マンスフィールド・パーク 第17章/ジュリアの嫉妬

◎マンスフィールド・パーク

 まさにそれはトムとマライアにとって大勝利の日だった。まさかエドマンドの分別に勝利できるとは夢にも思っていなかったので、喜びもひとしおだった。もはやこれ以上自分たちのお気に入りの計画を邪魔するものは何もないのだ。二人は何もかもうまくいったと大喜びしつつ、エドマンドの気が変わったのは、嫉妬心という心の弱さによるものだと考え、お互いにこっそり祝福し合った。たぶんエドマンドはこれからもしかつめらしい顔つきをして、全体的にこの計画は気に入らないとか言うかもしれないし、とりわけ演目については反対するにちがいない。だが自分たちの要求のほうが通ったのだ。エドマンドは芝居に参加することになったのだ。嫉妬という自分本位な気持ちに駆られてしまったのだ。エドマンドはそれまで保っていた道徳的な高みから下りてきたのであり、自分たちもその分高みに上るというわけで、二人は嬉しくなった。

 しかしトムとマライアは、エドマンドの前ではたいそう立派に振る舞い、口元ににっこり笑みを浮かべただけで、決して喜びを表に出すことはなかった。それどころか、まるでチャールズ・マドックスの仲間入りは自分たちの意志に反することであり、やむを得ず認めたことなのだとでも言わんばかりで、彼に邪魔されずに済んで大助かりだと思っているようだった。トムはこう言った。

「身内だけで芝居をやることこそ、まさにぼくらが望んでいたことだ。よそ者が入ってきたら、ぼくらの楽しみが全部ぶちこわしになってしまうからね」

 エドマンドはその言葉を捉えて、観客の数は少なくしたほうがいいんじゃないかとほのめかすと、エドマンドの譲歩にすっかり気を良くしていたトムとマライアは、喜んで何でも約束すると言った。誰もがみな上機嫌になって活気づいた。ノリス夫人はエドマンドにたいして「衣装を作ってあげるわ」と申し出たし、イェーツ氏は「男爵とアンハルト牧師の最後の場面では、思いっきり熱演できるから大丈夫だ」と言って安心させた。ラッシュワース氏は、エドマンドのセリフの数を数えてくれた。

「たぶん」とトムが言った。「いまならファニーも参加する気になるかもしれないな。エドマンド、おまえが彼女を説得してみてくれないか?」

「いいや、ファニーの意志は固いよ。きっと芝居には参加しないと思う」

「へえ、そうかい! まぁいいだろう」

それ以上は何も言われなかった。だがファニーはふたたび自分の身に危険が迫っているのを感じ、「どんな結末になろうとも構わない」という決意は、すでにぐらつき始めていた。

 エドマンドの心変わりは、マンスフィールド・パークにおとらず、牧師館でも笑顔で迎え入れられた。ミス・クロフォードはニコニコと可愛らしい笑みを見せ、すぐに陽気な態度を取り戻し、この素人芝居に乗り気になっていた。そのためエドマンドは少なくともこう感じることができた。『ミス・クロフォードの気持ちを尊重したのは正しいことだったんだ。参加を決意してよかった』と。

 その日の午前中は、あまり健全ではないにせよ、楽しく満ち足りた気分で過ぎていった。結果として、ファニーにとって一つだけいいことがあった。ミス・クロフォードから熱心にお願いされたグラント夫人が、いつもの愛想の良さで、ファニーが頼まれていた農夫のおかみさん役を快く引き受けてくれたのだ。おかげでファニーはその日一日中、喜びで心躍るようだった。けれども、この知らせをエドマンドから伝えられたときでさえ、ファニーは少しつらい気持ちになった。なぜなら、彼女が感謝しなければならない相手はミス・クロフォードだからだ。ミス・クロフォードの親切こそありがたく思うべきなのであり、エドマンドはそのような尽力をしてくれた彼女の手柄を熱心に褒め上げた。自分はもう安全なんだ、とファニーは思った。だがこの場合、心の平和と身の安全は結びついていなかった。彼女の心は平和とは程遠いものだった。自分は悪いことをしたとは思っていないけれども、他のあらゆる点では不安に襲われた。エドマンドの決断は、彼女の気持ちにも判断にも反するものだ。ファニーは彼の矛盾した言動を許すことができなかった。そんな矛盾した言動をしていながらエドマンドが幸せそうにしているのを見て、彼女はみじめな気持ちになった。彼女は嫉妬心と動揺でいっぱいだった。

