高慢と偏見 第47章/大騒ぎのベネット家

◎高慢と偏見

 「何度も考えてみたのだがね、エリザベス」ラムトンから馬車に乗って走っていると、叔父が言った。「本当に、よくよく考えてみたのだが、この件のことはジェインと同じように考えたくなってきたよ。若い男がリディアのような娘にそんな悪だくみを企てるとは考えられない。あの娘は決して保護者がいないわけでも、友達がいないわけでもないのだし、だいたい大佐の家族のところに滞在していたのだよ。だから、最善のことを願いたくなってきたのだ。友人や家族があの娘に救いの手を差しのべないとでも?フォスター大佐の顔に泥を塗るようなことをしたのに、また連隊に受け入れられるとでも?いや、彼はちゃんとそのことを分かっていたはずだ。リディアを誘惑しても、そんな危険は割に合わないとね」

「本当にそう思われますか?」一瞬目を輝かせて、エリザベスは叫んだ。

「わたしもね、あなたの叔父さまの意見に傾いてきましたよ」ガーディナー夫人が言った。「もしそんなことをしたならば、世間体も名誉も裏切り、利益にも反するとんでもない罪だわ。ウィカムがそこまで悪人だとは思えません。リジー、彼が本当にそんなことができる人だとして見放してしまうの?」

「たぶん彼は、自分の利益を無視することはしないでしょう。だけどその他のことなら何だって彼は軽んじるだろうと思います。本当に、叔父さまたちの言う通りならいいのですけれど! でも、そう願うだけの勇気はありませんわ。もし二人が結婚するつもりなのだとしたら、なぜスコットランドに行かなかったのでしょう?」

「そもそも」ガーディナー氏は答えた。「二人がスコットランドに行っていないという絶対的な証拠はないのだよ」

「ああ! でも、シェイズから駅馬車に乗り換えたことが根拠ですわ1!それに、バーネット街道では二人が通った形跡はありませんのよ」

「じゃ、それでは──二人はロンドンにいると考えてみよう。ロンドンにいるのは身を隠すのが目的だとしても、非難されるような目的のためではあるまい。二人ともお金があり余るほどあるとは思えない。スコットランドで結婚するよりロンドンで結婚したほうが、スムーズではないけれども、ずっと節約になると思いついたのかもしれない」

「でも、なぜ隠れているんです? なぜ見つかることを恐れているんです? なぜ内密に結婚式を挙げなければならないんでしょう? ああ! いいえ、とてもありそうにないわ。ジェインが手紙で説明したように、ウィカムの仲の良い友人が、彼はあの娘と結婚するつもりはないと言っているのですよ。ウィカムは決してお金のない女性とは結婚しません。そんな余裕はないのです。若さと、健康と、陽気であること以外、リディアに一体どんな魅力があるというのでしょう? 彼が良い結婚をして利益を得るチャンスを、あの娘のためにふいにするはずがありませんわ。連隊での不名誉を恐れる気持ちが、どのくらいあの破廉恥な駆け落ちをためらわせる歯止めとなるのかは、わたしには分かりません。こんなことをしでかしたら、軍隊ではどんな結果になるか全然知らないからです。でも家族の者が救いの手を差し伸べるだろうという、叔父さまのもう一つの反対意見も、残念ながらうちの家族には当てはまりません。リディアには助けに乗り出してくれる男兄弟がいないからです。それにウィカムはお父さまの無精なところや、家庭のことにほとんど関心のない態度を見て、こんな事態であってもろくに行動することも考えることもないだろうと思われたのかもしれません。よその父親ならそうするでしょうが」

「だが、リディアが全てをなげうってまで彼のことを愛して、まさか結婚せずに同棲するなどということに同意したなんて考えられるのかね?」

「そのようですわ、ショックですけれども」エリザベスは目に涙を浮かべながら答えた。「その点で妹の倫理観や貞操観念を疑わなければならないなんて。でも本当に、何と言えばいいか分からないのです。たぶんわたしはあの娘のことを正しく評価できていないのかもしれません。だけどあの娘はまだ年端も行かぬ少女なのです。真面目な物事について考えるということを、一度も教えられてきませんでした。ここ半年間、いえ、この一年ほどは、あの娘はただ面白おかしく遊びほうけて、見栄を張ることにばかり熱中していました。だらだらと自堕落に時間を浪費しても許されていましたし、耳当たりの良い意見にだけ従っていました。✗✗州の連隊がメリトンに来た時から、あの娘には愛だとか恋愛ごっこだとか士官のことしか頭になかったのです。そんなことばかり考えて喋ったりして、ただでさえ多情多感な心をさらに目いっぱい──なんと言えばいいかしら? 助長させて、ひたすら感情のおもむくままに行動していたのです。当然、ますます溌剌はつらつとしていましたわ。そしてウィカムもあの魅力的な外見と物腰では、女性はみな虜にされてしまうことはお分かりでしょう」

