エリザベスは、早くジェインに先日の出来事を話したくて、居ても立ってもいられなくなった。そしてついに、姉が関係している部分の詳細は伏せることにして、「驚くでしょうけど覚悟してね」とジェインに心の準備をさせておいてから、翌朝、ダーシー氏とエリザベスのあいだで起こった主なやり取りを打ち明けた。
ベネット嬢は仰天したけれども、姉としての熱心な贔屓目から、エリザベスを好きになるのは至極当然のことだと思ってその驚きもすぐに薄れていくのだった。そして驚愕した気持ちも、まもなく他の感情に追いやられた。ジェインは、ダーシー氏があまりプロポーズにはふさわしくないやり方で自分の想いを伝えてしまったことを残念に思った。しかし、エリザベスに拒否された不幸な彼に同情することのほうがもっと多かった。
「プロポーズが成功するはずだと、そんなにも思い込んでたのはよくなかったわね」とジェインは言った。「それにその気持ちを表に出すべきじゃなかったわ。でもその分、彼の失望もどれだけ増すことでしょう」
「本当ね」エリザベスは言った。「心底申し訳なく思うわ。でもたぶんすぐに彼のほかの感情が、わたしへの好意を打ち消してしまうと思うの。だけどわたしがダーシーさんを拒否したこと、お姉さまは非難なさらない?」
「非難するですって! いいえ、まさか」
「でもわたしが、ウィカムのことをあんなにも熱心に褒めたことは責めるでしょう」
「いいえ──それが悪かったのかどうか、わたしには分からないわ」
「けれど間違ってたときっと分かるわ、プロポーズの次の日に起こったことを話したらね」
それからエリザベスはあの手紙のことを話し、ウィカムに関する内容をすべてくり返して聞かせた。あわれなジェインにとって、なんという衝撃だろう! ジェインは人類全体に存在する悪でさえ、今この一人の人物に集められたほどではないと信じていたのだ。そう思って今まで人生を過ごしてきたのだった。ダーシーの汚名が晴れてほっとした気持ちにはなったが、そのような暴露を聞いて気持ちが慰められることはなかった。彼女は間違いの可能性はないかと懸命に考え、一方を巻き添えにすることなくもう一方の罪を晴らせはしないかと努めた。
「それはだめよ」エリザベスが言った。「どんなことをしても、両方ともを善人にするのは無理だわ。どちらかお好きなほうを選んでちょうだい、でも一人だけで満足しなくちゃだめよ。あの二人のあいだには、一人を善人にするだけの量の長所しかないんですもの。最近はそれがかなり移動してきたわね。わたしとしてはダーシーさんのことをすっかり信じる気持ちに傾いているのだけれど、お姉さまはお好きなほうをお選びになって」
しばらく考えてから、ジェインはやっと微笑んで言った。
「こんなにショックを受けたことはないわ」彼女は言った。「ウィカムがそんなに悪い人だったなんて! ほとんど信じられないわ。それに可哀想なダーシーさん! リジー、彼がどれだけ苦しんだか考えてもみて。断られてどれだけがっかりしたことでしょう! しかもあなたに悪く思われていたと知って! 妹さんのそんな秘密を打ち明けなければならなくて! 本当に胸が痛むわ。あなたもきっと、そう感じたでしょう」
「あら! いいえ、お姉さまがあまりに残念に思ったり同情してくださるもんだから、わたしのそんな気持ちはみんな吹っ飛んじゃったわ。お姉さまがダーシーさんのことを十分公平に扱ってくれるから、わたしはますます平気になっていくの。お姉さまが感情を無駄遣いするのだから、わたしの気持ちは節約しなくては。彼のことをこれ以上嘆くのなら、わたしの心は羽のように軽くなっていくわ」
「気の毒なウィカム。お顔の表情はとてもいい人そうだったのに! 態度も飾り気がなくて優しかったのに」
「あの二人の紳士の教育には、なにか大きな手違いがあったのね。片方は内面だけが善人で、もう片方は外見だけが善人だったんだわ」
「わたしはあなたほど、ダーシーさんは見た目はそんなに悪い人だと思わなかったわ」
「それでもわたしは、特別な理由もないのに彼を嫌うことにしてしまって、自分はめったにないほど賢いんだと思いこんでしまったのよ。そうやって人を嫌うのは頭の刺激になるし、機知を働かすのに絶好の機会なの。正しいことを言わずに人を中傷することはできるけど、人を笑うなら、ときには機知のあることを言わずにはいられないのよ」
「リジー、最初にその手紙を呼んだときは、きっと今みたいにはこの件を捉えられなかったでしょう」
「ええ、できなかったわ。本当にみじめだった。とても動揺したし、不幸せだったと言ってもいいわ。思ったことを話せる相手もいなかった。ジェインお姉さまがいれば慰めてくれて、自分が思っているほど愚かでもなくうぬぼれてもいなく、ばかげてもいないって言ってくれたでしょうに! ああ! どれだけあなたに会いたかったか!」
「あなたがウィカムのことをダーシーさんに話すときに、そんなにも強い言葉を使ったのはまずかったわね。いまやウィカムはそんな擁護にまったく値しないもの」
「そうね。でも辛辣な言葉で非難してしまったのは不運だったけれど、それもこれもわたしが助長させた偏見の結果なのだから、当然のことよ。ひとつだけ、アドバイスしてほしいことがあるの。ウィカムの本性について世間に公表するべきかしないべきか、教えてほしいの」
