高慢と偏見 第37章/キャサリン令夫人との別れ

◎高慢と偏見

 翌朝2人の紳士はロージングズを去っていった。コリンズ氏は小屋の近くで待ち受けて深々と別れの礼をし、「お二人はとてもお元気そうでした」という喜ばしい知らせを牧師館のみなに伝えた。さらに付け加えて、「ついこの間のロージングズでの悲しい別れの後にしては、何とか気力を持ちこたえておられるようでした」とも言った。そしてコリンズ氏は一目散にロージングズへとおもむき、キャサリン令夫人とご令嬢を慰めに行った。帰宅すると、彼はきわめて満足げに令夫人からの伝言を伝えた。それによると、令夫人は非常に憂うつな気分なので、ぜひ牧師館の人たちみなディナーに来てほしいとのことだった。

高慢と偏見

 エリザベスはキャサリン令夫人に会うと、こう思わずにはいられなかった。もしダーシー氏からのプロポーズを受け入れていたら、今ごろ自分は令夫人の将来の姪として紹介されていたのだろう。また、令夫人はどれほど激怒するであろうかと思うと微笑を抑えきれなかった。「令夫人はなんと言われただろう?──どんな振る舞いをされていたかしら?」そんなことを考えてエリザベスは一人楽しんでいた。

 最初の話題は、ロージングズのメンバーが減ってしまったことについてだった。──「本当に、こんなに辛いことはないわ」キャサリン令夫人は言った。「わたくしほど、あの親しい人たちがいなくなってしまったのを悲しんでる人はいないと思いますよ。特にあの若者たちのことは、大好きだったのです。それに彼らもわたくしのことをとても慕っていたのですよ!──2人はここを去るのを、それはそれは残念そうにしていました! でもいつもそうなのです。大佐は最後まで気丈に心を奮い立たせていました。けれど、ダーシーはこの上なく心痛の様子でした。昨年以上だったと思います。きっと、ロージングズへの愛情がますます深くなっているのですね」

 コリンズ氏はここですかさずお世辞を言い、いろいろとほのめかしの言葉を言った。それに対して令夫人と令嬢はにこやかに微笑んだ。

 ディナーの後、キャサリン令夫人は「ベネット嬢は元気がないようね」と述べた。そしてすぐさま自分自身で「こんなにも早く家に帰るのがいやなのね」と説明を付け、さらに加えてこう言った。

「でもそれならば、お母上に手紙を書いてもう少し長く滞在させてくださいと頼めばいいわ。コリンズ夫人もあなたがいればきっと喜ぶでしょう」

「令夫人のご親切な招待にはとても感謝しております」とエリザベスは答えた。「しかし、わたくしの一存ではお受けできないのです。──来週の土曜日にはロンドンに行かなくてはなりませんので」

「あら、そうするとここには6週間しかいないことになりますね。2ヶ月は滞在するのかと思っていましたよ。あなたが来る前、コリンズ夫人にはそう言っていたのです。こんなにもすぐ去る必要などありません。お母上も2週間くらい滞在を延ばしてくれるでしょう」

「しかし父が許さないのです。──急いで帰ってくるよう先週手紙がありましたから」

「おや! 母上が賛成するなら、父上ももちろん許しますよ。──父親にとって娘というのはたいして重要ではありませんからね。それにもしさらに一ヶ月滞在を延ばしたなら、わたくしの馬車でロンドンまで連れて行ってあげましょう。6月の初めに一週間ロンドンに出る用事があるのです。バルーシュ型馬車にも一人くらいなら座る場所は十分ありますから、侍女のドーソン1も反対しないでしょう──それにもし涼しければ、あなた方二人ともお連れしてもかまいませんよ、どちらも大柄ではありませんからね」

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「ご親切の極みですわ、奥さま。でも最初の計画に従わなければならないのです」

キャサリン令夫人もあきらめたようだった。

「コリンズ夫人、召使をいっしょに送ってやらねばなりませんよ。いつも言っていることですけど、若いお嬢さんたちが自分たちだけで駅馬車に乗って旅をするなど耐えられないのです。不適切にもほどがあります。どうにかしてお付きの者を付けなければなりませんよ。そのようなことは、ぞっとするほど不愉快です。──若い女性はそれぞれの社会的地位に応じて、つねにしっかりと保護され付き添われていなくてはなりません。わたくしの姪のジョージアナが昨年の夏ラムズゲイトに行ったときには、男の召使を二人付けなさいと命じておきました。ダーシー嬢は、ペンバリーの先代ダーシー氏とアン令夫人の娘なのですから、適切に振る舞っていなければなりません。─わたくしはそのようなことに非常に神経を使うのです。コリンズ夫人、このお嬢さんたちにジョンを付き添わせてあげなさい。こうやって注意するのを思いついて良かったわ。お二人だけで帰らせたとなれば、あなたにとってきわめて不名誉なことですからね」