 ミス・クロフォードはうきうきしたようすでマンスフィールド・パークにやって来たが、それはファニーにとって侮辱のように思えたし、親しげな言葉をかけられても落ち着いて答えることができなかった。ファニーの周りの人たちはみんな陽気で、忙しそうで、幸せそうにしていて、重要な役割を果たしていた。みんな自分の役や衣装やお気に入りのシーンなど、それぞれに興味の対象があったし、友人や相談相手がいた。あれこれ話し合ったり比較し合ったりしたり、愉快な気まぐれを思いついてふざけ合ったりしていた。ファニーだけがただ一人悲しそうにしていて、取るに足らない存在で、どこにも加われなかった。ファニーは部屋にいてもいなくてもよかったし、騒ぎ声の中にいようが東の部屋に引っ込んでいようが、だれも彼女に気付かず、恋しがることもなかった。ファニーは、こんなことなら芝居に参加したほうがよかったのではないか、とすら思いそうになっていた。

 一方で、グラント夫人はみんなの重要人物だった。誰もが夫人の明るい人柄を褒めたたえ、夫人の好みや時間の都合がいつも考慮された。夫人はみんなからひっぱりだこにされ、心待ちにされ、賞賛されていた。ファニーは初め、グラント夫人が引き受けた役を羨ましいとさえ思いそうになった。だがよく考えてみると、反省してこう思い直した。グラント夫人は尊敬される資格があるけれども、自分にはそんな資格はないのだ。たとえどれだけ尊敬されていたのだとしても、自分ならこんな計画に参加して心穏やかではいられないだろう。サー・トマスのことだけを考えても、この計画は到底許されるべきものではないのだ。

 まもなくファニーは気が付いたのだが、みんなの中で悲しみに沈んでいるのは、必ずしもファニーひとりというわけではなかった。──ジュリアも同じく苦しんでいたのだ。もっともジュリアの場合は、ある程度本人にも非があったけれども。

 ヘンリー・クロフォードはジュリアの気持ちをもてあそんだ。でもジュリアの側もかなり長い間それを許していたし、彼の愛情を追い求めてさえいたのだ。それは姉のマライアへの嫉妬心からだったが、その嫉妬心こそ当然二人にとって目を覚ます薬となるべき感情だった。いまや彼のお気に入りはマライアだということがはっきりしたので、ジュリアもその事実を認めざるをえなかったが、婚約中である姉の立場を思って心配することもなかったし、自分も理性的になって心を静める努力もしなかった。──ジュリアはぶすっと黙り込んでソファに座り、誰も寄せ付けない感じで険しい顔つきをしていた。何にも興味を感じず、どんな冗談にも笑おうとしなかった。ただイェーツ氏の心遣いだけは受け入れ、わざと楽しそうにお喋りしてみたり、他の人たちの演技をばかにしたりしていた。

 ジュリアを怒らせてから一日か二日は、ヘンリー・クロフォードはいつもどおりジュリアに対して慇懃に振る舞ったりお世辞を言ったりして、ご機嫌を取ろうとしていた。だが何度か肘鉄を食らわされると、それ以上彼女のことは気にかけなくなってしまった。まもなく芝居のほうも忙しくなり、マライアとの戯れだけでも手がいっぱいなのに、これ以上他のお遊びの恋に割く時間がなくなってきたので、彼もだんだんとバートラム姉妹の不仲には無関心になっていった。むしろ、これまでずっとグラント夫人や他の人たちが抱いていた期待にこっそり終止符を打つことができて、ありがたいとさえ思っていた。