「でもジェインは、ウィカムがそんな悪だくみができるほど腹黒い人だとは思っていないようだけど」と叔母が言った。

「一体ジェインがだれのことを悪く思えますの? 過去の行いが何であろうが、証拠が目の前に出されるまでは、ジェインはだれのこともそんな悪だくみができる人とは信じないのよ。だけどジェインもわたしと同じく、ウィカムの本性を知っています。あらゆる点で、彼が悪に染まっているということを知っているの。あの人に誠実さや道徳心なんてものはありません。人に取り入っておべんちゃらばかり言っている、嘘つきの詐欺師です」

「それであなたは、そのことを本当に全部知っているの?」ガーディナー夫人は、姪がどこからそんな情報を得たのか好奇心がわいてきて、叫んだ。

「ええ、知っています」エリザベスは赤面しながら答えた。「先日、ダーシーさんに対してウィカムがどんな卑劣な行いをしたか、お話ししたでしょう。そして叔母さまも以前ロングボーンにいた時、ウィカムがどんなふうにダーシーさんのことを悪く言っていたか耳にしたでしょう。でもそうやって悪口を言われていたダーシーさんこそ、ウィカムに聖職禄のかわりに大金を与えて、そのうえ借金まで肩代わりしてくれて、あんなに忍耐強く寛大に振る舞ってくれた恩人なのよ。それともうひとつ、わたしの一存では言えない話もあるんです──お話しするのも汚らわしいことが。だけどとにかく、ダーシー家の人たちに関する彼の嘘を挙げればキリがありません。彼がダーシー嬢について言っていたことから、わたしは高慢で、よそよそしくて、不愉快なお嬢さんに会うのを覚悟していました。でも彼は、それとはまるで正反対だってことを知ってたんですわ。わたしたちもこのあいだお会いして分かったように、ダーシー嬢はとても感じの良い気取りのないお嬢さんだってこと、彼も知っていたはずです」

「けれど、リディアはそういうことを何も知らないの? あなたとジェインがそんなにもよく知っていることを、リディアが全然知らないなんてありえるの?」

「ええ、ありえますわ!──それが一番いけなかったことなんです。ケントでダーシーさんや親戚のフィッツウィリアム大佐に会って初めて、わたしはこの事実を知ったんです。そしてロングボーンの家に帰ると、✗✗州の国民軍は一、二週間のうちにメリトンを去ることになっていました。ジェインにはすべてを打ち明けましたけど、連隊が去るならば、この件を表沙汰にする必要はないだろうとわたしたちは思ったのです。近隣の人みんなに好かれている彼の評判をいまさら覆したって、なんの利益があるのでしょう?リディアがフォスター夫人とブライトンに行くことになったときも、ウィカムの正体をあの娘に知らせる必要があるだなんて、全然思いもしませんでした。あの娘がたぶらかされる恐れがあるだなんて、一度も頭に浮かばなかったのです。まさかこんな結果になろうとは、信じて下さるでしょうけど、まったく思いも寄らなかったのです」

「それでは、連隊がみなブライトンに移ったとき、あの二人が恋をしているなどと信じる理由はなかったのだね」

「ほんのこれっぽっちもありませんでした。どちらの側にもそんな恋の兆候を見た覚えはありません。もし少しでもそんな気配があるのなら、うちの家族が見逃すはずないことはお分かりでしょう。ウィカムがはじめ連隊に入ったとき、あの娘はすぐに彼に惚れていましたわ。でもみなそうだったのです。メリトン近辺のあらゆる娘は、最初の二ヶ月くらいはみな彼に首ったけになっていました。でも彼は決してあの娘のことを特にお気に入りとして扱ってはいませんでした。そのためリディアは散々彼に夢中になって熱を上げていたのに、数ヶ月も経つとその好意は薄れ、自分をもっとちやほやしてくれる他の士官にまた目移りするようになったのです」