ベネット嬢はしばし考え込み、こう言った。「もちろん、彼のことをそんなにひどくあばきたてる必要はないと思うわ。あなたの意見はどう?」
「わたしも公表すべきじゃないと思う。ダーシーさんは、自分の話を公にしていいとは許可していないし。それどころか、彼の妹さんに関する詳細はできる限り他言しないでほしいと書いてあったわ。それに、それ以外の事情を周りの人たちに知らせたって、一体だれが信じてくれるかしら? ダーシーさんに対する世間一般の偏見はとても激しいから、彼のことを好意的に取ろうとすれば、メリトンの半分の善良な人たちは笑い死にしてしまうでしょうね。到底できっこないわ。ウィカムももうまもなく立ち去るでしょう。そしたら彼が本当はどんな人物かなんて、ここでは無意味になるわ。いつかは表沙汰になることでしょうし、そしたらわたしたちはみんなを笑ってやりましょう。彼の正体を知らなかったなんておばかさんねって。今は、何も言わないつもりよ」
「それが正しいと思うわ。そんな過ちが世間に知られてしまえば、彼は一生の破滅よ。たぶん彼はいまでは自分のしたことを後悔しているでしょうし、名誉挽回しようと努めているかもしれないわ。このことを暴露して、彼を自暴自棄にさせてはいけないわ」
ジェインと話し合えたおかげで、エリザベスの心の動揺はやわらいだ。二週間に渡って心に重くのしかかっていた二つの秘密から解放され、またこのことについて話したい時は、いつでもジェインが喜んで聞いてくれると分かった。しかしまだ隠しておかなければならないことはあり、それを打ち明けるのは用心深く思いとどまっていた。ダーシー氏の手紙の残り半分をあえて話す勇気もないし、ビングリー氏の愛情がどれだけ誠実だったかを、思い切って説明することもできない。だれもこの事情を知るべきではないのだ。双方がお互いを完全に理解する時が来ない限り、この最後の秘密という重荷を下ろすことはできない。「そうして」とエリザベスは言った。「ジェインとビングリーさんが結ばれるなんていう、そんなありえそうもないことが万が一実現したならば、わたしはただビングリーさんの言うことを繰り返すだけよ。ビングリーさんなら、わたしよりずっとすてきな言葉で話してくれるでしょう。このことを自由に打ち明けられるようになるのは、それがまったく秘密としての価値を失った時だけだわ!」
エリザベスはいまや家に落ち着いて、姉の本当の様子をじっくり観察することができた。ジェインは幸せではなかった。まだビングリーに対して儚い恋心を抱いているのだ。自分は恋をしていると以前考えたことさえないから、彼女の愛は初恋のようなあらゆる情熱があり、またジェインの年齢と性格もあいまって、普通の初恋よりもはるかに一途なものとなっていた。彼との思い出を熱く胸に秘め、他のだれよりも彼のことを愛していた。ジェインがそのような悲しみにふけって、健康を害したり家庭の平穏を乱さずにいられるのは、ひとえに彼女の良識や家族友人への思いやりのおかげだった。
「ところでリジー」ある日ベネット夫人は言った。「ジェインの悲しいあの件について、今となってはどう思っているの? わたしとしては、もう誰にもあのことについて話さないと決めたわ。先日妹のフィリップス夫人にもそう言いました。でもなぜジェインは、ロンドンで彼に会えなかったのかしら。まぁ、彼はジェインに値しない青年だったわね──もうジェインが彼を捕まえられる見込みもゼロね。また夏にネザーフィールドに帰ってくるという噂もないし。知っていそうな人全員に尋ねてみたりしたんですけどね」
「あの方はもう、ネザーフィールドで住むことは二度とないと思うわ」
「あら、そう! それが彼の選択なのね。だれも戻ってきてほしいだなんて思ってやいませんよ。でもわたしは、自分の娘が彼にひどい目に遭わされたとずっと言ってやるわ。もしわたしがジェインなら、耐え忍んだりしないでしょうに。まぁジェインはきっと失恋で死ぬでしょうから、そうしたら彼も自分のしたことを後悔するでしょうよ。それがわたしの慰めだわ」
だがエリザベスはそんな期待をしても慰めは得られなかったので、何も答えなかった。
「ねえ、リジー」すぐに母親が続けて言った。「コリンズさんたちはずいぶん快適に暮らしているでしょうね? まあ、せいぜいその生活が続くようお祈りするわ。食事はどんなふうだったの? シャーロットはやりくり上手なんでしょう。あの子が自分の母親の半分でも抜け目がなければ、十分倹約しているでしょうね。あの人たちの家計では、贅沢しようがないんですもの」
「ええ、そうね」
「たいそう上手く切り盛りしているにちがいないわ。ええ、ええ。あの人たちは収入を超えないように気を配っているのよ。あの人たちは決してお金のことで苦労することはないでしょうよ。せいぜいうまくいくといいわ! あの二人は、うちのお父さまが死んだらロングボーンを所有できるってしょっちゅう話しているんでしょう。その時が来たらいつでも、この家は自分たちのものだと思ってるんだわ」
「わたしの前ではそんな話題を出さないと思うけど」
「そうね。そんなことしたらおかしいものね。でも間違いなく、二人きりになればしょっちゅう話してるにちがいありません。まあ、合法的に自分たちのものでない屋敷を持ってのんきでいられるなら結構なことだわ。わたしなら限嗣相続でもらっただけの家なんて、恥ずかしくて住めやしませんけどね」