 グラント夫人は、ジュリアがみんなから除け者にされたり、無視されて座り込んでいるのを見て、快く思わなかった。でもグラント夫人としては、自分の幸せに実際影響する問題ではないのだし、結局はヘンリーのことは本人が決めるのがいちばんよいのだと考えていた。そして彼も説得力たっぷりの笑顔を浮かべて、「ぼくもジュリアさんも、おたがいのことを真剣に考えたことは一度もありません」と断言した。グラント夫人は年上の姉として「気をつけるのよ。お願いだから、あまりマライアさんに熱を上げて自分の身を危険にさらすのはよしてちょうだい」と以前の注意を繰り返しただけだった。そして、若者たちの楽しみを増やすことなら何でも喜んで引き受けるし、特に自分の愛しい弟と妹を喜ばせることならなおさら力になりたいと思った。

「それにしても、ジュリアさんはヘンリーに恋していないのかしらね」とグラント夫人はメアリーに言った。

「もちろん恋してるわよ」とメアリーは冷ややかに答えた。「あの姉妹は、二人ともヘンリーに恋してると思うわ」

「二人ともですって! だめだめ、そんなのいけません。ヘンリーには絶対そんなことほのめかさないでちょうだい。ラッシュワースさんのことも考えてあげなくちゃ」

「お姉さまがミス・バートラムに、ラッシュワースさんのことを考えなさいと言ってやったほうがいいわよ。いくらか効き目があるかもしれないわ。わたしいつも思ってるんだけど、ラッシュワースさんの地所や財産が他の人の物だったらよかったのにねぇ──でもラッシュワースさん本人のことを考えたことは一度もないわ。あれほどの財産を持った男性なら、州選議員になれるでしょうね。職業に就く必要もないし、州選出の国会議員になれるほどでしょうね」

「ラッシュワースさんだって、近々きっと国会議員になるはずですよ。サー・トマスが戻ったら、必ずやどこかの選挙区に出るはずですもの。でもいままでは、彼を推薦してくれる人がいなかったのね」

「サー・トマスが帰国したら、威厳を持っていろんなことを押し進めるんでしょうね」少し黙り込んだあと、メアリーは言った。「ねえお姉さま、ポープの詩をもじった、ホーキンス・ブラウンの『タバコに捧げる詩』を覚えてる? ──

神に祝福されし葉よ!
なんじの芳しい香りは
法学院生に謙虚さをもたらし、
牧師には分別を与える。

わたしならこうもじるわ。

神に祝福されし騎士ナイトよ!1
なんじの威厳ある風采は
子どもらに富をもたらし、
ラッシュワースには分別を与える。

なかなかじゃありませんこと、お姉さま? すべてはサー・トマスの帰国にかかっているようね」

「サー・トマスがご家族といっしょにいるときのようすを見れば、あなただってきっと分かるはずよ、彼の存在感の大きさは当然のことなんだって。サー・トマスなしではきっと上手くやっていけないわ。彼の立派で威厳ある態度は大邸宅の長としてふさわしいし、そのおかげでみんなをきちんとまとめられるのよ。サー・トマスがお屋敷にいないと、バートラム夫人も影が薄く感じられるし、ノリス夫人をおとなしくさせられるのもサー・トマスだけなんだから。だけどねメアリー、マライアさんがヘンリーのことを好きだなんて考えてはいけませんよ。でも、ジュリアさんがヘンリーに気がないことは確実ね。だってそうじゃなければ、昨晩イェーツさんとあんなにイチャイチャしていたはずがないもの。ヘンリーとマライアさんはすごく良いお友達だけれども、彼女はサザートンのお屋敷も大好きだから、決して心変わりすることはないでしょう」