 ロングボーンへの帰途につく間じゅう、この重大な駆け落ち事件に関する不安や希望、推測などが何度も話し合われたところで、目新しいことはほとんど出てこなかったけれども、ほかの話題を話す気にはなれなかった。この問題がエリザベスの頭から離れることはなかった。苦悩し、自分を責める気持ちにさいなまれ続け、一瞬たりとも落ち着くこともできず、このことを忘れることもできなかった。

 一行はできるだけ迅速に旅を進めた。車中で一泊し、翌日のディナーの時間にはロングボーンに到着することができた。ジェインをあまり長く待ちくたびれさせなかったはずだと思うと、エリザベスはほっとした。

 ガーディナー家の子どもたちは、芝生を走ってくる四輪馬車シェイズの姿に気付き、玄関の踏み段のところに群がっていた。馬車が玄関口まで乗り入れると、驚いたのと嬉しいのとでぱっと顔が明るくなった。子どもたちは陽気にはね回ったり飛び上がったりして体中で喜びを表現し、エリザベスたちをまず初めに出迎えてくれた。

 エリザベスは馬車から飛び降り、小さな従弟妹たち全員に急いでキスをしたあと、足早に玄関に入った。そこで、母親の部屋から走って降りてきたジェインとすぐに顔を合わせた。

 エリザベスは両目に涙を溜めながら愛情こめて姉を抱きしめると、間髪をいれず、逃げ出した二人について何か聞いていないかと尋ねた。

「いいえ、まだよ」ジェインは答えた。「でももう叔父さまが来たのだから何もかも良くなるわ」

「お父さまはロンドンに?」

「ええ、手紙にも書いたとおり、火曜日に発たれたわ」

「それで、お父さまからの便りは何回かあったの?」

「一度だけよ。水曜日に短い手紙が送られてきて、無事着いたということと、わたしが絶対に住所を教えてねとお願いしてたから、ロンドンでの居所を知らせてくれたわ。あとは、何か知らせるべき重要なことがあるまでは手紙を書くことはない、とだけ」

「それでお母さまは──具合はどうなの? あなたやみんなは?」

「お母さまはそれなりにお元気よ、かなり気持ちが高ぶっているけれども。上の階にいるから、あなたや叔母さまたちに会えたらすごく喜ぶと思うわ。まだ部屋から出ることはできないの。メアリーとキティは、ありがたいことにとっても元気よ」

「でもお姉さまは──お姉さまはどうなの?」エリザベスは叫んだ。「顔色が悪いわ。どれだけのことを耐え抜かなければならなったか!」

 だが姉は、わたしは全然大丈夫と言って安心させた。ガーディナー夫妻が子どもたちの相手で忙しくしている間、エリザベスたちはこうやって話していたが、みながこちらにやって来たのでそれも中断された。ジェインは叔父と叔母のもとに駆け寄り、嬉し泣きして歓迎し、お礼を言った。

 客間にいる間、エリザベスがすでにした質問を叔父たちがくり返したが、ジェインが与えられる情報は何もなかった。だが心の優しい彼女は、あの二人はロンドンで結婚するつもりかもしれないという楽観的な希望を、まだ捨ててはいなかった。きっと万事上手くいくだろうし、朝になるといつも、今日こそはリディアかもしくは父親からなりゆきを説明する手紙が届いて、おそらく結婚も報告されるだろう、といまだに願っていた。

 みなは数分間話した後、ベネット夫人の部屋に行くと、まさに予想していたとおりの光景を目にした。ベネット夫人は涙を流しながら未練たっぷりにくどくどと嘆き、ウィカムの極悪非道な行いをののしったり、自分は酷い目に遭わされていると愚痴をこぼしたりしていた。みなのせいだと責めたが、娘がこんな過ちを犯したのも、もとはといえば自分が無思慮に彼女を甘やかしていたせいだという考えは、夫人の頭には浮かばないのだった。

「もしも」ベネット夫人は言った。「わたしの意見を通して、家族全員がブライトンに同行できていたなら、こんなことは起こらなかったのよ。だれも可哀想なリディアの面倒を見てやっていなかったんだわ。なぜフォスターさんたちは、あの娘から目を離してしまったのかしら? きっとあの人たちにほったらかしにされてたんですよ。だってあの娘はちゃんと世話されていたなら、こんなことをしでかすような娘じゃありませんもの。あの人たちはリディアの保護者には向いていないっていつも思っていたんですよ。だけど、わたしの意見はいつも押し切られてしまうの。なんて可哀想な子! 主人も行ってしまって、ウィカムと顔を合わせればすぐ決闘になるでしょうし、そして主人は殺されてしまうのよ。そしたらわたしたちは一体どうなるの? お墓の中で冷たくならないうちから、コリンズ夫妻はきっとわたしたちを追い出しにかかるわ。おまえが親切にしてくれなかったら、わたしたちどうすればいいのか分からないわ」

