5月の2週目になって、ジェインとエリザベスとマライアの3人は、ロンドンのグレイスチャーチ通りからハートフォードシャーの✗✗町へと向けて出発した。ベネット家の馬車が迎えにくると約束をしていた宿屋に近づくと、御者の時間の正確さを示すかのように、キティとリディアが二階の食堂の窓から外を見渡しているのがすぐに見えた。
二人は一時間以上前にこの町へ来て、道の向かいにある婦人衣料品店を訪れたり、見張りに立っている番兵を眺めたり、キュウリ1のサラダを準備したりして愉快に過ごしていたのだった。
姉たちを迎えると、このような宿屋では決まって出される冷肉のごちそうが乗ったテーブルを、リディアは得意げに見せびらかしてこう叫んだ。「これステキじゃない? 嬉しい驚きじゃないこと?」
「お姉さまたち全員におごってあげるつもりよ」リディアは付け加えて言った。「でもお金は貸してちょうだい、そこの店で使っちゃったんですもの」
そして購入品を見せて、「ほら見て、このボンネットを買ったわ。あんまり綺麗ではないけど。でもどうせなら買わないより買っちゃおうと思って。家に帰ったらすぐばらして、もっと良く直せないかやってみるわ」
姉たちから「悪趣味な帽子ね」と非難を浴びても、リディアはまったく平気だった。「あら! あの店にはもっと悪趣味なのがもう2,3個あったわよ。いくつか可愛い色のサテンリボンを買って、飾りつけをして真新しくするわ。そうしたらかなりマシになると思うわ。それに、この夏は何を身に着けていたってたいして意味がないもの。二週間もしたら✗✗州の国民軍はメリトンを離れてしまうから」
「それ、本当なの?」エリザベスは安堵の声をあげた。
「連隊はブライトンの近くに駐屯するんですって。お父さまがあたしたち全員連れてってくれたらいいのに! とっても愉快な計画だわ、それにほとんどお金もかからないと思うの。お母さまだって絶対行きたがると思うわ! そうでなければ、どれだけみじめな夏になるか、考えてもみて!」
『そうね』エリザベスは心のなかで思った。『本当にけっこうな計画だわ、一瞬にしてわたしたちは破滅するでしょうね。とんでもない! メリトンのちっぽけな連隊ひとつと月一回の舞踏会だけですでにもうめちゃくちゃにされてるのに、ブライトン2と駐屯地いっぱいの兵隊だなんて、どうなることやら』
「さぁて、あなたたちにニュースがあるのよ」みんながテーブルにつくとリディアがこう言った。「何だと思う? すばらしい重大ニュースよ、あたしたちみんなのお気に入りの人に関すること」
ジェインとエリザベスは顔を見合わせた。そして給仕に、下がってもいいと言った。リディアは笑って、
「まぁ、お姉さまたちらしいわね、堅苦しくって慎重で。給仕に聞かれちゃいけないと思ったのね、まるで彼が気にするみたいに! あの人、今から言うことよりもっとひどいことをしょっちゅう聞いてるわよ。それにしても、なんて醜男なのかしら! いなくなってくれてよかったわ。あたし、人生であんな長い顎って見たことないわ。それはそうと、ニュースのことだったわね。これはウィカムについての話なの。あの給仕に聞かせるのはもったいない話よね? 実は、ウィカムがメアリ・キングと結婚する恐れはなくなったのよ。ほらどうです! あの娘は叔父さんといっしょにリヴァプールへ行ってしまったの。そこでしばらく滞在するそうよ。これでウィカムは安全ね」
『そして、メアリ・キングも安全だわ!』エリザベスは内心付け加えた。『財産のない相手と、無分別な結婚をする危険はなくなったわ』
「ウィカムを好きだったのなら、ここから出ていってしまうなんて大ばか者ね」
「でも、どちらの側にもあまり強い愛情はなかったのかもしれないわ」とジェインが言った。
