エリザベスはその夜の大半をジェインの部屋で過ごした。翌日、非常に朝早くビングリー氏からメイドを通してジェインの体調についてお伺いを受け、その後しばらく経ってから、ビングリー姉妹に仕える上品な侍女たちからも同様のお伺いを受けた1。それに対してエリザベスは、まずまずの返事をできて喜んだ。しかしこのように快復はしてきたけれども、母親の判断を仰ぐために、ジェインを見舞いに来てほしいとの手紙をロングボーンに送るよう依頼した。手紙はただちに送られ、ベネット夫人はその内容にすぐ従った。下の2人の娘キャサリンとリディアも伴って、ベネット夫人は朝食後まもなくネザーフィールドに到着した。
もしジェインが明らかに危険な状態だったならば、ベネット夫人もきっと嘆いただろうが、ジェインの病気は心配するほどではないと分かり、ほっとした。元気になってしまえばネザーフィールドを帰らなければならないだろうから、ジェインがすぐには快復しないように願った。なのでジェインが家まで運んで帰らせてほしいと懇願しても、夫人は聞き入れようとはしなかった。同じころ到着した薬剤師も同意見で、その方が望ましいと言った。ジェインのそばに少しの間座っていたあと、ビングリー嬢が現れ、母親と3人の娘たちを朝食室に招いた。ビングリー氏はベネット夫人に、ベネット嬢のお加減が予想より悪くなければよかったのですが、と言った。
「それが悪かったんですの」と夫人は答えた。「ひどく患っていますのでジェインを動かすこともできません。ジョーンズさんも、帰らせるなんてとんでもないとおっしゃっていました。なのでもう少し長くあなたさまのご親切に甘えなければなりませんわ」
「帰らせるなど!」ビングリーが声を上げた。「そんなことは論外です。妹も、帰らせるなんてことは聞き入れないでしょう」
「おまかせください、奥様」ビングリー嬢が、冷たく慇懃に言った。「こちらにいる限り、ベネット嬢は可能な限り手厚い配慮を受けますわ」
ベネット夫人は、くどくどと感謝の言葉を並べ立てた。
「きっと」ベネット夫人は付け加えて言った。「こんなに良いお友達でなかったらジェインはどうなっていたでしょう。あんなに病気でひどく苦しんでいるんですもの。でもジェインは稀にみる忍耐力を持っていますし、あの子にはいつものことですけども、驚くほど愛すべき気性の持ち主ですの。よく他の娘たちに言っていますのよ、ジェインに比べたらおまえたちは何でもないって。それにしても素敵な部屋ですわね、ビングリーさん。それに砂利道の向こうの素晴らしい眺めといったら。ネザーフィールドに肩を並べられるような場所はこの地方にはありませんわ。急いで引っ越してしまわないよう願っておりますけども、でも短期間の賃貸契約でしたわね」
「僕は思い立ったら即行動なのです」ビングリーは答えた。「だからネザーフィールドを退去すると決めたら、5分以内に出て行くでしょう。しかし今のところ、ここに留まることにしています」
「それはまさに、わたしがあなたの性格について思っていた通りですわ」とエリザベスが言った。
「ぼくのことを分かり始めてきたのですね?」彼女に振り向きながら、ビングリーが声を上げた。
「ええ、そうですわ──完全に理解できました」
「褒め言葉だとよいのですが。でもそんなに簡単に見抜かれてしまうとは情けないですね」
「場合によりますわ。深遠で複雑な性格だからといって、必ずしもあなたのような性格より優れているとは限りませんもの」
「リジー」母親が叫んだ。「場所をわきまえなさい、家で許されているみたいに自由気ままに喋りまくるもんじゃありません」
「知りませんでしたよ」すぐにビングリーが続けた。「あなたが性格の研究家だとはね。興味深い研究でしょう」
「はい。でも複雑な性格が一番興味深いですわね。少なくともそれは利点ですわ」
「田舎では」ダーシーが言った。「概して、そのような研究の対象に事欠くはずでしょう。地方の近所付き合いでは、非常に限られた変化のない社会で行動せざるをえません」
「でも人々自体がとてもよく変わりますわ。いつも何か新しく観察するものがありますから」
「ええ、そうですとも」ベネット夫人が叫んだ。ダーシーが地方の近所付き合いに関して言ったことに、腹を立てたのだった。「田舎では、ロンドンと同じくらいたくさんのことが起こっているのですからね」