みなは、そんな恐ろしい考えはやめるよう口々に叫んだ。そしてガーディナー氏はベネット夫人と家族全員に対する愛情を保証し、明日にはロンドンに行って、ベネット氏と一緒にリディアを連れ戻すのに全力を尽くすと約束した。

「無用な心配をするのはおよしなさい」彼は言った。「最悪の事態に備えることは正しいけれども、それが確実だとする理由はないのだよ。あの二人がブライトンを去ってからまだ一週間も経っていない。もう二、三日もしたら新しい知らせが入るだろう。彼らが結婚もしてないし結婚するつもりもないと分かるまでは、この件が駄目になってしまったと考えるのはよそう。ロンドンに着いたら、すぐに義兄のところへ向かって、グレイスチャーチ通りの我が家まで来てもらうよ。それから何をすべきか話し合うのだ」

「ああ、愛しい弟よ!」ベネット夫人は答えた。「それこそまさにわたしが望んでいたことだわ。ロンドンに着いたら、あの二人がどこにいようと見つけ出すんですよ。もし二人がまだ結婚していなかったら、絶対に結婚させるんですよ。それと、ウェディングドレスのことで結婚を待たせてはいけないけど、結婚した後になんでも好きなのを買ってあげるからとリディアには伝えてちょうだい。そしてなによりも、主人に決闘させてはなりませんよ。わたしがどれだけ悲惨な状態か伝えてね──恐怖で正気を失いそうで、体中ぶるぶるがくがく震えて、わき腹もけいれんして、頭も痛くて、心臓もばくばく動悸がして、昼も夜も一睡もできないとね。それからリディアに、わたしに会うまでウェディングドレスは一切注文するなと言ってちょうだい。どの店が一番いいかあの娘は分かっていませんからね。ああ、おまえはなんて親切なんでしょう! おまえなら万事うまく片付けてくれると信じているわ」

 ガーディナー氏は、この件には全身全霊で取り組むことを再び約束して安心させたが、期待するにしても不安がるにしても、ほどほどにしておいたほうがいいと言わずにはいられなかった。ディナーの時間までこんな調子で話し続け、みなが引き上げたあとベネット夫人が感情をぶちまける相手は、娘たちのいない間に夫人の世話をする女中頭にすべて任せておいた。

 こんなふうにベネット夫人が家族から離れて引きこもる必要など本当はないのではないかとガーディナー夫妻は思ったが、あえて反対意見も言わなかった。食卓についている間、夫人が召使たちの前で言葉を慎むほど賢明でないと知っていたし、最も信頼できる女中頭にだけこの件の心配や愚痴を聞いてもらうほうがよいと判断したからだった。

 まもなくメアリーとキティが食堂でみなと合流した。ここに現れるまえ、二人はそれぞれの部屋で自分のことに忙しくしていた。メアリーは読書に、キティは着替えて身だしなみを整えるのに忙しかったのだ。だが二人の表情はかなり落ち着いていたし、目に見える変化はなにもなかった。ただキティはお気に入りの妹がいなくなったためか、はたまたこの件で怒られたためか、いつもより口調がいらいらとして怒りっぽかった。メアリーに関しては、食卓につくとすぐに、深刻に思いつめた顔つきでエリザベスにこうささやいた。

「今回の件は本当に嘆かわしい事件だわ。おそらくたくさん噂されるでしょうね。でもわたしたちは悪意の流れをせき止めて、お互いの傷ついた胸に姉妹間の慰めという香油を注ぎ込みましょう」

エリザベスが返事をする気がないのを見ると、メアリーは続けて言った。「リディアにとっては不幸な出来事だけれども、わたしたちはこのことから有益な教訓を導き出せるわ。つまり、女性における貞操の喪失は取り返しがつかないということ──一歩でも道を誤ると一生の破滅だということ──女性の誉れは美しいと同時にもろくはかないということ──そして、価値なき異性に対してはどんなに用心深く行動してもし足りないということね」

 エリザベスは思わず目を上げたが、あまりに意気消沈して返事をすることもできなかった。だがメアリーは今起こっている不幸な災難からそのような道徳訓を引き出して、気持ちを慰め続けていた。