「叔父が召使をこちらによこしてくれることになっております」

「あら!──あなたの叔父さまが!──男の召使を雇ってらっしゃるのね2?──そのような配慮をしてくれる方がいて安心しました。どこで馬を変えなさるの?──もちろん、ブロムリーね?──ベル亭でわたくしの名前を言えば、いろいろと世話をしてくれるでしょう」

彼らの旅行に関してキャサリン令夫人はほかにも多くの質問をしたが、いつもご自分で答えてくださるわけではなかったので、ある程度注意していなくてはならなかったが、エリザベスはよかったと思った。さもなくば考え事で頭がいっぱいになり、自分がどこにいるかさえ忘れてしまいそうだったからだ。考え事をするのは一人のときに取っておかなくてはならない。エリザベスは一人きりになるといつも、ほっと安心して物思いにふけるのだった。ひとりで散歩をしない日は一日とてなく、不愉快な思い出もあるけれどもそれについて考えられるのは嬉しくもあった。

 まもなくダーシー氏の手紙はすぐに暗記してしまった。エリザベスは一文一文じっくり読んでみた。書き手のダーシー氏に対する彼女の気持ちは毎回大きく違っていた。彼のプロポーズの仕方を思い出すと、いまだに怒りが湧いてくるのだった。しかし自分がどれだけ不公平に彼のことを非難したりとがめたりしたかを思うと、今度は怒りは自分に向いた。彼の失望した気持ちには同情せずにはいられなかった。彼が自分を愛してくれたことには感謝していたし、彼の人格には尊敬の念が湧いてきたが、彼のことは受け入れられなかった。プロポーズを断ったことも一瞬たりとも後悔はしていないし、彼にまた会いたいとは少しも思わない。だが、過去の自分自身の振る舞いにはいつも胸が痛んだし、悔やんだりもした。自分の家族の嘆かわしい欠点については、さらに無念な気持ちになった。改善されるのは絶望的だからだ。父親は自分の家族を笑うのに満足して、下の娘たちの自由奔放で軽はずみな行いをたしなめようとすることは一度もなかった。母親も、自分自身が正しい振る舞いとはほど遠いのだから、何が悪であるかなど到底理解していない。エリザベスはしばしばジェインといっしょになって、キャサリンやリディアの無分別な態度をやめさせようとしてきた。しかし母親が甘やかして調子に乗らせるものだから、改善する余地がどこにあろうか?キャサリンは意志薄弱で怒りっぽく、すっかりリディアに影響されて、いつも姉たちの忠告に口答えするのだった。そしてリディアはわがままで軽率で、姉たちの言うことに耳を傾ける気などほとんどなかった。二人は無知で、怠惰で、頭が空っぽだった。メリトンに一人でも士官がいるあいだは、士官とたわむれるのをやめないだろう。そしてメリトンがロングボーンから歩いて行ける距離であるかぎり、二人はいつまでもそこに通い続けるだろう。

 ジェインに対する心配も、心を占める問題だった。ダーシー氏の説明でビングリー氏に対するかつての高い評価がよみがえり、ジェインが失ったものの大きさに気付かされたのだ。彼の愛情の誠実さが証明されたし、友人の判断に絶対の信頼を置きすぎていることを除けば、彼の行いに責められるべき点など全くない。あらゆる点でこんなにも望ましく、こんなにも有利なことだらけで、大いに幸せも期待できる縁組を、ジェインは逃してしまったと考えると、なんと嘆かわしいことか! しかもそれはジェイン自身の家族による、ばかげた下品な振る舞いのせいなのだ。

 これらの物思いにウィカムの人格の暴露まで加わって、エリザベスはかつてほとんど気落ちしたことのない陽気な気性だったけれども、いまやそこそこ愉快に振る舞うことさえ不可能ではないかと思えるほど陰鬱になってきたのだった。

 滞在の最終週には、ロージングズで過ごすのは最初の頃と同じくらい頻繁になっていた。最後の晩もそこで過ごした。令夫人はふたたびエリザベスたちの旅について細かく尋ねてきて、最良の荷造りの仕方についても指示を与え、衣服を正しく詰める方法はただ一つだけですよとしつこく言った。そのためマライアは、午前中かけてやった荷造りを、帰ったらすぐにほどいていちからやり直さなければと思った。

 別れのときが来ると、キャサリン令夫人は非常に畏れ多くも、良い旅になりますようにと祈り、来年もハンスフォードを訪ねるようにと招待してくれた。そしてド・バーグ嬢もわざわざ膝を曲げ、二人に握手の手を差し伸べてくださることさえして下さったのだった。

 

  1. おそらく令夫人付きの侍女のこと。姓で呼ばれていることから、上級使用人である。
  2. 当時、男性の召使には税金がかけられていたので、富裕層しか雇えなかった。
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