「彼のほうにはなかったでしょうよ、きっと。ウィカムはほんのこれっぽっちも好きじゃなかったことうけあいよ。あんなそばかすだらけの不細工女、一体だれが好きになるかしら?」
エリザベスはショックを受けた。こんな粗野な表現はできないけれども、以前自分自身が胸の内で抱いていた感情は、これとほとんど同じくらい粗野だったと気づいたからだ。それを自分では寛大だと思い込んでいたのだ3。
食事を食べ終わると姉たちが代金を支払い、馬車が命じられた。全員分の旅行トランク、裁縫道具のつまった袋、小包、そしてキティとリディアの余計な購入品などをなんとかすべて押し込んで、全員が馬車に乗り込んだ。
「ぎゅうぎゅうだけど、みんなうまく乗れたわね!」リディアが叫んだ。「新しいボンネットを買えてよかったわ、帽子箱が一つ増えるだけでも嬉しいわ!それじゃあ、家に帰るまでみんなお気楽にくつろいで、お喋りしたり笑ったりしましょう。何よりまず、お姉さまたちが家を離れているあいだ何が起こったか聞かせてちょうだいな。ステキな男性に出会えました? 口説かれたりした? あたし、お姉さまたちのどちらかが、戻ってくるまでに旦那さまを捕まえてやしないかしらってすごく期待してたのよ。ジェインはもうすぐオールド・ミスになってしまうんですもの。もうほとんど23歳なのよ! ああ神さま、23歳にもなって結婚もしていなかったら、あたし恥ずかしくて死んじゃう! フィリップス叔母さまも、あなたに旦那さんを持ってほしいと思ってるのよ。リジーはコリンズさんと結婚してたほうがよかったんじゃないか、とも言ってたわね。でもあたしはそんなの全然おもしろくないと思うの。ああ! あたし、だれよりも早く結婚したいわ。そして、舞踏会でお姉さまたちの付き添いをしてあげるの。そうそう!このあいだフォスター大佐の家で、すっごくおもしろいことがあったのよ。キティとあたしは大佐の家でその日一日過ごす予定だったから、フォスター夫人は晩にちょっとしたダンスパーティーを開くと約束してくれたの(ちなみに、フォスター夫人とあたしはとっても仲良しなの!)。だから夫人はハリントン家の娘たち二人も来るよう誘ったんだけど、ハリエットが病気になっちゃってペン4は一人きりで来なくちゃならなかったの。それで、あたしたち何したと思う?チェンバレンに女装させて、ご婦人で通そうとたくらんだのよ──どれだけ可笑しいか考えてもみて! みんなに内緒でやったのよ。でも、フォスター大佐夫妻とキティとあたしは別ね。それとフィリップス叔母さまもよ、衣装を借りなけりゃならなかったから。彼、どんなに似合ってたか想像も付かないでしょう! デニーとウィカムとプラットと、もう2,3人の士官が入ってきたとき、女装しているチェンバレンにだぁれも気付かなかったのよ。あたし、どれだけ笑いころげたか!フォスター夫人もよ。もう死ぬかと思ったわ。それを見て男性陣はあやしいと思ったのか、すぐにどういうことか分かっちゃったというわけ」
このようにパーティーのことや愉快な冗談を面白おかしく話して、キティに時々口を挟まれたり合いの手を入れられつつ、リディアはロングボーンの家に帰る道中ずっと同乗者たちを楽しませようとしていた。エリザベスはなるべく聞かないようにしたが、ウィカムの名前がしょっちゅう出されるので嫌でも耳に入った。
家では非常に温かく歓迎された。ベネット夫人は、ジェインの美しさが衰えていないのを見て喜んだ。ベネット氏はディナーのあいだ、エリザベスに何度も「帰ってきてくれて嬉しいよ、リジー」と言った。