みなは驚いた。そしてダーシーはベネット夫人にしばらく目をやってから、静かに背を向けた。ベネット夫人は彼を言い負かしてやったと思い、勝ち誇ったように続けた。
「わたしとしては、ロンドンが田舎より優れているなどとは思えませんね。お店や公共施設は別ですけど。田舎のほうがずっと楽しいでしょう、そうではありません、ビングリーさん?」
「ぼくは田舎にいるときは──」彼は答えた。「決してそこを離れたくないと思うのです。そしてロンドンにいるときも、まったく同じように思うのです。どちらもそれぞれ利点があります。ぼくはどちらにいても等しく幸せなんです」
「あら──それはあなたが立派な性質をお持ちだからですわ。しかしあの紳士は、」ベネット夫人はダーシーを見て、「田舎は何でもないとお考えのようですわね」
「お母さま、そうじゃないわ」赤面してエリザベスが言った。「ダーシーさんの言うことを勘違いしているわ。あの方はただ、地方ではロンドンほどたくさんの種類の人々に会えないという意味でおっしゃっただけなのよ。そのことはお母様も真実だと認めるでしょう」
「もちろんです。誰もそうじゃないとは言ってません。でもこの近所でたくさんの人々に会えないという点に関しては、この辺りほど近所付き合いが盛んなところもありませんよ。24もの家族と夕食をともにするんですからね2」
ビングリーはエリザベスへの思いやりのためだけに、何とか吹き出さずに礼儀正しくしていたが、ビングリー嬢はもっとあからさまだった。ダーシー氏に目配せをして、意味ありげにせせら笑いをした。エリザベスは母親の考えを逸らすために「わたしが留守の間、シャーロット・ルーカスはロングボーンを訪問したかしら」と尋ねた。
「ええ、昨日父親と訪ねてきましたよ。サー・ウィリアムはなんて感じの良い方なんでしょう、ビングリーさん──そう思いません? とても礼儀正しくて!上品で親しみやすくて!──彼はみなさんに声を掛けてくださいます。──それこそ育ちの良さというものですわね。自分を重要人物だと思って、一言も口を開かないような方なんて、心得違いというものだわ」
「シャーロットと一緒に夕食を食べました?」
「いいえ、帰っていったわ。ミンスパイについてやることがあったのでしょう。ビングリーさん、わたしの家では家のことはいつも召使にさせていますの。わたしの娘たちは、ルーカス家とは違った風に育てています。でも判断するのはそれぞれですし、ルーカス家の娘たちもとても気立ての良い子たちですよ。美人じゃなくて気の毒だわ! シャーロットはすごく不器量とは思いませんけど──でも彼女はうちの特別な友人ですからね」
「ルーカス嬢はとても感じの良いお嬢さんのようですね」と、ビングリーが言った。
「あら! そうですわね──でも不器量だって認めて頂かなきゃなりませんわ。ルーカス夫人もよくそう言ってますし、ジェインの美しさを羨んでいます。自分の子供たちを自慢するつもりはありませんけど、でもジェインは確かに―─あの子ほどの美人はなかなかお目にかかれませんわ。みなさんそう言います。わたしのえこひいきだとは思いません。ジェインがまだ15歳の時、ロンドンに住む弟のガーディナーの所に、ある紳士がいましたの。彼はジェインにとても恋していたので、義理の妹などは『ロンドンから帰るまでにきっと結婚の申し込みをされるわね』と言っていましたのよ。でも結局、申し込みはありませんでした。おそらくジェインが若すぎると思ったのでしょうね。けれども彼はジェインにいくつか詩を書いたりして、それは見事なものでしたよ」
「そして、その恋は終わりを迎えました」エリザベスがじれったそうに言った。「同じような方法で人は恋を克服するのね。いったい誰が最初に、恋を追い払うのに詩が有効だと発見したのかしら!」
「詩は、恋の糧3だと思っておりましたが」とダーシーが言った。
「元気で、たくましくて、健康な恋ならばそうかもしれません。すでに強いものには何だって養分になります。でも弱々しくて痩せた恋の場合は、ソネット一つで完全に餓死してしまいますわ」