 ディナーのあと、ジェインはエリザベスは半時間ほど二人っきりになれた。エリザベスはすぐにこの機会を利用してたくさん質問をし、ジェインも同じく熱心にその質問に答えた。リディアたちは結婚しないかもしれないという、この出来事の恐ろしい続報に二人とも嘆き悲しんだが、エリザベスはそれがほぼ確実だと考えているのに対して、ベネット嬢はまったくありえないことではないと考えていた。エリザベスは続けてこう言った。

「まだ聞いていないことがあれば、何もかも教えてちょうだい。もっと詳しいことを話して。フォスター大佐は何と言っていたの? この駆け落ちが起きる前に、あの人たちは何も気付いていなかったの? 二人がいつも一緒にいるのを見ていたはずよ」

「フォスター大佐は確かに、お互いに好意を持っているのではないか──特にリディアの側が、としばしば疑っていたそうなのだけど、でも不安になることは何もなかったって。大佐のことお気の毒に思うわ。たいそう思いやり深く親切に振る舞っていらっしゃったわ。あの二人がスコットランドに行っていないと判明する前にも、大佐はこの件に助力すると約束するためにこちらへ向かっているところだったの。でも、結婚しないかもしれないという噂が広まってくると、大佐はさらに大急ぎで駆けつけてくださったのよ」

「デニーさんは、ウィカムが結婚する気はないと信じているの? 駆け落ちの計画は知っていたのかしら? フォスター大佐はデニーさん自身と会ったの?」

「ええ。でも彼に問いただすと、二人の計画は知らなかったと否定して、その件に関して個人的な見解を言うのを控えてしまったそうよ。二人は結婚しないという確信を繰り返すことはなかったって。──そのことから、わたしは希望を持ちたくなってきたの。デニーさんは以前は思い違いをしていたのかもしれないわ」

「じゃあフォスター大佐が来るまでは、二人は本当に結婚しないかもしれないという懸念は、だれの頭にも思い浮かばなかったのね?」

「そんな考えがわたしたちの頭に思い浮かぶはずないじゃない! 確かに少し不安にはなったわ──彼と結婚してもリディアは幸せになれないのじゃないかって。だって彼はいつも品行方正というわけではないと知っていたもの。お父さまとお母さまはダーシーさんとの件を何もご存知ないから、この縁組がいかに無分別かということだけ考えていらしたわ。それからキティは誰一人知らないことを知っているからか得意げに、リディアは最後の手紙でこの駆け落ちの準備のことを教えてくれたと打ち明けたのよ。二人が愛し合っていたことを、キティは何週間も前から知っていたようね」

「でも、ブライトンに行く前はそうじゃなかったんでしょう?」

「ええ、おそらくそうね」

「フォスター大佐はウィカムのことを悪人だと思っているようだった? 彼の本性を知っているのかしら?」

「残念だけど、以前ほどウィカムのことを良く言ってはなかったわ。軽はずみで金遣いの荒い男だと思うって。そしてこの悲しい事件が起こってから、彼はメリトンじゅうのお店に借金を残していったと言われているの。でもこれは嘘だと願いたいわ」

「ああジェイン、もしわたしたちが秘密にせず、彼について知ってることを話していたならこんなことにはならなかったんだわ!」

「たぶんそのほうがよかったかもしれないわね」姉は答えた。「だけど、現在の気持ちがどうなのかも知らずに人の過去の行いを暴露するなんて、不公平に思えるわ。わたしたちは良かれと思って行動したのよ」

