高慢と偏見 第44章/ダーシー兄妹とビングリー氏の訪問

◎高慢と偏見

 ダーシー氏が妹を紹介に連れてくるのは、妹がペンバリーに着いた翌日だろうとエリザベスは思っていた。そのため、明日の午前中は宿屋から離れないようにしようと決めていた。だが彼女の推測は誤っていた。なんとダーシー氏と妹は、ラムトンに着いたその日にやって来たのだ。エリザベスたちは新しい知人たちとともに町を歩き回り、その後彼らと食事を取るため宿屋に戻って着替えていると、ふと馬車の音が聞こえてきたので窓に駆け寄った。するとカリクル(※2頭立て幌なし馬車)に乗った紳士と婦人が通りを走ってくるのが見えた。

エリザベスは御者のお仕着せに見覚えがあったので、ダーシー氏と妹が来たのだと悟り、びっくりしてしまった。そして叔父と叔母に予期していた栄誉について知らせると、2人はすっかり仰天した。姪がきまり悪そうに話す様子や、この事態そのもの、そして昨日のさまざまな状況を考え合わせると、ダーシー氏と姪の関係について新しい考えがひらめいてきた。いままではそんな疑いも持たなかったのだが、彼がこんなにも心遣いをしてくれるのは、姪のエリザベスのことが好きだからとしか説明がつかない。この思いついたばかりの考えが二人の頭をよぎっている間にも、エリザベスの動揺は刻一刻と増していった。自分でもこんなに動揺していることに驚いていた。だが不安になるいろいろな原因の中でも特に、ダーシー氏が妹に自分のことを褒めすぎてはいないかという点が心配だった。彼の妹に気に入られたいと願うあまり空回りして、かえって彼女をがっかりさせてしまうのではないかと不安になったのである。

 エリザベスは見られるのを怖れ、窓際から引っ込んだ。部屋のなかをうろうろと歩き回りなんとか気持ちを落ち着けようと努めたが、叔母たちの好奇心たっぷりの驚いたような顔を見ると、さらに平静を失ってしまうのだった。

 ダーシー嬢とその兄が現れ、おそろしい紹介の挨拶が交わされた。エリザベスが驚いたことに、この新しい知り合いも自分におとらず緊張していることに気付いた。ラムトンに滞在している時からダーシー嬢はとてつもなく高慢だと聞いていたが、数分間観察したところからすると、彼女はただとてつもなく恥ずかしがり屋なだけだと分かった。彼女からは「はい」とか「いいえ」以上の単語を引き出すことさえ難しかった。

 ダーシー嬢は背が高く、エリザベスより体格がよかった。16歳になったばかりだが体つきは完成されていて女性らしく優美だった。兄ほど端正ではないが、聡明で愛想の良い顔立ちで、立ち居振る舞いもおっとりとして全然気取ったところがなかった。エリザベスは、ダーシー嬢は兄のように鋭くて物怖じしない観察力のある人ではないかと予想していたので、そうではないと分かり安心した。

 ほどなくして、ビングリー君も訪ねに来ることになっていますとダーシーから伝えられた。喜びの気持ちを表す暇も、心の準備をする暇もないうちにビングリーが階段を駆け上がる早足が聞こえてきて、次の瞬間には彼が部屋に入ってきた。

ビングリー氏

彼に対するエリザベスの怒りは、もうとっくの昔に消え去っていた。だがいくらかまだ感じていたとしても、自分に再会できて嬉しそうにしている彼の飾らない温かな言動を前にしては、怒りを貫き通すことはできなかっただろう。彼は月並みだが親しみを込めた言い方で「ご家族のみなさんはお元気ですか」と尋ね、表情も話しぶりも以前と変わらず明るくおおらかだった。

 ガーディナー夫妻にとってもビングリー氏は、エリザベスに負けず劣らず興味を引く人物だった。ずっと彼に会ってみたいと思っていたのだ。目の前にいる全員が強烈な関心の対象だった。ダーシー氏と姪について疑惑が湧いてきていたので、夫妻は用心しながらも熱心に観察してみた。調べてみてまもなく、こんな確信が得られた。少なくとも、二人のうち一方は恋心を抱いている。エリザベスの気持ちについてはまだ少し不確かなところはあったが、ダーシー氏は彼女を賞賛する気持ちでいっぱいなのは十分明らかだった。

 一方エリザベスの側では、やるべきことがたくさんあった。それぞれの訪問者たちの気持ちを見極めつつ、自分の気持ちも整理したかったし、全員に対して感じ良く見せたくもあった。最後の目標に関しては、一番失敗しやしないかと恐れていたのだが、結果的にはいちばん成功の手応えがあった。というのも彼女が好印象を与えようとしていた人たちはみな、もうすでに初めから彼女のことを気に入っていたからだ。ビングリーは彼女に会えてすぐに喜び、ジョージアナは喜ぶのを心待ちにし、ダーシーは喜ぼうと決心していたのだった。

