コリンズ氏のプロポーズについての議論はいまやほぼ終わりを迎えていた。エリザベスはそれに必然的に伴う不愉快な感情と、母親からのぐちぐちとした嫌味にときどき耐えるだけでよかった。コリンズ氏については、彼はきまり悪がって落胆したりエリザベスを避けようとするというよりかは、堅苦しく振る舞って憤然と黙り込むような態度をして自分の気持ちを表していた。彼はエリザベスにほとんど話しかけず、そのあと一日じゅう熱心な心遣いを尽くす相手はルーカス嬢になった。シャーロットは礼儀正しくコリンズ氏の話に耳を傾けてくれていた。そのためベネット家全員、とりわけエリザベスはほっと安心したのだった。
翌朝になってもベネット夫人の不機嫌さや体調不良は良くならなかった。コリンズ氏もまた、むすっと腹を立てて尊大な様子のままだった。こんなに怒っているのだから滞在も短くなればよいのにとエリザベスは思ったが、彼の計画はそんなことにまったく影響を受けないようだった。コリンズ氏はこれまでもずっと土曜日に出発する予定だったし、土曜日まで滞在するつもりなのだ。
朝食のあと、娘たちはメリトンまで歩いて行った。ウィカム氏が帰ってきたかどうか確かめて、ネザーフィールドの舞踏会を欠席したのは残念でしたと伝えるためだ。ウィカム氏とは町に入ったところで合流し、フィリップス叔母の家まで付き添ってくれた。そこでは彼の後悔と苦しみについて話し合われ、みなが口々に心配の気持ちを口にした。──しかしウィカムはエリザベスに対してだけ、舞踏会を欠席したのは自分の意志で決めたことなのですと自分からこっそり打ち明けた。
「ぼくには分かったのです」と彼は言った。「その時が近づくにつれ、ダーシーさんには会わないほうがいいということを。──同じ部屋にいて、何時間も彼と同じ集まりの中にいるのは、ぼくには耐えられそうになかった。それにその光景は、ぼく以外の人に対しても不快感を与えるおそれがあるだろうと思ったのです」
エリザベスは彼の忍耐強さをおおいに褒めた。ウィカムと他の士官がロングボーンまでみなを送ってくれたが、その間ウィカムは特にエリザベスに付き添っていたので、二人はさらにその話をし、礼儀正しくお互いにいろいろなことを心ゆくまで褒めあった。また、彼が家まで送ってくれたのには二重の利点があった。エリザベスはこれは自分への好意の表れだと思ったし、彼を父親と母親に紹介する機会としてちょうどよかったからだ。
娘たちが帰宅してまもなく、一通の手紙がベネット嬢に届いた。それはネザーフィールドからのもので、ジェインはすぐに開封した。その封筒には光沢のある優美で小さな便箋が入っており、淑女らしく美しい流麗な筆跡で埋められていた。エリザベスは姉が手紙を読むにつれてみるみる顔色を変えるのを目撃し、ある特定の部分にしきりに目が注がれているのを見た。ジェインはすぐにさっと我に返り手紙をしまって、いつも通り明るく会話に加わろうとしていた。しかしエリザベスはどうしたのだろうかと心配になり、ウィカムからさえ意識をそらしてしまうほどだった。そして彼と士官たちが暇を告げて去るとすぐに、ジェインからエリザベスに目配せがあって2階に付いてくるよう伝えてきた。自分たちの部屋で二人っきりになると、ジェインは手紙を取り出して言った。
「これはキャロライン・ビングリーからよ。読んでびっくりしてしまったわ。あの一家の人たちはみな今ごろネザーフィールドを発って、ロンドンに行く途中なのですって。手紙を読むから聞いていてね」
それからジェインは最初の文を声に出して読んだ。それによると彼らは兄のビングリー氏をロンドンまで直接追うことに決め、その日はグロブナー通りのハースト氏の家でディナーを取ることにしたらしい。その次の文はこんなふうに書かれていた。『親愛なる友よ、ハートフォードシャーへの心残りは、あなたとのお付き合い以外には一切何もありません。でもまたいつかそのうち喜びに満ちた交際が多くできることを願っております。その間は心を開いた文通を頻繁に交して、別離の苦痛を和らげることができますように。そう期待しておりますわ』
なんて大げさな表現だろう、とエリザベスは不信感いっぱいで聞いていた。彼らがこんなに突然立ち去ったことには驚いたが、別に悲しむことはないと思った。姉妹たちがネザーフィールドを留守にすることにしても、ビングリー氏が帰ってこないことにはならないからだ。それにビングリー氏と付き合える楽しみがあれば、あの姉妹との交際がなくなってもジェインはすぐに気にならなくなるだろうとエリザベスは確信を持って言った。