「フォスター大佐は、リディアが夫人に残した書き置きのことについて詳しいことを話した?」

「わたしたちに見せるために持ってきてくれたわ」

ジェインはポケットの手帳から手紙を取り出し、エリザベスに渡した。その内容は以下のとおりだった。

親愛なるハリエットへ

 あたしがどこへ行ってしまったか知ったら、あなたは大笑いするでしょうね。明日の朝あたしがいなくなったのを知って、あなたが驚く顔を想像すると笑わずにはいられないわ。これからグレトナ・グリーンに行きますけど、だれと一緒に行くか分からなければあなたは相当なおばかさんね。だってあたしが愛する人はこの世でただ一人ですもの、そして彼は天使のような人よ。彼がいなければ絶対に幸せになれっこないわ、だから逃げ出しても悪く思わないでね。あたしが行ったことをロングボーンの人たちに知らせる必要はないわ。だって自分で手紙を書いて、最後に『リディア・ウィカム』と署名してみせたほうが、もっとみんなをびっくりさせられるんですもの。なんてけっさくなジョークなんでしょう! 笑ってしまって字も書けないわ。プラットには今夜ダンスのお相手をできなかったこと、謝っておいてね。事情を全部知ったら許してくれるでしょうし、次の舞踏会で会ったときには喜んで彼とダンスすると伝えてね。ロングボーンに着いたら洋服を送ってもらうわ。でも荷造りする前に、刺しゅう入りのモスリンのドレスが裂けてしまってるから直しておくようサリーに言ってちょうだい。さようなら。フォスター大佐によろしくね、あたしたちの旅の無事を祈って乾杯してくださいますよう。

あなたの親愛なる友人
リディア・ベネット

「ああ! なんて愚かな、愚かなリディア!」読み終わるとエリザベスは叫んだ。「こんな時に書いた手紙の内容がこれだなんて。だけど少なくとも、あの娘は真剣に結婚するつもりで逃げ出したようね。そのあとにウィカムが何と言いくるめたにしても、同棲しようという破廉恥な計画を持ちかけたのは彼女ではないわね。お気の毒なお父さま! どれだけこたえたことか!」

「あんなにもショックを受けた人を見たことなかったわ。十分間は口もきけなかったの。お母さまはあっという間に気分が悪くなってしまって、家じゅう上を下への大騒ぎだったのよ!」

「ああ、ジェイン!」エリザベスは叫んだ。「その日のうちに、召使たちはみな事情を全部知ってしまったんでしょうね?」

「さあ、分からないわ。──そうでなければいいけれど。でもそんな騒ぎの時に用心深くいるのはとても難しいでしょう。お母さまはヒステリーになってしまって、わたしもできる限り介抱したのだけれど、思ったほどのことはできなかったの。でもこれから何が起こるかと思うと怖くて、ろくに頭が回らなかったのよ」

「お母さまの付き添いは、あまりにもあなたの手に負えないことだったのよ。あまり具合が良さそうに見えないわ。ああ! わたしがいっしょにいたなら、お姉さま一人であらゆる世話をしたり不安を抱えることはなかったのに」

「メアリーとキティがとても親切にしてくれたし、一緒になって骨を折ってくれたわ。だけど二人には悪いことしたわ。キティはか弱くて繊細だし、メアリーもたくさん勉強するから、あまりその邪魔になってはいけないし。フィリップス叔母さまは、お父さまが出発した翌日の火曜日にロングボーンに来たの。ご親切にも木曜日まで滞在してくれて、色々と手伝ってくださってみんなほっとしたわ。ルーカス夫人も本当にご親切で、水曜の朝にここまで歩いていらして、わたしたちを慰めに来たのよ。もし自分や娘たちにできることがあれば何でもお役に立つと申し出て下さったの」

「家にいてくださればよかったのに」エリザベスは声を上げた。「善意のつもりなんでしょうけど、こんな不幸な事態のときには近所の人とはあまり顔を合わせたくないものよ。力になるなんて不可能だし、慰めも耐えられないわ。遠くからわたしたちを眺めて、優越感に浸って満足してればいいのよ」

それからエリザベスは、父親がロンドンにいるあいだ、リディアを見つけ出すために取ろうとしている措置について尋ねた。

「お父さまはたぶん、二人が最後に馬を変えたエプソムに行くつもりだと思うわ」ジェインは答えた。「そこで御者に会って、何か聞き出せないか確かめるつもりらしいの。お父さまの主な目的は、あの二人をクラパムから乗せていった駅馬車の番号を探すことにちがいないわ。駅馬車はロンドンから乗客を乗せてやって来たはずでしょう。二人連れの男女が馬車から馬車へ乗り換えたりしたら目立つだろうから、クラパムで聞き込みをすることにしたのね。御者がどの宿で乗客を降ろしたか突き止めることができれば、そこで捜索するつもりなんでしょうし、その馬車の停留所と番号も分かるかもしれないと思われたんだわ。ほかにお父さまがどういうおつもりなのかは、見当もつきません。でもお父さまは大急ぎで出発して、かなり取り乱された様子だったから、これだけのことを聞き出すのもやっとだったわ」

  1. 一般的に、シェイズは地方を旅するのに使われる馬車。駅馬車(ハックニーコーチ)はロンドン市内のみを走る馬車。
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