 ビングリーに会うと、当然エリザベスの思いは姉のもとに飛んでいった。ああ! 彼も同じように考えているのかどうか猛烈に知りたくてたまらなかった。ときどき、彼は以前より口数が少なくなったと感じられたし、また一度ならず、彼は自分の顔を見ながら姉の面影を探そうとしているのではないかと思い、エリザベスは喜んだ。しかしこれはただの想像にすぎないとしても、ジェインの恋敵と目されているジョージアナ・ダーシー嬢に対する彼の態度を見誤ることはなかった。どちらの側も特別な好意を持って話しているようには全然見えない。ビングリー嬢の希望が正しいと裏付けるようなことは、二人の間には何も起こらなかった。この点、エリザベスはすぐに満足した。彼女の希望的観測では、ビングリー氏は恋慕の情なしにジェインのことを思い出さずにはいられないようだったし、もし勇気があれば姉につながるような話題を続けたがっているように見えた。別れるまでにそのような徴候が二、三あった。ほかの人たちが喋り始めると、彼は本当に残念そうな口調でエリザベスにこう話しかけた。

「最後にお会いしてからずいぶん長いこと経ってしまいましたね」そして彼女が返事をする前にこう付け加えた。「もう8ヶ月以上になります。11月26日にネザーフィールドでダンスをご一緒して以来、お会いしていませんでしたね」

 エリザベスは、彼がこんなにも正確な日付を覚えてくれていたことが嬉しかった。そのあと彼はほかの人たちが気を取られている隙を狙って、「ご姉妹はみなロングボーンにおられるのですか」と尋ねてきた。その質問自体やその前の発言にこれというものはなかったが、その顔つきと態度には彼の心情がありありと表れていた。

 エリザベスはダーシー氏のほうにたびたび目を向けることはできなかったが、ちらりと見た時はいつも、誰に対しても愛想良くしている表情が目に入った。彼のどの言葉にも、傲慢なところや相手を軽蔑するような調子はまったく無くなっていた。昨日目撃したような彼の態度の変化は、それがどれだけ一時的なものであろうと、確かに少なくとも一日は長続きしたのだ。二、三ヶ月前にはどんな関わりあいも恥辱だと思っていたはずの叔父たちと、ダーシー氏は進んで知り合いになろうとし、彼らに良く思われようとしているのだ。自分だけに対して丁重なだけでなく、公然と侮蔑してはばからなかった親戚たちに対しても礼儀正しい彼を見ると、エリザベスはハンスフォードで最後に激しく言い争った時のことを思い出さずにはいられなかった。その違い、その変わりようはあまりにも彼女の心に強烈な衝撃を与え、驚きの色を隠すこともできなかった。彼がこれほどまでに相手を喜ばせようと努め、尊大でもなくよそよそしく黙り込んでもいないところを、ついぞ見たことがない。ネザーフィールドの友人たちといる時や、ロージングズの高貴な親戚たちといっしょにいる時でさえもこんな風ではなかった。しかもその努力が上手くいったところで何の利益もないし、いま心遣いを尽くしている叔父たちと顔見知りであることすら、ネザーフィールドやロージングズのご婦人方からは嘲笑と非難の的になることは必至なのだ。

 訪問客たちは30分以上滞在していた。そろそろ帰ろうと立ち上がると、ダーシー氏は妹に「ガーディナー夫妻とベネット嬢がこの地方を離れる前に、ペンバリーでのディナーにお招きしたいから、おまえからも頼みなさい」と促した。ダーシー嬢は人を誘うのにあまり慣れていないのか、おずおずと遠慮がちにではあったが、すぐそれに従った。ガーディナー夫人はこの招待の一番のお目当てである姪のほうを見て、彼女は承諾する気持ちになっているのだろうかと確かめたのだが、エリザベスは顔をそむけていた。けれどもこのようにわざと視線を避けているのは、この申し出をいやがっているわけではなく、ほんの束の間きまり悪がっているだけなのだろうと推測した。そしてガーディナー氏のほうを見ると、社交好きな夫はすっかり快諾する気満々であったため、思い切って「それではご出席させて頂きます」と伝え、翌々日と日取りが決められた。

 ビングリーはエリザベスに「まだいろいろと話したいこともありますし、ハートフォードシャーの友人たちについても尋ねたいことがたくさんあるので、またお会いできることを大変楽しみにしています」と言った。エリザベスは、これは姉のことを聞きたいんだわと解釈して嬉しくなった。そして訪問者たちは帰っていった。この件や他のことも考慮すると、彼女はそれなりに満足感のある三十分だったと思えた──その時間を過ごしている間はあまり楽しむことができなかったけれども。彼女は一人になりたかったのと、叔父や叔母から質問されたりほのめかされることを恐れて、二人がビングリーのことを褒めるのを聞いただけで、すぐに着替えのためあわてて部屋を出ていった。