「あいにくだったわね」少し間をおいてエリザベスは言った。「あなたのお友達がこの地方を去る前に会えなかったのは。でもビングリー嬢が楽しみにする将来の幸福は、彼女の予想よりも早く訪れるかもしれないわ。いまは友人として楽しくお付き合いをしてるけど、これからは義理の姉妹として新たにお付き合いするのかもしれなくてよ?──ビングリーさんがあの人たちにロンドンで引き止められることはないと思うわ」
「キャロラインは断言してるけれど、一家のだれもこの冬はハートフォードシャーに戻るつもりはないって。その部分を読んであげるわ─『昨日兄が出発した時、彼はそのロンドンでの用事は3,4日で終わると思っていたようですが、わたしたちはそれは無理だと分かっていました。チャールズがいったんロンドンに着けば、また急いでそこを離れるつもりはないであろうというのも分かっていました。なのでわたしたちはロンドンまで追いかけていくことにして、兄が何の楽しみもないホテル生活で暇な時間を過ごすことのないようにと思ったのです。わたしの知人もたくさん、すでに冬にはロンドンにおります。親愛なる友よ、あなたもこちらにいらっしゃってくれればと思うのですけども、それは望めそうにありませんわね。ハートフォードシャーでのクリスマスが例年と同じく陽気なものになるよう心から願っております。また、わたしたち姉妹と共に去った3人の紳士の損失をお感じになる暇がないほど、洒落た伊達男の紳士がたくさん現れることを祈っておりますわ』」
「これで明白じゃなくって?」ジェインが言った。「ビングリーさんはもうこの冬は帰ってこないということが」
「明白なのは、ビングリー嬢は彼が帰るべきでないと考えているということだけよ」
「なぜそう思うの? それはあの方自身がなさることよ。──自分の行動は自分で決められるんですもの。でもあなたは何もかも知ってはいないものね。特に心が傷ついた部分を読むわ。あなたには隠し事をしたくないの。『ダーシーさんは妹さまに会うのが待ちきれないようです。実を言うと、わたしたちも負けず劣らず彼女に会いたくて仕方ありませんの。ジョージアナ・ダーシーはその美しさ、優雅さ、教養において並ぶものは誰一人おりませんわ。ルイーザとわたしがダーシー嬢に対して感じる愛情は、将来わたしたちと義理の姉妹になってくれればという希望も相まって、より意義深く価値のあるものになるでしょう。この件についてわたしの気持ちを以前あなたにお伝えしたかどうか分かりませんけど、このことを打ち明けずにはハートフォードシャーを去れませんし、あなたもきっとこの希望が大それたものとは思いませんわね。わたしの兄はすでにダーシー嬢を褒め称えており、いまや親しい間柄で彼女としばしばお会いできるでしょう。ダーシー家の親戚方もみな、こちらの親戚と同じくらい二人の結婚を望んでおりますの。チャールズはどんな女性の心も捉えられるのだと考えても、妹ゆえの贔屓目だとは思いませんわ。二人の愛情にとってあらゆる状況が好都合ですし、それを邪魔するものは何もありません。ねえ愛しいジェイン、兄とダーシー嬢の結婚という、多くの人に幸せを保証する出来事への望みにふけってしまうのは、間違ったことかしら?』」
「この文章をどう思う、リジー?」──読み終わるとジェインが言った。「これで疑う余地はないのではなくて?──キャロラインは、わたしが義理の姉妹となると思ってもないし希望もしていないとはっきり宣言しているわ。彼女は完全にビングリーさんがわたしに無関心だと思っているし、もしこちらの好意にうすうす感づいているのだとしたら、彼女は(ご親切にも!)用心して身を引くよう伝えてるつもりなのではないかしら?この件について別の見方なんてできる?」
「ええ、できるわ。わたしの見解はまったく違ったものよ。──聞きたい?」
「ええ、喜んで聞くわ」
「端的に言うわね。ビングリー嬢はお兄さまがあなたに恋していることを知っているけども、ほんとはダーシー嬢と結婚してほしいと思ってるのよ。彼女がロンドンまで追いかけたのは、お兄さまをロンドンに引き止めて、あなたのことは好きじゃないのだと思わせようとするためよ」
ジェインは頭を振った。
