った。彼は一通の手紙を手に持っていた。

「リジー」ベネット氏は言った。「ちょうど探しにいくところだった。わたしの部屋においで」

エリザベスは父のあとについて書斎に入った。この話し合いは父の持っている手紙になにか関係があるのだろう。いったい何を言われるのかしら?と好奇心が高まった。突如、もしやあれはキャサリン令夫人からの手紙ではないかとひらめいた。これから説明しなければならない諸々のことを想像すると、暗い気持ちになった。

エリザベスは父親に従って暖炉のそばに行き、二人とも腰を下ろした。そして彼は言った。

「今朝ある手紙を受け取ったのだが、肝をつぶすほどびっくりしたよ。おもにおまえに関係があることなのだから、おまえもその内容を知っておくべきだろう。まさか娘二人が結婚寸前だとは知らなかった。たいした大物を捕まえたものだ、おめでとう」

エリザベスの顔はさっと赤くなった。手紙はキャサリン令夫人からではなく、ダーシー氏からのものだと即座に確信したからだ。彼がみずから説明してくれたことを喜ぶべきか、それとも手紙が自分でなく父親宛てだったことに腹を立てるべきか、エリザベスは決めかねた。ベネット氏は続けた。

「察しがついているようだね。若い娘たちはこんな事柄においてはすばらしく洞察力があるからな。だがおまえの勘の鋭さをもってしても、この手紙を寄越してきた人物の名前は当てられまい。この手紙は、コリンズさんからのものだ」

「コリンズさんから! いったいに何を言うことが?」

「もちろん、手紙を送ってくる目的にかなったことだ。まず、ジェインの間近にせまった結婚に対するお祝いの言葉で始まっている。おそらく噂好きのルーカス家の連中がご親切にも知らせてくれたのだろう。この件についての彼の祝辞を読み上げて、おまえをやきもきさせて楽しんだりはしない。おまえに関係する部分はその次だ。『このたびの喜ばしい慶事につきまして、わが夫婦ともども心からのお祝いを申し上げましたうえで、また別の件についても少々助言をさせて頂きたく存じます。この件はジェインさんの結婚報告と同じ情報筋から知らされたものです。聞くところによると、貴殿のお嬢さまであるエリザベス嬢が、姉上さまに続きもはやベネット姓を名乗られなくなるとのこと。またその運命のお相手とされる方は、我が国随一の名士と仰がれている人物とのことであります

だれのことを言っているか分かるかね、リジー?

この若き紳士は、この世の人間が望みうるすべて──莫大な財産と地所、高貴な家柄、多くの聖職禄推挙権──を兼ね備え、類まれなほど恵まれたお方であります。このように心引かれる魅力は数多くございますが、エリザベス嬢と貴殿にぜひご忠告させて頂きたく存じます。この紳士から求婚をされましたならば、当然これ幸いと即座に受け入れたくなるお気持ちになりましょうが、性急にこれを承諾することは、けだし不幸を招くことになるとご警告いたします。

この紳士がだれか想像がつくかい、リジー? だがもう明らかになる。

小生が貴殿にご警告させていただく理由は、次の通りです。彼の叔母上であらせられるキャサリン・ド・バーグ令夫人が、この縁組を好意的にご覧になっていないと思われるからです

どうだい、ダーシーさんがその紳士なのだよ! さあリジー、きっとおまえも驚いただろう。我々の知り合いの中でも、これほどまでにすぐ嘘だと分かるような人物の名前はあるまい。コリンズさんかルーカス家の連中か分からんが、よりによってダーシーさんの名を選ぶとは。ダーシーさんは女性を見れば粗探しするような男だし、たぶんおまえのことも今までろくに見たこともないだろうに! まったく、驚くべき話だよ!」

エリザベスは父親の冗談に付き合おうとしたが、苦笑いするだけで精一杯だった。父親の機知がこんなにも興ざめに思えなかったことはなかった。

「面白くないのかい?」

「まあ! いいえ、面白いですわ。続きはなんて?」

「『昨夜、小生がこの結婚の可能性についてキャサリン令夫人にお話ししましたところ、令夫人はいつもの謙遜な態度ですぐさまこの件に関するご意見を述べられました。ベネット家に対していくつか難点があることから、このような恥ずべき結婚(これは令夫人自身のお言葉ですが)には絶対に許可を与えないとのことでした。そのため小生がいち早くこの情報をわが従妹にお伝えし、お嬢さまとその高貴な崇拝者さまはどういうことをなされようとしているのか自覚され、適切な許諾を得ていない結婚を早まってされないようご忠告するのが、小生の義務と感じた次第であります。』コリンズさんはさらに加えて、『わが従妹リディア嬢のおいたわしい事件が穏便に解決できましたこと、幸甚の至りでございます。ただ小生の唯一の懸念は、結婚する前に彼らが同棲状態にあったことが世間に知れ渡ってしまっていることであります。けれども牧師としての地位に対する義務を怠るわけにはいけませんゆえ、明言させて頂きます。この若き夫婦の結婚後すぐに貴殿が彼らを貴宅に招き入れたと聞き、小生は驚きを禁じえません。それは悪徳の奨励であります。もし小生がロングボーンの牧師であったならば、必ずや断固反対したでしょう。確かにキリスト教徒として彼らを許すべきではありますが、彼らを貴殿の視界に入れることも認めてはなりませんし、耳の届く所でその名が口にされることも断じて許すべきではありません

これが彼の言うキリスト教徒としての寛容というわけだ! 手紙の残りの内容はただ、愛しいシャーロットの近況や待望のオリーブの若木(※子どものこと。旧約聖書からの文言)ができたことだけだ。しかしリジー、おまえは楽しんでいるようには見えないね。お上品に取り澄ました淑女でもあるまいし、つまらない報告に気分を害したふりをすることもなかろう。わたしたちが何のために生きてるって、隣人に笑われたり、逆に彼らを笑ってやったりするためだろう?」

「あら!」エリザベスは声を上げた。「とっても愉快ですわ。でもなんて奇妙な話なんでしょう!」

「そうだね──でもそれがまた面白い。もしほかの男が噂の相手だったなら、別になんでもなかっただろう。だがダーシーさんはおまえにまるで無関心なのだし、おまえのほうも彼に反感を抱いているのだから、たまらなく愉快でばかげている! 手紙を書くのは大嫌いだが、どんなことがあろうとコリンズさんとの文通はやめないでおこう。いや、彼の手紙を読んでいるとウィカムより好きにさえなってくるよ。わが義理の息子の厚かましさや偽善も、コリンズさんのと同じく大いに評価しているがね。そうだリジー、キャサリン令夫人はこの件について何を言ってたのかね? 結婚の同意なんてお断りだというために訪ねてきたのかい?」

この質問にエリザベスはただ笑って答えただけだった。何の疑いもなく聞かれただけだったので、何度も質問されて悩まされることはなかった。エリザベスは思ってもないことを思ってるかのように見せるのに、これほど困ったことはなかった。むしろ本当は泣きたい気分なのに、笑わなければならないのだ。ダーシー氏は無関心だと父親に言われてエリザベスはひどく動揺したし、なぜ父はこんなにも観察力がないのだろうと不思議に思わずにはいられなかった。でもたぶんもしかしたら、父があまりに少ししか物事を見ていないのではなくて、自分があまりにたくさん想像しすぎているのかもしれない。

 

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