 しかし、ガーディナー夫妻の好奇心を恐れる理由はなかった。二人は彼女に話すよう無理強いするつもりはなかったからだ。姪とダーシー氏が想像よりはるかに親しいことは明白だった。彼がエリザベスに恋していることも明白だった。興味を引くものはたくさん見たが、わざわざ質問する必要はなかった。

 いまやガーディナー夫妻はダーシー氏のことを良く思いたいと願うようになっていた。知り合ってみた限りでは、彼には何の欠点も見当たらない。彼の礼儀正しさには感銘を受けずにはいられなかったし、もし他の人の説明なしで、自分たちの印象や召使の証言から彼の人柄を描いてみたならば、彼のことを知っているハートフォードシャーの人たちはまさか彼の説明だとは分からなかっただろう。だがいまや、女中頭のことを信じるほうが得策と思われた。彼のことを四歳のころから知っていて、立ち居振る舞いも立派な女中頭の言うことには説得力があり、ただちに退しりぞけることはできなかった。ラムトンの知人たちから聞いた情報でも、実質的にその証言の重みを減らすようなことは何も出てきていない。彼らは、ダーシー氏が高慢であること以外、非難する点は何一つないのだ。その高慢さもおそらく──そうでないにしても──ダーシー家の人たちが訪れもしないような小さな市場町の住人がそう言っているだけなのだろう。しかし、彼は心の広い人物で、貧しい人々に多くの施しをしていることはよく知られていた。

 ウィカムについては、ここではあまり尊敬されていないとまもなく分かった。後援者であった先代の息子であるダーシー氏との関係の大部分はあまりよく知られていなかったが、彼がダービーシャーを去る時に多額の借金を残し、その後ダーシー氏が肩代わりして返済したことは周知の事実だった。

 エリザベスに関しては、今夜は昨日以上にペンバリーに思いをはせていた。今夜は宵が過ぎるのが長いように思われたが、あの屋敷にいる人物に対して自分がどんな気持ちを抱いているか見極めるには短かった。自分の気持ちを確かめようと、エリザベスは二時間まんじりともせずベッドに横たわっていた。たしかに、彼のことは嫌いではない。そう、彼を憎む気持ちはとうの昔に消え去っている。むしろだいぶ前から、嫌いと感じていたことを恥じる気持ちにさえなっていた。初めは不本意だったが、いまでは彼は優れた気質の持ち主だと認めて尊敬するようになり、だんだんと反発する気持ちもなくなっていった。そして昨日女中頭が言っていた証言は、大いに彼に有利かつ彼の性格を好意的に見るもので、そのおかげでその尊敬は親しみのこもった尊敬にまで高められていた。だが何よりも、尊敬と敬意以上に、彼女が彼に好意的になったのには見過ごせない動機があった。それは感謝の念である。──単にかつて自分を愛してくれたことに対する感謝だけではない。プロポーズを断るときにあんなに苛立って辛辣な態度を取ったことや、それに伴う不公正な非難をしたことすべてを水に流した上で、いまでも自分を愛してくれていることへの感謝の念である。本来なら彼は自分を天敵として避けるはずだと思いこんでいたが、この偶然の出会いで彼は熱心に付き合いを続けようとしているように見えた。それに二人だけの時でもぶしつけに好意を見せびらかすこともなく、エリザベスだけに偏るような態度もなかったし、叔父たちにもよく思われようと努め、妹とお近づきになってもらうよう心を傾けていた。あれほど自尊心の高い男性がこんなにも変わるのは──驚きだけでなく感謝も湧いてくるが──それは愛、ひたむきな愛のおかげに違いない。明確には定義できないけれども、その感じ方自体はけっして不愉快ではないのだから、励ますべきものではあった。エリザベスは彼のことを尊敬し、敬愛し、有り難く思い、心から彼の幸福を願った。ただ彼女は、自分でもどれくらいその幸せに寄与したいと願っているのか知りたかった。再度プロポーズしてもらえるよう仕向ける力が自分にはまだあると思っているが、二人が幸せになるためには、どのくらいその力を用いればよいのだろうか。彼女はただひたすらに知りたかった。

 ガーディナー夫人とエリザベスはその夜話し合い、ダーシー嬢の格別の厚意に対してお返しをすべきだと決まった。ダーシー嬢は朝食の時間をだいぶ過ぎていたにも関わらず、ペンバリーに着いたその日に自分たちを訪問してくれたのだ。同じ程度の丁重さはあり得ないけども、こちらの側でもなにかしらの礼節を尽くさなくてはならない。したがって、翌朝ペンバリーに彼女を訪問するのがふさわしいだろうということになった。そうして、彼らは行くことにした。──エリザベスは嬉しかったが、その理由を自問してみてもほとんど答えは出ないのであった。

 ガーディナー氏は朝食を食べたあとすぐに出て行った。昨日あの魚釣りの計画がまた話題に出て、正午までにペンバリーで紳士方と会うという堅い約束を、彼は交わしていたのだった。

 

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