ダーシーは微笑んだだけだった。そして全員沈黙になったので、エリザベスは母親がまた自己をさらけ出さないかと気をもんだ。何か言いたかったが、何も思いつかなかった。少しの沈黙のあと、ベネット夫人はビングリー氏に、ジェインに対する親切さに感謝の言葉をくり返し始め、またリジーがご迷惑をかけたことを謝った。ビングリー氏は飾らない礼儀正しさでそれに答え、そのためビングリー嬢も慇懃にならざるをえず、その場にふさわしいことを言った。ビングリー嬢はあまり丁寧に自分の役割を果たしてはいなかったが、ベネット夫人は満足した。そしてまもなく馬車が命じられた。これをきっかけに、最年少のリディアが前に出てきた。2人の少女はこの訪問中ずっとひそひそ話をしていたが、その結果リディアがビングリー氏に「初めてこの地方にいらした時に、ネザーフィールドで舞踏会を開催すると約束されたこと、お忘れじゃありません?」と問い詰めることにしたのだった。
リディアはたくましく、発育の良い15歳の少女で、肌の色つやがよく、陽気な顔つきをしていた。母親の一番のお気に入りで、その愛情により早い年齢から社交界に出ていた4。リディアには奔放な明るさと生まれつき自信たっぷりの雰囲気があった。叔父の家の見事なディナーや、彼女の人懐っこい振る舞いもあって士官たちはリディアに注目し、彼女の自信は誰にも物怖じしない傲慢さにまでなっていた。それゆえリディアは舞踏会についてビングリー氏に堂々と話しかけ、ぶしつけに彼に約束のことを思い出させた。そして「もし約束を守らなければ、とんでもない恥知らずですわよ」とまで言った。この突然の攻撃に対するビングリー氏の答えは、母親の耳には快いものだった。
「約束を守る準備は完璧にできていますよ、ご安心なさい。お姉さんが快復したら、あなたが舞踏会を開く日を選んでもらってかまいませんよ。でもお姉さんが病気のうちは、あなたも踊る気分にはなれないでしょう」
リディアはそれで満足だと答えた。「あら! そうね―─ジェインがよくなるまで待った方がいいわね。それまでには、カーター大尉もメリトンにまた戻ってきているでしょうし。それにあなたが舞踏会を開いてくださるなら──」リディアは付け加えて言った。「連隊の人たちにも開くよう頼んでみるわ。フォスター大佐に、そうしなければ面目丸つぶれですわよと言ってやるわ」
それからベネット夫人と娘たちは出発し、エリザベスはすぐにジェインのもとに戻り、自分とその家族の振る舞いについてビングリー姉妹とダーシー氏の好きなように言わせておいた。しかしダーシー氏は、ビングリー嬢がいくら美しい瞳について軽口を叩こうとも、エリザベスに対する非難にだけは5参加しようとはしなかった。
注
- 「侍女(lady’s maid)」は、女主人の着替えの手伝い・髪結い・ドレスや宝飾品の管理など、主に婦人の身の回りの世話全般を担当する。外出時にお供をすることもある。裁縫やヘアアレンジ技術に熟達している必要があるだけでなく、女主人との距離も近いため、教養を備え見目麗しく洗練されていなければならず、使用人の中でも最上位に位置する。ビングリー氏が『非常に朝早く』メイドを送った(こちらはhousemaidなので一般的な召使いで、掃除が主な役目。男性の使用人を女性の部屋に送ることはできないため)のに対し、ビングリー姉妹が『しばらく経ってから』侍女を送ったのは、自分たちの身だしなみを整えることを優先させたからである。また、姉妹それぞれに一人ずつ侍女が付いていることからも、ビングリー家の財力が伺える。対照的にベネット家には、そのような侍女はおそらくいないかと思われる(第55章の冒頭で、エリザベスとジェインは髪を整えるメイドを共有している)。
- これは親密な付き合いをしている家族の数ではなく、ただ同じ会食の場に同席する顔見知り程度の知り合いの数と思われる。これはロンドンの上流社交界に出入りする者たちにとっては、はるかに少ない数。
- シェイクスピア『十二夜』より”If music be the food of love”の引用。
- 一般的な慣習としては、未婚の姉がいる場合、妹たちは15歳以上になってから社交界デビューする(=独身男性と自由にパーティーでダンスしたり、お喋りしたりするなどの交流)のが一般的。姉妹間で競争意識を芽生えさせないためである。早くから全員をいっぺんに社交界デビューさせるベネット家のやり方は、当時としても変わっている。この母親の甘やかしと父親の放任が、後に重大な事件を招く。
- すなわち、ベネット夫人や二人の末の妹たちに対する非難には、ダーシーも参加したということ。