「ねえジェイン、わたしの言うことを信じなけりゃならないわ。──あなたたち2人が一緒にいるのを見た人なら誰も彼の愛情を疑うことなんてできないわ。ビングリー嬢だってきっとそのはずよ。彼女はそんなばかではないもの。もしダーシーさんがビングリー嬢にその半分でも愛情を示していたら、今ごろ彼女はウェディングドレスを注文してるでしょうね。でも真実はこうなの。わたしたちは姉妹のお眼鏡にかなうほど裕福でもないし、地位が高くもないわ。彼女がお兄さまとダーシー嬢を結婚させるのに必死なのは、こんな考えもあるからだと思うの。つまり一つ縁談がまとまれば、もう一つの縁談──つまりビングリー嬢とダーシーさんのことね──もまとまりやすくなるかもしれないってね。確かに巧い企みだわ。それもきっと成功するでしょうね、もしド・バーグ嬢を退けられたならば。でもねジェイン、ビングリー嬢が『兄はダーシー嬢を賞賛しています』と言っているからといって、彼があなたの長所にほんのちょっとも気づいていないのだとは本気で考えないでほしいの。あの方は火曜日にあなたにお別れを言って以来、何も変わっていないはずよ。それにビングリー嬢がお兄さまを説得して、あなたではなくダーシー嬢の方に恋しているのだと思い込ませるほどの力があるだなんて、信じちゃいけないわ」
「もしビングリー嬢のことをそうやって考えたのならば、あなたの解釈でわたしは安心できるわね」ジェインは答えた。「でも前提が間違っていると思うの。キャロラインは意図的に誰かをだますことなんてできないと思うわ。この場合わたしが望めることは、彼女が思い違いをしているということね」
「その通りね。──それ以上に幸せな考えはないわね。お姉さまはわたしの考えに納得できそうもないのだから。どうぞビングリー嬢は思い違いをしていると考えてくださいな。これで彼女に対する義理立ては果たしたから、これ以上思い悩むことはないわ」
「けれど最善のことを予想したとしても、その姉妹も友人もだれか別の人と結婚してほしいと願っている男性と結婚したとして、わたしは幸せになれるのかしら?」
「それはお姉さま自身が決めなければならないわ」エリザベスが言った。「十分熟慮を重ねた上で、彼の姉妹の意に沿わないというみじめさが、彼の妻になるという幸福より大きいものなのだとしたら、彼のことはきっぱりお断りすることね」
「どうしてそんなふうに言えるの?」──ジェインはかすかに微笑みを浮かべて言った。──「分かってるはずでしょう。あの姉妹たちから賛同が得られないのはこの上なく悲しいことだろうけども、わたしはためらうことなどできないって」
「ためらうだなんて思っていなかったわ。──その場合、お姉さまにあまり同情できないわね」
「でもビングリーさんがこの冬帰ってこないのだとしたら、選択する必要もないわね。半年の間にはいろいろなことが起こるでしょうから!」
ビングリー氏がもう戻らないという考えを、エリザベスは歯牙にもかけなかった。それは単にキャロラインが自分の利益になるような希望をほのめかしただけのように思えた。それらの希望がどんなに公然と、または巧妙に示されたとしても、誰からも完全に独り立ちしている青年がそんなことに影響されるなどとは、エリザベスは一瞬たりとも思えなかった。
この件について感じたことをエリザベスはできる限りの説得力を持って姉に伝えると、すぐにその効果が表れるのを見てエリザベスは喜んだ。ジェインは悲観的な性格ではなかったので、彼女は徐々に希望を持ち始めた。ときどきビングリーの愛情について不安になりその希望が揺らぐことはあったものの、きっと彼はネザーフィールドに戻ってきて自分の心の願いにすべて応えてくれると思うようになった。
2人は、母親には彼らがネザーフィールドを発ったことだけを伝え、ビングリー氏の行動の理由について心配させないようにしようと決めた。しかしこの部分的な情報を聞かされただけでベネット夫人はたいへんな不安に陥り、せっかくこれだけ親密になったところなのにご婦人方が行ってしまったのはとてつもない不幸だと悲嘆に暮れた。しかししばらくそのことについて嘆き悲しんだ後は、ビングリー氏はきっとすぐに帰ってきてロングボーンでディナーを共にするはずだと考えることで気持ちを慰めた。最後にはベネット夫人は、あの方を招いたのは単に家庭のディナーだけだったけれども、2種類のフルコースを出すことにしましょうと陽気に宣言した。