居間に集まった人数は多かった。ルーカス家の人々がマライアの話を聞くために来ていたからだ。さまざまな話題が場を占めていた。ルーカス夫人はテーブルの向こうにいるマライアに、シャーロットは幸せそうか、家禽類の世話はどうしているかと尋ねた。ベネット夫人は二重に忙しかった。一方では、離れて座っているジェインが話す最新流行ファッションについての説明を聞き、もう一方ではそれらをまるまるルーカス家の娘たちに受け売りしていた。そしてリディアはだれよりも大きな声で、聞いてくれる人ならだれにでも、今朝の楽しかった出来事についてあれこれまくし立てていた。
「あら、メアリー!」リディアは言った。「あなたもいっしょに来ればよかったのに、とってもおもしろかったんだから! 迎えに行く途中でね、キティとあたしは馬車の日よけを全部下ろしてしまって、中にはだれもいないように見せかけたのよ。キティが乗り物酔いで気分が悪くならなければ、ずっとそうやって行くつもりだったの。ジョージ亭に着いて、あたしたちすごく気前よく振る舞ったと思うわ。他の三人に、世界一ステキな冷肉の昼食をおごってあげたんだから。あなたも来てたなら、ついでにおごってあげてたわよ。帰り道も本当に楽しかった! 馬車になんか乗るんじゃなかったと思ったわ。笑い死にしそうだったもの。家に帰るまでどれだけはしゃいだか! あんまり大声で喋ったり笑ったりしたもんだから、十マイル離れた場所でも聞こえてたでしょうね!」
これに対して、メアリーは重々しく答えた。「そのような娯楽を見くびるつもりは到底ないわ。おそらく大部分の若い女性にとっては、そういったことが性に合うのでしょう。でもわたしにとっては何の魅力もないのよ。わたしは断然、読書のほうを好みます」
しかしリディアはこの返事を一言も聞いていなかった。だれの話も30秒以上聞いていることなどほとんどなかったし、メアリーの話に至っては一切聞いていなかった。
ディナーの後、リディアは「みんなでメリトンに行って、町の人たちがどうしているか見て来ましょうよ」としつこくせがんだが、エリザベスは断固として反対した。ベネット家の娘たちは帰ってきて半日もしないのに、さっそく士官たちを追いかけ回していると言われてはたまらないからだ。エリザベスの反対の理由は他にもあった。ウィカムにまた会うのが怖かったので、できるだけ長いあいだ避けようと決めていたのだ。連隊の移動が間近に迫っていて、彼女は言葉にできないほど安堵した。二週間のうちに彼らは行ってしまうだろう。いったん去ったならば、ウィカムのために悩まされることもなくなるだろう。
帰宅して何時間もしないうちに、リディアが宿屋で言っていたブライトン行きの計画が、両親のあいだでしきりに議論されていることにエリザベスは気づいた。父親が要望に応じる気配はこれっぽっちもないことは、すぐに見て取れた。しかし同時にその返事はあいまいで、賛成反対どちらとも取れるものだった。母親は何度もがっかりさせられたが、それでも最終的にはうまくいくだろう、と決してあきらめることはなかった。
注
- 当時キュウリは高級品だったらしい。リディアの浪費癖がうかがえる。
- イギリス南部にある海辺の高級リゾート地。フランスとの国境も近いので軍隊がよく駐屯していた。当時の摂政皇太子ジョージ4世も休暇に好んで訪れ、インド風のエキゾチックで豪華な宮殿ロイヤル・パビリオンを建築している。ブライトンは歓楽と放蕩の街と見なされていた。
- つまりウィカムがキング嬢と結婚するつもりなのは、彼女の顔ではなくお金のためなのだと思っていたこと。すなわちエリザベス自身も、キング嬢は美人ではないし財産しか取り柄がないのだから、と内心見下していたという点で同じ粗野な感情(coarseness of the sentiment)を抱いていたということ。
- ペネロペという名前を縮めた愛称。このような短縮形の呼び方をするのはリディアだけである。