「結婚契約書にサインする前にヘンリーお兄さまが割り込んできたら、ラッシュワースさんに到底勝ち目はないと思うわ」

「あなたがそんな疑惑を抱いているのなら、お芝居が終わり次第、すぐに手を打たなきゃならないわね。ヘンリーと真剣に話をして、本人の気持ちをはっきりさせましょう。もし本気じゃないなら、残念だけど可愛い弟にはしばらくよそへ行ってもらうしかないわ」

 グラント夫人は気付いていなかったけれども、ジュリアはたしかに苦しんでいた。ジュリアの家族も同じように、誰もそのことに気付いていなかった。ジュリアはヘンリーのことを愛していたし、いまでも愛していた。情熱的で激しい気性の持ち主にはありがちな苦悩を、ジュリアはつくづく味わっていた。愚かだが切実だった期待を裏切られると、自分はひどい目に遭わされたという強烈な被害者意識に苦しめられてしまうのだ。ジュリアは傷心し、怒りに震えていた。腹立ちまぎれに、姉もひどい目に遭えばいいのにと願って、自分を慰めるしかなかった。かつて仲良しだった姉マライアはいまや最大の敵となり、おたがい相手を疎ましく思うようになった。

ジュリアとしては、いまだに続いているあの二人の恋の戯れが悲惨な結末を迎えてしまえばいいのにと思っていた。そして自分にとっても恥辱となり、ラッシュワース氏に対しても面目丸つぶれな行いをしたマライアに、天罰が下りますようにと願っていた。マライアもジュリアも性格に致命的な欠陥はなく、考え方の違いもなかったし、二人の利害関心が一致しているときはとても仲の良い姉妹だった。だがこのような試練に直面したときに、慈悲深く公正に判断したり、名誉を守ったり、相手を思いやったりできるほどの愛情や道義心を、二人とも持ち合わせていなかったのだ。マライアは勝利感に浸り、ジュリアのことなどお構いなしに自分の目的を遂げようとしていた。マライアがヘンリーの心遣いを受けているのを見るたびに、ジュリアはいつも『そのうちラッシュワースさんも気付いて嫉妬するわ。いつかは世間に知られて大騒ぎになるはずよ』と思わずにはいられなかった。

 ファニーはジュリアの気持ちがわかっていたので、心から同情していた。でも二人のあいだには、表立って仲間意識が生まれることはなかった。ジュリアは何も話そうとしなかったし、ファニーも差し出がましい行動は控えていた。二人はどちらも一人ぼっちで苦しんでいたのであり、ファニーの意識だけが二人を繋いでいた。

 二人の兄たちや伯母はジュリアの悩みを気にかけることはなく、ジュリアが苦しんでいる本当の原因にも全然気付いていなかった。みんな自分のことで頭がいっぱいで、他のことにすっかり気を取られていたからだ。トムは芝居のことで頭がいっぱいだったから、芝居に関係のないことは何も眼中に入らなかった。エドマンドは、自分の芝居の役と本来の役割というジレンマに悩んでいた。またミス・クロフォードのためを思う気持ちと、自分自身の行動の間でも揺れていた。そして彼女への愛情と、言動の一貫性の間でも悩んでいたため、ジュリアのことはやはり気が付かなかった。ノリス夫人はというと、芝居のあらゆるこまごました雑務をこなしたり、指示を出したりするのにてんてこ舞いだったし、衣装作りでも無駄遣いしないよう監督するのにも大忙しだった(だれも感謝していなかったが)。また、留守中のサー・トマスのために嬉々として誠実さを発揮して、至る所でせっせと半クラウン節約するのにも忙しくしていた。そのため、マライアとジュリアのようすを観察したり、二人の幸せを見守ってやる暇などなかったのだった。

 

  1. サー・トマスは准男爵(baronet)だが、サー(Sir)の称号で呼ばれるという点ではナイト(knight)の地位と共通点がある。准男爵よりもナイトのほうが詩のリズムとしてしっくりくるので、メアリーはこの語を選んだのだろう。
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